雪の翼
泉鏡花



 柏崎海軍少尉かしはざきかいぐんせうゐの夫人ふじんに、民子たみこといつて、一昨年いつさくねん故郷ふるさとなる、福井ふくゐで結婚けつこんの式しきをあげて、佐世保させぼに移住うつりすんだのが、今度こんど少尉せうゐが出征しゆつせいに就つき、親里おやざとの福井ふくゐに歸かへり、神佛しんぶつを祈いのり、影膳かげぜん据すゑつつ座ざにある如ごとく、家いへを守まもつて居ゐるのがあつた。

 旅順りよじゆんの吉報きつぱう傳つたはるとともに幾干いくばくの猛將まうしやう勇士ゆうし、或あるひは士卒しそつ──或あるひは傷きずつき骨ほねも皮かはも散々ちり〴〵に、影かげも留とゞめぬさへある中なかに夫をつとは天晴あつぱれの功名こうみやうして、唯たゞ纔わづかに左ひだりの手てに微傷かすりきずを受うけたばかりと聞きいた時とき、且かつ其その乘組のりくんだ艦ふねの帆柱ほばしらに、夕陽せきやうの光ひかりを浴あびて、一羽は雪ゆきの如ごとき鷹たかの來きたり留とまつた報はうを受うけ取とつた時とき、連添つれそふ身みの民子たみこは如何いかに感かんじたらう。あはれ新婚しんこんの式しきを擧あげて、一年ひとゝせの衾ふすま暖あたゝかならず、戰地せんちに向むかつて出立いでたつた折をりには、忍しのんで泣なかなかつたのも、嬉涙うれしなみだに暮くれたのであつた。

 あゝ、其そのよろこびの涙なみだも、夜よるは片敷かたしいて帶おびも解とかぬ留守るすの袖そでに乾かわきもあへず、飛報ひはうは鎭守府ちんじゆふの病院びやうゐんより、一家いつけの魂たましひを消けしに來きた。

 少尉せうゐが病やんで、豫後よご不良ふりやうとのことである。

 此この急信きふしんは××年ねん××月ぐわつ××日にち、午ご後ご三時じに屆とゞいたので、民子たみこは蒼あをくなつて衝つと立たつと、不斷着ふだんぎに繻子しゆすの帶おび引緊ひきしめて、つか〳〵と玄關げんくわんへ。父親ちゝおやが佛壇ぶつだんに御明みあかしを點てんずる間まに、母親はゝおやは、財布さいふの紐ひもを結ゆはへながら、駈かけて出でて之これを懷中ふところに入いれさせる、女中ぢよちうがシヨオルをきせかける、隣となりの女房にようばうが、急いそいで腕車くるまを仕立したてに行ゆく、とかうする内うち、お供ともに立たつべき與曾平よそべいといふ親仁おやぢ、身支度みじたくをするといふ始末しまつ。さて、取とるものも取とりあへず福井ふくゐの市まちを出發しゆつぱつした。これが鎭守府ちんじゆふの病院びやうゐんに、夫をつとを見舞みまふ首途かどでであつた。

 冬ふゆの日ひの、山國やまぐにの、名なにしおふ越路こしぢなり、其日そのひは空そらも曇くもりたれば、漸やうやく町まちをはづれると、九頭龍川くづりうがはの川面かはづらに、早はや夕暮ゆふぐれの色いろを籠こめて、暗くらくなりゆく水蒼みづあをく、早瀬はやせ亂みだれて鳴なる音おとも、千々ちゞに碎くだけて立たつ波なみも、雪ゆきや!其その雪ゆきの思おもひ遣やらるゝ空模樣そらもやう。近江あふみの國くにへ山越やまごしに、出いづるまでには、中なかの河内かはち、木きの芽峠めたうげが、尤もつとも近ちかきは目めの前まへに、春日野峠かすがのたうげを控ひかへたれば、頂いたゞきの雲くも眉まゆを蔽おほうて、道みちのほど五里りあまり、武生たけふの宿しゆくに着ついた頃ころ、日ひはとつぷりと暮くれ果はてた。

 長旅ながたびは抱かゝへたり、前まへに峠たうげを望のぞんだれば、夜よを籠こめてなど思おもひも寄よらず、柳屋やなぎやといふに宿やどを取とる。

 路みちすがら手ても足あしも冷ひえ凍こほり、火鉢ひばちの上うへへ突伏つゝぷしても、身みぶるひやまぬ寒さむさであつたが、

 枕まくらに就ついて初夜しよや過すぐる頃ころほひより、少すこし氣候きこうがゆるんだと思おもふと、凡およそ手掌てのひらほどあらうといふ、俗ぞくに牡丹ぼたんとなづくる雪ゆきが、しと〳〵と果はてしもあらず降出ふりだして、夜中頃よなかごろには武生たけふの町まちを笠かさのやうに押被おつかぶせた、御嶽おんたけといふ一座いちざの峰みね、根ねこそぎ一搖ひとゆれ、搖ゆれたかと思おもふ氣勢けはひがして、風かぜさへ颯さつと吹ふき添そつた。

 一いちの谷たに、二にの谷たに、三さんの谷たに、四しの谷たにかけて、山々やま〳〵峰々みね〳〵縱横じうわうに、荒あれに荒あるゝが手てに取とるやう、大波おほなみの寄よせては返かへすに齊ひとしく、此この一夜いちやに北國空ほくこくぞらにあらゆる雪ゆきを、震ふるひ落おとすこと、凄すさまじい。

 民子たみこは一炊いつすゐの夢ゆめも結むすばず。あけ方がたに風かぜは凪ないだ。

 昨夜ゆうべ雇やとつた腕車くるまが二臺だい、雪ゆきの門かどを叩たゝいたので、主從しうじうは、朝餉あさげの支度したくも匇々そこ〳〵に、身みごしらへして、戸外おもてに出でると、東雲しのゝめの色いろとも分わかず黄昏たそがれの空そらとも見みえず、溟々めい〳〵濛々もう〳〵として、天地てんち唯たゞ一白いつぱく。

 不意ふいに積つもつた雪ゆきなれば、雪車そりと申まをしても間まに合あはず、ともかくもお車くるまを。帳場ちやうばから此處こゝへ參まゐる内うちも、此この通とほりの大汗おほあせと、四人よつたりの車夫しやふは口くちを揃そろへ、精一杯せいいつぱい、後押あとおしで、お供ともはいたして見みまするけれども、前途さきのお請合うけあひはいたされず。何なにはしかれ車くるまの齒はの埋うづまりますまで、遣やるとしませう。其上そのうへは、三人にんがかり五人にんがかり、三井寺みゐでらの鐘かねをかつぐ力ちからづくでは、とても一寸いつすんも動うごきはしませぬ。お約束やくそくなれば當たう柳屋やなぎやの顏立かほだてに參まゐつたまで、と、しり込ごみすること一方ひとかたならず。唯たゞ急いそぎに急いそがれて、こゝに心こゝろなき主從しうじうよりも、御機嫌ごきげんようと門かどに立たつて、一曳ひとひきひけば降ふる雪ゆきに、母衣ほろの形かたちも早はや隱かくれて、殷々いん〳〵として沈しづみ行ゆく客きやくを見送みおくる宿やどのものが、却かへつて心細こゝろぼそい限かぎりであつた。

 酒代さかては惜をしまぬ客人きやくじんなり、然しかも美人びじんを載のせたれば、屈竟くつきやうの壯佼わかもの勇いさみをなし、曳々聲えい〳〵ごゑを懸かけ合あはせ、畷なはて、畦道あぜみち、村むらの徑みち、揉もみに揉もんで、三里りの路みちに八九時間じかん、正午しやうごといふのに、峠たうげの麓ふもと、春日野村かすがのむらに着ついたので、先まづ一軒けんの茶店ちやみせに休やすんで、一行いつかうは吻ほつと呼吸いき。

 茶店ちやみせのものも爐ろを圍かこんで、ぼんやりとして居ゐるばかり。いふまでもなく極月しはすかけて三月さんぐわつ彼岸ひがんの雪ゆきどけまでは、毎年まいねんこんな中なかに起伏おきふしするから、雪ゆきを驚おどろくやうな者ものは忘わすれても無ない土地柄とちがらながら、今年ことしは意外いぐわいに早はやい上うへに、今時いまどき恁かくまで積つもるべしとは、七八十になつた老人らうじんも思おもひ懸がけないのであつたと謂いふから。

 來くる道みちでも、村むらを拔ぬけて、藪やぶの前まへなど通とほる折をりは、兩側りやうがはから倒たふれ伏ふして、竹たけも三尺じやくの雪ゆきを被かついで、或あるひは五間けん、或あるひは十間けん、恰あたかも眞綿まわたの隧道トンネルのやうであつたを、手てで拂はらひ笠かさで拂はらひ、辛からうじて腕車くるまを潛くゞらしたれば、網あみの目めにかゝつたやうに、彼方あなた此方こなたを、雀すゞめがばら〳〵、洞ほらに蝙蝠かうもりの居ゐるやうだつた、と車夫同士くるまやどうし語かたりなどして、しばらく澁茶しぶちやに市いちが榮さかえる。

 聲こゑの中なかに噫あツと一聲ひとこゑ、床几しやうぎから轉ころげ落おちさう、脾腹ひばらを抱かゝへて呻うめいたのは、民子たみこが供ともの與曾平親仁よそべいおやぢ。

 這こは便びんなし、心しんを冷ひやした老おいの癪しやく、其その惱なやみ輕かろからず。

 一體いつたい誰彼たれかれといふ中うちに、さし急いそいだ旅たびなれば、註文ちうもんは間まに合あはず、殊ことに少わかい婦人をんななり。うつかりしたものも連つれられねば、供ともさして遣やられもせぬ。與曾平よそべいは、三十年餘みそとせあまりも律儀りちぎに事つかへて、飼殺かひごろしのやうにして置おく者ものの氣質きだては知しれたり、今いまの世よの道中だうちうに、雲助くもすけ、白波しらなみの恐おそれなんど、あるべくも思おもはれねば、力ちからはなくても怪けしうはあらず、最もつとも便たよりよきは年としこそ取とつたれ、大根だいこんも引ひく、屋根やねも葺ふく、水みづも汲くめば米こめも搗つく、達者たつしやなればと、この老僕おやぢを擇えらんだのが、大おほいなる過失くわしつになつた。

 いかに息災そくさいでも既すでに五十九、あけて六十にならうといふのが、内うちでこそはくる〳〵𢌞まはれ、近頃ちかごろは遠路とほみちの要えうもなく、父親ちゝおやが本ほんを見みる、炬燵こたつの端はしを拜借はいしやくし、母親はゝおやが看經かんきんするうしろから、如來樣によらいさまを拜をがむ身分みぶん、血ちの氣けの少すくないのか、とやかくと、心遣こゝろづかひに胸むねを騷さわがせ、寒さむさに骨ほねを冷ひやしたれば、忘わすれて居ゐた持病ぢびやうがこゝで、生憎あいにく此時このとき。

 雪ゆきは小止をやみもなく降ふるのである、見みる〳〵内うちに積つもるのである。

 大勢おほぜいが寄よつて集たかり、民子たみこは取縋とりすがるやうにして、介抱かいほうするにも、藥くすりにも、ありあはせの熊膽くまのゐ位くらゐ、其それでも心こゝろは通つうじたか、少すこしは落着おちついたから一刻いつこくも疾はやくと、再ふたゝび腕車くるまを立たてようとすれば、泥除どろよけに噛かじりつくまでもなく、與曾平よそべいは腰こしを折をつて、礑はたと倒たふれて、顏かほの色いろも次第しだいに變かはり、之これでは却かへつて足手絡あしてまとひ、一式いつしきの御恩ごおん報はうじ、此このお供ともをと想おもひましたに、最もう叶かなはぬ、皆みんなで首くびを縊しめてくれ、奧樣おくさま私わしを刺殺さしころして、お心懸こゝろがかりのないやうに願ねがひまする。おのれやれ、死しんで鬼おにとなり、無事ぶじに道中だうちうはさせませう、魂たましひが附添つきそつて、と血狂ちくるふばかりに急あせるほど、弱よわるは老おいの身體からだにこそ。

 口々くち〴〵に押宥おしなだめ、民子たみこも切せつに慰なぐさめて、お前まへの病氣びやうきを看護みとると謂いつて此處こゝに足あしは留とめられぬ。棄すてゝ行ゆくには忍しのびぬけれども、鎭守府ちんじゆふの旦那樣だんなさまが、呼吸いきのある内うち一目ひとめ逢あひたい、私わたしの心こゝろは察さつしておくれ、とかういふ間まも心こゝろは急せく、峠たうげは前まへに控ひかへて居ゐるし、爺ぢいや!

 もし奧樣おくさま。

 と土間どまの端はしまでゐざり出いでて、膝ひざをついて、手てを合あはすのを、振返ふりかへつて、母衣ほろは下おりた。

 一臺だいの腕車わんしや二人にんの車夫しやふは、此この茶店ちやみせに留とゞまつて、人々ひと〴〵とともに手當てあてをし、些ちつとでもあがきが着ついたら、早速さつそく武生たけふまでも其日そのひの内うちに引返ひつかへすことにしたのである。

 民子たみこの腕車くるまも二人ふたりがかり、それから三里半りはんだら〳〵のぼりに、中空なかぞらに聳そびえたる、春日野峠かすがのたうげにさしかゝる。

 ものの半道はんみちとは上のぼらないのに、車くるまの齒はの軋きしり強つよく、平地ひらちでさへ、分わけて坂さか、一分間ぷんかんに一寸すんづゝ、次第しだいに雪ゆきが嵩かさ増ますので、呼吸いきを切きつても、もがいても、腕車くるまは一歩ぽも進すゝまずなりぬ。

 前まへなるは梶棒かぢぼうを下おろして坐すわり、後あとなるは尻餅しりもちついて、御新造ごしんぞさん、とてもと謂いふ。

 大方おほかたは恁かくあらむと、期ごしたることとて、民子たみこも豫あらかじめ覺悟かくごしたから、茶店ちやみせで草鞋わらぢを穿はいて來きたので、此處こゝで母衣ほろから姿すがたを顯あらはし、山路やまぢの雪ゆきに下立おりたつと、早はや其その爪先つまさきは白しろうなる。

 下坂くだりざかは、動うごきが取とれると、一名めいの車夫しやふは空車からを曳ひいて、直すぐに引返ひつかへす事ことになり、梶棒かぢぼうを取とつて居ゐたのが、旅鞄たびかばんを一個ひとつ背負しよつて、之これが路案内みちあんないで峠たうげまで供ともをすることになつた。

 其その鐵てつの如ごとき健脚けんきやくも、雪ゆきを踏ふんではとぼ〳〵しながら、前まへへ立たつて足あしあとを印いんして上のぼる、民子たみこはあとから傍目わきめも觸ふらず、攀よぢ上のぼる心細こゝろぼそさ。

 千山せんざん萬岳ばんがく疊々てふ〴〵と、北きたに走はしり、西にしに分わかれ、南みなみより迫せまり、東ひがしより襲おそふ四圍しゐたゞ高たかき白妙しろたへなり。

 さるほどに、山やま又また山やま、上のぼれば峰みねは益ます〳〵累かさなり、頂いたゞきは愈々いよ〳〵聳そびえて、見渡みわたせば、見渡みわたせば、此處こゝばかり日ひの本もとを、雪ゆきが封ふうずる光景ありさまかな。

 幸さいはひに風かぜが無なく、雪路ゆきみちに譬たとひ山中さんちうでも、然さまでには寒さむくない、踏ふみしめるに力ちからの入いるだけ、却かへつて汗あせするばかりであつたが、裾すそも袂たもとも硬こはばるやうに、ぞつと寒さむさが身みに迫せまると、山々やま〳〵の影かげがさして、忽たちまち暮くれなむとする景色けしき。あはよく峠たうげに戸とを鎖とざした一軒けんの山家やまがの軒のきに辿たどり着ついた。

 さて奧樣おくさま、目當めあてにいたして參まゐつたは此この小家こいへ、忰せがれは武生たけふに勞働はたらきに行いつて居をり、留守るすは山やまの主ぬしのやうな、爺ぢいと婆ばゞ二人ふたりぐらし、此處こゝにお泊とまりとなさいまし、戸とを叩たゝいてあけさせませう。また彼方此方あつちこち五六軒けん立場茶屋たてばぢややもござりますが、美うつくしい貴女あなたさま、唯たつたお一人ひとり、預あづけまして、安心あんしんなは、此この外ほかにござりませぬ。武生たけふの富藏とみざうが受合うはあひました、何なんにしろお泊とまんなすつて、今夜こんやの樣子やうすを御覽ごらうじまし。此この雪ゆきの止やむか止やまぬかが勝負しようぶでござります。もし留やみませぬと、迚とても路みちは通つうじません、降ふりやんでくれさへすれば、雪車そりの出でます便宜たよりもあります、御存ごぞんじでもありませうが、此この邊へんでは、雪籠ゆきごめといつて、山やまの中なかで一夜いちやの内うちに、不意ふいに雪ゆきに會あひますると、時節じせつの來くるまで何方どちらへも出でられぬことになりますから、私わたくしは稼人かせぎにん、家うちに四五人にんも抱かゝへて居をります、萬まんに一ひとつも、もし、然さやうな目めに逢あひますると、媽々かゝあや小兒こどもが腭あごを釣つらねばなりませぬで、此この上うへお供ともは出來できかねまする。お別わかれといたしまして、其處そこらの茶店ちやみせをあけさせて、茶碗酒ちやわんざけをぎうとあふり、其その勢いきほひで、暗雲やみくもに、とんぼを切きつて轉ころげるまでも、今日けふの内うちに麓ふもとまで歸かへります、とこれから雪ゆきの伏家ふせやを叩たゝくと、老人夫婦らうじんふうふが出迎いでむかへて、富藏とみざうに仔細しさいを聞きくと、お可哀相かはいさうのいひつゞけ。

 行先ゆくさきが案あんじられて、我われにもあらずしよんぼりと、門とに彳たゝずんで入はひりもやらぬ、媚なまめかしい最明寺殿さいみやうじどのを、手てを採とつて招せうじ入いれて、舁据かきすゑるやうに圍爐裏ゐろりの前まへ。

 お前まへまあ些ちつと休やすんでと、深切しんせつにほだされて、懷なつかしさうに民子たみこがいふのを、いゝえ、さうしては居をられませぬ、お荷物にもつは此處こゝへ、もし御遠慮ごゑんりよはござりませぬ、足あしを投出なげだして、裾すその方はうからお温ぬくもりなされませ、忘わすれても無理むりな路みちはなされますな。それぢやとつさん頼たのんだぜ、婆ばあさん、いたはつて上あげてくんなせい。

 富藏とみざうさんとやら、といつて、民子たみこは思おもはず涙なみだぐむ。

 へい、奧おくさま御機嫌ごきげんよう、へい、又また通とほりがかりにも、お供ともの御病人ごびやうにんに氣きをつけます。あゝ、いかい難儀なんぎをして、おいでなさるさきの旦那樣だんなさまも御大病ごたいびやうさうな、唯たゞの時ときなら橋はしの上うへも、欄干らんかんの方はうは避よけてお通とほりなさらうのに、おいたはしい。お天道樣てんたうさま、何分なにぶんお頼たのみ申まをしますぜ、やあお天道樣てんたうさまといや降ふることは〳〵。

 あとに頼たのむは老人夫婦らうじんふうふ、之これが又また、補陀落山ふだらくさんから假かりにこゝへ、庵いほりを結むすんで、南無なむ大悲だいひ民子たみこのために觀世音くわんぜおん。

 其その情なさけで、饑うゑず、凍こゞえず、然しかも安心あんしんして寢床ねどこに入はひることが出來できた。

 佗わびしさは、食たべるものも、着きるものも、こゝに斷ことわるまでもない、薄うすい蒲團ふとんも、眞心まごころには暖あたゝかく、殊ことに些ちとは便たよりにならうと、故わざと佛間ぶつまの佛壇ぶつだんの前まへに、枕まくらを置おいてくれたのである。

 心靜こゝろしづかに枕まくらには就ついたが、民子たみこは何どうして眠ねむられよう、晝ひるの疲勞つかれを覺おぼゆるにつけても、思おもひ遣やらるゝ後のちの旅たび。

 更ふけ行ゆく閨ねやに聲こゑもなく、凉すゞしい目めばかりぱち〳〵させて、鐘かねの音ねも聞きこえぬのを、徒いたづらに指ゆびを折をる、寂々しん〳〵とした板戸いたどの外そとに、ばさりと物音ものおと。

 民子たみこは樹きを辷すべつた雪ゆきのかたまりであらうと思おもつた。

 しばらくして又またばさりと障さはつた、恁かゝる時とき、恁かゝる山家やまがに雪ゆきの夜半よは、此この音おとに恐氣おぢけだつた、婦人氣をんなぎはどんなであらう。

 富藏とみざうは疑うたがはないでも、老夫婦らうふうふの心こゝろは分わかつて居ゐても、孤家ひとつやである、この孤家ひとつやなる言ことばは、昔語むかしがたりにも、お伽話とぎばなしにも、淨瑠璃じやうるりにも、ものの本ほんにも、年紀とし今年ことし二十はたちになるまで、民子たみこの耳みゝに入はひつた響ひゞきに、一ひとツとして、悲慘ひさん悽愴せいさうの趣おもむきを今いま爰こゝに囁さゝやき告つぐる、材料ざいれうでないのはない。

 呼吸いきを詰つめて、なほ鈴すゞのやうな瞳ひとみを凝こらせば、薄暗うすぐらい行燈あんどうの灯ひの外ほか、壁かべも襖ふすまも天井てんじやうも暗くらがりでないものはなく、雪ゆきに眩くるめいた目めには一ひとしほで、ほのかに白しろいは我われとわが、俤おもかげに立たつ頬ほゝの邊あたりを、確乎しつかとおさへて枕まくらながら幽かすかにわなゝく小指こゆびであつた。

 あなわびし、うたてくもかゝる際さいに、小用こようがたしたくなつたのである。

 もし。ふるへ聲ごゑで又また、

 もし〳〵と、二聲ふたこゑ三聲みこゑ呼よんで見みたが、目めざとい老人らうじんも寐入ねいりばな、分わけて、罪つみも屈託くつたくも、山やまも町まちも何なんにもないから、雪ゆきの夜よに靜しづまり返かへつて一層いつそう寐心ねごころの好よささうに、鼾いびきも聞きこえずひツそりして居ゐる。

 堪たまりかねて、民子たみこは密そつと起おき直なほつたが、世話せわになる身みの遠慮深ゑんりよぶかく、氣味きみが惡わるいぐらゐには家いへのぬし起おこされず、其そのまゝ突臥つゝぷして居ゐたけれども、さてあるべきにあらざれば、恐々こは〴〵行燈あんどうを引提ひつさげて、勝手かつては寢ねしなに聞きいて置おいた、縁側えんがはについて出でようとすると、途絶とだえて居ゐたのが、ばたりと當あたツて、二三度ど續つゞけさまにばさ、ばさ、ばさ。

 はツと唾つばをのみ、胸むねを反そらして退すさつたが、やがて思切おもひきつて用ようを達たして出でるまでは、まづ何事なにごともなかつた處ところ。

 手てを洗あらはうとする時ときは、民子たみこは殺ころされると思おもつたのである。

 雨戸あまどを一枚まいツト開あけると、直たゞちに、東西南北とうざいなんぼくへ五里り十里りの眞白まつしろな山やまであるから。

 如何いかなることがあらうも知しれずと、目めを瞑ねむつて、行燈あんどうをうしろに差置さしおき、わなゝき〳〵柄杓ひしやくを取とつて、埋うもれた雪ゆきを拂はらひながら、カチリとあたる水みづを灌そゝいで、投なげるやうに放はなしたトタン、颯さつとばかり雪ゆきをまいて、ばつさり飛込とびこんだ一個いつこの怪物くわいぶつ。

 民子たみこは思おもはずあツといつた。

 夫婦ふうふはこれに刎起はねおきたが、左右さいうから民子たみこを圍かこつて、三人さんにん六むつの目めを注そゝぐと、小暗をぐらき方かたに蹲うづくまつたのは、何なにものかこれ唯たゞ一羽はの雁かりなのである。

 老人らうじんは口くちをあいて笑わらひ、いや珍めづらしくもない、まゝあること、俄にはかの雪ゆきに降籠ふりこめられると、朋ともに離はなれ、塒ねぐらに迷まよひ、行方ゆくへを失うしなひ、食じきに饑うゑて、却かへつて人ひとに懷なづき寄よる、これは獵師れふしも憐あはれんで、生命いのちを取とらず、稗ひえ、粟あはを與あたへて養やしなふ習ならひと、仔細しさいを聞きけば、所謂いわゆる窮鳥きうてう懷ふところに入いつたるもの。

 翌日あくるひも降ふり止やまず、民子たみこは心こゝろも心こゝろならねど、神佛かみほとけとも思おもはるゝ老おいの言ことばに逆さからはず、二日ふつか三日みつかは宿やどを重かさねた。

 其夜そのよの雁かりも立去たちさらず、餌ゑにかはれた飼鳥かひどりのやう、よくなつき、分わけて民子たみこに慕したひ寄よつて、膳ぜんの傍かたはらに羽はねを休やすめるやうになると、はじめに生命いのちがけ恐おそろしく思おもひしだけ、可愛かはいさは一入ひとしほなり。つれ〴〵には名なを呼よんで、翼つばさを撫なでもし、膝ひざに抱だきもし、頬ほゝもあて、夜よるは衾ふすまに懷ふところを開ひらいて、暖あたゝかい玉たまの乳房ちぶさの間あひだに嘴はしを置おかせて、すや〳〵と寐ねることさへあつたが、一夜あるよ、凄すさまじき寒威かんいを覺おぼえた。あけると凍いてて雪車そりが出でる、直すぐに發足ほつそく。

 老人夫婦らうじんふうふに別わかれを告つげつつ、民子たみこは雁かりにも殘惜のこりをしいまで不便ふびんであつたなごりを惜をしんだ。

 神かみの使つかひであつたらう、この鳥とりがないと、民子たみこは夫をつとにも逢あへず、其その看護みとりも出來できず、且かつやがて大尉たいゐに昇進しようしんした少尉せうゐの榮さかえを見みることもならず、與曾平よそべいの喜顏よろこびがほにも、再會さいくわいすることが出來できなかつたのである。

 民子たみこをのせて出でた雪車そりは、路みちを辷すべつて、十三谷やといふ難所なんしよを、大切たいせつな客きやくばかりを千尋ちひろの谷底たにそこへ振ふり落おとした、雪ゆきゆゑ怪我けがはなかつたが、落込おちこんだのは炭燒すみやきの小屋こやの中なか。

 五助ごすけ。

 權九郎ごんくらう。

 といふ、兩名りやうめいの炭燒すみやきが、同一おなじ雪籠ゆきごめに會あつて封ふうじ込こめられたやうになり、二日ふつか三日みつかは貯蓄たくはへもあつたが、四日目よつかめから、粟あは一粒ひとつぶも口くちにしないで、熊くまの如ごとき荒漢等あらをのこら、山狗やまいぬかとばかり痩やせ衰おとろへ、目めを光ひからせて、舌したを噛かんで、背中合せなかあはせに倒たふれたまゝ、唸うめく聲こゑさへ幽かすかな處ところ、何なに、人間にんげんなりとて容赦ようしやすべき。

 帶おびを解とき、衣きぬを剥はぎ、板戸いたどの上うへに縛いましめた、其そのありさまは、こゝに謂いふまい。立處たちどころ其その手足てあしを炙あぶるべく、炎々えん〳〵たる炭火すみびを熾おこして、やがて、猛獸まうじうを拒ふせぐ用意よういの、山刀やまがたなと斧をのを揮ふるつて、あはや、其その胸むねを開ひらかむとなしたる處ところへ、神かみの御手みての翼つばさを擴ひろげて、其その膝ひざ、其その手て、其その肩かた、其その脛はぎ、狂くるひまつはり、搦からまつて、民子たみこの膚はだを蔽おほうたのは、鳥とりながらも心こゝろありけむ、民子たみこの雪車そりのあとを慕したうて、大空おほぞらを渡わたつて來きた雁かりであつた。

 瞬またゝく間まに、雁かりは炭燒すみやきに屠ほふられたが、民子たみこは微傷かすりきずも受うけないで、完まつたき璧たまの泰やすらかに雪ゆきの膚はだへは繩なはから拔ぬけた。

 渠等かれらは敢あへて鬼おにではない、食じきを得えたれば人心地ひとごこちになつて、恰あたかも可よし、谷間たにあひから、いたはつて、負おぶつて世よに出でた。

底本:「鏡花全集 卷六」岩波書店

   1941(昭和16)年11月10日第1刷発行

   1974(昭和49)年4月2日第2刷発行

入力:土屋隆

校正:門田裕志

2005年10月28日作成

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