物のいわれ
楠山正雄



目次


物のいわれ(上)

 そばの根はなぜ赤いか

 猿と蟹

 狐と獅子

 蛙とみみず

 すずめときつつき

物のいわれ(下)

 ふくろうと烏

 蜜蜂

 ひらめ

 ほととぎす

 鳩



   物もののいわれ(上)


     そばの根ねはなぜ赤あかいか


       一


 あなたはおそばの木を知しっていますか。あんなに真まっ白しろな、雪ゆきのようなきれいな花はなが咲さくくせに、一度ど畑はたけに行って、よくその根ねをしらべてごらんなさい。それは血ちのように真まっ赤かです。いったいおそばの根ねは、いつからあんなに赤あかく染そまったのでしょうか。それにはこんなお話はなしがあるのです。

 むかし、三人にんの男の子を持もったおかあさんがありました。総領そうりょうが太郎たろうさん、二ばんめが次郎じろうさん、いちばん末すえっ子このごく小さいのが、三郎さぶろうさんです。

 ある日、おかあさんは、町まちまで買かい物ものに出かけました。出がけにおかあさんは、三人にんの子供こどもを呼よんで、

「おかあさんは町まちまで買かい物ものに行って来きます。じき帰かえって来きますから、三人にんで仲なかよくお留守番るすばんをするのですよ。戸とをしっかりしめて、みんなでおとなしくうちの中に入はいっておいでなさい。ひょっとすると悪わるい山姥やまうばが、おかあさんの姿すがたに化ばけて、お前まえたちをだましに来こないものでもないから、よく気きをつけて、けっして戸とをあけてはいけません。山姥やまうばはいくら上手じょうずに化ばけても、声こえが、しゃがれたがあがあ声ごえで、手足てあしも、松まつの木のようにがさがさした、真まっ黒くろな手足てあしをしていますから、けっしてだまされてはいけませんよ。」

 といい聞きかせました。すると子供こどもたちは、

「おかあさん、心配しんぱいしないでもいいよ。おかあさんのいうとおりにして待まっているからね。」

 といったので、おかあさんは安心あんしんして出て行きました。

 ところがじき帰かえって来くるといったおかあさんは、なかなか帰かえって来こないで、そろそろ日が暮くれかけてきました。子供こどもたちはだんだん心配しんぱいになってきました。「おかあさんはどうしたんだろうね。」とみんなでいい合あっていますと、だれかおもての戸とをとんとんとたたいて、

「子供こどもたちや、あけておくれ。おかあさんだよ。お前まえたちのすきなおみやげを、たんと買かって来きたからね。」

 といいました。

 けれども子供こどもたちは、しゃがれたがあがあ声ごえをしているから、おかあさんではない。山姥やまうばが化ばけて来きたにちがいないと思おもって、

「あけない、あけない、お前まえはおかあさんじゃあないよ。おかあさんはやさしい声こえだ。お前まえの声こえはがあがあしゃがれている。お前まえはきっと山姥やまうばにちがいない。」

 といいました。

 ほんとうにそれは山姥やまうばにちがいありませんでした。山姥やまうばは途中とちゅうで、おかあさんをつかまえて食たべてしまったのです。そしておかあさんに化ばけて、こんどは子供こどもたちを食たべに来きたのです。けれども、子供こどもたちが入いれてくれないものですから、困こまって、村むらの油屋あぶらやへ行って、油あぶらを一升しょう盗ぬすんで、それをみんな飲のんで、喉のどをやわらかにして、また戻もどって来きて、とんとんと戸とをたたきました。そして、

「子供こどもたちや、あけておくれ。おかあさんだよ。みんなのすきなおみやげを、たんと買かって来きたからね。」

 といいました。

 こんどはそっくりおかあさんと同おなじような、やさしいいい声こえでした。けれども子供こどもたちはまだほんとうにしないで、

「じゃあ、先さきに手を出だしてお見みせ。」

 といいました。

 山姥やまうばが戸とのすきまから手を出だしましたから、子供こどもたちがさわってみますと、それは松まつの木のように節ふしくれだって、がさがさしていました。子供こどもたちはまた、

「いいえ。あけない、あけない。おかあさんはもっとつるつるして柔やわらかな手をしている。お前まえは山姥やまうばにちがいない。」

 といいました。

 そこで山姥やまうばは裏うらの畑はたけへ行って、芋いもがらを取とって、手の先さきにぐるぐる巻まきつけました。

 そして山姥やまうばは三度どめにうちの前まえに立たって、とんとんと戸とをたたいて、

「子供こどもたちや、あけておくれ。おかあさんだよ。みんなのすきなおみやげを、たんと買かって来きたからね。」

 といいますと、子供こどもたちは中から、

「じゃあ、手をお見みせ。ほんとうにおかあさんだか、どうだか、見みてやるから。」

 といいました。

 山姥やまうばはまた戸とのすきまから手を出だしました。こんどは手がつるつるして柔やわらかだったので、それではおかあさんにちがいないと思おもって、子供こどもたちは戸とをあけて、山姥やまうばを中へ入いれました。


       二


 おかあさんに化ばけた山姥やまうばは、うちの中に入はいると、さっそくお夕飯ゆうはんにして、子供こどもたちがびっくりするほどたくさん食たべて、今夜こんやはくたびれたから早はやく寝ねようといって、いつものとおり末すえっ子この三郎さぶろうを連つれて、奥おくの間まに入はいって寝ねました。太郎たろうと次郎じろうは二人ふたりで、おもての間まに寝ねました。

 夜中よなかにふと、太郎たろうと次郎じろうが目を覚さましますと、奥おくの間までだれかが、何なんだかぼりぼり物ものを食たべているような音おとがしました。それは山姥やまうばが、末すえっ子この三郎さぶろうをつかまえて食たべているのでした。

「おかあさん、おかあさん、それは何なんの音おとですか。」

 と、太郎たろうが聞ききました。

「おなかがすいたから、たくあんを食たべているのだよ。」

 と、山姥やまうばがいいました。

「わたいも食たべたいなあ。」

 と、次郎じろうがいいました。

「さあ、上あげよう。」

 と、山姥やまうばはいって、三郎さぶろうの小指こゆびをかみ切きって、子供こどもたちの居いる方ほうへ投なげ出だしました。太郎たろうがそれを拾ひろってみると、暗くらくってよく分わかりませんけれど、何なんだか人間にんげんの指ゆびのようでした。太郎たろうはびっくりして、そっと布団ふとんの中で、次郎じろうの耳みみにささやきました。

「奥おくに居いるのは山姥やまうばにちがいない。山姥やまうばがおかあさんに化ばけて、三郎さぶろうちゃんを食たべているのだよ。ぐずぐずしていると、こんどはわたいたちが食たべられる。早はやく逃にげよう、逃にげよう。」

 太郎たろうと次郎じろうはそっと相談そうだんをしていますと、奥おくではもりもり山姥やまうばが三郎さぶろうを食たべる音おとが、だんだん高たかく聞きこえました。

 その時とき次郎じろうは布団ふとんから頭あたまを出だして、

「おかあさん、おかあさん、お小用こように行きたくなりました。」

 といいました。

「じゃあ、起おきて外そとへ出て、しておいでなさい。」

「戸とがあきません。」

「にいさんにあけておもらいなさい。」

 そこで太郎たろうと次郎じろうは逃にげ支度じたくをして、のこのこ布団ふとんからはい出だして、戸とをあけて外そとへ出ました。空そらはよく晴はれて、星ほしがきらきら光ひかっていました。二人ふたりはお庭にわの井戸いどのそばの桃ももの木に、なたで切きり形がたをつけて、足あしがかりにして木の上まで登のぼりました。そしてそっと息いきを殺ころしてかくれていました。

 いつまでたっても、きょうだいがお小用こようから帰かえって来こないので、山姥やまうばはのそのそさがしに出て来きました。明あけ方がたの月つきがちょうど昇のぼりかけて、庭にわの上はかんかん明あかるく見みえました。けれどもきょうだいの姿すがたはどこにも見みえませんでした。さんざんさがしてさがしてくたびれて、のどが渇かわいたので、水みずを飲のもうと思おもって、山姥やまうばが井戸いどのそばに寄よると、桃ももの木の上にかくれているきょうだいの姿すがたが、水みずの上にはっきりとうつりました。

「小用こように行くなんて人をだまして、そんなところに上あがっているのだな。」

 と、山姥やまうばは木の上を見上みあげて、きょうだいをしかりました。その声こえを聞きくと、きょうだいはひとちぢみにちぢみ上あがってしまいました。

「どうして登のぼった。」

 と、山姥やまうばが聞ききますから、

「びんつけを木になすって登のぼったよ。」

 と、太郎たろうがいいました。

「ふん、そうか。」

 といって、山姥やまうばはびんつけ油あぶらを取とりに行きました。きょうだいが上でびくびくしていると、山姥やまうばはびんつけを取とって来きて、桃ももの木にこてこてなすりはじめました。

「それ、登のぼるぞ。」

 といいながら、山姥やまうばは桃ももの木に足あしをかけますと、つるり、びんつけにすべりました。それからつるつる、つるつる、何度なんども何度なんどもすべりながら、それでも強情ごうじょうに一間けんばかり登のぼりましたが、とうとう一息ひといきにつるりとすべって、ずしんと地じびたにころげ落おちました。

 すると次郎じろうが上から、

「ばかな山姥やまうばだなあ、びんつけをつけて木に登のぼれるものか。なたで切きり形がたをつけて登のぼるんだ。」

 といって笑わらいました。

「そのなたはどうした。」

 と、山姥やまうばが聞ききますから、

「なたは井戸いどのそこに入はいっているよ。」

 と、次郎じろうはいってまた笑わらいました。山姥やまうばは井戸いどのそこをのぞいてみましたが、とても手がとどかないので、くやしがって、物置ものおきから鎌かまをさがして来きて、桃ももの木のびんつけを削けずり落おとして、新あたらしく切きり形がたをつけはじめました。山姥やまうばが桃ももの木に切きり形がたをつけはじめたのを見みて、きょうだいは心配しんぱいになってきました。そのうちどんどん山姥やまうばは切きり形がたをつけてしまって、やがてがさがさ、やかましい音おとをさせながら登のぼって来きました。子供こどもたちは困こまって、だんだん高たかい枝えだへ、高たかい枝えだへと、登のぼって行きました。とうとういちばん上のてっぺんまで登のぼって行って、もうこれより先さきへ行きようがない所ところまで登のぼりましたが、やはり山姥やまうばはどんどん上まで登のぼって来きます。困こまりきってしまって、二人ふたりは大空おおぞらを見上みあげながら、ありったけの悲かなしい声こえをふりしぼって、

「お天道てんとうさま、金かねン綱つな。」

 とさけびました。

 すると、がらがらという音おとがして、高たかい大空おおぞらの上から、長ながい長ながい鉄てつの綱つながぶら下さがってきました。太郎たろうと次郎じろうはその綱つなにぶら下さがって、するする、するする、大空おおぞらまで登のぼって逃にげました。

 山姥やまうばはそれを見みると、くやしがって、同おなじように空そらを見上みあげて、

「お天道てんとうさま、腐くされ縄なわ。」

 と大声おおごえを上あげてわめきました。

 するとすぐ、ぼそぼそという音おとがして、高たかい大空おおぞらの上から、長ながい長ながい腐くされ縄なわがぶら下さがってきました。山姥やまうばはいきなりその縄なわにぶら下さがって、子供こどもたちを追おっかけながら、どこまでもどこまでも登のぼって行きました。するうち自分じぶんのからだの重おもみで、だんだん縄なわが弱よわってきて、中途ちゅうとからぷつりと切きれました。

 山姥やまうばは半分はんぶん縄なわをつかんだまま、高たかい大空おおぞらからまっさかさまに、ちょうど大きなそば畑ばたけの真まん中なかに落おちました。そしてそこにあった大きな石にひどく頭あたまをぶっつけて、たくさん血ちを出だして、死しんでしまいました。その血ちがそばの根ねを染そめたので、いまだにそれは血ちのように真まっ赤かな色いろをしているのです。


     猿さると蟹かに


 ちょうど田植たうえ休やすみの時分じぶんで、村むらでは方々ほうぼうで、にぎやかな餅もちつきの音おとがしていました。山のお猿さると川の蟹かにが、途中とちゅうで出会であって相談そうだんをしました。

「どうだ、あの餅もちを一臼ひとうすどろぼうして、二人ふたりで分わけて食たべようじゃないか。」

 さっそく相談そうだんがまとまって、猿さると蟹かには餅もちを盗ぬすみ出だすはかりごとを考かんがえました。

 一軒けんのうちへ行ってみると、うち中じゅうの人が残のこらずお庭にわへ出て、ぺんたらこ、ぺんたらこ、夢中むちゅうになって餅もちをついていました。お座敷ざしきには赤あかんぼが一人ひとり寝ねかされたまま、だれもそばには居いませんでした。

 蟹かにはその時とき、のそのそと縁えんがわからはい上あがって行いって、赤あかんぼの手をちょきんと一つはさみました。すると赤あかんぼはびっくりして、痛いたがって、「わっ。」と火のつくように泣なき出だしました。お庭にわに出ていた人たちは、どうしたのかと思おもって、びっくりして、臼うすも杵きねも残のこらずほうり出して、お座敷ざしきへかけつけますと、もうその時分じぶんには、蟹かにはのそのそ逃にげ出だして行ってしまいました。みんなは赤あかんぼがどうして泣ないたのか、さっぱり分わからないので、ぶつぶついいながら、またお庭にわへ戻もどって行きますと、つきかけの餅もちが一臼ひとうすそっくり、臼うすのままなくなっていました。みんなは二度どばかにされたので、くやしがって、外そとへ追おっかけて出てみましたが、こんども何なにも見みえませんでした。

 蟹かには坂さかの上まで行って、猿さるの来くるのを待まっていますと、猿さるは大きな臼うすをころがしながらやって来きました。

「どうだ。うまくいったじゃないか。さあ、食たべよう。」

 と、蟹かにがいいますと、

「うん、なかなか重おもいので骨ほねが折おれたよ。だがこれですぐ食たべては、楽たのしみがなくなっておもしろくないなあ。どうだ、この臼うすをここからころがすから、二人ふたりであとから追おっかけて行って、先さきに着ついた者ものが餅もちを食たべることにしよう。」

 と、猿さるがいいました。

 すると蟹かには口からあぶくを吹ふきながら、

「猿さるさん、それはだめだよ。駆かけっくらをしたって、わたしがお前まえにかなわないことは分わかりきっているではないか。そんないじの悪わるいことをいわずに、仲なかよく半分はんぶんずつ食たべよう。」

 と、こういいましたが、猿さるは聴きかないで、

「いやならよせ。おれが一人ひとりで食たべてしまう。重おもい思おもいをして、臼うすをかついで来きたのはおれだからなあ。」

 といいました。

「だって、わたしだって赤あかんぼを泣なかして、みんなをだまして、お前まえにしごとをさせてやったのじゃないか。」

 と、蟹かにがいいました。でも猿さるは、

「ぐちをいうな。それよりか駆かけっくらで来こい。」

 といって、かまわず臼うすを坂さかの上からころがしました。臼うすはころころころがって行きました。猿さるもいっしょに追おっかけて行きます。しかたがないので、蟹かにもむずむずあとからはって行きますと、ちょうど坂さかの中ほどまで行かないうちに、餅もちは臼うすの中からはみ出だして、道みちばたの木の根ねにひっかかりました。そして、臼うすばかりころころ下までころげて行きました。そんなことは知しらないものですから、猿さるもいっしょに臼うすを追おっかけて、どこまでもころがって行きました。

 蟹かには途中とちゅう、木の根ねに白いものが見みえるので、ふしぎに思おもってそばへ寄よってみますと、つきたての餅もちでしたから、「これはうまい。」と思おもって、一人ひとりでおいしそうに食たべはじめました。猿さるはせっかく下まで駆かけて行ってみると、空臼からうすだったものですから、がっかりして、

「こらこら、早はやく餅もちをころがさないか。」

 と下からどなりました。すると蟹かにはあざ笑わらって、

「つきたての餅もちが坂さかをころがるものか。今いまに堅かたくなってお鏡餅かがみもちになったら、ころがしてやろう。」

 といいました。猿さるは腹はらを立てましたが、自分じぶんからいいだして、したことですから、しかたなしに蟹かににあやまって、おしりの毛けを抜ぬいて蟹かににやって、半分はんぶん餅もちを分わけてもらいました。それでいまだにお猿さるのおしりには毛けがなくなって、蟹かにの手足てあしには毛けが生はえているのだそうです。


     狐きつねと獅し子し


 むかし、日本にっぽんの狐きつねがシナに渡わたって、あちらのけだものたちの仲間なかまに入はいってくらしていました。

 ある時とき、けだものたちが、大ぜい森もりの中に集あつまって、めいめいかってなじまん話ばなしをはじめました。するとみんなの話はなしを聞きいていた獅し子しが、さもさもうるさいというような顔かおをして、

「だれがなんといったって、世界中せかいじゅうでおれの威勢いせいにかなう者ものはあるまい。おれが一声ひとこえうなれば、十里り四方ほうの家いえに地震じしんが起おこって、鍋釜なべかまに残のこらずひびがいってしまう。」

 といいました。

 すると、虎とらが負まけない気きになって、

「なんの、おれが一走ひとはしり走はしれば、千里りのやぶも一飛ひととびだ。くやしがっても、おれの足あしにかなうものはあるまい。」

 といいました。

 その時とき、日本にっぽんの狐きつねも、負まけない気きになって、

「どうして、からだこそ小さくっても、君きみたちに負まけるものか。」

 といばっていいました。

 すると、獅し子しがおこって、

「生意気なまいきをいうな。ちっぽけな国くにに生うまれた小狐こぎつねのくせに。よし、そこにじっとしていろ。一つおれがうなってみせてやるから。きさまのちっぽけな体からだなんか、ひとちぢみにちぢんで、ごみのように吹ふッ飛とんでしまうぞ。」

 こういいながら、獅し子しはおなかに力ちからを入いれて、一声ひとこえ「うう。」とうなりはじめました。さすがにいばっただけのことはあって、それはほんとうに、そこらに居いる者ものの体からだごと、吹ふき飛とばしそうな勢いきおいでしたから、狐きつねはあわてて、地じびたに小さな穴あなをほって、その中に小さくなって、もぐり込こみました。そして、うなり声ごえがやむと、ひょいと中から飛とび出だして来きて、

「なんだ、獅し子しさん、大たいそういばったが、それだけのことか。ごみのように吹ふき飛とばされるどころか、このとおり貧乏びんぼうゆるぎもしないよ。」

 とさんざんにあざけりました。すると獅し子しは、こんどこそ、ほんとうに体中からだじゅうの毛けを逆立さかだてておこって、力ちからいっぱい意気張いきばって、一声ひとこえ「うう。」とうなりますと、あんまり力りきんだひょうしに、首くびがすぽんと抜ぬけてしまいました。狐きつねは、そこでいよいよとくいになって、こんどは虎とらに向むかい、

「どうしたね。わたしにさからえば、獅し子しだってこのとおりだ。君きみもいいかげんにおそれいるがいいよ。」

 といいますと、虎とらはなかなか承知しょうちしないで、

「よし、そんなら千里りのやぶを、かけっこしよう。」

 といいだしました。狐きつねは困こまった顔かおもしないで、

「うん、いいとも。」

 といって、さっそく競争きょうそうの支度したくにかかりました。やがて一、二、三のかけ声ごえで、虎とらと狐きつねは駆かけ出だしたと思おもうと、狐きつねはひょいとうしろから虎とらの背中せなかに、のっかってしまいました。虎とらはそんなことは知しりませんから、むやみに駆かけるわ、駆かけるわ、千里りのやぶもほんとうに一ッ飛とびで飛とんで行ってしまいますと、さすがに体中からだじゅう大汗おおあせになっていました。するとそれよりも先さきに狐きつねは、ひょいと虎とらの背中せなかから、飛とび降おりて、二三間げん前まえの方ほうで、

「おいで、おいで。」

 をしていました。それで虎とらも勝負しょうぶに負まけました。

 狐きつねは大いばりで獅し子しの首くびを背負せおって、日本にっぽんに帰かえって来きました。これが、今いまでも、お祭まつりの時ときにかぶる獅子頭ししがしらだということです。


     蛙かえるとみみず


 むかし、むかし、大昔おおむかし、神かみさまが大ぜいの鳥とりや、虫むしやけだものを集あつめて、てんでんが毎日まいにち食たべて、命いのちをつないでいくものをきめておやりになりました。何万なんまんという生いき物ものが、ぞろぞろ神かみさまの所ところへ集あつまって来きて、めいめい、おいい渡わたしを受うけました。その中で、蛇へびは、いちばんおなかをすかしきっていて、ひょろひょろしていましたから、だれよりもおくれて、みんなのあとからのたりのたりはって行きました。すると、そのあとから、蛙かえるがぴょんぴょん元気げんきよくとんで来きました。蛙かえるはずんずん蛇へびを追おいこして、

「蛇へびさん、ずいぶんのろまだなあ。おいらのしりでもしゃぶるがいい。」

 と悪口わるぐちをいいながら、またずんずん行いってしまいました。蛇へびはくやしくってたまりませんけれども、どうにもならないので、だれよりもいちばんあとにおくれて、のろのろついて行きました。蛇へびが神かみさまの前まえに出た時ときは、大抵たいていの生いき物ものが、それぞれ食たべ物ものを頂いただいて、にこにこしながら、帰かえって行くところでした。神かみさまは、蛇へびがおくれて来きたのをごらんになって、

「どうしてそんなに遅おそくなったか。」

 とお聞ききになりました。そこで蛇へびは、おなかがへって、どうにも早はやく歩あるけなかったこと、途中とちゅうで蛙かえるがあとから追おいついて来きて、おしりでもしゃぶれといったことを残のこらず訴うったえました。すると神かみさまは、大たいそうおおこりになって、いったん帰かえりかけた蛙かえるをお呼よびもどしになりました。そして、蛇へびに向むかって、

「蛙かえるがおしりをしゃぶれといったのならかまわない。これから、おなかのへった時ときには、いつでも蛙かえるのおしりからまるのみにのんでやるがいい。」

 とおっしゃいました。そこで蛇へびは大たいそうよろこんで、いきなり蛙かえるをつかまえて、おしりからひとのみにのんでしまいました。これで蛇へびの食たべ物ものがきまったので、神かみさまがお帰かえりになろうとしますと、小さな声こえで、

「もし、もし。」

 と呼よびながら、地じの中から出て来きたものがありました。それは、目の見みえないみみずで、目が不自由ふじゆうなものですから、こんなに来くるのに手間てまをとってしまったのです。

「もし、もし、神かみさま、わたくしは、何なにを食たべたらよろしゅうございましょうか。」

 とみみずがいいました。神かみさまのお手には、なんにももう残のこってはいませんでした。そこで、めんどうくさくなって、

「土つちでも食たべていろ。」

 とおっしゃいました。すると、みみずは不足ふそくそうな顔かおをして、

「土つちを食たべてしまったら、何なにを食たべましょうか。」

 としつっこくたずねました。すると神かみさまはかんしゃくをおおこしになって、

「夏なつの炎天えんてんにやけて死しんでしまえ。」

 とおしかりつけになりました。そこで、みみずは土つちを食くって生いき、夏なつの炎天えんてんに出ると、やけ死しんでしまうのだそうです。


     すずめときつつき


 むかし、すずめがせっせと鏡かがみに向むかって、おはぐろをつけていますと、おかあさんが死しんだという知しらせが来きました。びっくりして、おはぐろを半分はんぶんつけかけたまま、すずめはおかあさんの所ところへ駆かけつけて行いきました。神かみさまはすずめの孝行こうこうなことをおほめになって、

「すずめよ、毎年まいねんこれから稲いねの初穂はつほをつむことを許ゆるしてやるぞ。」

 とおっしゃいました。でもおはぐろは、つけかけたまま途中とちゅうでやめたので、すずめのくちばしは、いまだに下だけ黒くろくって、上の半分はんぶんはいつまでも白いままでいるのです。

 それとはちがって、きつつきは、おかあさんの死しんだ知しらせが来きても、鏡かがみに向むかって紅べにをつけたり、おしろいをぬったり、おしゃれに夢中むちゅうになっていて、とうとう親おやの死しに目に合あわなかったものですから、神かみさまがおおこりになって、

「お前まえは木の中の虫むしでも食たべているがいい。」

 とお申もうし渡わたしになりました。それできつつきはいつも木の枝えだから枝えだを渡わたり歩あるいて、ひもじそうに虫むしをさがしているのです。



   物もののいわれ(下)


     ふくろうと烏からす


 むかし、ふくろうという鳥とりは、染物屋そめものやでした。いろいろの鳥とりがふくろうの所ところへ来きては、赤あかだの、青あおだの、ねずみ色いろだの、るり色いろだの、黄色きいろだの、いろいろなきれいな色いろに体からだを染そめてもらいました。烏からすがそれを見みて、うらやましがって、もともと大たいそうなおしゃれでしたから、いちばん美うつくしい色いろに染そめてもらおうと思おもって、ふくろうの所ところにやって来きました。

「ふくろうさん、ふくろうさん。わたしの体からだを、何なにかほかの鳥とりとまるでちがった色いろに染そめて下ください。世界中せかいじゅうの鳥とりをびっくりさせてやるのだから。」

 と、烏からすがいいました。

「うん、よしよし。」

 とふくろうは請うけ合あって、さんざん首くびをひねって考かんがえていましたが、やがて烏からすをどっぷり、真まっ黒くろな墨すみのつぼにつっ込こみました。

「さあ、これでほかに類るいのない色いろの鳥とりになった。」

 とふくろうはいいながら、烏からすを引ひき上あげてやりました。烏からすはどんな美うつくしい色いろに染そまったろうと、楽たのしみにしながら、急いそいで鏡かがみの前まえへ行って見みますと、まあ、驚おどろきました、頭あたまからしっぽの先さきまで真まっ黒々くろぐろと、目も鼻はなも分わからないようになっているではありませんか。そこで烏からすは、よけい真まっ黒くろになっておこりながら、

「何なんだってこんな色いろに染そめたのだ。」

 といいますと、ふくろうは、

「だって外ほかに類るいのない色いろといえば、これだよ。」

 といって、すましていました。烏からすはくやしがって、

「よしよし、ひとをこんな目に合あわせて。今いまにきっとかたきをとってやるから。」

 とうらめしそうにいいました。

 その時ときから烏からすとふくろうとは、かたき同士どうしになりました。そしてふくろうは烏からすのしかえしをこわがって、昼間ひるまはけっして姿すがたを見みせません。


     蜜蜂みつばち


 むかし、むかし、大昔おおむかし、神かみさまがいろいろの生いき物ものをお作つくりになった時ときに、たくさんの蜂はちをお作つくりになりました。そのたくさんの蜂はちの中に、蜜蜂みつばちだけが針はりを持もっていませんでした。蜜蜂みつばちは不足ふそくそうな顔かおをして、神かみさまの所ところへ行って、

「ほかの蜂はちはみんな針はりを持もっておりますが、わたくしだけは針はりがありません。どうか針はりをつけて下ください。」

 といいました。

「いいや、お前まえは人間にんげんに飼かわれるのだから、針はりはいらない。ぜひほしいというなら、針はりをやってもいいが、人間にんげんを刺さすことはならないぞ。もし間違まちがえて刺さしたら、針はりが折おれて、命いのちがなくなるぞ。」

 と、神かみさまがおっしゃいました。

「けっして刺さしませんから、どうぞ針はりを下ください。」

 と、蜜蜂みつばちがいいました。

「それなら針はりをやろう。」

 と、神かみさまがおっしゃって、蜜蜂みつばちに針はりを下くださいました。そこで約束やくそくのとおり、蜜蜂みつばちには針はりはあっても、人間にんげんを刺さしません。刺させば針はりが折おれて、命いのちがなくなるのです。


     ひらめ


 むかし、いじの悪わるい娘むすめがありました。ほんとうのおかあさんは亡なくなって、今いまのは後あとから来きたおかあさんでした。それで何なにかいけないことをして、おかあさんにしかられると、おかあさんが自分じぶんをにくらしがってしかるのだと思おもって、いつもうらめしそうに、おかあさんをにらみつけていました。

 ところがあんまりおかあさんをにらみつけていたものですから、いつの間まにか目がだんだんうしろに引ひっ込こんで、とうとう背中せなかの方ほうに回まわってしまいました。そして娘むすめはひらめというお魚さかなになってしまいました。

 そういえばなるほど、ひらめというお魚さかなは、目が背中せなかについています。ですから今いまでも、親おやをにらめると、平目ひらめになるといっているのです。


     ほととぎす


 むかし、二人ふたりのきょうだいがありました。弟おとうとの方ほうは大たいそう気立きだてがやさしくて、にいさん思おもいでしたから、山へ行いってお芋いもを取とって来くると、きっといちばんおいしそうなところを、にいさんに食たべさせて、自分じぶんはいつもしっぽのまずいところを食たべていました。けれどもにいさんは目が見みえない上に、ひがみ根性こんじょうが強つよかったものですから、「弟おとうとがきっと自分じぶんにかくしていいところばかり食たべて、自分じぶんには食くいあましをくれるのだろう。ひとつおなかを裂さいて見みてやりたい。」と思おもって、とうとう弟おとうとを殺ころしてしまいました。

 けれども弟おとうとのおなかの中には、お芋いものしっぽばかりしかはいっていませんでした。正直しょうじきな弟おとうとを疑うたぐっていたことがわかると、にいさんは大たいそう後悔こうかいして、死しんだ弟おとうとの体からだをしっかり抱だきしめて、血ちの涙なみだを流ながしながら泣ないていました。

 すると、死しんだ弟おとうとの体からだから羽はねが生はえて、鳥とりになって、

「がんくう。がんくう。」

 と鳴ないて、飛とんで行きました。

「がんこ」というのはお芋いものしっぽということです。弟おとうとは「お芋いものしっぽをたべている。」ということを、「がんくう。がんくう。」といって、鳴ないたのでした。

 すると兄あにはいよいよ弟おとうとがかわいそうになって、これも鳥とりになって、

「ほっちょかけたか、おっととこいし。」

 と、鳴なき鳴なき弟おとうとのあとを追おって飛とんで行きました。

 毎年まいねんうの花はなの咲さくころになると、暗くらい空そらの中で、しぼるような悲かなしい声こえで鳴ないて飛とびまわっているほととぎすは、人によって「がんくう。がんくう。」と鳴ないているようにも聞きこえますし、「ほっちょかけたか、おっととこいし。」と鳴ないているようにも聞きこえます。これは鳥とりになったきょうだいが、やみ夜よの中で、いつまでも呼よび合あっているのだということです。


     鳩はと


 鳩はともむかしは親不孝おやふこうで、親おやのいうことには、右みぎといえば左ひだり、左ひだりといえば右みぎと、何なにによらずさからうくせがありました。ですから、親鳩おやばとは子鳩こばとに山へ行ってもらいたいと思おもう時ときには、わざと今日きょうは畑はたけへ出てくれといいました。畑はたけへ下おりてもらいたいと思おもう時ときには、わざと、今日きょうは山へ行ってくれといいました。

 いよいよ親鳩おやばとが死しぬとき、死しんだら山のお墓はかに埋うめてもらいたいと思おもって、その時ときもわざと、

「わたしが死しんだら、川の岸きしの小石こいしと砂すなの中に埋うめておくれ。」

 といい残のこしました。

 親鳩おやばとに別わかれると、子鳩こばとは急きゅうに悲かなしくなりました。そしてこんどこそは親おやのいいつけにそむくまいと思おもって、そのとおり河原かわらの小石こいしと砂すなの中に、親おやのなきがらを埋うめて、小さなお墓はかを立たてました。

 ところが川のそばですから、雨あめがふって、水みずがふえて、河原かわらに水みずが流ながれ出だすたんびに、小石こいしと砂すながくずれ出だして、お墓はかもいっしょに流ながれていきそうになりました。子鳩こばとはよけい親鳩おやばとをこいしがって、ぽっほ、ぽっほといつまでも悲かなしそうになきました。

 せっかく孝行こうこうな子供こどもになろうと思おもっても、親おやのいなくなったのを、鳩はとは今いまでもくやしがっているのだそうです。

底本:「日本の諸国物語」講談社学術文庫、講談社

   1983(昭和58)年4月10日第1刷発行

※底本の「物のいわれ(上)」「物のいわれ(下)」をひとつにまとめました。

入力:鈴木厚司

校正:大久保ゆう

2003年9月29日作成

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