源おじ
国木田独歩



     上


 都みやこより一人の年若き教師下りきたりて佐伯さいきの子弟に語学教うることほとんど一年、秋の中ごろ来たりて夏の中ごろ去りぬ。夏の初め、彼は城下に住むことを厭いといて、半里隔へだてし、桂かつらと呼ぶ港の岸に移りつ、ここより校舎に通いたり。かくて海辺かいへんにとどまること一月ひとつき、一月の間に言葉かわすほどの人識しりしは片手にて数うるにも足らず。その重おもなる一人は宿の主人あるじなり。ある夕ゆうべ、雨降り風起たちて磯いそ打つ波音もやや荒きに、独ひとりを好みて言葉すくなき教師もさすがにもの淋さびしく、二階なる一室ひとまを下りて主人夫婦が足投げだして涼すずみいし縁先に来たりぬ。夫婦は燈ともしびつけんともせず薄暗き中に団扇うちわもて蚊かやりつつ語かたれり、教師を見て、珍らしやと坐ざを譲ゆずりつ。夕闇ゆうやみの風、軽かろく雨を吹けば一滴二滴、面おもてを払うを三人は心地よげに受けてよもやまの話に入りぬ。

 その後のち教師都に帰りてより幾年いくとせの月日経たち、ある冬の夜、夜よ更ふけて一時を過ぎしに独ひとり小机に向かい手紙認したためぬ。そは故郷ふるさとなる旧友の許もとへと書き送るなり。そのもの案じがおなる蒼あおき色、この夜は頬ほおのあたりすこし赤らみておりおりいずこともなくみつむるまなざし、霧に包まれしある物を定さだかに視みんと願うがごとし。

 霧のうちには一人の翁おきな立ちたり。

 教師は筆おきて読みかえしぬ。読みかえして目を閉とじたり。眼まなこ、外に閉じ内に開けば現われしはまた翁なり。手紙のうちに曰いわく「宿の主人は事もなげにこの翁が上を語りぬ。げに珍しからぬ人の身の上のみ、かかる翁を求めんには山の蔭かげ、水の辺ほとり、国々には沢さわなるべし。されどわれいかでこの翁を忘れえんや。余にはこの翁ただ何者をか秘めいて誰たれ一人開くこと叶かなわぬ箱のごとき思いす。こは余よがいつもの怪しき意こころの作用はたらきなるべきか。さもあらばあれ、われこの翁を懐おもう時は遠き笛の音ねききて故郷ふるさと恋うる旅人の情こころ、動きつ、または想そう高き詩の一節読み了おわりて限りなき大空を仰あおぐがごとき心地す」と。

 されど教師は翁が上を委くわしく知れるにあらず。宿の主人あるじより聞きえしはそのあらましのみ。主人は何ゆえにこの翁の事をかくも聞きたださるるか、教師が心こころ解げしかねたれど問わるるままに語れり。

「この港は佐伯町さいきまちにふさわしかるべし。見たまうごとく家という家いくばくありや、人数ひとかずは二十にも足らざるべく、淋さみしさはいつも今宵こよいのごとし。されど源叔父げんおじが家一軒ただこの磯に立ちしその以前かみの寂しさを想いたまえ。彼が家の横なる松、今は幅広き道路みちのかたわらに立ちて夏は涼しき蔭を旅人に借せど十余年の昔は沖より波寄せておりおりその根方ねかたを洗いぬ。城下より来たりて源叔父の舟頼まんものは海に突出つきいでし巌いわに腰を掛けしことしばしばなり、今は火薬の力もて危あやうき崖も裂かれたれど。

「否いな、彼とてもいかで初めより独ひとり暮さんや。

「妻は美しかりし。名を百合ゆりと呼び、大入島おおにゅうじまの生まれなり。人の噂をなかば偽りとみるも、この事のみは信まことなりと源叔父がある夜酒に呑まれて語りしを聞けば、彼の年二十八九のころ、春の夜よ更ふけて妙見みょうけんの燈ともしびも消えし時、ほとほとと戸たたく者あり。源起きいで誰れぞと問うに、島まで渡したまえというは女の声なり。傾かたぶきし月の光にすかし見ればかねて見知りし大入島の百合ゆりという小娘にぞありける。

「そのころ渡船おろしを業ぎょうとなすもの多きうちにも、源が名は浦々うらうらにまで聞こえし。そは心たしかに侠気おとこぎある若者なりしがゆえのみならず、べつに深きゆえあり、げに君にも聞かしたきはそのころの源が声にぞありける。人々は彼が櫓ろこぎつつ歌うを聴かんとて撰えらびて彼が舟に乗りたり。されど言葉すくなきは今も昔も変わらず。

「島の小女おとめは心ありてかく晩おそくも源が舟頼みしか、そは高きより見下ろしたまいし妙見様ならでは知る者なき秘密なるべし。舟とどめて互いに何をか語りしと問えど、酔うても言葉すくなき彼はただ額ひたいに深き二条ふたすじの皺しわ寄せて笑うのみ、その笑いはどことなく悲しげなるぞうたてき。

「源が歌う声冴さえまさりつ。かくて若き夫婦の幸たのしき月日は夢よりも淡く過ぎたり。独子ひとりごの幸助こうすけ七歳ななつの時、妻ゆりは二度目の産重くしてついにみまかりぬ。城下の者にて幸助を引取り、ゆくゆくは商人あきうどに仕立てやらんといいいでしがありしも、可愛かあいき妻には死別れ、さらに独子と離るるは忍びがたしとて辞しぬ。言葉すくなき彼はこのごろよりいよいよ言葉すくなくなりつ、笑うことも稀まれに、櫓ろこぐにも酒の勢いならでは歌わず、醍醐だいごの入江を夕月の光砕くだきつつ朗ほがらかに歌う声さえ哀れをそめたり、こは聞くものの心にや、あらず、妻失いしことは元気よかりし彼が心をなかば砕き去りたり。雨のそぼ降る日など、淋さみしき家に幸助一人をのこしおくは不憫ふびんなりとて、客とともに舟に乗せゆけば、人々哀れがりぬ。されば小供こどもへの土産みやげにと城下にて買いし菓子の袋開きてこの孤児みなしごに分つ母親もすくなからざりし。父は見知らぬ風にて礼もいわぬが常なり、これも悲しさのあまりなるべしと心にとむる者なし。

「かくて二年ふたとせ過ぎぬ。この港の工事なかばなりしころ吾われら夫婦、島よりここに移りてこの家を建て今の業をはじめぬ。山の端は削けずりて道路みち開かれ、源叔父が家の前には今の車道くるまみちでき、朝夕二度に汽船の笛鳴りつ、昔は網だに干さぬ荒磯あらいそはたちまち今の様さまと変わりぬ。されど源叔父が渡船おろしの業は昔のままなり。浦人うらびと島人しまびと乗せて城下に往来ゆききすること、前に変わらず、港開けて車道でき人通り繁しげくなりて昔に比ぶればここも浮世の仲間入りせしを彼はうれしともはた悲しとも思わぬ様なりし。

「かくてまた三年みとせ過ぎぬ。幸助十二歳の時、子供らと海に遊び、誤りて溺おぼれしを、見てありし子供ら、畏おそれ逃げてこの事を人に告げざりき。夕暮になりて幸助の帰りこぬに心づき、驚きて吾らもともに捜せし時はいうまでもなく事遅れて、哀れの骸かばねは不思議にも源叔父が舟底に沈みいたり。

「彼はもはやけっしてうたわざりき、親しき人々にすら言葉かわすことを避くるようになりぬ。ものいわず、歌わず、笑わずして年月を送るうちにはいかなる人も世より忘れらるるものとみえたり。源叔父の舟こぐことは昔に変わらねど、浦人らは源叔父の舟に乗りながら源叔父の世にあることを忘れしようになりぬ。かく語る我身すらおりおり源叔父がかの丸き眼をなかば閉じ櫓ろ担にないて帰りくるを見る時、源叔父はまだ生きてあるよなど思うことあり。彼はいかなる人ぞと問いたまいしは君が初めなり。

「さなり、呼びて酒呑のませなばついには歌いもすべし。されどその歌の意解げしがたし。否いな、彼はつぶやかず、繰言くりごとならべず、ただおりおり太き嘆息ためいきするのみ。あわれとおぼさずや──」

 宿の主人あるじが教師に語りしはこれに過ぎざりし。教師は都に帰りて後も源叔父げんおじがこと忘れず。燈下に坐りて雨の音きく夜よなど、思いはしばしばこのあわれなる翁おきなが上に飛びぬ。思えらく、源叔父今はいかん、波の音ききつつ古き春の夜のこと思いて独り炉ろのかたわらに丸き目ふさぎてやあらん、あるいは幸助がことのみ思いつづけてやおらんと。されど教師は知らざりき、かく想いやりし幾年いくとせの後の冬の夜は翁の墓に霙みぞれ降ふりつつありしを。

 年若き教師の、詩読む心にて記憶のページ翻ひるがえしつつある間に、翁が上にはさらに悲しきこと起こりつ、すでにこの世の人ならざりしなり。かくて教師の詩はその最後の一節せつを欠かきたり。


     中


 佐伯さいきの子弟が語学の師を桂港かつらみなとの波止場に送りし年も暮れて翌年一月の末、ある日源叔父は所用ありて昼前より城下に出でたり。

 大空曇りて雪降らんとす。雪はこの地に稀まれなり、その日の寒さ推おして知らる。山村水廓さんそんすいかくの民たみ、河より海より小舟泛うかべて城下に用を便ずるが佐伯近在の習慣ならいなれば番匠川ばんじょうがわの河岸かしにはいつも渡船おろし集つどいて乗るもの下りるもの、浦人は歌い山人はののしり、いと賑々にぎにぎしけれど今日は淋びしく、河面かわづらには漣さざなみたち灰色の雲の影落ちたり。大通おおどおりいずれもさび、軒端のきば暗く、往来ゆきき絶え、石多き横町よこまちの道は氷こおれり。城山の麓ふもとにて撞つく鐘雲に響きて、屋根瓦の苔こけ白きこの町の終はてより終はてへともの哀しげなる音の漂う様は魚うお住まぬ湖水みずうみの真中ただなかに石一個投げ入れたるごとし。

 祭の日などには舞台据えらるべき広辻ひろつじあり、貧しき家の児ら血色ちいろなき顔を曝さらして戯たわむれす、懐手ふところでして立てるもあり。ここに来かかりし乞食こじきあり。小供の一人、「紀州きしゅう紀州」と呼びしが振向きもせで行過ぎんとす。うち見には十五六と思わる、蓬よもぎなす頭髪は頸くびを被おおい、顔の長きが上に頬肉こけたれば頷おとがいの骨尖とがれり。眼まなこの光濁にごり瞳ひとみ動くこと遅くいずこともなくみつむるまなざし鈍し。纒まといしは袷あわせ一枚、裾は短かく襤褸ぼろ下がり濡れしままわずかに脛すねを隠せり。腋わきよりは蟋蟀きりぎりすの足めきたる肱ひじ現われつ、わなわなと戦慄ふるいつつゆけり。この時またかなたより来かかりしは源叔父なり。二人は辻の真中にて出遇であいぬ。源叔父はその丸き目め睜みはりて乞食を見たり。

「紀州」と呼びかけし翁の声は低けれども太ふとし。

 若き乞食はその鈍き目を顔とともにあげて、石なんどを見るように源叔父が眼まなこを見たり。二人はしばし目と目見あわして立ちぬ。

 源叔父は袂たもとをさぐりて竹の皮包取りだし握飯一つ撮つまみて紀州の前に突きだせば、乞食は懐ふところより椀わんをだしてこれを受けぬ。与えしものも言葉なく受けしものも言葉なく、互いに嬉うれしとも憐れとも思わぬようなり、紀州はそのまま行き過ぎて後振向きもせず、源叔父はその後影うしろかげ角かどをめぐりて見えずなるまで目送みおくりつ、大空仰げば降るともなしに降りくるは雪の二片三片ふたひらみひらなり、今一度乞食のゆきし方かたを見て太き嘆息ためいきせり。小供らは笑を忍びて肱ひじつつきあえど翁は知らず。

 源叔父家に帰りしは夕暮なりし。彼が家の窓は道に向かえど開かれしことなく、さなきだに闇くらきを燈つけず、炉ろの前に坐り指太き両手を顔に当て、首を垂れて嘆息つきたり。炉には枯枝一掴つかみくべあり。細き枝に蝋燭ろうそくの焔ほのおほどの火燃え移りてかわるがわる消えつ燃えつす。燃ゆる時は一間ひとまのうちしばらく明あかし。翁の影太く壁に映りて動き、煤すすけし壁に浮かびいずるは錦絵にしきえなり。幸助五六歳のころ妻の百合が里帰りして貰いきしその時粘はりつけしまま十年ととせ余の月日経たち今は薄墨うすずみ塗りしようなり、今宵こよいは風なく波音聞こえず。家を繞めぐりてさらさらと私語ささやくごとき物音を翁は耳そばだてて聴きぬ。こは霙みぞれの音なり。源叔父はしばしこのさびしき音ねを聞入りしが、太息ためいきして家内やうちを見まわしぬ。

 豆洋燈らんぷつけて戸外そとに出いずれば寒さ骨に沁しむばかり、冬の夜寒むに櫓こぐをつらしとも思わぬ身ながら粟あわだつを覚えき。山黒く海暗し。火影ほかげ及ぶかぎりは雪片せっぺんきらめきて降おつるが見ゆ。地は堅く氷れり。この時若き男二人もの語りつつ城下の方かたより来しが、燈持ちて門かどに立てる翁おきなを見て、源叔父よ今宵の寒さはいかにという。翁は、さなりとのみ答えて目は城下の方に向かえり。

 やや行き過ぎて若者の一人、いつもながら源叔父の今宵の様はいかに、若き女あの顔を見なばそのまま気絶やせんと囁ささやけば相手は、明朝あすあさあの松が枝に翁の足のさがれるを見出みいださんもしれずという、二人は身の毛のよだつを覚えて振向けば翁が門にはもはや燈火ともしび見えざりき。

 夜は更ふけたり。雪は霙と変わり霙は雪となり降りつ止みつす。灘山なだやまの端はを月はなれて雲の海に光を包めば、古城市はさながら乾ける墓原はかはらのごとし。山々の麓ふもとには村あり、村々の奥には墓あり、墓はこの時覚さめ、人はこの時眠り、夢の世界にて故人相あいまみえ泣きつ笑いつす。影のごとき人今しも広辻を横ぎりて小橋の上をゆけり。橋の袂たもとに眠りし犬頭くびをあげてその後影を見たれど吠ほえず。あわれこの人墓よりや脱け出いでし。誰たれに遇い誰たれと語らんとてかくはさまよう。彼は紀州なり。

 源叔父の独子ひとりご幸助海に溺おぼれて失うせし同じ年の秋、一人の女乞食日向ひゅうがの方かたより迷いきて佐伯の町に足をとどめぬ。伴ともないしは八歳やっつばかりの男子おのこなり。母はこの子を連れて家々の門に立てば、貰い物多く、ここの人の慈悲めぐみ深きは他国にて見ざりしほどなれば、子のために行末よしやと思いはかりけん、次の年の春、母は子を残していずれにか影を隠したり。太宰府だざいふ訪もうでし人帰りきての話に、かの女乞食に肖にたるが襤褸ぼろ着し、力士すもうとりに伴いて鳥居のわきに袖乞そでごいするを見しという。人々皆な思いあたる節なりといえり。町の者母の無情つれなきを憎み残されし子をいや増してあわれがりぬ。かくて母の計はかりごとあたりしとみえし。あらず、村々には寺あれど人々の慈悲めぐみには限あり。不憫ふびんなりとは語りあえど、まじめに引取りて末永く育てんというものなく、時には庭先の掃除など命じ人らしく扱うものありしかど、永くは続かず。初めは童わらべ母を慕いて泣きぬ、人人物与えて慰めたり。童は母を思わずなりぬ、人人の慈悲じひは童をして母を忘れしめたるのみ。物忘れする子なりともいい、白痴なりともいい、不潔なりともいい、盗ぬすみすともいう、口実はさまざまなれどこの童を乞食の境さかいに落としつくし人情の世界のそとに葬りし結果はひとつなりき。

 戯たわむれにいろは教うればいろはを覚え、戯れに読本とくほん教うればその一節二節を暗誦し、小供らの歌聞きてまた歌い、笑い語り戯れて、世の常の子と変わらざりき。げに変わらずみえたり。生国を紀州きしゅうなりと童のいうがままに「紀州」と呼びなされて、はては佐伯町附属の品物のように取扱われつ、街まちに遊ぶ子はこの童とともに育ちぬ。かくて彼が心は人々の知らぬ間に亡び、人々は彼と朝日照り炊煙すいえん棚引たなびき親子あり夫婦あり兄弟きょうだいあり朋友ほうゆうあり涙ある世界に同居せりと思える間ま、彼はいつしか無人むにんの島にその淋しき巣を移しここにその心を葬りたり。

 彼に物与えても礼言わずなりぬ。笑わずなりぬ。彼の怒いかりしを見んは難かたく彼の泣くを見んはたやすからず、彼は恨みも喜びもせず。ただ動き、ただ歩み、ただ食らう。食らう時かたわらよりうまきやと問えばアクセントなき言葉にてうましと答うその声は地の底にて響くがごとし。戯れに棒振りあげて彼の頭上に翳かざせば、笑うごとき面持おももちしてゆるやかに歩みを運ぶ様さまは主人に叱られし犬の尾振りつつ逃ぐるに似て異なり、彼はけっして媚こびを人にささげず。世の常の乞食見て憐れと思う心もて彼を憐れというは至らず。浮世の波に漂うて溺おぼるる人を憐れとみる眼には彼を見出さんこと難かたかるべし、彼は波の底を這はうものなれば。

 紀州が小橋をかなたに渡りてより間もなく広辻に来かかりてあたりを見廻すものあり。手には小さき舷燈げんとう提さげたり。舷燈の光射さす口をかなたこなたと転めぐらすごとに、薄く積みし雪の上を末広がりし火影走りて雪は美しく閃きらめき、辻を囲める家々の暗き軒下を丸き火影ほかげ飛びぬ。この時本町ほんまちの方かたより突如とつじょと現われしは巡査なり。ずかずかと歩み寄りて何者ぞと声かけ、燈ともしびをかかげてこなたの顔を照らしぬ。丸き目、深き皺しわ、太き鼻、逞たくましき舟子ふなこなり。

「源叔父ならずや」、巡査は呆あきれし様さまなり。

「さなり」、嗄しわがれし声にて答う。

「夜更ふけて何者をか捜す」

「紀州を見たまわざりしか」

「紀州に何の用ありてか」

「今夜こよいはあまりに寒ければ家に伴わんと思いはべり」

「されど彼の寝床は犬も知らざるべし、みずから風ひかぬがよし」

 情なさけある巡査は行きさりぬ。

 源叔父は嘆息ためいきつきつつ小橋の上まで来しが、火影落ちしところに足跡あり。今踏みしようなり。紀州ならで誰かこの雪を跣足すあしのまま歩まんや。翁おきなは小走りに足跡向きし方かたへと馳はせぬ。


     下


 源叔父が紀州をその家に引取りたりということ知れわたり、伝えききし人初めは真まこととせず次に呆れ終はては笑わぬものなかりき。この二人が差向いにて夕餉ゆうげにつく様さまこそ見たけれなど滑稽芝居見まほしき心にて嘲あざける者もありき。近ごろはあるかなきかに思われし源叔父またもや人の噂うわさにのぼるようになりつ。

 雪の夜より七日なのか余り経ちぬ。夕日影あざやかに照り四国地遠く波の上に浮かびて見ゆ。鶴見崎のあたり真帆片帆まほかたほ白し。川口の洲すには千鳥飛べり。源叔父は五人の客乗せて纜ともづな解かんとす、三人の若者駈けきたりて乗りこめば舟には人満ちたり。島にかえる娘二人は姉妹はらかららしく、頭に手拭てぬぐいかぶり手に小さき包み持ちぬ。残り五人は浦人なり、後れて乗りこみし若者二人のほかの三人みたりは老としより夫婦と連つれの小児こどもなり。人々は町のことのみ語りあえり。芝居のことを若者の一人語りいでし時、このたびのは衣裳いしょうも格別に美しき由よし島にはいまだ見物せしものすくなけれど噂のみはいと高しと姉なる娘いう。否いなさまでならず、ただ去年のものにはすこしく優まされりとうち消すようにいうは老婦おうななり。俳優やくしゃのうちに久米五郎くめごろうとて稀まれなる美男まじれりちょう噂島の娘らが間に高しとききぬ、いかにと若者姉妹はらからに向かっていえば二人は顔赤らめ、老婦おうなは大声に笑いぬ。源叔父は櫓ろこぎつつ眼まなこを遠き方かたにのみ注そそぎて、ここにも浮世の笑声高きを空耳そらみみに聞き、一言も雑まじえず。

「紀州を家に伴えりと聞きぬ、信まことにや」若者の一人、何をか思い出いでて問う。

「さなり」翁は見向きもせで答えぬ。

「乞食の子を家に入れしは何ゆえぞ解げしがたしと怪しむものすくなからず、独りはあまりに淋しければにや」

「さなり」

「紀州ならずとも、ともに住むほどの子島にも浦にも求めんにはかならずあるべきに」

「げにしかり」と老婦おうな口を入れて源叔父の顔を見上げぬ。源叔父はもの案じ顔にてしばし答えず。西の山懐ふところより真直に立ちのぼる煙の末の夕日に輝きて真青まさおなるをみつめしようなり。

「紀州は親も兄弟も家もなき童わらべなり、我は妻も子もなき翁おきななり。我彼の父とならば、彼我の子となりなん、ともに幸いならずや」独語ひとりごとのようにいうを人々心のうちにて驚きぬ、この翁がかく滑らかに語りいでしを今まで聞きしことなければ。

「げに月日経つことの早さよ、源叔父。ゆり殿が赤児抱だきて磯辺に立てるを視みしは、われには昨日きのうのようなる心地す」老婦おうなは嘆息つきて、

「幸助殿今無事ならば何歳いくつぞ」と問う。

「紀州よりは二ツ三ツ上なるべし」さりげなく答えぬ。

「紀州の歳としほど推すいしがたきはあらず、垢あかにて歳も埋うもれはてしと覚おぼゆ、十にやはた十八にや」

 人々の笑う声しばし止まざりき。

「われもよくは知らず、十六七とかいえり。生うみの母ならで定さだかに知るものあらんや、哀れとおぼさずや」翁は老としより夫婦が連れし七歳ななつばかりの孫とも思わるる児こを見かえりつついえり。その声さえ震えるに、人々気の毒がりて笑うことを止めつ。

「げに親子の情二人が間に発おこらば源叔父が行末いくすえ楽しかるべし。紀州とても人の子なり、源叔父の帰り遅しと門かどに待つようなりなば涙流すものは源叔父のみかは」夫つまなる老人おきなの取繕とりつくろいげにいうも真意なきにあらず。

「さなり、げにその時はうれしかるべし」と答いらえし源叔父が言葉には喜び充みちたり。

「紀州連れてこのたびの芝居見る心はなきか」かくいいし若者は源叔父嘲あざけらんとにはあらで、島の娘の笑い顔見たきなり。姉妹はらからは源叔父に気兼きがねして微笑ほほえみしのみ。老婦おうなは舷ふなばたたたき、そはきわめておもしろからんと笑いぬ。

「阿波十郎兵衛あわのじゅうろべえなど見せて我子泣かすも益えきなからん」源叔父は真顔にていう。

「我子とは誰たぞ」老婦おうなは素知らぬ顔にて問いつ、

「幸助殿はかしこにて溺おぼれしと聞きしに」振り向いて妙見みょうけんの山影黒きあたりを指さしぬ、人々皆かなたを見たり。

「我子とは紀州のことなり」源叔父はしばしこぐ手を止めて彦岳ひこだけの方かたを見やり、顔赤らめていい放ちぬ。怒りとも悲しみとも恥ともはた喜びともいいわけがたき情こころ胸むねを衝つきつ。足を舷端ふなばたにかけ櫓ろに力加えしとみるや、声高らかに歌いいでぬ。

 海も山も絶えて久しくこの声を聞かざりき。うたう翁も久しくこの声を聞かざりき。夕凪ゆうなぎの海面うみづらをわたりてこの声の脈ゆるやかに波紋を描きつつ消えゆくとぞみえし。波紋は渚なぎさを打てり。山彦やまびこはかすかに応こたえせり。翁は久しくこの応えをきかざりき。三十年前の我、長き眠りより醒さめて山のかなたより今の我を呼ぶならずや。

 老としより夫婦は声も節も昔のごとしと賛ほめ、年若き四人は噂に違たがわざりけりと聴きほれぬ。源叔父は七人の客わが舟にあるを忘れはてたり。

 娘二人を島に揚げし後は若者ら寒しとて毛布けっと被かぶり足を縮めて臥ふしぬ。老としより夫婦は孫に菓子与えなどし、家の事どもひそひそと語りあえり。浦に着きしころは日落ちて夕煙村を罩こめ浦を包みつ。帰舟かえりは客なかりき。醍醐だいごの入江の口を出いずる時彦岳嵐ひこだけあらし身みに渗しみ、顧かえりみれば大白たいはくの光漣さざなみに砕くだけ、こなたには大入島おおにゅうじまの火影早はやきらめきそめぬ。静かに櫓こぐ翁の影黒く水に映れり。舳へさき軽く浮かべば舟底たたく水音、あわれ何をか囁ささやく。人の眠催もよおす様さまなるこの水音を源叔父は聞くともなく聞きてさまざまの楽しきことのみ思いつづけ、悲しきこと、気がかりのこと、胸に浮かぶ時は櫓握る手に力入れて頭振りたり。物を追いやるようなり。

 家には待つものあり、彼は炉ろの前に坐りて居眠いねむりてやおらん、乞食せし時に比べて我家のうちの楽しさ煖あたたかさに心溶とけ、思うこともなく燈火ともしびうち見やりてやおらん、わが帰るを待たで夕餉ゆうげおえしか、櫓こぐ術すべ教うべしといいし時、うれしげにうなずきぬ、言葉すくなく絶えずもの思わしげなるはこれまでの慣ならいなるべし、月日経たば肉づきて頬赤らむ時もあらん、されどされど。源叔父は頭かしらを振りぬ。否々いないな彼も人の子なり、我子なり、吾に習いて巧みにうたい出る彼が声こそ聞かまほしけれ、少女おとめ一人乗せて月夜に舟こぐこともあらば彼も人の子なりその少女ふたたび見たき情こころ起こさでやむべき、われにその情こころ見みぬく眼ありかならずよそには見じ。

 波止場に入りし時、翁は夢みるごときまなざしして問屋といやの燈火ともしび、影長く水にゆらぐを見たり。舟繋つなぎおわれば臥席ござ巻まきて腋わきに抱き櫓を肩にして岸に上のぼりぬ。日暮れて間もなきに問屋三軒皆な戸ざして人影絶え人声なし。源叔父は眼閉じて歩み我家の前に来たりし時、丸き眼睜みはりてあたりを見廻わしぬ。

「我子よ今帰りしぞ」と呼び櫓置くべきところに櫓置きて内に入りぬ。家内やうち暗し。

「こはいかに、わが子よ今帰りぬ、早く燈ともしび点つけずや」寂せきとして応こたえなし。

「紀州紀州」竈馬こおろぎのふつづかに喞なくあるのみ。

 翁は狼狽あわてて懐中ふところよりまっち取りだし、一摺ひとすりすれば一間のうちにわかに明あかくなりつ、人らしきもの見えず、しばししてまた暗し。陰森いんしんの気床下ゆかしたより起こりて翁が懐に入りぬ。手早く豆洋燈まめらんぷに火を移しあたりを見廻わすまなざし鈍にぶく、耳そばだてて「我子よ」と呼びし声嗄しわがれて呼吸も迫りぬと覚おぼし。

 炉には灰白く冷え夕餉たべしあとだになし。家内捜すまでもなく、ただ一間のうちを翁はゆるやかに見廻わしぬ。煤すすけし壁の四隅は光届きかねつ心ありて見れば、人あるに似たり。源叔父は顔を両手に埋め深き嘆息ためいきせり。この時もしやと思うこと胸を衝つきしに、つと起たてば大粒の涙流れて煩をつたうを拭わんとはせず、柱に掛けし舷燈げんとうに火を移していそがわしく家を出で、城下の方指して走りぬ。

 蟹田がんだなる鍛冶かじの夜業よなべの火花闇に散る前を行過ぎんとして立ちどまり、日暮のころ紀州この前を通らざりしかと問えば、気つかざりしと槌つち持てる若者の一人答えて訝いぶかしげなる顔す。こは夜業を妨げぬと笑面えがお作りつ、また急ぎゆけり。右は畑はた、左は堤つつみの上を一列に老松並ぶ真直の道をなかば来たりし時、行先をゆくものあり。急ぎて燈火ともしびさし向くるに後姿紀州にまぎれなし。彼は両手を懐にし、身を前に屈めて歩めり。

「紀州ならずや」呼びかけてその肩に手を掛けつ、

「独りいずこに行かんとはする」怒り、はた喜び、はた悲しみ、はた限りなき失望をただこの一言に包みしようなり。紀州は源叔父が顔見て驚きし様もなく、道ゆく人を門に立ちて心なく見やるごとき様にてうち守りぬ。翁は呆あきれてしばし言葉なし。

「寒からずや、早く帰れ我子」いいつつ紀州の手取りて連れ帰りぬ。みちみち源叔父は、わが帰りの遅かりしゆえ淋しさに堪えざりしか、夕餉ゆうげは戸棚に調ととのえおきしものをなどいいいい行けり。紀州は一言もいわず、生憎あやにくに嘆息もらすは翁なり。

 家に帰るや、炉に火を盛に燃たきてそのわきに紀州を坐らせ、戸棚より膳ぜん取り出だして自身おのれは食らわず紀州にのみたべさす。紀州は翁のいうがままに翁のものまで食いつくしぬ。その間源叔父はおりおり紀州の顔見ては眼閉じ嘆息せり。たべおわりなば火にあたれといいて、うまかりしかと問う紀州は眠気なる眼まなこにて翁が顔を見てかすかにうなずきしのみ。源叔父はこの様さま見るや、眠くば寝よと優やさしくいい、みずから床敷きて布団ふとんかけてやりなどす。紀州の寝いねし後、翁は一人炉の前に坐り、眼を閉じて動かず。炉の火燃えつきんとすれども柴くべず、五十年の永き年月を潮風にのみ晒さらせし顔には赤き焔の影おぼつかなく漂ただよえり。頬を連つたいてきらめくものは涙なるかも。屋根を渡る風の音す、門かどに立てる松の梢こずえを嘯うそぶきて過ぎぬ。

 翌朝つぎのあさ早く起きいでて源叔父は紀州に朝飯たべさせ自分おのれは頭重く口渇かわきて堪えがたしと水のみ飲みて何も食わざりき。しばししてこの熱を見よと紀州の手取りて我額ひたいに触れしめ、すこし風邪かぜひきしようなりと、ついに床のべてうち臥ふしぬ。源叔父の疾やみて臥ふするは稀なることなり。

「明日あすは癒いえん、ここに来たれ、物語して聞かすべし」しいてうちえみ、紀州を枕辺まくらべに坐らせて、といきつくづくいろいろの物語して聞かしぬ。そなたは鱶ふかちょう恐ろしき魚見しことなからんなど七ツ八ツの児に語るがごとし。ややありて。

「母親恋しくは思わずや」紀州の顔見つつ問いぬ。この問を紀州の解げしかねしようなれば。

「永く我家にいよ、我をそなたの父と思え、──」

 なおいい続つがんとして苦しげに息す。

「明後日あさっての夜は芝居見に連れゆくべし。外題げだいは阿波十郎兵衛あわのじゅうろべえなる由よしききぬ。そなたに見せなば親恋しと思う心かならず起こらん、そのときわれを父と思え、そなたの父はわれなり」

 かくて源叔父は昔見し芝居の筋を語りいで、巡礼謡じゅんれいうたをかすかなる声にてうたい聞かせつ、あわれと思わずやといいてみずから泣きぬ。紀州には何事も解しかぬ様さまなり。

「よしよし、話のみにては解しがたし、目に見なばそなたもかならず泣かん」いいおわりて苦しげなる息、ほと吐つきたり。語り疲れてしばしまどろみぬ。目さめて枕辺を見しに紀州あらざりき。紀州よ我子よと呼びつつ走りゆくほどに顔のなかばを朱に染めし女乞食こじきいずこよりか現われて紀州は我子なりといいしが見るうちに年若き眼に変わりぬ。ゆりならずや幸助をいかにせしぞ、わが眠りし間に幸助いずれにか逃げ亡うせたり、来たれ来たれ来たれともに捜せよ、見よ幸助は芥溜ごみためのなかより大根の切片きれ掘りだすぞと大声あげて泣けば、後うしろより我子よというは母なり。母は舞台見ずやと指ゆびさしたまう。舞台には蝋燭ろうそくの光眼まなこを射るばかり輝きたり。母が眼のふち赤らめて泣きたまうを訝いぶかしく思いつ、自分おのれは菓子のみ食いてついに母の膝に小さき頭載のせそのまま眠入りぬ。母親ゆり起こしたまう心地して夢破れたり。源叔父は頭つむりをあげて、

「我子よ今恐ろしき夢みたり」いいつつ枕辺を見たり。紀州いざりき。

「わが子よ」嗄しわがれし声にて呼びぬ。答なし。窓を吹く風の音怪あやしく鳴りぬ。夢なるか現うつつなるか。翁おきなは布団ふとん翻はねのけ、つと起たちあがりて、紀州よ我子よと呼びし時、目め眩くらみてそのまま布団の上に倒れつ、千尋ちひろの底に落入りて波わが頭上に砕けしように覚えぬ。

 その日源叔父は布団被かぶりしまま起出でず、何も食わず、頭を布団の外にすらいださざりき。朝より吹きそめし風しだいに荒らく磯打つ浪の音すごし。今日は浦人も城下に出でず、城下より嶋しまへ渡る者もなければ渡舟おろし頼みに来る者もなし。夜に入りて波ますます狂い波止場の崩れしかと怪しまるる音せり。

 朝まだき、東の空ようやく白みしころ、人々皆起きいでて合羽かっぱを着、灯燈ちょうちんつけ舷燈携たずさえなどして波止場に集まりぬ。波止場は事なかりき。風落ちたれど波なお高く沖は雷らいの轟とどろくようなる音し磯打つ波砕けて飛沫しぶき雨のごとし。人々荒跡を見廻るうち小舟一艘そう岩の上に打上げられてなかば砕けしまま残れるを見出しぬ。

「誰たれの舟ぞ」問屋といやの主人あるじらしき男問う。

「源叔父の舟にまぎれなし」若者の一人答えぬ。人々顔見あわして言葉なし。

「誰たれにてもよし源叔父呼びきたらずや」

「われ行かん」若者は舷燈を地に置きて走りゆきぬ。十歩の先すでに見るべし。道に差出でし松が枝えより怪しき物さがれり。胆きも太き若者はずかずかと寄りて眼定めて見たり。縊くびれるは源叔父なりき。

 桂港かつらみなとにほど近き山ふところに小さき墓地ありて東に向かいぬ。源叔父の妻ゆり独子ひとりご幸助の墓みなこの処にあり。「池田源太郎之墓」と書きし墓標またここに建てられぬ。幸助を中にして三つの墓並び、冬の夜は霙みぞれ降ることもあれど、都なる年若き教師は源叔父今もなお一人淋さみしく磯辺に暮し妻子つまこの事思いて泣きつつありとひとえに哀れがりぬ。

 紀州は同じく紀州なり、町のものよりは佐伯さいき附属の品とし視みらるること前のごとく、墓より脱け出でし人のようにこの古城市の夜半よわにさまようこと前のごとし。ある人彼に向かいて、源叔父は縊れて死にたりと告げしに、彼はただその人の顔をうちまもりしのみ。

底本:「日本文学全集12 国木田独歩 石川啄木集」集英社

   1967(昭和42)年9月7日初版

   1972(昭和47)年9月10日9版

底本の親本:「国木田独歩全集」学習研究社

入力:j.utiyama

校正:八巻美恵

1998年10月21日公開

2004年6月6日修正

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