一兵卒と銃
南部修太郎



 霧きりの深ふかい六月ぐわつの夜よるだつた。丁度ちやうどN原はらへ出張演習しゆつちやうえんしふの途上とじやうのことで、長ながい四列れつ縱隊じうたいを作つくつた我我われわれのA歩兵ほへい聯隊れんたいはC街道かいだうを北きたへ北きたへと行進かうしんしてゐた。

 風かぜはなかつた。空氣くうきは水みづのやうに重おもく沈しづんでゐた。人家じんかも、燈灯ともしびも、畑はたけも、森もりも、川かはも、丘をかも、そして歩あるいてゐる我我われわれの體からだも、灰はひを溶とかしたやうな夜霧よぎりの海うみに包つつまれてゐるのであつた。頭上づじやうには處處しよしよに幽かすかな星影ほしかげが感かんじられた。

「おい小泉こいづみ、厭いやに蒸むすぢやないか‥‥」と、私わたしの右隣みぎどなりに歩あるいてゐる、これも一年ねん志願兵しぐわんへいの河野かうのが囁ささやいた。

「さうだ、全まつたく蒸むすね。惡わるくすると、明日あしたは雨あめだぜ‥‥」と、私わたしは振ふり向むき樣ざまに答こたへた。河野かうのの眠ねむさうな眼めが闇やみの中なかにチラリと光ひかつた。

「うむ‥‥」と、河野かうのは頷うなづいた。「然しかし、演習地えんしふちの雨あめは閉口へいこうするな‥‥」と、彼かれはまた疲つかれたやうな聲こゑで云いつた。

「ほんとに雨あめは厭いやだな‥‥」と、私わたしはシカシカする眼めで空そらを見上みあげた。

 夜よるは大分だいぶん更ふけてゐた。「遼陽城頭れうやうじやうとう夜よは更ふけて‥‥」と、さつきまで先登せんとうの一大隊だいたいの方はうで聞きこえてゐた軍歌ぐんかの聲こゑももう途絶とだえてしまつた。兵營へいえいから既すでに十里りに近ちかい行程かうていと、息詰いきづまるやうに蒸むし蒸むしする夜よるの空氣くうきと、眠ねむたさと空腹くうふくとに壓おされて、兵士達へいしたちは疲つかれきつてゐた。誰たれもが體からだをぐらつかせながら、まるで出來できの惡わるい機械人形きかいにんぎやうのやうな足あしを運はこんでゐたのだつた。隊列たいれつも可成かなり亂みだれてゐた。

 私わたしの左側ひだりがはにゐる中根なかね二等卒とうそつはもう一時間じかんも前まへから半分はんぶん口くちをダラリと開あけて、眠ねむつたまま歩あるいてゐた。平生へいぜいからお人好ひとよしで、愚圖ぐづで、低能ていのうな彼かれは、もともとだらしのない男をとこだつたが、今いまは全まつたく正體しやうたいを失うしなつてゐた。彼かれは何度なんど私わたしの肩かたに倒たふれかゝつたか知しれなかつた。そしてまた何度なんど私わたしは道みちの外そとへよろけ出ださうとする彼かれを抑おさへてやつたか知しれなかつた。

「おい、寢ねちやあ危あぶないぞ‥‥」と、私わたしは度毎たびごとにハラハラして彼かれの脊中せなかを叩たたき著つけた。が、瞬間しゆんかんにひよいと氣きが附ついて足元あしもとを堅かためるだけで、また直すぐにひよろつき出だすのであつた。

「みんな眠ねむつちやいかん‥‥」と、時時ときどき我我われわれの分隊長ぶんたいちやうの高岡軍曹たかをかぐんそうは無理作むりづくりのドラ聲ごゑを張はり上あげた。が、中根なかねばかりではない、どの兵士達へいしたちももうそれに耳みみを假かすだけの氣力きりよくはなかつた。そして、まるで酒場さかばの醉よひどれのやうな兵士へいしの集團しふだんは濕しめつた路上ろじやうに重おもい靴くつを引ひき摺ずりながら、革具かはぐをぎゆつぎゆつ軋きしらせながら劍鞘けんざやを互たがひにかち合あはせながら、折折をりをり寢言ねごとのやうな唸うなり聲ごゑを立たてながら、まだ五六里り先さきのN原はらまで歩あるかなければならなかつた。

「F町まちはまだかな‥‥」とまた河野かうのが振ふり向むいて、思おもひ出だしたやうに訊たづねた。

「もう直ぢきだ。よつ程ぽど前まへにE橋はしを渡わたつたからな‥‥」と、私わたしは眠ねむたさを堪こらへながら生返事なまへんじをした。

「さうか、それでもまだ先さきはなかなか遠とほいなあ‥‥」と、河野かうのは右手みぎての銃じうを重おもさうにずり上あげながら云いつた。

「うん、それもさうだが、何なにしろ己おれはもう眠ねむくて閉口へいこうだ。此こ處こらでゴロリとやつちまひたいな‥‥」

「全まつたくだ。今いま一寢入ひとねいりさせてくれりやあ命いのちも要いらないな‥‥」

「はは、かうなりやあ人間にんげんもみじめだ‥‥」と、私わたしは暗闇くらやみの中なかで我知われしらず苦笑くせうした。

 河野かうのも私わたしもそのまま口くちを噤つぐんだ。そして、時々ときどきよろけて肩かたと肩かたをぶつけ合あつたりしながら歩あるいてゐた。私わたしはもう氣きになる中根なかねの事ことなんかを考かんがへる隙すきはなかつた。自分自身じぶんじしんまるで地上ちじやうを歩あるいてゐるやうな氣持きもちはしなかつた。重おもい背嚢はいなうに締しめ著つけられる肩かた、銃じうを支ささへた右手みぎての指ゆび、足あしの踵かかと──その處處ところどころにヅキヅキするやうな痛いたみを感かんじながら、それを自分じぶんの體からだの痛いたみとはつきり意識いしきする力ちからさへもなかつた。そして、──寢ねてはならん‥‥と、一所懸命しよけんめいに考かんがへてはゐながら、何時いつの間まにかトロリと瞼まぶたが落おちて、首くびがガクリとなる。足あしがくたくたと折をれ曲まがるやうな氣きがする。はつと氣きが附つくと、前まへの兵士へいしの背嚢はいなうに鼻先はなさきがくつついてゐたりした。

「眠ねむつては危險きけんだぞ。左手ひだりての川かはに氣きを附つけろ‥‥」と、暫しばらくすると突然とつぜん前まへの方はうで小隊長せうたいちやうの大島少尉おほしませうゐの呶鳴どなる聲こゑが聞きこえた。

 私わたしはきよつとして眼めを開ひらいた。と、左手ひだりての方はうに人家じんかの燈灯ともしびがぼんやり光ひかつてゐた──F町まちかな‥‥と思おもひながら闇やみの中なかを見透みすかすと、街道かいだうに沿そうて流ながれてゐる狹せまい小川をがはの水面みづもがいぶし銀ぎんのやうに光ひかつてゐた。霧きりは何時いつしか薄うすらいで來きたのか、遠とほくの低ひくい丘陵きうりようや樹木じゆもくの影かげが鉛色なまりいろの空そらを背せにしてうつすりと見みえた。

「志願兵殿しぐわんへいどの、何時なんじでありますか‥‥」と、背後うしろから兵士へいしの一人ひとりが訊たづねた。

「一時じ十五分前ふんまへだ‥‥」と、私わたしは覺束おぼつかない星明ほしあかりに腕時計うでどけいをすかして見みながら答こたへた。

 が、さう答こたへながらも夜よるがそんなに更ふけたかと思おもふと同時どうじに、私わたしの眠ねむたさは一さう濃こくなつた。そして、ふらふらしながら歩あるき續つづけてゐる内うちに現實的げんじつてきな意識いしきは殆ほとんど消きえて、變へんにぼやけた頭あたまの中なかに祖母そぼや友達ともだちの顏かほが浮うかび上あがつたり、三四日前かまへにK館くわんで見みた活動寫眞くわつどうしやしんの場面ばめんが走はしつたりした。──夢ゆめかな‥‥と思おもふと、木きの空洞うつろを叩たたくやうな兵士達へいしたちの鈍にぶい靴音くつおとが耳みみに著ついた。──歩あるいてるんだな‥‥と思おもふと、何時いつの間まにか知しらない女をんなの笑わらひ顏がほが眼めの前まへにはつきり見みえたりした。仕舞しまひには、そのどつちがほんとの自分じぶんか區別くべつ出來できなくなつた。そして、時時ときどき我知わたしらずぐらぐらとひよろけ出だす自分じぶんの體からだをどうすることも出來できなかつた。

 何分なんぷんか經たつた。突然とつぜん一人ひとりの兵士へいしが私わたしの體からだに左ひだりから倒たふれかかつた。私わたしははつとして眼めを開ひらいた。その瞬間しゆんかん私わたしの左ひだりの頬ほほは何なにかに厭いやと云いふ程ほど突つき上あげられた。

「痛いたい、誰だれだつ‥‥」と、私わたしは體からだを踏ふみ應こたへながらその兵士へいしを突つき飛とばした。と、彼かれは闇やみの中なかをひよろけてまた背後はいごの兵士へいしに突つき當あたつた、「氣きを附つけろい‥‥」と、その兵士へいしが呶鳴どなつた。彼かれはやつと我われに返かへつて歩あるき出だした。

「中根なかねだな、相變あひかはらず爲樣しやうのない奴やつだ‥‥」と、私わたしは銃身じうしんで突つき上あげられた左ひだりの頬ほほを抑おさへながら、忌々いまいましさに舌打したうちした。

 が、この出來事できごとは私わたしの眠氣ねむけを瞬間しゆんかんに覺さましてしまつた。闇やみの中なかを見透みすかすと、人家じんかの燈灯ともしびはもう見みえなくなつてゐた。F町まちは夢中むちうで通とほり過すぎてしまつたのだつた。そして、變化へんくわのない街道かいだうは相變あいかはらず小川をがはに沿そうて、平たひらな田畑たはたの間あひだをまつ直すぐに走はしつてゐた。霧きりは殆ほとんど霽はれ上あがつて、空そらには星影ほしかげがキラキラと見みえ出だした。ひんやりした夜氣やきが急きふに體からだにぞくぞく感かんじられて來きた。

「おい河野かうの‥‥」と、私わたしは變へんな心細こころほそさと寂さびしさを意識いしきして、右手みぎてを振ふり向むいて詞ことばを掛かけたが、河野かうのは答こたへなかつた。首くびをダラリと前まへに下さげて、彼かれは眠ねむりながら歩あるいてゐた。

 ──然しかし、みんなやつてるな‥‥と、續つづいて周圍しうゐを見廻みまはした時とき、私わたしは夜行軍やかうぐんの可笑をかしさとみじめさを感かんじて呟つぶやいた。四列縱隊れつじうたいは五列れつになり三列れつになりして、兵士達へいしたちはまるで夢遊病者むいうびやうしやのやうにそろそろ歩あるいてゐるのだつた。指揮刀しきたうの鞘さやの銀色ぎんいろを闇やみの中なかに閃ひらめかしてゐる小隊長せうたいちやうの大島少尉おほしませうゐさへよろけながら歩あるいてゐるのが、五六歩ほ先さきに見みえた。

 が、寢ねそけてしまつた私わたしの頭あたまの中なかは變へんに重おもく、それに寒さむさが加くははつて來きてゾクゾク毛穴けあながそば立だつのが堪たまらなく不愉快ふゆくわいだつた。私わたしは首くびをすくめて痛いたむ足あしを引ひき摺ずりながら厭いや厭いや歩あるき續つづけてゐた。

「さうだ、もう月つきが出でる時分じぶんだな‥‥」と、暫しばらくして私わたしは遠とほく東ひがしの方はうの地平線ちへいせんが白しらんで來きたのに氣きがついて呟つぶやいた。その空そらの明あかるみを映うつす田たの水みづや、處處ところどころの雜木林ざふきばやしの影かげが蒼黒あをぐろい夜よるの闇やみの中なかに浮うき上あがつて見みえ出だした。私わたしはそれをぢつと見詰みつめてゐる内うちに、何なんとなく感傷的かんしやうてきな氣分きぶんに落おちて來きた。そして、そんな時ときの何時いつもの癖くせで、Sの歌うたなんかを小聲こごゑで歌うたひ出だした。何分なんぷんかがさうして過すぎた。

 と、いきなり左ひだりの方はうでガチヤガチヤと劍鞘けんざやの鳴なる音おとがした。ゴソツと靴くつの地ちにこすれる音おとがした。同時どうじに「ウウツ‥‥」と唸うなる人聲ひとごゑがした。私わたしがぎよツとして振ふり返かへる隙すきもなかつた。忽たちまち夜よるの暗闇くらやみの中なかに劇はげしい水煙みづけむりが立たつて、一人ひとりの兵士へいしが小川をがはの中なかにバチヤンと落おち込こんでしまつた。

 ──とうとうやつたな‥‥と、私わたしは思おもつた。そして、總身そうみに身顫みぶるひを感かんじながら立たち留どまつた。中根なかねの姿すがたが見みえなかつた。小川をがはの油あぶらのやうな水面すゐめんは大おほきく波立なみだつて、眞黒まつくろな人影ひとかげが毆こはれた蝙蝠傘かうもりがさのやうに動うごいてゐた。

「誰だれだ、誰だれだ‥‥」と、小隊せうたいの四五人にんは川岸かはぎしに立たち止どまつた。

「中根なかねだ‥‥」と、私わたしは呶鳴どなつた。

 混亂こんらんが隊伍たいごの中なかに起おこつた。寢呆ねぼけて反對はんたいに駈かけ出だす兵士へいしもゐた。ポカンと空そらを見上みあげてゐる兵士へいしもゐた。隊列たいれつの後尾こうびにゐた分隊長ぶんたいちやうの高岡軍曹たかをかぐんそうは直すぐに岸きしに駈かけ寄よつた。

「早はやく上あげてやれ‥‥」と、彼かれは呶鳴どなつた。

 中根なかねは水みづの中なかで二三度どよろけたが、直すぐに起上おきあがつた。深ふかさは胸程むねほどあつた。

「おい銃じうだよ、誰だれか銃じうを取とつてくれよ‥‥」と、中根なかねは一所懸命しよけんめいに右手みぎてで銃じうを頭あたまの上うへに差さし上あげながら呶鳴どなつた。そして、右手みぎてでバチヤバチヤ水みづを叩たたいた。割わりに流ながれのある水みづはともすれば彼かれを横倒よこたふしにしさうになつた。

「大丈夫だいぢやうぶだ、水みづは淺あさい‥‥」と、高岡軍曹たかをかぐんそうはまた呶鳴どなつた。「おい田中たなか、早はやく銃じうを取とつてやれ‥‥」

「軍曹殿ぐんそうどの、軍曹殿ぐんそうどの、早はやく早はやく、銃じうを早はやく‥‥」と、中根なかねは岸きしに近寄ちかよらうとしてあせりながら叫さけんだ。銃じうはまだ頭上づじやうにまつ直すぐ差さし上あげられてゐた。

「田中たなか、何なにを愚圖々々ぐづぐづしとるかつ‥‥」と、軍曹ぐんそうは躍氣やつきになつて足あしをどたどたさせた。

「はつ‥‥」と、田中たなかはあわてて路上ろじやうを腹這はらばひになつて手てを延のばした。が、手てはなかなか届とどかなかつた。手先てさきと銃身じうしんとが何度なんどか空間くうかんで交錯かうさくし合あつた。

「留とまつとつちやいかん。用ようのない者ものはずんずん前進ぜんしんする‥‥」と、騷さわぎの最中さいちうに小隊長せうたいちやうの大島少尉おほしませうゐががみがみした聲こゑで呶鳴どなつた。

 岸邊きしべに丸まるくかたまつてゐた兵士へいしの集團しふだんはあわてて駈かけ出だした。私わたしもそれに續つづいた。そして、途切とぎれに小隊せうたいの後あとを追おつて漸やうやくもとの隊伍たいごに歸かへつた。劇はげしい息切いきぎれがした。

 間まもなく小隊せうたいは隊形たいけいを復ふくして動うごき出だした。が、兵士達へいしたちの姿すがたにはもう疲つかれの色いろも眠ねむたさもなかつた。彼等かれらは偶然ぐうぜんの出來事できごとに變へんてこに興奮こうふんして、笑わらつたり呶鳴どなつたり、飛とび上あがつたりしてはしやいでゐた。大地だいちに當あたる靴音くつおとは生いき生いきして高たかく夜よるの空氣くうきに反響はんきやうした。

「とうとう『馬うまさん』やりやあがつた‥‥」と、一人ひとりの兵士へいしがげらげら笑わらひ出だした。

「選よりに選よつて奴やつが落おちるなんてよつぽど運うんが惡わるいや‥‥」と、一人ひとりはまたそれが自分じぶんでなかつた事ことを祝福しゆくふくするやうに云いつた。

「また髭ひげにうんと絞しぼられるぜ‥‥」

「可哀想かはいさうになあ‥‥」

 中根熊吉なかねくまきちの「馬うまさん」は二年兵ねんへいの二等卒とうそつで、中隊ちうたいでもノロマとお人好ひとよしとで有名いうめいだつた。教練けうれんの度毎たびごとにヘマをやつて小隊長せうたいちやうや分隊長ぶんたいちやうに小言こごとを云いはれ續つづけだつた。戰友達せんいうたちにもすつかり馬鹿ばかにされてゐた。鼻はなが低ひくくて眼めが細ほそくて、何處どこか間まの拔ぬけた感かんじのする平ひらべつたい顏かほ──その顏かほが長ながいので「馬うまさん」と言いふ綽名あだながついた。が、中根なかねは都會生とくわいうまれの兵士達へいしたちのやうにズルではなかつた。決けつして不眞面目ふまじめではなかつた。彼かれは實際じつさいまつ正直しやうぢきに「天子樣てんしさまに御奉公ごほうこうする」積つもりで軍務ぐんむを勉強べんきやうしてゐたのである。が、彼かれの生うまれつきはどうする事ことも出來できなかつた。で、彼かれはムキになればなるだけ教練けうれんや武術ぶじゆつに失敗しつぱいし、上官達じやうくわんたちに叱しかりつけられ、戰友達せんいうたちにはなぶり物ものにされるのだつた。──氣きの毒どくだな‥‥と、思おもふことが私わたしも度々たび〳〵あつた。

「然しかし、僕ぼくもずゐ分ぶん氣きを附つけちやあゐたんだぜ‥‥」と、私わたしは傍そばの兵士へいしを顧かへりみた。

「さうですか。でも、ありやあ好いい眠氣覺ねむけざましですよ‥‥」と、彼かれは冷淡れいたんに答こたへた。

「ふふ、眠氣覺ねむけざましも利きき過すぎらあ‥‥」

「はつはつはつ、水みづの中なかで一生懸命しよけんめいに銃じうを差さし上あげた處ところは好よかつたね‥‥」

「とんだ五九郎らうだ‥‥」と、誰だれかが呟つぶやいた。劇はげしい笑聲せうせいがわつと起おこつた。

 が、暫しばらくすると中根なかねの話はなしにも倦あきが來きた。そして、三十分ぷんも經たたない内うちにまた兵士達へいしたちの歩調ほてうは亂みだれて來きた。ゐ眠ねむりが始はじまつた。みんなは下弦かげんの月つきが東ひがしの空そらに出でて來きたのも氣きが附つかずに醉よひどれのやうに歩あるいてゐた。

 N原はらの行手ゆくてはまだ遠とほかつた。私わたしが濡ぬれしよびれた中根なかねの姿すがたを想像さうぞうして時時ときどき可笑をかしくなつたり、氣きの毒どくになつたりした。が、何時いつか私わたしも襲おそつてくる睡魔すゐまを堪こらへきれなくなつてゐた。


 N原はらの出張演習しゆつちやうえんしふは二週間程しうかんほどで過すぎた。我我われわれは日日にちにちの劇はげしい演習えんしふに疲つかれきつた。そして、六月ぐわつの下旬げじゆんにまたT市しの居住地きよぢうちに歸營きえいした。中根なかねの話はなしはもうすつかり忘わすれられてゐた。中根なかね自身じしんも相變あひかはらず平ひらぺつたい顏かほににやにや笑わらひを浮うかべながら勤務きんむしてゐた。

 歸營きえいしてから三日目かめの朝あさだつた。中隊教練ちうたいけうれんが濟すんで一先ひとまづ解散かいさんすると、分隊長ぶんたいちやうの高岡軍曹たかをかぐんそうは我々われわれを銃器庫裏ぢうきこうらの櫻さくらの樹蔭こかげに連つれて行いつて、「休やすめつ‥‥」と、命令めいれいした。私わたしはまた何なにかの小言こごとでも聞きくのかと思おもつて、軍曹ぐんそうの鼻はなの下したにチヨツピリ生はえた口髭くちひげを眺ながめてゐた。

「何なんでえ、何なんでえ‥‥」と、小聲こごゑでいぶかる兵士へいしもあつた。

 高岡軍曹たかをかぐんそうは暫しばらくみんなの顏かほを見みてゐたが、やがて何時いつものやうに胸むねを張はつて、上官じやうくわんらしい威嚴いげんを見みせるやうに一聲ひとこゑ高たかく咳せきをした。

「今日けふ貴樣達きさまたちを此こ處こへ集あつめたのは外ほかでもない。この間あひだN原はらへ行ゆく途中とちうに起おこつた一ひとつの出來事できごとに對たいする己おれの所感しよかんを話はなして聞きかせたいのだ。それは其處そこにゐる中根なかね二等卒とうそつのことだ。貴樣達きさまたちも知しつとる通とほり中根なかねはあの行軍かうぐんの途中とちう過あやまつて川かはへ落おちた‥‥」と、軍曹ぐんそうはジロりと中根なかねを見みた。「クスつ‥‥」と、誰だれかが同時どうじに吹ふき出だした。中根なかねはあわてて無格好ぶかくかうな不動ふどうの姿勢しせいをとつたが、その顏かほには、それが癖くせの間まの拔ぬけたニヤニヤ笑わらひを浮うかべてゐた。──またやられるな‥‥と思おもつて、私わたしは中根なかねのうしろ姿すがたを見みた。

「然しかるに、あの川かはは決けつして淺あさくはなかつた。流ながれも思おもひの外ほか早はやかつた。次第しだいに依よつては命いのちを奪うばはれんとも限かぎらなかつた。その危急ききふの際さい中根なかねはどう云いふ事ことをしたか。さあ、みんな聞きけ、此こ處こだ‥‥」と、軍曹ぐんそうは詞ことばを途切とぎつてドタンと、軍隊靴ぐんたいぐつで大地だいちを踏ふみつけた。「中根なかねはあの時とき、自分じぶんの身みの危急ききふを忘わすれて銃ぢうを高たかく差さし上あげて『銃ぢうを取とつてくれ‥‥』と、己おれに向むかつて云いつたのだ。即すなはち銃ぢうを愛あいし守まもる立派りつぱな精神せいしんを示しめしたのだ‥‥」と、軍曹ぐんそうは咳がい一咳がいした。

「抑そもそも銃じうは歩兵ほへいの命いのちである。軍人精神ぐんじんせいしんの結晶けつしやうである。歩兵ほへいにとつて銃じう程ほど大事だいじな物ものはない。場合ばあひに依よつてはその體からだよりも大事だいじである。譬たとへば戰場せんぢやうに於おいて我々われわれが負傷ふしやうする。負傷ふしやうは直なをる、然しかし、精巧せいかうな銃じうを毀こはしたならば、それは直なをらない。況ましてあの時とき中根なかねが銃じうを離はなして顧かへりみなかつたならば、銃じうは水中すゐちうに無なくなつたかも知しれない。即すなはち歩兵ほへいの命いのちを失うしなつたことになる。然しかるに、中根なかねは身みの危急ききふを忘わすれて銃じうを離はなさず、飽あくまで銃じうを守まもらうとした。あの行爲かうゐ、あの精神せいしんは正まさに軍人精神ぐんじんせいしんを立派りつぱに發揚はつやうしたもので、誠まことに軍人ぐんじんの鑑かがみである。一體たい中根なかねは平素へいそは決けつして成績佳良せいせきかりやうの方はうではなかつた。己おれも度度たびたび嚴きびしい小言こごとを云いつた。が、人間にんげんの眞面目しんめんもくは危急ききふの際さいに初はじめて分わかる。己おれは中根なかねの眞價しんかを見誤みあやまつてゐた。實じつに中根なかねは歩兵ほへいの模範的精神もはんてきせいしんを己おれに見みせてくれた。實じつに‥‥」と、感情的かんじやうてきな高岡軍曹たかをかぐんそうは躍氣やつきとなつて中根なかねを賞讃しやうさんした。そして、興奮こうふんした眼めに涙なみだを溜ためてゐた。「貴樣達きさまたちはあの時ときの中根なかねの行爲かうゐを笑わらつたかも知しれん。然しかし、中根なかねは正まさしく軍人ぐんじんの、歩兵ほへいの本分ほんぶんを守まもつたものだ。豪えらい、豪えらい‥‥」

 かう云いひ續つづけて、高岡軍曹たかをかぐんそうはやがて詞ことばを途切とぎつたが、それでもまだ賞ほめ足たりなかつたのか、モシヤモシヤの髭面ひげづらをいきませて、感かんに餘あまつたやうに中根なかね二等卒とうそつの顏かほを見詰みつめた。分隊ぶんたいの兵士達へいしたちはすべての事ことの意外いぐわいさに呆氣あつけに取とられて、氣きの拔ぬけたやうに立たつてゐた。が、日頃ひごろいかつい軍曹ぐんそうの眼めに感激かんげきの涙なみださへ幽かすかに染にぢんでゐるのを見みてとると、それに何なんとない哀あはれつぽさを感かんじて次つぎから次つぎへと俯向うつむいてしまつた。

 が、中根なかねは營庭えいていに輝かがやく眞晝まひるの太陽たいやうを眩まぶしさうに、相變あひかはらず平ひらべつたい、愚鈍ぐどんな顏かほを軍曹ぐんそうの方はうに差さし向むけながらにやにや笑わらひを續つづけてゐた。

底本:「新進傑作小説全集 第十四巻(南部修太郎集・石濱金作集)」平凡社

   1930(昭和5)年2月10日発行

初出:「文藝倶樂部」1919(大正8)年12月号

入力:小林徹

校正:松永正敏

2003年12月6日作成

青空文庫作成ファイル:

このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。