湯ヶ原ゆき
国木田独歩



        一


 定さだめし今いま時分じぶんは閑散ひまだらうと、其その閑散ひまを狙ねらつて來きて見みると案外あんぐわいさうでもなかつた。殊ことに自分じぶんの投宿とうしゆくした中西屋なかにしやといふは部室數へやかずも三十近ぢかくあつて湯ゆヶ原はら温泉をんせんでは第だい一といはれて居ゐながら而しかも空室あきまはイクラもない程ほどの繁盛はんじやうであつた。少すこし當あては違ちがつたが先まづ〳〵繁盛はんじやうに越こした事ことなしと斷念あきらめて自分じぶんは豫想外よさうぐわいの室へやに入はひつた。

 元來ぐわんらい自分じぶんは大だいの無性者ぶしやうものにて思おもひ立たつた旅行りよかうもなか〳〵實行じつかうしないのが今度こんどといふ今度こんどは友人いうじんや家族かぞくの切せつなる勸告くわんこくでヤツと出掛でかけることになつたのである。『其處そこに骨ほねの人ひと行ゆく』といふ文句もんくそれ自身じしんがふら〳〵と新宿しんじゆくの停車場ていしやぢやうに着ついたのは六月二十日の午前ごぜん何時であつたか忘わすれた。兔とも角かく、一汽車ひときしや乘のり遲おくれたのである。

 同伴者つれは親類しんるゐの義母おつかさんであつた。此人このひとは途中とちゆう萬事ばんじ自分じぶんの世話せわを燒やいて、病人びやうにんなる自分じぶんを湯ゆヶ原はらまで送おくり屆とゞける役やくを持もつて居ゐたのである。

『どうせ待まつなら品川しながはで待まちましようか、同おなじことでも前程さきへ行いつて居ゐる方はうが氣持きもちが可いいから』

と自分じぶんがいふと

『ハア、如何どうでも。』

 其處そこで國府津こふづまでの切符きつぷを買かひ、品川しながはまで行ゆき、其そのプラツトホームで一時間じかん以上いじやうも待まつことゝなつた。十一時頃じごろから熱ねつが出でて來きたので自分じぶんはプラツトホームの眞中まんなかに設まうけある四方はう硝子張がらすばりの待合室まちあひしつに入はひつて小ちひさくなつて居ゐると呑氣のんきなる義母おつかさんはそんな事こととは少すこしも御存知ごぞんじなく待合室まちあひしつを出でて見みたり入はひつて見みたり、煙草たばこを喫すつて見みたり、自分じぶんが折をり折り話はなしかけても只ただ『ハア』『そう』と答こたへらるゝだけで、沈々ちん〳〵默々もく〳〵、空々くう〳〵漠々ばく〳〵、三日でも斯かうして待まちますよといはぬ計ばかり、悠然いうぜん、泰然たいぜん、茫然ばうぜん、呆然ぼうぜんたるものであつた。其中そのうち漸やうやく神戸かうべ行ゆきが新橋しんばしから來きた。特とくに國府津こふづ止どまりの箱はこが三四輛りやう連結れんけつしてあるので紅帽あかばうの注意ちゆういを幸さいはひにそれに乘のり込こむと果はたして同乘者どうじようしやは老人夫婦らうじんふうふきりで頗すこぶる空すいて居ゐた、待まち疲くたびれたのと、熱ねつの出でたのとで少すくなからず弱よわつて居ゐる身體からだをドツかと投なげ下おろすと眼がグラついて思おもはずのめりさうにした。

 前夜ぜんやの雨あめが晴はれて空そらは薄雲うすぐもの隙間あひまから日影ひかげが洩もれては居ゐるものゝ梅雨つゆ季どきは爭あらそはれず、天際てんさいは重おもい雨雲あまぐもが被おほり重かさなつて居ゐた。汽車きしやは御丁寧ごていねいに各驛かくえきを拾ひろつてゆく。

『義母おつかさん此處こゝは梅うめで名高なだかひ蒲田かまたですね。』

『そう?』

『義母おつかさん田植たうゑが盛さかんですね。』

『そうね。』

『御覽ごらんなさい、眞紅まつかな帶おびを結しめて居ゐる娘むすめも居ゐますよ。』

『そうね。』

『義母おつかさん川崎かはさきへ着つきました。』

『そうね。』

『義母おつかさんお大師樣だいしさまへ何度なんどお參まゐりになりました。』

『何度なんどですか。』

 これでは何方どつちが病人びやうにんか分わからなくなつた。自分じぶんも斷念あきらめて眼めをふさいだ。


        二


 トロリとした間まに鶴見つるみも神奈川かながはも過すぎて平沼ひらぬまで眼めが覺さめた。僅わづかの假寢うたゝねではあるが、それでも氣分きぶんがサツパリして多少いくらか元氣げんきが附ついたので懲こりずまに義母おつかさんに

『横濱よこはまに寄よらないだけ未まだ可よう御座ございますね。』

『ハア。』

 是非ぜひもないことゝ自分じぶんも斷念あきらめて咽喉疾いんこうしつには大敵たいてきと知しりながら煙草たばこを喫すい初はじめた。老人夫婦らうじんふうふは頻しきりと話はなして居ゐる。而しかもこれは婦をんなの方はうから種々しゆ〴〵の問題もんだいを持出もちだして居ゐるやうだそして多少いくらか煩うるさいといふ氣味きみで男をとこはそれに説明せつめいを與あたへて居ゐたが隨分ずゐぶん丁寧ていねいな者もので決けつして『ハア』『そう』の比ひではない。

 若もし或人あるひとが義母おつかさんの脊後うしろから其その脊中せなかをトンと叩たゝいて『義母おつかさん!』と叫さけんだら『オヽ』と驚おどろいて四邊あたりをきよろ〳〵見廻みまはして初はじめて自分じぶんが汽車きしやの中なかに在あること、旅行りよかうしつゝあることに氣きが附つくだらう。全體ぜんたい旅たびをしながら何物なにものをも見みず、見みても何等なんらの感興かんきようも起おこさず、起おこしても其それを折角せつかくの同伴者つれと語かたり合あつて更さらに興きようを増ますこともしないなら、初はじめから其人そのひとは旅たびの面白おもしろみを知しらないのだ、など自分じぶんは獨ひとり腹はらの中なかで愚痴ぐちつて居ゐると

『あれは何なんでしよう、そら彼あの山やまの頂邊てつぺんの三角かくの家うちのやうなもの。』

『どれだ。』

『そら彼あの山やまの頂邊てつぺんの、そら……。』

『どの山やまだ』

『そら彼あの山やまですよ。』

『どれだよ。』

『まア貴下あなたあれが見みえないの。アゝ最早もう見みえなくなつた。』と老婦人らうふじんは殘念ざんねんさうに舌打したうちをした。義母おつかさんは一寸ちよつと其方そのはうを見みたばかり此時このとき自分じぶんは思おもつた義母おつかさんよりか老婦人らうふじんの方はうが幸福しあはせだと。

 そこで自分じぶんは『對話たいわ』といふことに就ついて考かんがへ初はじめた、大袈裟おほげさに言いへば『對話哲學たいわてつがく』又またの名なを『お喋舌しやべり哲學てつがく』に就ついて。

 自分じぶんは先まづ劈頭へきとう第だい一に『喋舌しやべる事ことの出來できない者ものは大馬鹿おほばかである』


        三


『喋舌しやべることの出來できないのを稱しようして大馬鹿おほばかだといふは餘あまり殘酷ひどいかも知しれないが、少すくなくとも喋舌しやべらないことを以もつて甚ひどく自分じぶんで豪えらがる者ものは馬鹿者ばかものの骨頂こつちやうと言いつて可よろしい而そして此種このしゆの馬鹿者ばかものを今いまの世よにチヨイ〳〵見受みうけるには情なさけない次第しだいである。』

『旅たびは道連みちづれ、世よは情なさけといふが、世よは情なさけであらうと無なからうと別問題べつもんだいとして旅たびの道連みちづれは難有ありがたい、マサカ獨ひとりでは喋舌しやべれないが二人ふたりなら對手あひてが泥棒どろぼうであつても喋舌しやべりながら歩あるくことが出來できる。』など、それからそれと考かんがへて居ゐるうち又また眠ねむくなつて來きた。

 睡眠ねむりは安息あんそくだ。自分じぶんは眠ねむることが何なにより好すきである。けれど爲しようことなしに眠ねむるのはあたら一生涯しやうがいの一部分ぶゝんをたゞで失なくすやうな氣がして頗すこぶる不愉快ふゆくわいに感かんずる、處ところが今いまの場合ばあひ、如何いかんとも爲しがたい、眼めの閉とづるに任まかして置おいた。

幾分位いくら眠ねむつたか知しらぬが夢現ゆめうつゝの中うちに次つぎのやうな談話はなしが途斷とぎれ〳〵に耳みゝに入はひる。

『貴方あなたお腹なかが空すきましたか。』

『……甚ひどく空すいた。』

『私わたしも大變たいへん空すきました。大船おほふなでお辨べんを買かひましよう。』

 成程なるほどこんな談はなしを聞きいて見みると腹はらが空すいたやうでもある。まして沈默家ちんもくかの特長とくちやうとして義母おつかさんも必定きつとさうだらうと、

『義母おつかさんお腹なかが空すきましたらう。』

『イヽエ、そうでも有ありませんよ。』

『大船おほふなへ着ついたら何なにか食たべましよう。』

『今度こんどが大船おほふなですか。』

『私わたしは眠ねて居ゐたから能よく分わかりませんが、』と言ひながら外景そとを見みると丘山樹林きうざんじゆりんの容樣かたちが正まさにそれなので

『エヽ、最早直もうすぐ大船おほふなです。』

『大變たいへん早はやいこと!』


        四


 大船おほふなに着つくや老夫婦としよりふうふが逸早いちはやく押おしずしと辨當べんたうを買かひこんだのを見みて自分じぶんも其その眞似まねをして同おなじものを求もとめた。頸筋くびすぢは豚ぶたに似にて聲こゑまでが其それらしい老人らうじんは辨當べんたうをむしやつき、少すこし上方辯かみがたべんを混まぜた五十幾歳位いくさいぐらゐの老婦人らうふじんはすしを頬張ほゝばりはじめた。

 自分じぶんは先まづ押おしずしなるものを一つ摘つまんで見みたが酢すが利きき過すぎてとても喰くへぬのでお止やめにして更さらに辨當べんたうの一隅ぐうに箸はしを着つけて見みたがポロ〳〵飯めしで病人びやうにんに大毒だいどくと悟さとり、これも御免ごめんを被かうむり、元來ぐわんらい小食せうしよくの自分じぶん、別べつに苦くにもならず總すべてを義母おつかさんにお任まかせして茶ちやばかり飮のんで内心ないしん一の悔くいを懷いだきながら老人夫婦としよりふうふをそれとなく觀察くわんさつして居ゐた。

『何故なぜ「ビールに正宗まさむね……」の其その何いづれかを買かひ入いれなかつたらう』といふが一ひとつの悔くいである。大船おほふなを發はつして了しまへば最早もう國府津こふづへ着つくのを待まつ外ほか、途中とちゆう何なにも得うることは出來できないと思おもふと、淺間あさましい事ことには猶なほ殘念ざんねんで堪たまらない。

『酒さけを買かへば可よかつた。惜をしいことを爲した』

『ほんとに、さうでしたねえ』と誰だれか合槌あひづちを打うつて呉くれた、と思おもふと大違おほちがひの眞中まんなか。義母おつかさんは今いましも下したを向むいて蒲鉾かまぼこを食くひ欠かいで居をらるゝ所ところであつた。

 大磯おほいそ近ちかくなつて漸やつと諸君しよくんの晝飯ちうはんが了をはり、自分じぶんは二個この空箱あきばこの一ひとつには笹葉さゝつぱが殘のこり一には煮肴にざかなの汁しるの痕あとだけが殘のこつて居ゐる奴やつをかたづけて腰掛こしかけの下したに押込おしこみ、老婦人らうふじんは三個この空箱あきばこを丁寧ていねいに重かさねて、傍かたはらの風呂敷包ふろしきづつみを引寄ひきよせ其それに包つゝんで了しまつた。最もつとも左樣さうする前まへに老人らうじんと小聲こゞゑで一寸ちよつと相談さうだんがあつたらしく、金貸かねかしらしい老人らうじんは『勿論もちろんのこと』と言いひたげな樣子やうすを首くびの振ふり方かたで見みせてたのであつた。

 此二このふたつの悲劇ひげきが終をわつて彼是かれこれする中うち、大磯おほいそへ着つくと女中ぢよちゆうが三人にんばかり老人夫婦としよりふうふを出迎でむかへに出でて居ゐて、其その一人ひとりが窓まどから渡わたした包つゝみを大事だいじさうに受取うけとつた。其中そのなかには空虚からつぽの折箱をりも三ツ入はひつて居ゐるのである。

 汽車きしやが大磯おほいそを出でると直すぐ(吾等われら二人ふたりぎりになつたので)

『義母おつかさん今いまの連中れんちゆふは何者なにものでしよう。』

『今いまのツて何なに?』

『今いま大磯おほいそへ下おりた二人ふたりです。』

『さうねえ』

『必定きつと金貸かねかしか何なんかですよ。』

『さうですかね』

『でなくても左樣さう見みえますね』

『婆樣ばあさんは上方者かみがたものですよ、ツルリンとした顏かほの何處どつかに「間拔まぬけの狡猾かうくわつ」とでも言いつたやうな所ところがあつて、ペチヤクリ〳〵老爺ぢいさんの氣嫌きげんを取とつて居ゐましたね。』

『さうでしたか』

『妾めかけの古手ふるてかも知しれない。』

『貴君あなたも隨分ずゐぶん口くちが惡わるいね』とか何なんとか義母おつかさんが言いつて呉くれると、益々ます〳〵惡口雜言あくこうざふごんの眞價しんかを發揮はつきするのだけれども、自分じぶんのは合憎あいにく甘うまい言ことをトン〳〵拍子びやうしで言いひ合あふやうな對手あひてでないから、間まの拔ぬけるのも是非ぜひがない。


        五


 箱根はこね、伊豆いづの方面はうめんへ旅行りよかうする者ものは國府津こふづまで來くると最早もはや目的地もくてきちの傍そばまで着つゐた氣きがして心こゝろも勇いさむのが常つねであるが、自分等じぶんら二人ふたりは全然まるでそんな樣子やうすもなかつた。不好いやな處ところへいや〳〵ながら出でかけて行ゆくのかと怪あやしまるゝばかり不承無承ふしようぶしようにプラツトホームを出でて、紅帽あかばうに案内あんないされて兔とも角かくも茶屋ちやゝに入はひつた。義母おつかさんは兔うさぎにつまゝられたやうな顏かほつきをして、自分じぶんは狼おほかみにつまゝられたやうに顏かほをして(多分たぶん他ほかから見みると其樣そんな顏かほであつたらうと思おもふ)『やれ〳〵』とも『先まづ〳〵』とも何なんとも言いはず女中ぢよちゆうのすゝめる椅子いすに腰こしを下おろした。

 自分じぶんは義母おつかさんに『これから何處どこへ行ゆくのです』と問とひたい位くらゐであつた。最早もう我慢がまんが仕しきれなくなつたので、義母おつかさんが一寸ちよつと立たつて用ようたしに行いつた間まに正宗まさむねを命めいじて、コツプであほつた。義母おつかさんの來きた時ときは最早もうコツプも空壜あきびんも無ない。

 思おもひきや此この藝當げいたうを見みながら

『ヤア、これは珍めづらしい處ところで』と景氣けいきよく聲こゑをかけて入はひつて來きた者ものがある。

 可愛かはいさうに景氣けいきのよい聲こゑ、肺臟はいざうから出でる聲こゑを聞きいたのは十年ねんぶりのやうな氣きがして、自分じぶんは思おもはず立上たちあがつた。見みれば友人いうじんM君エムくんである。

『何處どこへ?』彼かれは問とふた。

『湯ゆヶ原はらへ行ゆく積つもりで出でて來きたのだ。』

『湯ゆヶ原はらか。湯ゆヶ原はらも可いいが此頃このごろの天氣てんきじやアうんざりするナア』

『君きみは如何どうしたのだ。』

『僕ぼくは四五日前まへから小田原をだはらの友人いうじんの宅うちへ遊あそびに行いつて居ゐたのだが、雨あめばかりで閉口へいかうしたから、これから歸京かへらうと思おもふんだ。』

『湯ゆヶ原はらへ行ゆき玉たまへ。』

『御免ごめん、御免ごめん、最早もう飽あき〳〵した。』

 平凡へいぼんな會話くわいわじやアないか。平常ふだんなら當然あたりまへの挨拶あいさつだ。併しかし自分じぶんは友ともと別わかれて電車でんしやに乘のつた後あとでも氣持きもちがすが〳〵して清涼劑せいりやうざいを飮のんだやうな氣きがした。おまけに先刻さつきの手早てばやき藝當げいたうが其その效果きゝめを現あらはして來きたので、自分じぶんは自分じぶんと腹はらが定きまり、車窓しやさうから雲霧うんむに埋うもれた山々やま〳〵を眺ながめ

『走はしれ走はしれ電車でんしや、』

 圓太郎馬車ゑんたらうばしやのやうに喇叭らつぱを吹ふいて呉くれると更さらに妙めうだと思おもつた。


        六


 小田原をだはらは街まちまで長ながい其その入口いりぐちまで來くると細雨こさめが降ふりだしたが、それも降ふりみ降ふらずみたいした事こともなく人車鐵道じんしやてつだうの發車點はつしやてんへ着ついたのが午後ごゝの何時なんじ。半時間はんじかん以上いじやう待またねば人車じんしやが出でないと聞きいて茶屋ちやゝへ上あがり今度こんどは大おほぴらで一本ぽん命めいじて空腹くうふくへ刺身さしみを少すこしばかり入いれて見みたが、惡酒わるざけなるが故ゆゑのみならず元來ぐわんらい八度ど以上いじやうの熱ねつある病人びやうにん、甘味うまからう筈はずがない。悉こと〴〵くやめてごろり轉ころがるとがつかりして身體からだが解とけるやうな氣きがした。旅行りよかうして旅宿やどに着ついて此このがつかりする味あぢは又また特別とくべつなもので、「疲勞ひらうの美味びみ」とでも言いはうか、然しかし自分じぶんの場合ばあひはそんなどころではなく病やまひが手傳てつだつて居ゐるのだから鼻はなから出でる息いきの熱ねつを今更いまさらの如ごとく感かんじ、最早もはや身動みうごきするのもいやになつた。

 しかし時間じかんが來くれば動うごかぬわけにいかない只ただ人車鐵道じんしやてつだうさへ終をはれば最早もう着つゐたも同樣どうやうと其それを力ちからに箱はこに入はひると中等ちゆうとうは我等われら二人ふたりぎり廣ひろいのは難有ありがたいが二時間半じかんはんを無言むごんの行ぎやうは恐おそれ入いると思おもつて居ゐると、巡査じゆんさが二人ふたり入はひつて來きた。

 一人ひとりは張飛ちやうひの痩やせて弱よわくなつたやうな中老ちゆうらうの人物じんぶつ。一人ひとりは關羽くわんうが鬚髯ひげを剃そり落おとして退隱たいゝんしたやうな中老ちゆうらう以上いじやうの人物じんぶつ。

 膄やせた張飛ちやうひは眞鶴まなづる駐在所ちゆうざいしよに勤務きんむすること既すでに七八年ねん、齋藤巡査さいとうじゆんさと稱しようし、退隱たいゝんの關羽くわんうは鈴木巡査すゞきじゆんさといつて湯ゆヶ原はらに勤務きんむすること實じつに九年ねん以上いじやうであるといふことは、後あとで解わかつたのである。

 自分じぶんの注文通ちゆうもんどほり、喇叭らつぱの聲こゑで人車じんしやは小田原をだはらを出發たつた。


        七


 自分じぶんは如何どういふものかガタ馬車ばしやの喇叭らつぱが好すきだ。回想くわいさうも聯想れんさうも皆みな面白おもしろい。春はるの野路のぢをガタ馬車ばしやが走はしる、野のは菜なの花はなが咲さき亂みだれて居ゐる、フワリ〳〵と生温なまぬるい風かぜが吹ふゐて花はなの香かほりが狹せまい窓まどから人ひとの面おもてを掠かすめる、此時このとき御者ぎよしやが陽氣やうきな調子てうしで喇叭らつぱを吹ふきたてる。如何いくら嫁よめいびりの胡麻白ごましろ婆ばあさんでも此時このときだけはのんびりして幾干いくらか善心ぜんしんに立たちかへるだらうと思おもはれる。夏なつも可よし、清明せいめいの季節きせつに高地テーブルランドの旦道たんだうを走はしる時ときなど更さらに可よし。

 ところが小田原をだはらから熱海あたみまでの人車鐵道じんしやてつだうに此この喇叭がある。不愉快ふゆくわい千萬な此この交通機關かうつうきくわんに此この鳴物なりものが附ついてる丈だけで如何どうか興きようを助たすけて居ゐるとは兼かねて自分じぶんの思おもつて居ゐたところである。

 先まづ二臺だいの三等車とうしや、次つぎに二等車とうしやが一臺だい、此この三臺だいが一列れつになつてゴロ〳〵と停車場ていしやぢやうを出でて、暫時しばらくは小田原をだはらの場末ばすゑの家立いへなみの間あひだを上のぼりには人ひとが押おし下くだりには車くるまが走はしり、走はしる時ときは喇叭らつぱを吹ふいて進すゝんだ。

 愈〻いよ〳〵平地へいちを離はなれて山路やまぢにかゝると、これからが初はじまりと言いつた調子てうしで張飛巡査ちやうひじゆんさは何處どこからか煙管きせると煙草入たばこいれを出だしたがマツチがない。關羽くわんうも持もつて居ゐない。これを見みた義母おつかさんは徐おもむろに袖たもとから取出とりだして

『どうかお使つかひ下くださいまし。』

と丁寧ていねいに言いつた。

『これは〳〵。如何どうもマツチを忘わすれたといふやつは始末しまつにいかんもので。』

と巡査じゆんさは一いつぷく點火つけてマツチを義母おつかさんに返かへすと義母おつかさんは生眞面目きまじめな顏かほをして、それを受うけ取つて自身じしんも煙草たばこを喫すいはじめた。別べつに海洋かいやうの絶景ぜつけいを眺ながめやうともせられない。

 どんより曇くもつて折をり〳〵小雨こさめさへ降ふる天氣てんきではあるが、風かぜが全まつたく無ないので、相摸灣さがみわんの波靜しづかに太平洋たいへいやうの煙波えんぱ夢ゆめのやうである。噴煙ふんえんこそ見みえないが大島おほしまの影かげも朦朧もうろうと浮うかんで居ゐる。

『義母おつかさんどうです、佳いい景色けしきですね。』

『さうねえ。』

『向むかうに微かすかに見みえるのが大島おほしまですよ。』

『さう?』

 此時このとき二人ふたりの巡査じゆんさは新聞しんぶんを讀よんで居ゐた。關羽巡査くわんうじゆんさは眼鏡めがねをかけて、人車じんしやは上のぼりだからゴロゴロと徐行じよかうして居ゐた。


        八


 景色けしきは大おほきいが變化へんくわに乏とぼしいから初はじめての人ひとなら兔とも角かく、自分じぶんは既すでに幾度いくたびか此海このうみと此この棧道さんだうに慣なれて居ゐるから強しひて眺ながめたくもない。義母おつかさんが定さだめし珍めづらしがるだらうと思おもつて居ゐたのが、例れいの如ごとく簡單かんたんな御挨拶ごあいさつだけだから張合はりあひが拔ぬけて了しまつた。新聞しんぶんは今朝けさ出でる前まへに讀よみ盡つくして了しまつたし、本ほんを讀よむ元氣げんきもなし、眠ねむくもなし、喋舌しやべる對手あひてもなし、あくびも出でないし、さて斯かうなると空々然くう〳〵ぜん、漠々然ばく〳〵ぜん何時いつしか義母おつかさんの氣きが自分じぶんに乘のり移うつつて血ちの流動ながれが次第々々しだい〳〵にのろくなつて行ゆくやうな氣きがした。

 江えの浦うらへ一時半じはんの間あひだは上のぼりであるが多少たせうの高低かうていはある。下くだりもある。喇叭らつぱも吹ふく、斯かくて棧道さんだうにかゝつてから第だい一の停留所ていりうじよに着ついた所ところの名なは忘わすれたが此處こゝで熱海あたみから來くる人車じんしやと入いりちがへるのである。

 巡査じゆんさは此處こゝで初はじめて新聞しんぶんを手離てばなした。自分じぶんはホツと呼吸いきをして我われに返かへつた。義母おつかさんはウンともスンとも言いはれない。別べつに我われに返かへる必要ひつえうもなく又また返かへるべき我われも持もつて居ゐられない

『此處こゝで又また暫時しばらく待またされるのか。』

と眞鶴まなづるの巡査じゆんさ、則すなはち張飛巡査ちやうひじゆんさが言いつたので

『いつも此處こゝで待またされるのですか。』

と自分じぶんは思おもはず問とふた。

『さうとも限かぎりませんが熱海あたみが遲おそくなると五分ふんや十分ぷん此處こゝで待またされるのです。』

 壯丁さうていは車くるまを離はなれて水みづを呑のむもあり、皆みな掛茶屋かけぢやゝの縁えんに集あつまつて休やすんで居ゐた。此處こゝは谷間たにまに據よる一小村せうそんで急斜面きふしやめんは茅屋くさやが段だんを作つくつて叢むらがつて居ゐるらしい、車くるまを出でて見みないから能よくは解わからないが漁村ぎよそんの小せうなる者もの、蜜柑みかんが山やまの産物さんぶつらしい。人車じんしやの軌道きだうは村むらの上端じやうたんを横よこぎつて居ゐる。

 雨あめがポツ〳〵降ふつて居ゐる。自分じぶんは山やまの手ての方はうをのみ見みて居ゐた。初はじめは何心なにごころなく見みるともなしに見みて居ゐる内うちに、次第しだいに今いま見みて居ゐる前面ぜんめんの光景くわうけいは一幅ぷくの俳畫はいぐわとなつて現あらはれて來きた。


        九


 軌道レールと直角ちよくかくに細長ほそながい茅葺くさぶきの農家のうかが一軒けんある其その裏うらは直すぐ山やまの畑はたけに續つゞいて居ゐるらしい。家いへの前まへは廣庭ひろにはで麥むぎなどを乾ほす所ところだらう、廣庭ひろにはの突つきあたりに物置ものおきらしい屋根やねの低ひくい茅屋くさやがある。母屋おもやの入口いりくちはレールに近ちかい方はうにあつて人車じんしやから見みると土間どまが半分はんぶんほどはすかひに見みえる。

 入口いりくちの外そとの軒下のきしたに橢圓形だゑんけいの据風呂すゑぶろがあつて十二三の少年せうねんが入はひつて居ゐるのが最初さいしよ自分じぶんの注意ちゆういを惹ひいた。此この少年せうねんは其その日ひに燒やけた脊中せなかばかり此方こちらに向むけて居ゐて決けつして人車じんしやの方はうを見みない。立たつたり、しやがんだりして居ゐるばかりで、手拭てぬぐひも持もつて居ゐないらし、又また何時いつ出でる風ふうも見みえず、三時間じかんでも五時間じかんでも一日でも、あアやつて居ゐるのだらうと自分じぶんには思おもはれた。廣庭ひろにはに向むいた釜かまの口くちから青あをい煙けむが細々ほそ〴〵と立騰たちのぼつて軒先のきさきを掠かすめ、ボツ〳〵雨あめが其中そのなかを透すかして落おちて居ゐる。半分はんぶん見みえる土間どまでは二十四五の女をんなが手拭てぬぐひを姉樣ねえさまかぶりにして上あがりがまちに大盥おほだらひ程ほどの桶をけを控ひかへ何物なにものかを篩ふるひにかけて專念せんねん一意いの體てい、其桶そのをけを前まへに七ツ八ツの小女こむすめが坐すわりこんで見物けんぶつして居ゐるが、これは人形にんぎやうのやうに動うごかない、風呂ふろの中なかの少年せうねんも同おなじくこれを見物けんぶつして居ゐるのだといふことが自分じぶんにやつと解わかつた。

 入口いりくちの彼方あちらは長ながい縁側えんがはで三人にんも小女こむすめが坐すわつて居ゐて其その一人ひとりは此方こちらを向むき今いましも十七八の姉樣ねえさんに髮かみを結ゆつて貰もらふ最中さいちゆう。前髮まへがみを切きり下さげて可愛かはゆく之これも人形じんぎやうのやうに順おとなしくして居ゐる廣庭ひろにはでは六十以上いじやうの而しかも何いづれも達者たつしやらしい婆ばあさんが三人立にんたつて居ゐて其その一人ひとりの赤兒あかんぼを脊負おぶつて腰こしを曲まげ居をるのが何事なにごとか婆ばあさん聲ごゑを張上はりあげて喋白しやべつて居ゐると、他たの二人ふたりの婆樣ばあさんは合槌あひづちを打うつて居ゐる。けれども三人にんとも手ても足あしも動うごかさない。そして五六人にんの同おなじ年頃としごろの小供こどもがやはり身動みうごきもしないで婆ばあさん達たちの周圍まはりを取とり卷まいて居ゐるのである。

 眞黒まつくろな艷つやの佳いい洋犬かめが一匹ぴき、腮あごを地ぢに着つけて臥ねそべつて、耳みゝを埀たれたまゝ是これ亦また尾ををすら動うごかさず、廣庭ひろにはの仲間なかまに加くははつて居ゐた。そして母屋おもやの入口いりくちの軒陰のきかげから燕つばめが出でたり入はひつたりして居ゐる。

 初はじめは俳畫はいぐわのやうだと思おもつて見みて居ゐたが、これ實じつに畫ゑでも何なんでもない。細雨さいうに暮くれなんとする山間村落さんかんそんらくの生活せいくわつの最もつとも靜しづかなる部分ぶゝんである。谷たにの奧おくには墓場はかばもあるだらう、人生じんせい悠久いうきうの流ながれが此處こゝでも泡立あわだたぬまでの渦うづを卷まゐて居ゐるのである。


        十


 隨分ずゐぶん長ながく待またされたと思おもつたが實際じつさいは十分ぷんぐらゐで熱海あたみからの人車じんしやが威勢ゐせい能く喇叭らつぱを吹ふきたてゝ下くだつて來きたので直すぐ入いれちがつて我々われ〳〵は出立しゆつたつした。

 雨あめが次第しだいに強つよくなつたので外面そとの模樣もやうは陰鬱いんうつになるばかり、車内うちは退屈たいくつを増ますばかり眞鶴まなづるの巡査じゆんさがとう〳〵

『何方どちらへ行いらつしやいます。』と口くちを切きつた。

『湯ゆヶ原はらへ行ゆかふと思おもつて居ゐます。』と自分じぶんがこれに應おうじた。思おもつて居ゐるどころか、今現いまげんに行ゆきつゝあるのだ。けれど斯かふ言ふのが温泉場をんせんばへ行ゆく人ひと、海水浴場かいすゐよくぢやうへ行ゆく人ひと乃至ないし名所見物めいしよけんぶつにでも出掛でかける人ひとの洒落しやれた口調くてうであるキザな言葉ことばたるを失うしなはない。

『湯ゆヶ原はらは可いい所とこです、初はじめてゞすか。』

『一二度ど行いつた事ことがあります。』

『宿やどは何方どちらです。』

『中西屋なかにしやです。』

『中西屋なかにしやは結構けつかうです、近來きんらい益〻ます〳〵可いいやうです。さうだね君きみ。』と兔角とかく言葉ことばの少すくない鈴木巡査すゞきじゆんさに贊成さんせいを求もとめた。

『さうです。實際じつさい彼あの家うちが今いま一番ばん繁盛はんじやうするでしよう。』と關羽くわんうの鈴木巡査すゞきじゆんさが答こたへた。

 先まづこんな有ありふれた問答もんだふから、だん〳〵談話はなしに花はながさいて東京博覽會とうきようはくらんくわいの噂うはさ、眞鶴近海まなづるきんかいの魚漁談ぎよれふだん等とうで退屈たいくつを免まぬかれ、やつと江えの浦うらに達たつした。

『サアこれから下くだりだ。』と齋藤巡査さいとうじゆんさが威勢ゐせいをつけた。

『義母おつかさんこれから下くだりですよ。』

『さう。』

『隨分ずゐぶん亂暴らんばうだから用心ようじんせんと頭あたまを打觸ぶつけますよ。』

『さうですか。』


 齋藤巡査さいとうじゆんさが眞鶴まなづるで下車げしやしたので自分じぶんは談敵だんてきを失うしなつたけれど、湯ゆヶ原はらの入口いりくちなる門川もんかはまでは、退屈たいくつする程ほどの隔離かくりでもないので困こまらなかつた。

 日ひは暮くれかゝつて雨あめは益〻ます〳〵強つよくなつた。山々やま〳〵は悉こと〴〵く雲くもに埋うもれて僅わづかに其麓そのふもとを現あらはすばかり。我々われ〳〵が門川もんかはで下おりて、更さらに人力車くるまに乘のりかへ、湯ゆヶ原はらの溪谷けいこくに向むかつた時ときは、さながら雲くも深ふかく分わけ入いる思おもひがあつた。

底本:「定本 国木田独歩全集 第四巻」学習研究社

   1971(昭和46)年2月10日初版発行

   1978(昭和53)年3月1日増訂版発行

   1995(平成7)年7月3日増補版発行

※底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5-86)を、大振りにつくっています。

入力:鈴木厚司

校正:mayu

2001年11月7日公開

2004年7月20日修正

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