春昼
泉鏡花



一


「お爺じいさん、お爺さん。」

「はあ、私わしけえ。」

 と、一言ひとことで直すぐ応じたのも、四辺あたりが静かで他たには誰もいなかった所為せいであろう。そうでないと、その皺しわだらけな額ひたいに、顱巻はちまきを緩ゆるくしたのに、ほかほかと春の日がさして、とろりと酔ったような顔色がんしょくで、長閑のどかに鍬くわを使う様子が──あのまたその下の柔やわらかな土に、しっとりと汗ばみそうな、散りこぼれたら紅くれないの夕陽の中に、ひらひらと入はいって行ゆきそうな──暖あたたかい桃ももの花を、燃え立つばかり揺ゆすぶって頻しきりに囀さえずっている鳥の音ねこそ、何か話をするように聞こうけれども、人の声を耳にして、それが自分を呼ぶのだとは、急に心付こころづきそうもない、恍惚うっとりとした形であった。

 こっちもこっちで、かくたちどころに返答されると思ったら、声を懸かけるのじゃなかったかも知れぬ。

 何為なぜなら、さて更あらためて言うことが些ちと取とり留とめのない次第なので。本来ならこの散策子さんさくしが、そのぶらぶら歩行あるきの手すさびに、近頃買求かいもとめた安直あんちょくな杖ステッキを、真直まっすぐに路みちに立てて、鎌倉かまくらの方へ倒れたら爺じいを呼ぼう、逗子ずしの方へ寝たら黙って置こう、とそれでも事は済すんだのである。

 多分たぶんは聞えまい、聞えなければ、そのまま通り過ぎる分ぶん。余計な世話だけれども、黙だまりきりも些ちっと気になった処ところ。響ひびきの応ずるが如きその、(はあ、私わしけえ)には、聊いささか不意を打たれた仕誼しぎ。

「ああ、お爺さん。」

 と低い四目垣よつめがきへ一足ひとあし寄ると、ゆっくりと腰をのして、背後うしろへよいとこさと反そるように伸びた。親仁おやじとの間は、隔てる草も別になかった。三筋みすじばかり耕たがやされた土が、勢込いきおいこんで、むくむくと湧わき立つような快活な香においを籠こめて、しかも寂寞せきばくとあるのみで。勿論もちろん、根を抜かれた、肥料こやしになる、青々あおあおと粉こなを吹いたそら豆の芽生めばえに交まじって、紫雲英れんげそうもちらほら見えたけれども。

 鳥打とりうちに手をかけて、

「つかんことを聞くがね、お前さんは何なんじゃないかい、この、其処そこの角屋敷かどやしきの内うちの人じゃないかい。」

 親仁おやじはのそりと向直むきなおって、皺しわだらけの顔に一杯の日当り、桃の花に影がさしたその色に対して、打向うちむかうその方ほうの屋根の甍いらかは、白昼青麦あおむぎを烘あぶる空に高い。

「あの家うちのかね。」

「その二階のさ。」

「いんえ、違います。」

 と、いうことは素気そっけないが、話を振切ふりきるつもりではなさそうで、肩を一ひとツ揺ゆすりながら、鍬くわの柄えを返して地つちについてこっちの顔を見た。

「そうかい、いや、お邪魔をしたね、」

 これを機しおに、分れようとすると、片手で顱巻はちまきを挘かなぐり取って、

「どうしまして、邪魔も何もござりましねえ。はい、お前様まえさま、何か尋たずねごとさっしゃるかね。彼処あすこの家うちは表門おもてもんさ閉しまっておりませども、貸家かしやではねえが……」

 その手拭てぬぐいを、裾すそと一緒に、下からつまみ上げるように帯へ挟はさんで、指を腰の両提ふたつさげに突込つきこんだ。これでは直ぐにも通れない。

「何ね、詰つまらん事さ。」

「はいい?」

「お爺さんが彼家あすこの人ならそう言って行ゆこうと思って、別に貸家を捜しているわけではないのだよ。奥の方で少わかい婦人おんなの声がしたもの、空家でないのは分ってるが、」

「そうかね、女中衆じょちゅうしゅうも二人ばッかいるだから、」

「その女中衆についてさ。私わたしがね、今彼処あすこの横手をこの路へかかって来ると、溝の石垣の処ところを、ずるずるっと這はってね、一匹いたのさ──長いのが。」


二


 怪訝けげんな眉を臆面おくめんなく日に這はわせて、親仁おやじ、煙草入たばこいれをふらふら。

「へい、」

「余り好物こうぶつな方ほうじゃないからね、実は、」

 と言って、笑いながら、

「その癖くせ恐こわいもの見たさに立留たちどまって見ていると、何なんじゃないか、やがて半分ばかり垣根へ入って、尾を水の中へばたりと落して、鎌首かまくびを、あの羽目板はめいたへ入れたろうじゃないか。羽目はめの中は、見た処ところ湯殿ゆどのらしい。それとも台所かも知れないが、何しろ、内うちにゃ少わかい女たちの声がするから、どんな事で吃驚びっくりしまいものでもない、と思います。

 あれッきり、座敷へなり、納戸なんどへなりのたくり込めば、一も二もありゃしない。それまでというもんだけれど、何処どこか板いたの間まにとぐろでも巻いている処へ、うっかり出会でっくわしたら難儀なんぎだろう。

 どの道みち余計なことだけれど、お前さんを見かけたから、つい其処そこだし、彼処あそこの内うちの人だったら、ちょいと心づけて行ゆこうと思ってさ。何ね、此こ処こらじゃ、蛇なんか何でもないのかも知れないけれど、」

「はあ、青大将あおだいしょうかね。」

 といいながら、大きな口をあけて、奥底おくそこもなく長閑のどかな日の舌に染しむかと笑いかけた。

「何でもなかあねえだよ。彼処あすこさ東京の人だからね。この間あいだも一件いっけんもので大騒ぎをしたでがす。行って見て進しんぜますべい。疾とうに、はい、何処どっかずらかったも知んねえけれど、台所の衆とは心安こころやすうするでがすから、」

「じゃあ、そうして上げなさい。しかし心ない邪魔をしたね。」

「なあに、お前様、どうせ日は永なげえでがす。はあ、お静かにござらっせえまし。」

 こうして人間同士がお静かに分れた頃には、一件はソレ竜りゅうの如きもの歟か、凡慮ぼんりょの及ぶ処ところでない。

 散策子は踵くびすを廻めぐらして、それから、きりきりはたり、きりきりはたりと、鶏にわとりが羽はうつような梭おさの音おとを慕したう如く、向う側の垣根に添うて、二本ふたもとの桃の下を通って、三軒の田舎屋いなかやの前を過ぎる間あいだに、十八、九のと、三十みそじばかりなのと、機はたを織る婦人の姿を二人見た。

 その少わかい方は、納戸なんどの破障子やぶれしょうじを半開はんびらきにして、姉ねえさん冠かぶりの横顔を見た時、腕かいな白く梭おさを投げた。その年取った方は、前庭まえにわの乾いた土に筵むしろを敷いて、背うしろむきに機台はただいに腰かけたが、トンと足をあげると、ゆるくキリキリと鳴ったのである。

 唯ただそれだけを見て過ぎた。女今川おんないまがわの口絵くちえでなければ、近頃は余り見掛けない。可懐なつかしい姿、些ちっと立佇たちどまってという気もしたけれども、小児こどもでもいればだに、どの家うちも皆みんな野面のらへ出たか、人気ひとけはこの外ほかになかったから、人馴ひとなれぬ女だち物恥ものはじをしよう、いや、この男の俤おもかげでは、物怖ものおじ、物驚ものおどろきをしようも知れぬ。この路を後あとへ取って返して、今蛇へびに逢あったという、その二階屋にかいやの角かどを曲ると、左の方に脊せの高い麦畠むぎばたけが、なぞえに低くなって、一面に颯さっと拡がる、浅緑あさみどりに美うつくしい白波しらなみが薄うっすりと靡なびく渚なぎさのあたり、雲もない空に歴々ありありと眺めらるる、西洋館さえ、青異人あおいじん、赤異人あかいじんと呼んで色を鬼のように称となうるくらい、こんな風ふうの男は髯ひげがなくても(帽子被シャッポかぶり)と言うと聞く。

 尤もっとも一方いっぽうは、そんな風ふうに──よし、村のものの目からは青鬼あおおに赤鬼あかおにでも──蝶ちょうの飛ぶのも帆艇ヨットの帆ほかと見ゆるばかり、海水浴に開ひらけているが、右の方は昔ながらの山の形なり、真黒まっくろに、大鷲おおわしの翼つばさ打襲うちかさねたる趣おもむきして、左右から苗代田なわしろだに取詰とりつむる峰の褄つま、一重ひとえは一重ひとえごとに迫って次第に狭く、奥の方かた暗く行詰ゆきつまったあたり、打ぶッつけなりの茅屋かややの窓は、山が開いた眼まなこに似て、あたかも大おおいなる蟇ひきがえるの、明け行ゆく海から掻窘かいすくんで、谷間たにまに潜ひそむ風情ふぜいである。


三


 されば瓦かわらを焚やく竈かまどの、屋やの棟むねよりも高いのがあり、主ぬしの知れぬ宮みやもあり、無縁になった墓地もあり、頻しきりに落ちる椿つばきもあり、田には大おおきな鰌どじょうもある。

 あの、西南せいなん一帯の海の潮しおが、浮世の波に白帆しらほを乗せて、このしばらくの間に九十九折つづらおりある山の峡かいを、一ツずつ湾わんにして、奥まで迎いに来ぬ内は、いつまでも村人は、むこう向むきになって、ちらほらと畑打はたうっているであろう。

 丁ちょうどいまの曲角まがりかどの二階家あたりに、屋根の七八ななやっツ重かさなったのが、この村の中心で、それから峡かいの方へ飛々とびとびにまばらになり、海手うみてと二、三町ちょうが間あいだ人家じんかが途絶とだえて、かえって折曲おれまがったこの小路こみちの両側へ、また飛々とびとびに七、八軒続いて、それが一部落になっている。

 梭おさを投げた娘の目も、山の方へ瞳ひとみが通かよい、足踏みをした女房の胸にも、海の波は映うつらぬらしい。

 通りすがりに考えつつ、立離たちはなれた。面おもてを圧あっして菜種なたねの花。眩まばゆい日影が輝くばかり。左手ゆんでの崕がけの緑なのも、向うの山の青いのも、偏かたえにこの真黄色まっきいろの、僅わずかに限かぎりあるを語るに過ぎず。足許あしもとの細流せせらぎや、一段いちだん颯さっと簾すだれを落して流るるさえ、なかなかに花の色を薄くはせぬ。

 ああ目覚めざましいと思う目に、ちらりと見たのみ、呉織くれはとり文織あやはとりは、あたかも一枚の白紙しらかみに、朦朧もうろうと描えがいた二個ふたつのその姿を残して余白を真黄色に塗ったよう。二人の衣服きものにも、手拭てぬぐいにも、襷たすきにも、前垂まえだれにも、織っていたその機はたの色にも、聊いささかもこの色のなかっただけ、一入ひとしお鮮麗あざやかに明瞭に、脳中に描えがき出いだされた。

 勿論もちろん、描いた人物を判然はっきりと浮出うきださせようとして、この彩色さいしょくで地じを塗潰ぬりつぶすのは、画えの手段に取って、是ぜか、非ひか、巧こうか、拙せつか、それは菜の花の預あずかり知る処ところでない。

 うっとりするまで、眼前まのあたり真黄色な中に、機織はたおりの姿の美しく宿った時、若い婦人おんなの衝つと投げた梭おさの尖から、ひらりと燃えて、いま一人の足下あしもとを閃ひらめいて、輪になって一ひとツ刎はねた、朱しゅに金色こんじきを帯びた一条いちじょうの線があって、赫燿かくようとして眼まなこを射て、流ながれのふちなる草に飛んだが、火の消ゆるが如くやがて失せた。

 赤楝蛇やまかがしが、菜種なたねの中を輝いて通ったのである。

 悚然ぞっとして、向直むきなおると、突当つきあたりが、樹の枝から梢こずえの葉へ搦からんだような石段で、上に、茅かやぶきの堂の屋根が、目近まぢかな一朶いちだの雲かと見える。棟むねに咲いた紫羅傘いちはつの花の紫も手に取るばかり、峰のみどりの黒髪くろかみにさしかざされた装よそおいの、それが久能谷くのやの観音堂かんおんどう。

 我が散策子は、其処そこを志こころざして来たのである。爾時そのとき、これから参ろうとする、前途ゆくての石段の真下の処へ、殆ほとんど路の幅一杯に、両側から押被おっかぶさった雑樹ぞうきの中から、真向まむきにぬっと、大おおきな馬の顔がむくむくと湧わいて出た。

 唯ただ見る、それさえ不意な上、胴体は唯一ただひとツでない。鬣たてがみに鬣が繋つながって、胴に胴が重なって、凡およそ五、六間けんがあいだ獣けものの背である。

 咄嗟とっさの間かん、散策子は杖ステッキをついて立窘たちすくんだ。

 曲角まがりかどの青大将と、この傍かたわらなる菜の花の中の赤楝蛇やまかがしと、向うの馬の面つらとへ線を引くと、細長い三角形の只中ただなかへ、封じ籠められた形になる。

 奇怪なる地妖ちようでないか。

 しかし、若悪獣囲繞にゃくあくじゅういにょう、利牙爪可怖りげしょうかふも、蚖蛇及蝮蝎がんじゃぎゅうふくかつ、気毒煙火燃けどくえんかねんも、薩陀さった彼処かしこにましますぞや。しばらくして。……


四


 のんきな馬士まごめが、此こ処こに人のあるを見て、はじめて、のっそり馬の鼻頭はなづらに顕あらわれた、真正面ましょうめんから前後三頭一列に並んで、たらたら下おりをゆたゆたと来るのであった。

「お待遠まちどおさまでごぜえます。」

「はあ、お邪魔さまな。」

「御免ごめんなせえまし。」

 と三人、一人々々ひとりひとり声をかけて通るうち、流ながれのふちに爪立つまだつまで、細くなって躱かわしたが、なお大おおいなる皮の風呂敷に、目を包まれる心地であった。

 路みちは一際ひときわ細くなったが、かえって柔やわらかに草を踏んで、きりきりはたり、きりきりはたりと、長閑のどかな機はたの音に送られて、やがて仔細しさいなく、蒼空あおぞらの樹この間ま漏もる、石段の下もとに着く。

 この石段は近頃すっかり修復が出来た。(従って、爪尖つまさきのぼりの路も、草が分れて、一筋ひとすじ明らさまになったから、もう蛇も出まい、)その時分は大破して、丁ちょうど繕つくろいにかかろうという折から、馬はこの段の下したに、一軒、寺というほどでもない住職じゅうしょくの控家ひかえやがある、その背戸せどへ石を積んで来たもので。

 段を上のぼると、階子はしごが揺ゆれはしまいかと危あやぶむばかり、角かどが欠け、石が抜け、土が崩れ、足許も定まらず、よろけながら攀よじ上のぼった。見る見る、目の下の田畠たはたが小さくなり遠くなるに従うて、波の色が蒼あおう、ひたひたと足許に近づくのは、海を抱いだいたかかる山の、何処いずこも同じ習ならいである。

 樹立こだちに薄暗い石段の、石よりも堆うずたかい青苔あおごけの中に、あの蛍袋ほたるぶくろという、薄紫うすむらさきの差俯向さしうつむいた桔梗ききょう科の花の早咲はやざきを見るにつけても、何となく湿しめっぽい気がして、しかも湯滝ゆだきのあとを踏むように熱く汗ばんだのが、颯さっと一風ひとかぜ、ひやひやとなった。境内けいだいはさまで広くない。

 尤もっとも、御堂みどうのうしろから、左右の廻廊かいろうへ、山の幕を引廻ひきまわして、雑木ぞうきの枝も墨染すみぞめに、其処そことも分わかず松風まつかぜの声。

 渚なぎさは浪なみの雪を敷いて、砂に結び、巌いわおに消える、その都度つど音も聞えそう、但ただ残惜のこりおしいまでぴたりと留やんだは、きりはたり機はたの音。

 此こ処こよりして見てあれば、織姫おりひめの二人の姿は、菜種なたねの花の中ならず、蒼海原あおうなばらに描かれて、浪に泛うかぶらん風情ふぜいぞかし。

 いや、参詣おまいりをしましょう。

 五段の階きざはし、縁えんの下を、馬が駈け抜けそうに高いけれども、欄干らんかんは影も留とどめない。昔はさこそと思われた。丹塗にぬりの柱、花狭間はなはざま、梁うつばりの波の紺青こんじょうも、金色こんじきの竜りゅうも色さみしく、昼の月、茅かやを漏もりて、唐戸からどに蝶ちょうの影さす光景ありさま、古き土佐絵とさえの画面に似て、しかも名工の筆意ひついに合かない、眩まばゆからぬが奥床おくゆかしゅう、そぞろに尊く懐なつかしい。

 格子こうしの中は暗かった。

 戸張とばりを垂れた御廚子みずしの傍わきに、造花つくりばなの白蓮びゃくれんの、気高く俤おもかげ立つに、頭こうべを垂れて、引退ひきしりぞくこと二、三尺。心静かに四辺あたりを見た。

 合天井ごうてんじょうなる、紅々白々こうこうはくはく牡丹ぼたんの花、胡粉ごふんの俤おもかげ消え残り、紅くれないも散留ちりとまって、あたかも刻きざんだものの如く、髣髴ほうふつとして夢に花園はなぞのを仰あおぐ思いがある。

 それら、花にも台うてなにも、丸柱まるばしらは言うまでもない。狐格子きつねごうし、唐戸からど、桁けた、梁うつばり、眗みまわすものの此こ処こ彼処かしこ、巡拝じゅんぱいの札ふだの貼りつけてないのは殆どない。

 彫金ほりきんというのがある、魚政うおまさというのがある、屋根安やねやす、大工鉄だいてつ、左官金さかんきん。東京の浅草あさくさに、深川ふかがわに。周防国すおうのくに、美濃みの、近江おうみ、加賀かが、能登のと、越前えちぜん、肥後ひごの熊本、阿波あわの徳島。津々浦々つつうらうらの渡鳥わたりどり、稲負いなおおせ鳥どり、閑古鳥かんこどり。姿は知らず名を留とめた、一切の善男子ぜんなんし善女人ぜんにょにん。木賃きちんの夜寒よさむの枕にも、雨の夜の苫船とまぶねからも、夢はこの処ところに宿るであろう。巡礼たちが霊魂たましいは時々此こ処こに来て遊あすぼう。……おかし、一軒一枚の門札もんふだめくよ。


五


 一座の霊地れいちは、渠かれらのためには平等利益びょうどうりやく、楽たのしく美しい、花園である。一度詣もうでたらんほどのものは、五十里、百里、三百里、筑紫つくしの海の果はてからでも、思いさえ浮んだら、束つかの間まに此こ処こに来て、虚空こくうに花降はなふる景色を見よう。月に白衣びゃくえの姿も拝もう。熱あるものは、楊柳ようりゅうの露の滴したたりを吸うであろう。恋するものは、優柔しなやかな御手みてに縋すがりもしよう。御胸おんむねにも抱いだかれよう。はた迷える人は、緑の甍いらか、朱あけの玉垣たまがき、金銀の柱、朱欄干しゅらんかん、瑪瑙めのうの階きざはし、花唐戸はなからど。玉楼金殿ぎょくろうきんでんを空想して、鳳凰ほうおうの舞う竜たつの宮居みやいに、牡丹ぼたんに遊ぶ麒麟きりんを見ながら、獅子王ししおうの座に朝日影さす、桜の花を衾ふすまとして、明月めいげつの如き真珠を枕に、勿体もったいなや、御添臥おんそいぶしを夢見るかも知れぬ。よしそれとても、大慈大悲だいじだいひ、観世音かんぜおんは咎とがめ給たまわぬ。

 さればこれなる彫金ほりきん、魚政うおまさはじめ、此こ処こに霊魂の通かよう証拠には、いずれも巡拝じゅんぱいの札ふだを見ただけで、どれもこれも、女名前おんななまえのも、ほぼその容貌と、風采ふうさいと、従ってその挙動までが、朦朧もうろうとして影の如く目に浮ぶではないか。

 かの新聞で披露ひろうする、諸種の義捐金ぎえんきんや、建札たてふだの表ひょうに掲示する寄附金の署名が写実である時に、これは理想であるといっても可よかろう。

 微笑ほほえみながら、一枚ずつ。

 扉の方へうしろ向けに、大おおきな賽銭箱さいせんばこのこなた、薬研やげんのような破目われめの入った丸柱まるばしらを視ながめた時、一枚懐紙かいしの切端きれはしに、すらすらとした女文字おんなもじ。

うたゝ寐ねに恋しき人を見てしより
夢てふものは頼みそめてき
──玉脇たまわきみを──

 と優やさしく美うつくしく書いたのがあった。

「これは御参詣で。もし、もし、」

 はッと心付くと、麻あさの法衣ころもの袖そでをかさねて、出家しゅっけが一人、裾短すそみじかに藁草履わらぞうりを穿はきしめて間近まぢかに来ていた。

 振向ふりむいたのを、莞爾にこやかに笑えみ迎えて、

「些ちっとこちらへ。」

 賽銭箱さいせんばこの傍わきを通って、格子戸に及腰およびごし。

「南無なむ」とあとは口の裏うちで念じながら、左右へかたかたと静しずかに開けた。

 出家は、真直まっすぐに御廚子みずしの前、かさかさと袈裟けさをずらして、袂たもとからマッチを出すと、伸上のびあがって御蝋おろうを点じ、額ひたいに掌たなそこを合わせたが、引返ひきかえしてもう一枚、彳たたずんだ人の前の戸を開けた。

 虫ばんだが一段高く、かつ幅の広い、部厚ぶあつな敷居しきいの内に、縦に四畳よじょうばかり敷かれる。壁の透間すきまを樹蔭こかげはさすが、縁へりなしの畳たたみは青々あおあおと新しかった。

 出家は、上に何なんにもない、小机こづくえの前に坐って、火入ひいればかり、煙草たばこなしに、灰のくすぼったのを押出おしだして、自分も一膝ひとひざ、こなたへ進め、

「些ちっとお休み下さい。」

 また、かさかさと袂たもとを探って、

「やあ、マッチは此こ処こにもござった、ははは、」

 と、も一ひとツ机の下から。

「それではお邪魔を、ちょっと、拝借。」

 とこなたは敷居越しきいごしに腰をかけて、此こ処こからも空に連なる、海の色より、より濃こまやかな霞かすみを吸った。

「真個ほんとに、結構な御堂おどうですな、佳いい景色じゃありませんか。」

「や、もう大破たいはでござって。おもりをいたす仏様に、こう申し上げては済まんでありますがな。ははは、私力わたくしちからにもおいそれとは参りませんので、行届ゆきとどかんがちでございますよ。」


六


「随分ずいぶん御参詣はありますか。」

 先ず差当さしあたり言うことはこれであった。

 出家は頷うなずくようにして、机の前に座を斜めに整然きちんと坐り、

「さようでございます。御繁昌ごはんじょうと申したいでありますが、当節は余りござりません。以前は、荘厳美麗そうごんびれい結構なものでありましたそうで。

 貴下あなた、今お通りになりましてございましょう。此こ処こからも見えます。この山の裾すそへかけまして、ずッとあの菜種畠なたねばたけの辺あたり、七堂伽藍しちどうがらん建連たてつらなっておりましたそうで。書物かきものにも見えますが、三浦郡みうらごおりの久能谷くのやでは、この岩殿寺いわとでらが、土地の草分くさわけと申しまする。

 坂東ばんどう第二番の巡拝所じゅんぱいじょ、名高い霊場れいじょうでございますが、唯今ただいまではとんとその旧跡きゅうせきとでも申すようになりました。

 妙みょうなもので、かえって遠国えんごくの衆しゅうの、参詣が多うございます。近くは上総かずさ下総しもうさ、遠い処は九州西国さいこくあたりから、聞伝ききつたえて巡礼なさるのがあります処ところ、この方かたたちが、当地へござって、この近辺で聞かれますると、つい知らぬものが多くて、大きに迷うなぞと言う、お話しを聞くでございますよ。」

「そうしたもんです。」

「ははは、如何いかにも、」

 と言ってちょっと言葉が途切とぎれる。

 出家の言ことばは、聊いささか寄附金の勧化かんげのように聞えたので、少し気になったが、煙草たばこの灰を落そうとして目に留とまった火入ひいれの、いぶりくすぶった色あい、マッチの燃もえさしの突込つッこみ加減かげん。巣鴨辺すがもへんに弥勒みろくの出世を待っている、真宗大学しんしゅうだいがくの寄宿舎に似て、余り世帯気しょたいげがありそうもない処ところは、大おおいに胸襟きょうきんを開いてしかるべく、勝手に見て取った。

 そこでまた清々すがすがしく一吸ひとすいして、山の端はの煙を吐くこと、遠見とおみの鉄拐てっかいの如く、

「夏はさぞ涼すずしいでしょう。」

「とんと暑さ知らずでござる。御堂おどうは申すまでもありません、下の仮庵室かりあんじつなども至極しごくその涼すずしいので、ほんの草葺くさぶきでありますが、些ちと御帰りがけにお立寄たちより、御休息なさいまし。木葉きのはを燻くすべて渋茶しぶちゃでも献じましょう。

 荒れたものでありますが、いや、茶釜ちゃがまから尻尾しっぽでも出ましょうなら、また一興いっきょうでござる。はははは、」

「お羨うらやましい御境涯ごきょうがいですな。」

 と客は言った。

「どうして、貴下あなた、さように悟りの開けました智識ちしきではございません。一軒屋の一人住居ひとりずまい心寂しゅうござってな。唯今ただいまも御参詣のお姿を、あれからお見受け申して、あとを慕って来ましたほどで。

 時に、どちらに御逗留ごとうりゅう?」

「私わたし? 私は直じきその停車場ステイション最寄もよりの処ところに、」

「しばらく、」

「先々月せんせんげつあたりから、」

「いずれ、御旅館で、」

「否いいえ、一室ひとま借りまして自炊じすいです。」

「は、は、さようで。いや、不躾ぶしつけでありまするが、思召おぼしめしがござったら、仮庵室かりあんじつ御用にお立て申しまする。

 甚はなはだ唐突とうとつでありまするが、昨年夏も、お一人な、やはりかような事から、貴下あなたがたのような御仁ごじんの御宿おやどをいたしたことがありまする。

 御夫婦でも宜よろしい。お二人ぐらいは楽でありますから、」

「はい、ありがとう。」

 と莞爾にっこりして、

「ちょっと、通りがかりでは、こういう処ところが、こちらにあろうとは思われませんね。真個ほんとうに佳いい御堂ですね、」

「折々御遊歩ごゆうほにおいで下さい。」

「勿体もったいない、おまいりに来ましょう。」

 何心なにごころなく言った顔を、訝いぶかしそうに打視うちながめた。


七


 出家は膝に手を置いて、

「これは、貴下方あなたがたの口から、そういうことを承うけたまわろうとは思わんでありました。」

「何故なぜですか、」

 と問うては見たが、予あらかじめ、その意味を解するに難かとうはないのであった。

 出家も、扁ひらたくはあるが、ふっくりした頬に笑えみを含んで、

「何故なぜと申すでもありませんがな……先ず当節のお若い方が……というのでござる。はははは、近い話がな。最もっともそう申すほど、私わたくしが、まだ年配ではありませんけれども、」

「分りましたとも。青年の、しかも書生しょせいが、とおっしゃるのでしょう。

 否いいえ、そういう御遠慮をなさるから、それだから不可いけません。それだから、」

 とどうしたものか、じりじりと膝を向け直して、

「段々お宗旨しゅうしが寂さびれます。こちらは何なにお宗旨だか知りませんが。

 対手あいては老朽おいくちたものだけで、年紀としの少すくない、今の学校生活でもしたものには、とても済度さいどはむずかしい、今さら、観音かんおんでもあるまいと言うようなお考えだから不可いかんのです。

 近頃は爺婆じじばばの方が横着おうちゃくで、嫁をいじめる口叱言くちこごとを、お念仏で句読くとうを切ったり、膚脱はだぬぎで鰻うなぎの串くしを横銜よこぐわえで題目を唱となえたり、……昔からもそういうのもなかったんじゃないが、まだまだ胡散うさんながら、地獄極楽じごくごくらくが、いくらか念頭にあるうちは始末がよかったのです。今じゃ、生悟なまさとりに皆みんなが悟りを開いた顔で、悪くすると地獄の絵を見て、こりゃ出来が可いい、などと言い兼ねません。

 貴下方あなたがたが、到底対手あいてにゃなるまいと思っておいでなさる、少わかい人たちが、かえって祖師そしに憧あこがれてます。どうかして、安心立命あんしんりつめいが得たいと悶もだえてますよ。中にはそれがために気が違うものもあり、自殺するものさえあるじゃありませんか。

 何でも構わない。途中で、ははあ、これが二十世紀の人間だな、と思うのを御覧なすったら、男子おとこでも女子おんなでもですね、唐突だしぬけに南無阿弥陀仏なむあみだぶつと声をかけてお試しなさい。すぐに気絶するものがあるかも知れず、たちどころに天窓あたまを剃そって御弟子になりたいと言おうも知れず、ハタと手を拍うって悟るのもありましょう。あるいはそれが基もとで死にたくなるものもあるかも知れません。

 実際、串戯じょうだんではない。そのくらいなんですもの。仏教はこれから法燈ほうとうの輝く時です。それだのに、何故なぜか、貴下あんたがたが因循いんじゅんして引込思案ひっこみじあんでいらっしゃる。」

 頻しきりに耳を傾けたが、

「さよう、如何いかにも、はあ、さよう。いや、私わたくしどもとても、堅く申せば思想界は大維新だいいしんの際さいで、中には神を見た、まのあたり仏ぶつに接した、あるいは自みずから救世主であるなどと言う、当時の熊本の神風連じんぷうれんの如き、一揆いっきの起りましたような事も、ちらほら聞伝ききつたえてはおりますが、いずれに致せ、高尚な御議論、御研究の方ほうでござって、こちとらづれ出家がお守もりをする、偶像なぞは……その、」

 と言いかけて、密そっと御廚子みずしの方かたを見た。

「作さくがよければ、美術品、彫刻物ちょうこくものとして御覧なさろうと言う世間。

 あるいは今後、仏教は盛さかんになろうも知れませんが、ともかく、偶像の方となりますると……その如何いかがなものでござろうかと……同一おなじ信仰にいたしてからが、御本尊ごほんぞんに対し、礼拝らいはいと申す方かたは、この前さきどうあろうかと存じまする。ははは、そこでございますから、自然、貴下あたたがたには、仏教、即すなわち偶像教でないように思召おぼしめしが願いたい、御像おすがたの方は、高尚な美術品を御覧になるように、と存じて、つい御遊歩ごゆうほなどと申すような次第でございますよ。」

「いや、いや、偶像でなくってどうします。御姿おすがたを拝まないで、何を私わたしたちが信ずるんです。貴下あなた、偶像とおっしゃるから不可いかん。

 名がありましょう、一体ごとに。

 釈迦しゃか、文殊もんじゅ、普賢ふげん、勢至せいし、観音かんおん、皆、名があるではありませんか。」


八


「唯ただ、人と言えば、他人です、何でもない。これに名がつきましょう。名がつきますと、父となります、母となり、兄となり、姉となります。そこで、その人たちを、唯ただ、人にして扱いますか。

 偶像も同一どういつです。唯ただ偶像なら何でもない、この御堂のは観世音かんぜおんです、信仰をするんでしょう。

 じゃ、偶像は、木き、金かね、乃至ないし、土。それを金銀、珠玉しゅぎょくで飾り、色彩を装よそおったものに過ぎないと言うんですか。人間だって、皮、血、肉、五臓ごぞう、六腑ろっぷ、そんなもので束つかねあげて、これに衣きものを着せるんです。第一貴下あなた、美人だって、たかがそれまでのもんだ。

 しかし、人には霊魂れいこんがある、偶像にはそれがない、と言うかも知れん。その、貴下あなた、その貴下あなた、霊魂が何だか分らないから、迷いもする、悟りもする、危あやぶみもする、安心もする、拝みもする、信心もするんですもの。

 的まとがなくって弓の修業が出来ますか。軽業かるわざ、手品てじなだって学ばねばならんのです。

 偶像は要いらないと言う人に、そんなら、恋人は唯ただ慕う、愛する、こがるるだけで、一緒にならんでも可いいのか、姿を見んでも可いいのか。姿を見たばかりで、口を利かずとも、口を利いたばかりで、手に縋すがらずとも、手に縋っただけで、寝ないでも、可いいのか、と聞いて御覧なさい。

 せめて夢にでも、その人に逢あいたいのが実情です。

 そら、幻にでも神仏かみほとけを見たいでしょう。

 釈迦しゃか、文殊もんじゅ、普賢ふげん、勢至せいし、観音かんおん、御像おすがたはありがたい訳わけではありませんか。」

 出家は活々いきいきとした顔になって、目の色が輝いた。心の籠こもった口のあたり、髯ひげの穴も数えつびょう、

「申されました、おもしろい。」

 ぴたりと膝に手をついて、片手を額ひたいに加えたが、

「──うたゝ寐ねに恋しき人を見てしより夢てふものはたのみそめてき──」

 と独ひとり俯向うつむいた口の裏うちに誦じゅしたのは、柱に記しるした歌である。

 こなたも思わず彼処かしこを見た、柱なる蜘蛛ささがにの糸、あざやかなりけり水茎みずぐきの跡。

「そう承うけたまわれば恥入はじいる次第で、恥を申さねば分らんでありますが、うたゝ寐ねの、この和歌でござる、」

「その歌が、」

 とこなたも膝の進むを覚えず。

「ええ、御覧なさい。其処中そこらじゅう、それ巡拝札じゅんぱいふだを貼り散らしたと申すわけで、中にはな、売薬や、何かの広告に使いまするそうなが、それもありきたりで構わんであります。

 また誰たれが何時いつのまに貼って参るかも分りませんので。ところが、それ、其処そこの柱の、その……」

「はあ、あの歌ですか。」

「御覧になったで、」

「先刻さっき、貴下あなたが声をおかけなすった時に、」

「お目に留とまったのでありましょう、それは歌の主ぬしが分っております。」

「婦人ですね。」

「さようで、最もっとも古歌こかでありますそうで、小野小町おののこまちの、」

「多分そうのようです。」

「詠よまれたは御自分でありませんが、いや、丁とんとその詠よみ主ぬしのような美人でありましてな、」

「この玉脇たまわき……とか言う婦人が、」

 と、口では澄すましてそう言ったが、胸はそぞろに時ときめいた。

「なるほど、今貴下あなたがお話しになりました、その、御像おすがたのことについて、恋人云々うんぬんのお言葉を考えて見ますると、これは、みだらな心ではのうて、行ゆき方かたこそ違いまするが、かすかに照らせ山やまの端はの月、と申したように、観世音かんぜおんにあこがるる心を、古歌に擬なぞらえたものであったかも分りませぬ。──夢てふものは頼み初そめてき──夢になりともお姿をと言う。

 真個まことに、ああいう世に稀まれな美人ほど、早く結縁けちえんいたして仏果ぶっかを得た験ためしも沢山たくさんございますから。

 それを大掴おおづかみに、恋歌こいかを書き散らして参った。怪けしからぬ事と、さ、それも人によりけり、御経おきょうにも、若有女人設欲求男にゃくうにょにんせつよくぐなん、とありまするから、一概いちがいに咎とがめ立てはいたさんけれども。あれがために一人殺したでござります。」

 聞くものは一驚いっきょうを吃きっした。菜の花に見た蛇のそれより。


九


「まさかとお思いなさるでありましょう、お話が大分唐突だしぬけでござったで、」

 出家は頬に手をあてて、俯うつむいてやや考え、

「いや、しかし恋歌こいかでないといたして見ますると、その死んだ人の方ほうが、これは迷いであったかも知れんでございます。」

「飛んだ話じゃありませんか、それはまたどうした事ですか。」

 と、こなたは何時いつか、もう御堂おどうの畳に、にじり上あがっていた。よしありげな物語を聞くのに、懐ふところが窮屈きゅうくつだったから、懐中かいちゅうに押込おしこんであった、鳥打帽とりうちぼうを引出して、傍かたわらに差置さしおいた。

 松風が音ねに立った。が、春の日なれば人よりも軽く、そよそよと空を吹くのである。

 出家は仏前の燈明とうみょうをちょっと見て、

「さればでござって。……

 実は先刻お話はなし申した、ふとした御縁で、御堂おどうのこの下の仮庵室かりあんじつへお宿をいたしました、その御仁ごじんなのでありますが。

 その貴下あなた、うたゝ寝ねの歌を、其処そこへ書きました、婦人のために……まあ、言って見ますれば恋煩こいわずらい、いや、こがれ死じにをなすったと申すものでございます。早い話が、」

「まあ、今時いまどき、どんな、男です。」

「丁ちょうど貴下あなたのような方かたで、」

 呀あ? 茶釜ちゃがまでなく、這般この文福和尚ぶんぶくおしょう、渋茶しぶちゃにあらぬ振舞ふるまいの三十棒さんじゅうぼう、思わず後しりえに瞠若どうじゃくとして、……唯ただ苦笑くしょうするある而已のみ……

「これは、飛んだ処ところへ引合いに出しました、」

 と言って打笑うちわらい、

「おっしゃる事と申し、やはりこういう事からお知己ちかづきになったと申し、うっかり、これは、」

「否いや、結構ですとも。恋で死ぬ、本望です。この太平の世に生れて、戦場で討死うちじにをする機会がなけりゃ、おなじ畳の上で死ぬものを、憧こがれじにが洒落しゃれています。

 華族の金満家きんまんかへ生れて出て、恋煩こいわずらいで死ぬ、このくらいありがたい事はありますまい。恋は叶かなう方が可よさそうなもんですが、そうすると愛別離苦あいべつりくです。

 唯ただ死ぬほど惚ほれるというのが、金かねを溜ためるより難かたいんでしょう。」

「真まことに御串戯ごじょうだんものでおいでなさる。はははは、」

「真面目まじめですよ。真面目だけなお串戯じょうだんのように聞えるんです。あやかりたい人ですね。よくそんなのを見つけましたね。よくそんな、こがれ死じにをするほどの婦人が見つかりましたね。」

「それは見ることは誰にでも出来ます。美しいと申して、竜宮りゅうぐうや天上界てんじょうかいへ参らねば見られないのではござらんで、」

「じゃ現在いるんですね。」

「おりますとも。土地の人です。」

「この土地のですかい。」

「しかもこの久能谷くのやでございます。」

「久能谷の、」

「貴下あなた、何んでございましょう、今日此こ処こへお出でなさるには、その家うちの前を、御通行おとおりになりましたろうで、」

「その美人の住居すまいの前をですか。」

 と言う時、機はたを織った少わかい方の婦人おんなが目に浮んだ、赫燿かくようとして菜の花に。

「……じゃ、あの、やっぱり農家の娘で、」

「否々いやいや、大財産家だいざいさんかの細君でございます。」

「違いました、」

 と我を忘れて、呟つぶやいたが、

「そうですか、大財産家おおがねもちの細君ですか、じゃもう主ぬしある花なんですね。」

「さようでございます。それがために、貴下あなた、」

「なるほど、他人のものですね。そうして誰が見ても綺麗きれいですか、美人なんですかい。」

「はい、夏向なつむきは随分ずいぶん何千人という東京からの客人で、目の覚めるような美麗びれいな方かたもありまするが、なかなかこれほどのはないでございます。」

「じゃ、私わたしが見ても恋煩こいわずらいをしそうですね、危険けんのん、危険けんのん。」

 出家は真面目に、

「何故なぜでございますか。」

「帰路かえりには気を注つけねばなりません。何処どこですか、その財産家の家うちは。」


十


 菜種なたねにまじる茅家かややのあなたに、白波と、松吹風まつふくかぜを右左みぎひだり、其処そこに旗のような薄霞うすがすみに、しっとりと紅くれないの染そむ状さまに桃の花を彩いろどった、その屋やの棟むねより、高いのは一つもない。

「角かどの、あの二階家にかいやが、」

「ええ?」

「あれがこの歌のかき人ての住居すまいでござってな。」

 聞くものは慄然ぞっとした。

 出家は何んの気もつかずに、

「尤もっとも彼処あすこへは、去年の秋、細君だけが引越ひきこして参ったので。丁ちょうど私わたくしがお宿を致したその御仁ごじんが……お名は申しますまい。」

「それが可ようございます。」

「唯ただ、客人──でお話をいたしましょう。その方かたが、庵室あんじつに逗留中、夜分な、海へ入って亡なくなりました。」

「溺おぼれたんですか、」

「と……まあ見えるでございます、亡骸なきがらが岩に打揚うちあげられてござったので、怪我けがか、それとも覚悟の上か、そこは先まず、お聞取ききとりの上の御推察でありますが、私は前ぜん申す通り、この歌のためじゃようにな、」

「何しろ、それは飛んだ事です。」

「その客人が亡くなりまして、二月ふたつきばかり過ぎてから、彼処あすこへ、」

 と二階家の遥はるかなのを、雲の上から蔽おおうよう、出家は法衣ころもの袖そでを上げて、

「細君が引越して来ましたので。恋じゃ、迷まよいじゃ、という一騒ひとさわぎござった時分は、この浜方はまがたの本宅に一家族、……唯今ただいまでも其処そこが本家、まだ横浜にも立派な店たながあるのでありまして、主人は大方おおかたその方ほうへ参っておりましょうが。

 この久能谷くのやの方は、女中ばかり、真まことに閑静に住んでおります。」

「すると別荘なんですね。」

「いやいや、──どうも話がいろいろになります、──ところが久能谷の、あの二階家が本宅じゃそうで、唯今の主人も、あの屋根の下で生れたげに申します。

 その頃は幽かすかな暮しで、屋根と申した処ところが、ああではありますまい。月も時雨しぐれもばらばら葺ぶき。それでも先代の親仁おやじと言うのが、もう唯今では亡くなりましたが、それが貴下あなた、小作人ながら大の節倹家しまつやで、積年の望みで、地面を少しばかり借りましたのが、私わたくし庵室あんじつの背戸せどの地続きで、以前立派な寺がありました。その住職じゅうしょくの隠居所いんきょじょの跡だったそうにございますよ。

 豆を植えようと、まことにこう天気の可いい、のどかな、陽炎かげろうがひらひら畔あぜに立つ時分。

 親仁殿おやじどの、鍬くわをかついで、この坂下へ遣やって来て、自分の借地しゃくちを、先まずならしかけたのでございます。

 とッ様昼上ひるあがりにせっせえ、と小児こどもが呼びに来た時分、と申すで、お昼頃でありましょうな。

 朝疾とくから、出しなには寒かったで、布子ぬのこの半纏はんてんを着ていたのが、その陽気なり、働き通しじゃ。親仁殿は向顱巻むこうはちまき、大肌脱おおはだぬぎで、精々せっせっと遣やっていた処ところ。大抵たいてい借用分の地券面ちけんめんだけは、仕事が済んで、これから些ちとほまちに山を削ろうという料簡りょうけん。ずかずか山の裾すそを、穿ほりかけていたそうでありますが、小児こどもが呼びに来たについて、一服いっぷく遣やるべいかで、もう一鍬ひとくわ、すとんと入れると、急に土が軟やわらかく、ずぶずぶと柄えぐるみにむぐずり込んだで。

 ずいと、引抜いた鍬くわについて、じとじとと染にじんで出たのが、真紅まっかな、ねばねばとした水じゃ、」

「死骸ですか、」と切込きりこんだ。

「大違い、大違い、」

 と、出家は大きくかぶりを掉ふって、

「註文ちゅうもん通り、金子かねでござる、」

「なるほど、穿当ほりあてましたね。」

「穿当ほりあてました。海の中でも紅べに色の鱗うろこは目覚めざましい。土を穿ほって出る水も、そういう場合には紫より、黄色より、青い色より、その紅色が一番見る目を驚かせます。

 はて、何んであろうと、親仁殿おやじどのが固くなって、もう二、三度穿ほり拡げると、がっくり、うつろになったので、山の腹へ附着くッついて、こう覗のぞいて見たそうにござる。」


十一


「大蛇だいじゃが顋あぎとを開あいたような、真紅まっかな土の空洞うつろの中に、づほらとした黒い塊かたまりが見えたのを、鍬くわの先で掻出かきだして見ると──甕かめで。

 蓋ふたが打欠ぶっかけていたそうでございますが、其処そこからもどろどろと、その丹色にいろに底澄そこすんで光のある粘土ねばつちようのものが充満いっぱい。

 別に何んにもありませんので、親仁殿おやじどのは惜気おしげもなく打覆ぶっかえして、もう一箇ひとつあった、それも甕で、奥の方へ縦たてに二ツ並んでいたと申します──さあ、この方が真物ほんものでござった。

 開あけかけた蓋を慌あわてて圧おさえて、きょろきょろと其処そこら眗みまわしたそうでございますよ。

 傍そばにいて覗のぞき込んでいた、自分の小児こどもをさえ、睨にらむようにして、じろりと見ながら、どう悠々ゆうゆうと、肌はだなぞを入れておられましょう。

 素肌すはだへ、貴下あなた、嬰児あかんぼを負おぶうように、それ、脱いで置いたぼろ半纏ばんてんで、しっかりくるんで、背負上しょいあげて、がくつく腰を、鍬くわを杖つえにどッこいなじゃ。黙っていろよ、何んにも言うな、きっと誰にも饒舌しゃべるでねえぞ、と言い続けて、内うちへ帰って、納戸なんどを閉切しめきって暗くして、お仏壇ぶつだんの前へ筵むしろを敷いて、其処そこへざくざくと装上もりあげた。尤もっとも年が経たって薄黒くなっていたそうでありますが、その晩から小屋は何んとなく暗夜やみよにも明るかった、と近所のものが話でござって。

 極性ごくしょうな朱しゅでござったろう、ぶちまけた甕かめ充満いっぱいのが、時ならぬ曼珠沙華まんじゅしゃげが咲いたように、山際やまぎわに燃えていて、五月雨さみだれになって消えましたとな。

 些ちっと日数ひかずが経ってから、親仁どのは、村方むらかたの用達ようたしかたがた、東京へ参ったついでに芝口しばぐちの両換店りょうがえやへ寄って、汚きたない煙草入たばこいれから煙草の粉だらけなのを一枚だけ、そっと出して、いくらに買わっしゃる、と当って見ると、いや抓つまんだ爪つめの方が黄色いくらいでござったに、正しょうのものとて争われぬ、七両りょうならば引替ひきかえにと言うのを、もッと気張きばってくれさっせえで、とうとう七両一分ぶに替えたのがはじまり。

 そちこち、気長きながに金子かねにして、やがて船一艘そう、古物ふるものを買い込んで、海から薪炭まきすみの荷を廻し、追々おいおい材木へ手を出しかけ、船の数も七艘までに仕上げた時、すっぱりと売物に出して、さて、地面を買う、店を拡げる、普請ふしんにかかる。

 土台が極きまると、山の貸元かしもとになって、坐っていて商売が出来るようになりました、高利こうりは貸します。

 どかとした山の林が、あの裸になっては、店さきへすくすくと並んで、いつの間にか金かねを残しては何処どこへか参る。

 そのはずでござるて。

 利のつく金子かねを借りて山を買う、木を伐きりかけ、資本もとでに支つかえる。ここで材木を抵当ていとうにして、また借りる。すぐに利がつく、また伐りかかる、資本もとでに支つかえる、また借りる、利でござろう。借りた方は精々せっせっと樹きを伐きり出して、貸元かしもとの店へ材木を並べるばかり。追っかけられて見切って売るのを、安く買い込んでまた儲もうける。行ったり、来たり、家の前を通るものが、金子かねを置いては失せるのであります。

 妻子眷属さいしけんぞく、一時いっときにどしどしと殖ふえて、人は唯ただ、天狗てんぐが山を飲むような、と舌を巻いたでありまするが、蔭かげじゃ──その──鍬くわを杖つえで胴震どうぶるいの一件をな、はははは、こちとら、その、も一ツの甕かめの朱しゅの方だって、手を押おッつけりゃ血になるだ、なぞと、ひそひそ話ばなしを遣やるのでござって、」

「そういう人たちはまた可いい塩梅あんばいに穿ほり当てないもんですよ。」

 と顔を見合わせて二人が笑った。

「よくしたものでございます。いくら隠していることでも何処どこをどうして知れますかな。

 いや、それについて、」

 出家は思出おもいだしたように、

「こういう話がございます。その、誰にも言うな、と堅く口留くちどめをされた斉之助せいのすけという小児こどもが、(父様とっさまは野良のらへ行って、穴のない天保銭てんぽうせんをドシコと背負しょって帰らしたよ。)

 ……如何いかがでござる、ははははは。」

「なるほど、穴のない天保銭。」

「その穴のない天保銭が、当主でございます。多額納税議員たがくのうぜいぎいん、玉脇斉之助たまわきせいのすけ、令夫人おみを殿、その歌をかいた美人であります、如何いかがでございます、貴下あなた、」


十二


「先ずお茶を一ツ。御約束通り渋茶でござって、碌ろくにお茶台ちゃだいもありませんかわりには、がらんとして自然に片づいております。お寛くつろぎ下さい。秋になりますると、これで町へ遠うございますかわりには、栗くり柿かきに事を欠きませぬ。烏からすを追って柿を取り、高音たかねを張ります鵙もずを驚かして、栗を落してなりと差上げましょうに。

 まあ、何よりもお楽に、」

 と袈裟けさをはずして釘くぎにかけた、障子しょうじに緋桃ひももの影法師かげぼうし。今物語いまものがたりの朱しゅにも似て、破目やれめを暖あたたかく燃ゆる状さま、法衣ころもをなぶる風情ふぜいである。

 庵室あんじつから打仰うちあおぐ、石の階子はしごは梢こずえにかかって、御堂みどうは屋根のみ浮いたよう、緑の雲にふっくりと沈んで、山の裾すその、縁えんに迫って萌葱もえぎなれば、あま下さがる蚊帳かやの外に、誰たれ待つとしもなき二人、煙けぶらぬ火鉢のふちかけて、ひらひらと蝶ちょうが来る。

「御堂おどうの中では何んとなく気もあらたまります。此こ処こでお茶をお入れ下すった上のお話じゃ、結構けっこう過ぎますほどですが、あの歌に分れて来たので、何んだかなごり惜おしい心持こころもちもします。」

「けれども、石段だけも、婀娜あだな御本尊ごほんぞんへは路みちが近うなってございますから、はははは。

 実じつの処ところ仏の前では、何か私わたくしが自分に懺悔ざんげでもしまするようで心苦しい。此こ処こでありますと大きに寛くつろぐでございます。

 師のかげを七尺しゃく去るともうなまけの通りで、困ったものでありますわ。

 そこで客人でございます。──

 日頃のお話ぶり、行為おこない、御容子ごようすな、」

「どういう人でした。」

「それは申しますまい。私も、盲目めくらの垣覗かきのぞきよりもそッと近い、机覗つくえのぞきで、読んでおいでなさった、書物しょもつなどの、お話も伺うかがって、何をなさる方じゃと言う事も存じておりますが、経文きょうもんに書いてあることさえ、愚昧ぐまいに饒舌しゃべると間違います。

 故人をあやまり伝えてもなりませず、何か評ひょうをやるようにも当りますから、唯々ただただ、かのな、婦人との模様だけ、お物語りしましょうで。

 一日あるひ晩方ばんがた、極暑ごくしょのみぎりでありました。浜の散歩から返ってござって、(和尚おしょうさん、些ちっと海へ行って御覧なさいませんか。綺麗きれいな人がいますよ。)

(ははあ、どんな、貴下あなた、)

(あの松原の砂路すなじから、小松橋こまつばしを渡ると、急にむこうが遠目金とおめがねを嵌はめたように円まるい海になって富士ふじの山が見えますね、)

 これは御存じでございましょう。」

「知っていますとも。毎日のように遊びに出ますもの、」

「あの橋の取附とッつきに、松の樹で取廻とりまわして──松原はずッと河を越して広い洲すの林になっておりますな──そして庭を広く取って、大玄関おおげんかんへ石を敷詰しきつめた、素ばらしい門のある邸やしきがございましょう。あれが、それ、玉脇たまわきの住居すまいで。

 実はあの方ほうを、東京の方かたがなさる別荘を真似まねて造ったでありますが、主人が交際つきあいずきで頻しきりと客をしまする処ところ、いずれ海が、何よりの呼物よびものでありますに。この久能谷くのやの方は、些ちっと足場あしばが遠くなりますから、すべて、見得装飾みえかざりを向うへ持って参って、小松橋こまつばしが本宅のようになっております。

 そこで、去年の夏頃は、御新姐ごしんぞ。申すまでもない、そちらにいたでございます。

 でその──小松橋を渡ると、急に遠目金とおめがねを覗のぞくような円まるい海の硝子がらすへ──ぱっと一杯に映うつって、とき色の服の姿が浪なみの青いのと、巓いただきの白い中へ、薄い虹にじがかかったように、美しく靡なびいて来たのがある。……

 と言われたは、即すなわち、それ、玉脇の……でございます。

 しかし、その時はまだ誰だか本人も御存じなし、聞く方でも分りませんので。どういう別嬪べっぴんでありました、と串戯じょうだんにな、団扇うちわで煽あおぎながら聞いたでございます。

 客人は海水帽を脱いだばかり、まだ部屋へも上あがらず、その縁側えんがわに腰をかけながら。

(誰方どなたか、尊とうといくらいでした。)」


十三


「大分だいぶ気高く見えましたな。

 客人が言うには、

(二、三間げんあいを置いて、おなじような浴衣ゆかたを着た、帯を整然きちんと結んだ、女中と見えるのが附いて通りましたよ。

 唯ただすれ違いざまに見たんですが、目鼻立ちのはっきりした、色の白いことと、唇の紅あかさったらありませんでした。

 盛装という姿だのに、海水帽をうつむけに被かぶって──近所の人ででもあるように、無造作に見えましたっけ。むこう、そうやって下を見て帽子の廂ひさしで日を避よけるようにして来たのが、真直まっすぐに前へ出たのと、顔を見合わせて、両方へ避さける時、濃い睫毛まつげから瞳ひとみを涼しく睜みひらいたのが、雪舟せっしゅうの筆を、紫式部むらさきしきぶの硯すずりに染めて、濃淡のぼかしをしたようだった。

 何んとも言えない、美しさでした。

 いや、こういうことをお話します、私わたしは鳥羽絵とばえに肖にているかも知れない。

 さあ、御飯ごはんを頂いて、柄相応がらそうおうに、月夜の南瓜畑とうなすばたけでもまた見に出ましょうかね。)

 爾晩そのばんは貴下あなた、唯ただそれだけの事で。

 翌日また散歩に出て、同じ時分に庵室あんじつへ帰って見えましたから、私わたくしが串戯じょうだんに、

(雪舟の筆は如何いかがでござった。)

(今日は曇った所為せいか見えませんでした。)

 それから二、三日経たって、

(まだお天気が直りませんな。些ちと涼しすぎるくらい、御歩行おひろいには宜よろしいが、やはり雲がくれでござったか。)

(否いや、源氏げんじの題に、小松橋こまつばしというのはありませんが、今日はあの橋の上で、)

(それは、おめでたい。)

 などと笑いまする。

(まるで人違いをしたように粋いきでした。私わたしがこれから橋を渡ろうという時、向うの袂たもとへ、十二、三を頭かしらに、十歳とおぐらいのと、七八歳ななやッつばかりのと、男の児こを三人連れて、その中の小さいのの肩を片手で敲たたきながら、上から覗のぞき込むようにして、莞爾にっこりして橋の上へかかって来ます。

 どんな婦人おんなでも羨うらやましがりそうな、すなおな、房ふっさりした花月巻かげつまきで、薄うすお納戸地なんどじに、ちらちらと膚はだの透すいたような、何んの中形ちゅうがただか浴衣ゆかたがけで、それで、きちんとした衣紋附えもんつき。

 絽ろでしょう、空色と白とを打合わせの、模様はちょっと分らなかったが、お太鼓たいこに結んだ、白い方が、腰帯に当って水無月みなづきの雪を抱だいたようで、見る目に、ぞッとして擦すれ違う時、その人は、忘れた形なりに手を垂れた、その両手は力なさそうだったが、幽かすかにぶるぶると肩が揺れたようでした、傍そばを通った男の気けに襲われたものでしょう。

 通とおり縋すがると、どうしたのか、我を忘れたように、私わたしは、あの、低い欄干らんかんへ、腰をかけてしまったんです。抜けたのだなぞと言っては不可いけません。下は川ですから、あれだけの流れでも、落おっこちようもんならそれっきりです──淵ふちや瀬でないだけに、救助船たすけぶねとも喚わめかれず、また叫んだ処ところで、人は串戯じょうだんだと思って、笑って見殺しにするでしょう、泳およぎを知らないから、)

 と言って苦笑にがわらいをしなさったっけ……それが真実まことになったのでございます。

 どうしたことか、この恋煩こいわずらいに限っては、傍はたのものは、あはあは、笑って見殺しにいたします。

 私わたくしはじめ串戯じょうだん半分、ひやかしかたがた、今日こんにちは例のは如何いかがで、などと申したでございます。

 これは、貴下あなたでもさようでありましょう。」

 されば何んと答えよう、喫のんでた煙草たばこの灰をはたいて、

「ですがな……どうも、これだけは真面目まじめに介抱かいほうは出来かねます。娘が煩わずらうのだと、乳母うばが始末をする仕来しきたりになっておりますがね、男のは困りますな。

 そんな時、その川で沙魚はぜでも釣っていたかったですね。」

「ははは、これはおかしい。」

 と出家は興きょうありげにハタと手を打つ。


十四


「これはおかしい、釣つりといえば丁ちょうどその時、向う詰づめの岸に踞しゃがんで、ト釣っていたものがあったでござる。橋詰はしづめの小店こみせ、荒物を商あきなう家の亭主で、身体からだの痩やせて引緊ひっしまったには似ない、褌ふんどしの緩ゆるい男で、因果いんがとのべつ釣をして、はだけていましょう、真まことにあぶなッかしい形でな。

 渾名あだなを一厘土器いちもんかわらけと申すでござる。天窓あたまの真中の兀工合はげぐあいが、宛然さながらですて──川端の一厘土器いちもんかわらけ──これが爾時そのときも釣っていました。

 庵室あんじつの客人が、唯今ただいま申す欄干らんかんに腰を掛けて、おくれ毛越げごしにはらはらと靡なびいて通る、雪のような襟脚えりあしを見送ると、今、小橋こばしを渡った処ところで、中の十歳とお位のがじゃれて、その腰へ抱だき着いたので、白魚しらおという指を反そらして、軽くその小児こどもの背中を打った時だったと申します。

(お坊ぼっちゃま、お坊ちゃま、)

 と大声で呼び懸けて、

(手巾ハンケチが落ちました、)と知らせたそうでありますが、件くだんの土器殿かわらけどのも、餌えさは振舞ふるまう気で、粋いきな後姿を見送っていたものと見えますよ。

(やあ、)と言って、十二、三の一番上の児こが、駈けて返って、橋の上へ落して行った白い手巾ハンケチを拾ったのを、懐中ふところへ突込つッこんで、黙ってまた飛んで行ったそうで。小児こどもだから、辞儀じぎも挨拶あいさつもないでございます。

 御新姐ごしんぞが、礼心れいごころで顔だけ振向いて、肩へ、頤おとがいをつけるように、唇を少し曲げて、その涼すずしい目で、熟じっとこちらを見返ったのが取違えたものらしい。私わたくしが許とこの客人と、ぴったり出会ったでありましょう。

 引込ひきこまれて、はッと礼を返したが、それッきり。御新姐ごしんぞの方は見られなくって、傍わきを向くと貴下あなた、一厘土器いちもんかわらけが怪訝けげんな顔色かおつき。

 いやもう、しっとり冷汗ひやあせを掻いたと言う事、──こりゃなるほど。極きまりがよくない。

 局外はたのものが何んの気もなしに考えれば、愚にもつかぬ事なれど、色気があって御覧ごろうじろ。第一、野良声のらごえの調子ッぱずれの可笑おかしい処ところへ、自分主人でもない余所よその小児こどもを、坊やとも、あの児ことも言うにこそ、へつらいがましい、お坊ちゃまは不見識の行止ゆきどまり、申さば器量きりょうを下げた話。

 今一方いまいっぽうからは、右の土器殿かわらけどのにも小恥こっぱずかしい次第でな。他人のしんせつで手柄をしたような、変な羽目になったので。

 御本人、そうとも口へ出して言われませなんだが、それから何んとなく鬱ふさぎ込むのが、傍目よそめにも見えたであります。

 四、五日、引籠ひきこもってござったほどで。

 後のちに、何も彼かも打明けて私わたくしに言いなさった時の話では、しかしまたその間違まちがいが縁えんになって、今度出会った時は、何んとなく両方で挨拶あいさつでもするようになりはせまいか。そうすれば、どんなにか嬉うれしかろう、本望ほんもうじゃ、と思われたそうな。迷いと申すはおそろしい、情なさけないものでござる。世間大概たいがいの馬鹿も、これほどなことはないでございます。

 三度目には御本人、」

「また出会ったんですかい。」

 と聞くものも待ち構える。

「今度は反対に、浜の方から帰って来るのと、浜へ出ようとする御新姐ごしんぞと、例の出口の処で逢ったと言います。

 大分もう薄暗くなっていましたそうで……土用どようあけからは、目に立って日が詰つまります処ところへ、一度は一度と、散歩のお帰りが遅くなって、蚊遣かやりでも我慢が出来ず、私わたくしが此こ処こへ蚊帳かやを釣って潜込もぐりこんでから、帰って見えて、晩飯ばんめしももう、なぞと言われるさえ折々の事。

 爾時そのときも、早や黄昏たそがれの、とある、人顔ひとがお、朧おぼろながら月が出たように、見違えないその人と、思うと、男が五人、中に主人もいたでありましょう。婦人おんなは唯ただ御新姐ごしんぞ一人、それを取巻く如くにして、どやどやと些ちと急足いそぎあしで、浪打際なみうちぎわの方へ通ったが、その人数にんずじゃ、空頼そらだのめの、余所よそながら目礼処どころの騒ぎかい、貴下あなた、その五人の男というのが。」


十五


「眉の太い、怒いかり鼻ばなのがあり、額ひたいの広い、顎あごの尖とがった、下目しためで睨にらむようなのがあり、仰向あおむけざまになって、頬髯ほおひげの中へ、煙も出さず葉巻を突込つッこんでいるのがある。くるりと尻を引捲ひんまくって、扇子せんすで叩いたものもある。どれも浴衣ゆかたがけの下司げすは可いいが、その中に浅黄あさぎの兵児帯へこおび、結目むすびめをぶらりと二尺ぐらい、こぶらの辺あたりまでぶら下げたのと、緋縮緬ひぢりめんの扱帯しごきをぐるぐる巻きに胸高むなだかは沙汰さたの限かぎり。前のは御自分ものであろうが、扱帯しごきの先生は、酒の上で、小間使こまづかいのを分捕ぶんどりの次第らしい。

 これが、不思議に客人の気を悪くして、入相いりあいの浪も物凄ものすごくなりかけた折からなり、あの、赤鬼あかおに青鬼あおおになるものが、かよわい人を冥土めいどへ引立ひきたてて行ゆくようで、思いなしか、引挟ひきはさまれた御新姐ごしんぞは、何んとなく物寂ものさびしい、快こころよからぬ、滅入めいった容子ようすに見えて、ものあわれに、命がけにでも其奴そいつらの中から救って遣やりたい感じが起った。家庭の様子もほぼ知れたようで、気が揉もめる、と言われたのでありますが、貴下あなた、これは無理じゃて。

 地獄の絵に、天女が天降あまくだった処ところを描いてあって御覧なさい。餓鬼がきが救われるようで尊とうとかろ。

 蛇が、つかわしめじゃと申すのを聞いて、弁財天べんざいてんを、ああ、お気の毒な、さぞお気味が悪かろうと思うものはありますまいに。迷いじゃね。」

 散策子はここに少しく腕組みした。

「しかし何ですよ、女は、自分の惚ほれた男が、別嬪べっぴんの女房を持ってると、嫉妬やくらしいようですがね。男は反対です、」

 と聊いささか論ずる口吻くちぶり。

「ははあ、」

「男はそうでない。惚れてる婦人おんなが、小野小町花おののこまちのはな、大江千里月おおえのちさとのつきという、対句ついく通りになると安心します。

 唯今ただいまの、その浅黄あさぎの兵児帯へこおび、緋縮緬ひぢりめんの扱帯しごきと来ると、些ちと考えねばならなくなる。耶蘇教やそきょうの信者の女房が、主しゅキリストと抱かれて寝た夢を見たと言うのを聞いた時の心地こころもちと、回々教フイフイきょうの魔神ましんになぐさまれた夢を見たと言うのを聞いた時の心地こころもちとは、きっとそれは違いましょう。

 どっち路みち、嬉うれしくない事は知れていますがね、前のは、先まず先ずと我慢が出来る、後あとのは、堪忍かんにんがなりますまい。

 まあ、そんな事は措おいて、何んだってまた、そう言う不愉快な人間ばかりがその夫人を取巻いているんでしょう。」

「そこは、玉脇たまわきがそれ鍬くわの柄つかを杖つえに支ついて、ぼろ半纏ばんてんに引ひっくるめの一件で、ああ遣やって大概たいがいな華族も及ばん暮しをして、交際にかけては銭金ぜにかねを惜おしまんでありますが、情なさけない事には、遣方やりかたが遣方やりかたゆえ、身分、名誉ある人は寄よッつきませんで、悲哉かなしいかなその段は、如何いかがわしい連中ばかり。」

「お待ちなさい、なるほど、そうするとその夫人と言うは、どんな身分の人なんですか。」

 出家はあらためて、打頷うちうなずき、かつ咳しわぶきして、

「そこでございます、御新姐ごしんぞはな、年紀としは、さて、誰たれが目にも大略たいりゃくは分ります、先ず二十三、四、それとも五、六かと言う処ところで、」

「それで三人の母様おっかさん? 十二、三のが頭かしらですかい。」

「否いいえ、どれも実子じっしではないでございます。」

「ままッ児こですか。」

「三人とも先妻が産みました。この先妻についても、まず、一ひとくさりのお話はあるでございますが、それは余事よじゆえに申さずとも宜よろしかろ。

 二、三年前に、今のを迎えたのでありますが、此こ処こでありますよ。

 何処どこの生れだか、育ちなのか、誰の娘だか、妹だか、皆目かいもく分らんでございます。貸して、かたに取ったか、出して買うようにしたか。落魄おちぶれた華族のお姫様じゃと言うのもあれば、分散した大所おおどこの娘御むすめごだと申すのもあります。そうかと思うと、箔はくのついた芸娼妓くろうとに違いないと申すもあるし、豪えらいのは高等淫売いんばいの上あがりだろうなどと、甚はなはだしい沙汰さたをするのがござって、丁とんと底知れずの池に棲すむ、ぬしと言うもののように、素性すじょうが分らず、ついぞ知ったものもない様子。」


十六


「何にいたせ、私わたくしなぞが通りすがりに見懸けましても、何んとも当りがつかぬでございます。勿論また、坊主に鑑定の出来ようはずはなけれどもな。その眉のかかり、目つき、愛嬌あいきょうがあると申すではない。口許くちもとなども凛りんとして、世辞せじを一つ言うようには思われぬが、唯ただ何んとなく賢げに、恋も無常も知り抜いた風ふうに見える。身体からだつきにも顔つきにも、情なさけが滴したたると言った状さまじゃ。

 恋い慕うものならば、馬士うまかたでも船頭でも、われら坊主でも、無下むげに振切ふりきって邪険じゃけんにはしそうもない、仮令たとえ恋はかなえぬまでも、然しかるべき返歌はありそうな。帯の結目むすびめ、袂たもとの端はし、何処どこへちょっと障さわっても、情なさけの露は男の骨を溶解とろかさずと言うことなし、と申す風情ふぜい。

 されば、気高いと申しても、天人神女てんにんしんにょの俤おもかげではのうて、姫路ひめじのお天守てんしゅに緋ひの袴はかまで燈台の下に何やら書を繙ひもどく、それ露が滴したたるように婀娜あでなと言うて、水道の水で洗い髪ではござらぬ。人跡じんせき絶えた山中の温泉に、唯ただ一人雪の膚はだえを泳がせて、丈たけに余る黒髪を絞るとかの、それに肖にまして。

 慕わせるより、懐なつかしがらせるより、一目見た男を魅みする、力ちから広大こうだい。少すくなからず、地獄、極楽、娑婆しゃばも身に附絡つきまとうていそうな婦人おんな、従したごうて、罪も報むくいも浅からぬげに見えるでございます。

 ところへ、迷うた人の事なれば、浅黄あさぎの帯に緋ひの扱帯しごきが、牛頭ごず馬頭めずで逢魔時おうまがときの浪打際なみうちぎわへ引立ひきたててでも行ゆくように思われたのでありましょう──私わたくしどもの客人が──そういう心持こころもちで御覧なさればこそ、その後ごは玉脇たまわきの邸やしきの前を通とおりがかり。……

 浜へ行ゆく町から、横に折れて、背戸口せどぐちを流れる小川の方へ引廻ひきまわした蘆垣あしがきの蔭かげから、松林の幹と幹とのなかへ、襟えりから肩のあたり、くっきりとした耳許みみもとが際立きわだって、帯も裾すそも見えないのが、浮出うきだしたように真中へあらわれて、後前あとさきに、これも肩から上ばかり、爾時そのときは男が三人、一ひとならびに松の葉とすれすれに、しばらく桔梗ききょう刈萱かるかやが靡なびくように見えて、段々だんだん低くなって隠れたのを、何か、自分との事のために、離座敷はなれざしきか、座敷牢ざしきろうへでも、送られて行ゆくように思われた、後前あとさきを引挟ひっぱさんだ三人の漢おとこの首の、兇悪なのが、確たしかにその意味を語っていたわ。もうこれきり、未来まで逢あえなかろうかとも思われる、と無理なことを言うのであります。

 さ、これもじゃ、玉脇の家の客人だち、主人まじりに、御新姐ごしんぞが、庭の築山つきやまを遊んだと思えば、それまででありましょうに。

 とうとう表通りだけでは、気が済まなくなったと見えて、前まえ申した、その背戸口せどぐち、搦手からめてのな、川を一つ隔てた小松原の奥深く入いり込んで、うろつくようになったそうで。

 玉脇の持地もちじじゃありますが、この松原は、野開のびらきにいたしてござる。中には汐入しおいりの、ちょっと大きな池もあります。一面に青草あおぐさで、これに松の翠みどりがかさなって、唯今頃ただいまごろは菫すみれ、夏は常夏とこなつ、秋は萩はぎ、真個まことに幽翠ゆうすいな処ところ、些ちと行らしって御覧ごろうじろ。」

「薄暗い処ですか、」

「藪やぶのようではありません。真蒼まっさおな処であります。本でも御覧なさりながらお歩行あるきには、至極宜よろしいので、」

「蛇がいましょう、」

 と唐突だしぬけに尋ねた。

「お嫌いか。」

「何とも、どうも、」

「否いえ、何の因果か、あのくらい世の中に嫌われるものも少のうござる。

 しかし、気をつけて見ると、あれでもしおらしいもので、路端みちばたなどを我われは顔がおで伸のしてる処ところを、人が参って、熟じっと視ながめて御覧なさい。見返しますがな、極りが悪そうに鎌首かまくびを垂れて、向うむきに羞含はにかみますよ。憎くないもので、ははははは、やはり心がありますよ。」

「心があられてはなお困るじゃありませんか。」

「否いえ、塩気を嫌うと見えまして、その池のまわりには些ちっともおりません。邸やしきにはこの頃じゃ、その魅みするような御新姐ごしんぞも留主るすなり、穴あなはすかすかと真黒まっくろに、足許に蜂はちの巣になっておりましても、蟹かにの住居すまい、落ちるような憂慮きづかいもありません。」


十七


「客人は、その穴さえ、白髑髏されこうべの目とも見えたでありましょう。

 池をまわって、川に臨んだ、玉脇の家造やづくりを、何か、御新姐ごしんぞのためには牢獄ででもあるような考えでござるから。

 さて、潮しおのさし引ひきばかりで、流れるのではありません、どんより鼠色ねずみいろに淀よどんだ岸に、浮きもせず、沈みもやらず、末始終すえしじゅうは砕けて鯉こい鮒ふなにもなりそうに、何時頃いつごろのか五、六本、丸太が浸ひたっているのを見ると、ああ、切組きりくめば船になる。繋合つなぎあわせば筏いかだになる。しかるに、綱も棹さおもない、恋の淵ふちはこれで渡らねばならないものか。

 生身いきみでは渡られない。霊魂たましいだけなら乗れようものを。あの、樹立こだちに包まれた木戸きどの中には、その人が、と足を爪立つまだったりなんぞして。

 蝶ちょうの目からも、余りふわふわして見えたでござろう。小松の中をふらつく自分も、何んだかその、肩から上ばかりに、裾すそも足もなくなった心地、日中ひなかの妙みょうな蝙蝠こうもりじゃて。

 懐中かいちゅうから本を出して、

蝋光高懸照紗空ろうこうたかくかかりしゃをてらしてむなし、    花房夜搗紅守宮かぼうよるつくこうしゅきゅう、

象口吹香毾㲪暖ぞうこうこうをふいてとうとうあたたかに、    七星挂城聞漏板しちせいしろにかかってろうばんをきく、

寒入罘罳殿影昏さむさふしにいってでんえいくらく、    彩鸞簾額著霜痕さいらんれんがくそうこんをつく、

 ええ、何んでも此こ処こは、蛄けらが鉤闌こうらんの下に月に鳴く、魏ぎの文帝ぶんていに寵ちょうせられた甄夫人けんふじんが、後のちにおとろえて幽閉されたと言うので、鎖阿甄あけんをとざす。とあって、それから、

夢入家門上沙渚ゆめにかもんにいってしゃしょにのぼる、    天河落処長洲路てんがおつるところちょうしゅうのみち、

願君光明如太陽ねがわくばきみこうみょうたいようのごとくなれ、

 妾しょうを放はなて、そうすれば、魚うおに騎きし、波を撇ひらいて去らん、というのを微吟びぎんして、思わず、襟えりにはらはらと涙が落ちる。目を睜みはって、その水中の木材よ、いで、浮べ、鰭ひれふって木戸に迎えよ、と睨にらむばかりに瞻みつめたのでござるそうな。些ちと尋常事ただごとでありませんな。

 詩は唐詩選とうしせんにでもありましょうか。」

「どうですか。ええ、何んですって──夢に家門かもんに入って沙渚しゃしょに上のぼる。魂たましいが沙漠さばくをさまよって歩行あるくようね、天河落処長洲路てんがおつるところちょうしゅうのみち、あわれじゃありませんか。

 それを聞くと、私わたしまで何んだか、その婦人が、幽閉されているように思います。

 それからどうしましたか。」

「どうと申して、段々頤おとがいがこけて、日に増し目が窪くぼんで、顔の色がいよいよ悪い。

 或時あるとき、大奮発じゃ、と言うて、停車場ていしゃば前の床屋へ、顔を剃そりに行ゆかれました。その時だったと申す事で。

 頭を洗うし、久しぶりで、些ちと心持こころもちも爽さわやかになって、ふらりと出ると、田舎いなかには荒物屋あらものやが多いでございます、紙、煙草たばこ、蚊遣香かやりこう、勝手道具、何んでも屋と言った店で。床店とこみせの筋向すじむこうが、やはりその荒物店あらものみせであります処ところ、戸外おもてへは水を打って、軒のきの提灯ちょうちんにはまだ火を点ともさぬ、溝石みぞいしから往来へ縁台えんだいを跨またがせて、差向さしむかいに将棊しょうぎを行やっています。端はしの歩ふが附木つけぎ、お定さだまりの奴で。

 用なしの身体からだゆえ、客人が其処そこへ寄って、路傍みちばたに立って、両方ともやたらに飛車ひしゃ角かくの取替とりかえこ、ころりころり差違さしちがえるごとに、ほい、ほい、と言う勇ましい懸声かけごえで。おまけに一人の親仁おやじなぞは、媽々衆かかしゅうが行水ぎょうずいの間、引渡ひきわたされたものと見えて、小児こどもを一人胡坐あぐらの上へ抱いて、雁首がんくびを俯向うつむけに銜くわえ煙管ぎせる。

 で銜くわえたまんま、待てよ、どっこい、と言うたびに、煙管きせるが打附ぶつかりそうになるので、抱かれた児こは、親仁より、余計に額ひたいに皺しわを寄せて、雁首がんくびを狙ねらって取ろうとする。火は附いていないから、火傷やけどはさせぬが、夢中で取られまいと振動ふりうごかす、小児こどもは手を出す、飛車を遁にげる。

 よだれを垂々たらたらと垂らしながら、占しめた! とばかり、やにわに対手あいての玉将たいしょうを引掴ひッつかむと、大きな口をへの字形じなりに結んで見ていた赭あから顔がおで、脊高せいたかの、胸の大きい禅門ぜんもんが、鉄梃かなてこのような親指で、いきなり勝った方の鼻っ頭ぱしらをぐいと掴つかんで、豪えらいぞ、と引伸ひんのばしたと思おぼし召せ、ははははは。」


十八


「大きな、ハックサメをすると煙草たばこを落した。額おでここッつりで小児こどもは泣き出す、負けた方は笑い出す、涎よだれと何んかと一緒でござろう。鼻をつまんだ禅門ぜんもん、苦々にがにがしき顔色がんしょくで、指を持余もてあました、塩梅あんばいな。

 これを機会しおに立去ろうとして、振返ると、荒物屋と葭簀よしず一枚、隣家りんかが間まに合わせの郵便局で。其処そこの門口かどぐちから、すらりと出たのが例のその人。汽車が着いたと見えて、馬車、車がらがらと五、六台、それを見に出たものらしい、郵便局の軒下のきしたから往来を透かすようにした、目が、ばったり客人と出逢ったでありましょう。

 心ありそうに、そうすると直ぐに身を引いたのが、隔ての葭簀よしずの陰になって、顔を背向そむけもしないで、其処そこで向直むきなおってこっちを見ました。

 軒下の身を引く時、目で引ひきつけられたような心持ここちがしたから、こっちもまた葭簀越よしずごしに。

 爾時そのときは、総髪そうはつの銀杏返いちょうがえしで、珊瑚さんごの五分珠ごぶだまの一本差いっぽんざし、髪の所為せいか、いつもより眉が長く見えたと言います。浴衣ゆかたながら帯には黄金鎖きんぐさりを掛けていたそうでありますが、揺れてその音のするほど、こっちを透すかすのに胸を動かした、顔がさ、葭簀よしずを横にちらちらと霞かすみを引いたかと思う、これに眩めくるめくばかりになって、思わずちょっと会釈えしゃくをする。

 向うも、伏目ふしめに俯向うつむいたと思うと、リンリンと貴下あなた、高く響いたのは電話の報知しらせじゃ。

 これを待っていたでございますな。

 すぐに電話口へ入って、姿は隠れましたが、浅間あさまゆえ、よく聞える。

(はあ、私わたし。あなた、余あんまりですわ。余あんまりですわ。どうして来て下さらないの。怨うらんでいますよ。あの、あなた、夜よも寝られません。はあ、夜中に汽車のつくわけはありませんけれども、それでも今にもね、来て下さりはしないかと思って。

 私の方はね、もうね、ちょいと……どんなに離れておりましても、あなたの声はね、電話でなくっても聞えます。あなたには通じますまい。

 どうせ、そうですよ。それだって、こんなにお待ち申している、私のためですもの……気をかねてばかりいらっしゃらなくても宜よろしいわ。些ちっとは不義理、否いえ、父さんやお母さんに、不義理と言うこともありませんけれど、ね、私は生命いのちかけて、きっとですよ。今夜にも、寝ないでお待ち申しますよ。あ、あ、たんと、そんなことをお言いなさい、どうせ寝られないんだから可ようございます。怨うらみますよ。夢にでもお目にかかりましょうねえ、否いいえ、待たれない、待たれない……)

 お道みちか、お光みつか、女の名前。

(……みいちゃん、さようなら、夢で逢いますよ。)──

 きりきりと電話を切ったて。」

「へい、」

 と思わず聞惚ききとれる。

「その日は帰ってから、豪えらい元気で、私わたしはそれ、涼しさやと言った句くの通り、縁えんから足をぶら下げる。客人は其処そこの井戸端いどばたに焚たきます据風呂すえぶろに入って、湯をつかいながら、露出むきだしの裸体談話はだかばなし。

 そっちと、こっちで、高声たかごえでな。尤もっとも隣近所となりきんじょはござらぬ。かけかまいなしで、電話の仮声こわいろまじりか何かで、

(やあ、和尚おしょうさん、梅の青葉から、湯気ゆげの中へ糸を引くのが、月影に光って見える、蜘蛛くもが下りた、)

 と大気燄だいきえんじゃ。

(万歳々々ばんざいばんざい、今夜お忍しのびか。)

(勿論もちろん、)

 と答えて、頭のあたりをざぶざぶと、仰あおいで天に愧はじざる顔色かおつきでありました。が、日頃の行おこないから察して、如何いかに、思死おもいじにをすればとて、いやしくも主ぬしある婦人に、そういう不料簡ふりょうけんを出すべき仁じんでないと思いました、果せる哉かな。

 冷奴ひややっこに紫蘇しその実、白瓜しろうりの香こうの物もので、私わたくしと取膳とりぜんの飯を上あがると、帯を緊しめ直して、

(もう一度そこいらを。)

 いや、これはと、ぎょっとしたが、垣かきの外へ出られた姿は、海の方へは行ゆかないで、それ、その石段を。」

 一面の日当りながら、蝶ちょうの羽はの動くほど、山の草に薄雲が軽く靡なびいて、檐のきから透すかすと、峰の方は暗かった、余り暖あたたかさが過ぎたから。


十九


 降ろうも知れぬ。日向ひなたへ蛇が出ている時は、雨を持つという、来がけに二度まで見た。

 で、雲が被かぶって、空気が湿しめった所為せいか、笛太鼓ふえたいこの囃子はやしの音が山一ツ越えた彼方かなたと思うあたりに、蛙かえるが喞すだくように、遠いが、手に取るばかり、しかも沈んでうつつの音楽のように聞えて来た。靄もやで蝋管ろうかんの出来た蓄音器ちくおんきの如く、かつ遥はるかに響く。

 それまでも、何かそれらしい音はしたが、極めて散漫で、何の声とも纏まとまらない。村々の蔀しとみ、柱、戸障子としょうじ、勝手道具などが、日永ひながに退屈して、のびを打ち、欠伸あくびをする気勢けはいかと思った。いまだ昼前だのに、──時々牛の鳴くのが入交いりまじって──時に笑い興きょうずるような人声も、動かない、静かに風に伝わるのであった。

 フト耳を澄ましたが、直ぐに出家の言ことばになって、

「大分だいぶ町の方が賑にぎわいますな。」

「祭礼でもありますか。」

「これは停車場ていしゃば近くにいらっしゃると承うけたまわりましたに、つい御近所でございます。

 停車場の新築開びらき。」

 如何いかにも一月ひとつきばかり以前から取沙汰とりさたした今日は当日。規模を大きく、建直たてなおした落成式、停車場ステイションに舞台がかかる、東京から俳優やくしゃが来る、村のものの茶番がある、餅もちを撒まく、昨夜も夜通し騒いでいて、今朝けさ来がけの人通りも、よけて通るばかりであったに、はたと忘れていたらしい。

「まったくお話しに聞惚ききとれましたか、こちらが里さと離はなれて閑静な所為せいか、些ちっとも気が附つかないでおりました。実は余り騒々そうぞうしいので、そこを遁にげて参ったのです。しかし降りそうになって来ました。」

 出家の額ひたいは仰向あおむけに廂ひさしを潜くぐって、

「ねんばり一湿ひとしめりでございましょう。地雨じあめにはなりますまい。何なあに、また、雨具もござる。芝居を御見物の思召おぼしめしがなくば、まあ御緩ごゆっくりなすって。

 あの音もさ、面白可笑おもしろおかしく、こっちも見物に参る気でもござると、じっと落着いてはいられないほど、浮いたものでありますが、さてこう、かけかまいなしに、遠ざかっておりますと、世を一ツ隔てたように、寂しい、陰気な、妙な心地ここちがいたすではありませんか。」

「真箇まったくですね。」

「昔、井戸を掘ると、地じの下に犬いぬ鶏にわとりの鳴く音ね、人声、牛車ぎゅうしゃの軋きしる音などが聞えたという話があります。それに似ておりますな。

 峠から見る、霧の下だの、暗やみの浪打際なみうちぎわ、ぼうと灯あかりが映うつる処ところだの、かように山の腹を向うへ越した地じの裏などで、聞きますのは、おかしく人間業にんげんわざでないようだ。夜中に聞いて、狸囃子たぬきばやしと言うのも至極でございます。

 いや、それに、つきまして、お話の客人でありますが、」

 と、茶を一口急いで飲み、さしおいて、

「さて今申した通り、夜分にこの石段を上のぼって行ゆかれたのでありまして。

 しかしこれは情じょうに激して、発奮はずんだ仕事ではなかったのでございます。

 こうやって、この庵室あんじつに馴れました身には、石段はつい、通かよい廊下ろうかを縦に通るほどな心地ここちでありますからで。客人は、堂へ行ゆかれて、柱はしら板敷いたじきへひらひらと大きくさす月の影、海の果はてには入日いりひの雲が焼残やけのこって、ちらちら真紅しんくに、黄昏たそがれ過ぎの渾沌こんとんとした、水も山も唯ただ一面の大池の中に、その軒端のきば洩もる夕日の影と、消え残る夕焼の雲の片きれと、紅蓮ぐれん白蓮びゃくれんの咲乱さきみだれたような眺望ながめをなさったそうな。これで御法みのりの船に同じい、御堂おどうの縁えんを離れさえなさらなかったら、海に溺おぼれるようなことも起らなんだでございましょう。

 爰ここに希代きたいな事は──

 堂の裏山の方で、頻しきりに、その、笛太鼓ふえたいこ、囃子はやしが聞えたと申す事──

 唯今ただいま、それ、聞えますな。あれ、あれとは、まるで方角は違います。」

 と出家は法衣ころもでずいと立って、廂ひさしから指を出して、御堂みどうの山を左の方かたへぐいと指した。立ち方の唐突だしぬけなのと、急なのと、目前めさきを塞ふさいだ墨染すみぞめに、一天いってんする墨すみを流すかと、袖そでは障子を包んだのである。


二十


「堂の前を左に切れると、空へ抜いた隧道トンネルのように、両端りょうはしから突出つきでました巌いわの間、樹立こだちを潜くぐって、裏山へかかるであります。

 両方谷たに、海の方かたは、山が切れて、真中まんなかの路みちを汽車が通る。一方は一谷ひとたに落ちて、それからそれへ、山また山、次第に峰が重なって、段々雲くも霧きりが深くなります。処々ところどころ、山の尾が樹の根のように集あつまって、広々とした青田あおたを抱かかえた処ところもあり、炭焼小屋を包んだ処もございます。

 其処そこで、この山伝いの路は、崕がけの上を高い堤防つつみを行ゆく形、時々、島や白帆しらほの見晴しへ出ますばかり、あとは生繁おいしげって真暗まっくらで、今時は、さまでにもありませぬが、草が繁りますと、分けずには通られません。

 谷には鶯うぐいす、峰には目白めじろ四十雀しじゅうからの囀さえずっている処ところもあり、紺青こんじょうの巌いわの根に、春は菫すみれ、秋は竜胆りんどうの咲く処ところ。山清水やましみずがしとしとと湧わく径こみちが薬研やげんの底のようで、両側の篠笹しのざさを跨またいで通るなど、ものの小半道こはんみち踏分ふみわけて参りますと、其処そこまでが一峰ひとみねで。それから崕がけになって、郡ぐんが違い、海の趣おもむきもかわるのでありますが、その崕がけの上に、たとえて申さば、この御堂みどうと背中合わせに、山の尾へ凭よっかかって、かれこれ大仏だいぶつぐらいな、石地蔵いしじぞうが無手むずと胡坐あぐらしてござります。それがさ、石地蔵と申し伝えるばかり、よほどのあら刻みで、まず坊主形ぼうずなりの自然石じねんせきと言うても宜よろしい。妙に御顔おかおの尖がった処が、拝むと凄すごうござってな。

 堂は形だけ残っておりますけれども、勿体もったいないほど大破たいはいたして、密そっと参っても床ゆかなぞずぶずぶと踏抜ふみぬきますわ。屋根も柱も蜘蛛くもの巣のように狼藉ろうぜきとして、これはまた境内けいだいへ足の入場いればもなく、崕がけへかけて倒れてな、でも建物があった跡じゃ、見霽みはらしの広場になっておりますから、これから山越やまごしをなさる方かたが、うっかり其処そこへござって、唐突だしぬけの山仏やまほとけに胆きもを潰つぶすと申します。

 其処そこを山続きの留とまりにして、向うへ降りる路みちは、またこの石段のようなものではありません。わずかの間も九十九折つづらおりの坂道、嶮けわしい上に、憗なまじっか石を入れたあとのあるだけに、爪立つまだって飛々とびとびに這はい下おりなければなりませんが、この坂の両方に、五百体千体と申す数ではない。それはそれは数え切れぬくらい、いずれも一尺、一尺五寸、御丈おんたけ三尺というのはない、小さな石仏いしぼとけがすくすく並んで、最も長い年月ねんげつ、路傍みちばたへ転げたのも、倒れたのもあったでありましょうが、さすがに跨またぐものはないと見えます。もたれなりにも櫛くしの歯のように揃そろってあります。

 これについて、何かいわれのございましたことか、一々いちいち女の名と、亥年いどし、午年うまどし、幾歳、幾歳、年齢とが彫ほりつけてございましてな、何時いつの世にか、諸国の婦人おんなたちが、挙こぞって、心願しんがんを籠こめたものでございましょう。ところで、雨露あめつゆに黒髪くろかみは霜しもと消え、袖そで裾すそも苔こけと変って、影ばかり残ったが、お面かおの細く尖とがった処ところ、以前は女体にょたいであったろうなどという、いや女体の地蔵というはありませんが、さてそう聞くと、なお気味が悪いではございませんか。

 ええ、つかぬことを申したようでありますが、客人の話について、些ちと考えました事がござる。客人は、それ、その山路やまみちを行ゆかれたので──この観音かんおんの御堂みどうを離れて、」

「なるほど、その何んとも知れない、石像の処へ、」

 と胸を伏せて顔を見る。

「いやいや、其処そこまでではありません。唯ただその山路へ、堂の左の、巌間いわまを抜けて出たものでございます。

 トいうのが、手に取るように、囃はやしの音が聞えたからで。

 直じきその谷間たにあいの村あたりで、騒いでいるように、トントンと山腹へ響いたと申すのでありますから、ちょっと裏山へ廻りさえすれば、足許に瞰下みおろされますような勘定かんじょうであったので。客人は、高い処ところから見物をなさる気でござった。

 入り口くちはまだ月のたよりがございます。樹の下を、草を分けて参りますと、処々ところどころ窓のように山が切れて、其処そこから、松葉掻まつばかき、枝拾い、じねんじょ穿ほりが谷へさして通行する、下の村へ続いた路みちのある処が、あっちこっちにいくらもございます。

 それへ出ると、何処どこでも広々と見えますので、最初左の浜庇はまびさし、今度は右の茅かやの屋根と、二、三箇処がしょ、その切目きれめへ出て、覗のぞいたが、何処どこにも、祭礼まつりらしい処はない。海は明あかるく、谷は煙けぶって。」


二十一


「けれども、その囃子はやしの音は、草くさ一叢ひとむら、樹立こだち一畝ひとうね出さえすれば、直じき見えそうに聞えますので。二足ふたあしが三足みあし、五足いつあしが十足とあしになって段々深く入るほど──此こ処こまで来たのに見ないで帰るも残惜のこりおしい気もする上に、何んだか、旧もとへ帰るより、前へ出る方が路みちも明あかるいかと思われて、些ちと急足いそぎあしになると、路も大分だいぶん上のぼりになって、ぐいと伸上のびあがるように、思い切って真暗まっくらな中を、草を挘むしって、身を退ひいて高い処ところへ。ぼんやり薄明るく、地ならしがしてあって、心持こころもち、墓地の縄張なわばりの中ででもあるような、平たいらな丘の上へ出ると、月は曇ってしまったか、それとも海へ落ちたかという、一方は今来た路みちで向うは崕がけ、谷か、それとも浜辺かは、判然せぬが、底そこ一面いちめんに靄もやがかかって、その靄に、ぼうと遠方の火事のような色が映うつっていて、篝かがりでも焼たいているかと、底そこ澄すんで赤く見える、その辺あたりに、太鼓たいこが聞える、笛も吹く、ワアという人声がする。

 如何いかにも賑にぎやかそうだが、さて何処どことも分らぬ。客人は、その朦朧もうろうとした頂いただきに立って、境さかいは接しても、美濃みの近江おうみ、人情も風俗も皆違う寝物語の里の祭礼まつりを、此こ処こで見るかと思われた、と申します。

 その上、宵宮よみやにしては些ちと賑にぎやか過ぎる、大方本祭ほんまつりの夜よ? それで人の出盛でさかりが通り過ぎた、よほど夜更よふけらしい景色に視ながめて、しばらく茫然ぼうぜんとしてござったそうな。

 ト何んとなく、心こころ寂さびしい。路みちもよほど歩行あるいたような気がするので、うっとり草臥くたびれて、もう帰ろうかと思う時、その火気かきを包んだ靄もやが、こう風にでも動くかと覚えて、谷底から上へ、裾すそあがりに次第に色が濃こうなって、向うの山かけて映る工合ぐあいが直じき目の前で燃している景色──最もっとも靄もやに包まれながら──

 そこで、何か見極みきわめたい気もして、その平地ひらちを真直まっすぐに行ゆくと、まず、それ、山の腹が覗のぞかれましたわ。

 これはしたり! 祭礼まつりは谷間たにまの里からかけて、此こ処こがそのとまりらしい。見た処ところで、薄くなって段々に下へ灯影ひかげが濃くなって次第に賑にぎやかになっています。

 やはり同一おんなじような平たいらな土で、客人のござる丘と、向うの丘との中に箕みの形になった場所。

 爪尖つまさきも辷すべらず、静しずかに安々やすやすと下りられた。

 ところが、箕みの形の、一方はそれ祭礼まつりに続く谷の路みちでございましょう。その谷の方に寄った畳なら八畳ばかり、油が広く染にじんだ体ていに、草がすっぺりと禿はげました。」

 といいかけて、出家は瀬戸物せとものの火鉢を、縁えんの方へ少しずらして、俯向うつむいて手で畳を仕切った。

「これだけな、赤地あかじの出た上へ、何かこうぼんやり踞うずくまったものがある。」

 ト足を崩してとかくして膝に手を置いた。

 思わず、外との方かたを見た散策子は、雲のやや軒端のきばに近く迫るのを知った。

「手を上げて招いたと言います──ゆったりと──行ゆくともなしに前へ出て、それでも間あいだ二、三間げん隔へだたって立停たちどまって、見ると、その踞うずくまったものは、顔も上げないで俯向うつむいたまま、股引ももひきようのものを穿はいている、草色くさいろの太い胡坐あぐらかいた膝の脇に、差置さしおいた、拍子木ひょうしぎを取って、カチカチと鳴らしたそうで、その音が何者か歯を噛合かみあわせるように響いたと言います。

 そうすると、」

「はあ、はあ、」

「薄汚れた帆木綿ほもめんめいた破穴やれあなだらけの幕が開あいたて、」

「幕が、」

「さよう。向う山の腹へ引いてあったが、やはり靄もやに見えていたので、そのものの手に、綱が引いてあったと見えます、踞うずくまったままで立ちもせんので。

 窪くぼんだ浅い横穴じゃ。大きかったといいますよ。正面に幅一間けんばかり、尤もっとも、この辺にはちょいちょいそういうのを見懸けます。背戸せどに近い百姓屋などは、漬物桶つけものおけを置いたり、青物を活いけて重宝ちょうほうがる。で、幕を開けたからにはそれが舞台で。」


二十二


「なるほど、そう思えば、舞台の前に、木の葉がばらばらと散ちらばった中へ交まじって、投銭なげせんが飛んでいたらしく見えたそうでございます。

 幕が開あいた──と、まあ、言う体ていでありますが、さて唯ただ浅い、扁ひらったい、窪くぼみだけで。何んの飾かざりつけも、道具だてもあるのではござらぬ。何か、身体からだもぞくぞくして、余り見ていたくもなかったそうだが、自分を見懸けて、はじめたものを、他に誰一人いるではなし、今更いまさら帰るわけにもなりませんような羽目になったとか言って、懐中かいちゅうの紙入かみいれに手を懸けながら、茫乎ぼんやり見ていたと申します。

 また、陰気な、湿しめっぽい音おんで、コツコツと拍子木ひょうしぎを打違ぶっちがえる。

 やはりそのものの手から、ずうと糸が繋つながっていたものらしい。舞台の左右、山の腹へ斜めにかかった、一幅ひとはばの白い靄もやが同じく幕でございました。むらむらと両方から舞台際ぶたいぎわへ引寄せられると、煙が渦うずまくように畳まれたと言います。

 不細工ながら、窓のように、箱のように、黒い横穴が小さく一ツずつ三十五十と一側並ひとかわならべに仕切ってあって、その中に、ずらりと婦人おんなが並んでいました。

 坐ったのもあり、立ったのもあり、片膝かたひざ立てたじだらくな姿もある。緋ひの長襦袢ながじゅばんばかりのもある。頬のあたりに血のたれているのもある。縛られているのもある、一目ひとめ見たが、それだけで、遠くの方は、小さくなって、幽かすかになって、唯ただ顔ばかり谷間たにまに白百合しろゆりの咲いたよう。

 慄然ぞっとして、遁にげもならない処ところへ、またコンコンと拍子木ひょうしぎが鳴る。

 すると貴下あなた、谷の方へ続いた、その何番目かの仕切の中から、ふらりと外へ出て、一人、小さな婦人おんなの姿が、音もなく歩行あるいて来て、やがてその舞台へ上あがったでございますが、其処そこへ来ると、並なみの大きさの、しかも、すらりとした脊丈せたけになって、しょんぼりした肩の処へ、こう、頤おとがいをつけて、熟じっと客人の方を見向いた、その美しさ!

 正まさしく玉脇の御新姐ごしんぞで。」


二十三


「寝衣ねまきにぐるぐると扱帯しごきを巻いて、霜しものような跣足はだし、そのまま向うむきに、舞台の上へ、崩折くずおれたように、ト膝を曲げる。

 カンと木を入れます。

 釘くぎづけのようになって立窘たちすくんだ客人の背後うしろから、背中を摺すって、ずッと出たものがある。

 黒い影で。

 見物が他たにもいたかと思う、とそうではない。その影が、よろよろと舞台へ出て、御新姐ごしんぞと背中合わせにぴったり坐った処ところで、こちらを向いたでございましょう、顔を見ると自分です。」

「ええ!」

「それが客人御自分なのでありました。

 で、私わたくしへお話に、

(真個ほんとうなら、其処そこで死ななければならんのでした、)

 と言って歎息たんそくして、真蒼まっさおになりましたっけ。

 どうするか、見ていたかったそうです。勿論もちろん、肉は躍おどり、血は湧わいてな。

 しばらくすると、その自分が、やや身体からだを捻ねじ向けて、惚々ほれぼれと御新姐ごしんぞの後姿を見入ったそうで、指の尖さきで、薄色の寝衣ねまきの上へ、こう山形に引いて、下へ一ツ、△を書いたでございますな、三角を。

 見ている胸はヒヤヒヤとして冷汗がびっしょりになる。

 御新姐ごしんぞは唯ただ首垂うなだれているばかり。

 今度は四角、□、を書きました。

 その男、即すなわち客人御自分が。

 御新姐ごしんぞの膝にかけた指の尖さきが、わなわなと震えました……とな。

 三度目に、○、円まるいものを書いて、線の端はしがまとまる時、颯さっと地を払って空へ抉えぐるような風が吹くと、谷底の灯ひの影がすっきり冴さえて、鮮あざやかに薄紅梅うすこうばい。浜か、海の色か、と見る耳許みみもとへ、ちゃらちゃらと鳴ったのは、投げ銭と木この葉の摺すれ合う音で、くるくると廻った。

 気がつくと、四、五人、山のように背後うしろから押被おっかぶさって、何時いつの間まにか他たに見物が出来たて。

 爾時そのとき、御新姐ごしんぞの顔の色は、こぼれかかった艶つややかなおくれ毛を透すいて、一入ひとしお美しくなったと思うと、あのその口許くちもとで莞爾にっこりとして、うしろざまにたよたよと、男の足に背せなかをもたせて、膝を枕にすると、黒髪が、ずるずると仰向あおむいて、真白まっしろな胸があらわれた。その重みで男も倒れた、舞台がぐんぐんずり下さがって、はッと思うと旧もとの土。

 峰から谷底へかけて哄どっと声がする。そこから夢中で駈け戻って、蚊帳かやに寝た私わたくしに縋すがりついて、

(水を下さい。)

 と言うて起された、が、身体中からだじゅう疵きずだらけで、夜露にずぶ濡ぬれであります。

 それから暁あかつきかけて、一切の懺悔話ざんげばなし。

 翌日あくるひは一日いちにち寝てござった。午ひるすぎに女中が二人ついて、この御堂みどうへ参詣なさった御新姐ごしんぞの姿を見て、私は慌あわてて、客人に知らさぬよう、暑いのに、貴下あなた、この障子を閉切しめきったでございますよ。

 以来、あの柱に、うたゝ寐ねの歌がありますので。

 客人はあと二、三日、石の唐櫃からびつに籠こもったように、我われと我を、手足も縛るばかり、謹つつしんで引籠ひきこもってござったし、私わたくしもまた油断なく見張っていたでございますが、貴下あなた、聊いささか目を離しました僅わずかの隙ひまに、何処どこか姿が見えなくなって、木樵きこりが来て、点燈頃ひともしごろ、

(私わし、今、来がけに、彼処あすこさ、蛇じゃの矢倉やぐらで見かけたよ、)

 と知らせました。

 客人はまたその晩のような芝居が見たくなったのでございましょう。

 死骸しがいは海で見つかりました。

 蛇じゃの矢倉やぐらと言うのは、この裏山の二ツ目の裾すそに、水のたまった、むかしからある横穴で、わッというと、おう──と底知れず奥の方へ十里も広がって響きます。水は海まで続いていると申伝もうしつたえるでありますが、如何いかがなものでございますかな。」

 雨が二階家にかいやの方からかかって来た。音ばかりして草も濡らさず、裾があって、路みちを通かようようである。美人たおやめの霊れいが誘さそわれたろう。雲の黒髪くろかみ、桃色衣ももいろぎぬ、菜種なたねの上を蝶ちょうを連れて、庭に来て、陽炎かげろうと並んで立って、しめやかに窓を覗のぞいた。

底本:「春昼・春昼後刻」岩波文庫

   1987(昭和62)年4月16日第1刷発行

   1999(平成11)年7月5日第19刷発行

底本の親本:「鏡花全集 第十卷」岩波書店

   1940(昭和15)年5月

初出:「新小説」

   1906(明治39)年11月

※底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5-86)を、大振りにつくっています。

入力:小林繁雄

校正:平野彩子、土屋隆

2006年7月18日作成

2011年2月27日修正

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