松の葉
泉鏡太郎



一


「團子だんごが貰もらひたいね、」

 と根岸ねぎしの相坂あひざかの團子屋だんごやの屋臺やたいへ立たつた。……其その近所きんじよに用達ようたしがあつた歸かへりがけ、時分時じぶんどきだつたから、笹さゝの雪ゆきへ入はひつて、午飯ひるを濟すますと、腹はらは出來できたし、一合いちがふの酒さけが好よく利きいて、ふら〳〵する。……今日けふは歸かへりがけに西片町にしかたまちの親類しんるゐへ一寸ちよつと寄よらう。坂本さかもとから電車でんしやにしようと、一度いちど、お行ぎやうの松まつの方はうへ歩行あるきかけたが。──一度いちど蕉園せうゑんさんが住すんで居ゐた、おまじなひ横町よこちやうへ入はひらうとする、小ちひさな道具屋だうぐやの店みせに、火鉢ひばち、塗箱ぬりばこ、茶碗ちやわん、花活はないけ、盆ぼん、鬱金うこんの切きれの上うへに古ふるい茶碗ちやわん、柱はしらにふツさりと白しろい拂子ほつすなどの掛かゝつた中なかに、掛字かけじが四五幅しごふく。大分だいぶ古ふるいのがあるのを視みた、──こゝ等らには一組ひとくみぐらゐありさうな──草雙紙くさざうしでない、と思おもひながら、フト考かんがへたのは此この相坂あひざかの團子だんごである。──これから出掛でかける西片町にしかたまちには、友染いうぜんのふつくりした、人形にんぎやうのやうな女をんなの兒こが二人ふたりある、それへ土産みやげにと思おもつた。

 名物めいぶつと豫かねて聞きく、──前まへにも一度いちど、神田かんだの叔父をぢと、天王寺てんわうじを、其その時ときは相坂あひざかの方はうから來きて、今戸いまど邊あたりへ𢌞まはる途中とちうを、こゝで憩やすんだ事ことがある。が、最もう七八年ねんにもなつた。──親おやと親おやとの許嫁いひなづけでも、十年じふねん近ちかく雙方さうはう不沙汰ぶさたと成なると、一寸ちよつと樣子やうすが分わかり兼かねる。況いはんや叔父をぢと甥をひとで腰掛こしかけた團子屋だんごやであるから、本郷ほんがうに住すんで藤村ふぢむらの買物かひものをするやうな譯わけにはゆかぬ。

 第一だいいち相坂あひざかが確たしかでない。何處どこを何どう行ゆくのだつけ、あやふやなものだけれど、日和ひよりは可よし、風かぜも凪なぎ、小川をがはの水みづものんどりとして、小橋際こばしぎはに散ちらばつた大根だいこんの葉はにも、ほか〳〵と日ひが當あたる。足あしにまかせて行ゆけ、團子だんごを買かふに、天下てんか何なんの恐おそるゝ處ところかこれあらん。

 で、人通ひとどほりは少すくなし、日向ひなたの眞中まんなかを憚はゞかる處ところもなく、何なにしろ、御院殿ごゐんでんの方はうへ眞直まつすぐだ、とのん氣きに歩行あるき出だす。

 笹さゝの雪ゆきの前まへを通返とほりかへして、此この微醉ほろゑひの心持こゝろもち。八杯はちはいと腹はらに積つもつた其その笹さゝの雪ゆきも、颯さつと溶とけて、胸むねに聊いさゝかの滯とゞこほりもない。

 やがて、とろ〳〵の目許めもとを、横合よこあひから萌黄もえぎの色いろが、蒼空あをぞらの其それより濃こく、ちらりと遮さへぎつたのがある。蓋けだし古樹ふるきの額形がくがたの看板かんばんに刻きざんだ文字もじの色いろで、店みせを覗のぞくと煮山椒にざんせうを賣うる、これも土地とちの名物めいぶつである。

 通とほりがかりに見みた。此この山椒さんせうを、近頃ちかごろ、同おなじ此この邊あたりに住すまはるゝ、上野うへのの美術學校出びじゆつがくかうでの少わかい人ひとから手土産てみやげに貰もらつた。尚なほ其その人ひとが、嘗かつて修學旅行しうがくりよかうをした時とき、奈良ならの然さる尼寺あまでらの尼あまさんに三體さんたい授さづけられたと云いふ。其その中なかから一體いつたい私わたしに分わけられた阿羅漢あらかんの像ざうがある。般若湯はんにやたうを少すこしばかり、幸さいはひ腥なまぐさを口くちにせぬ場合ばあひで、思出おもひだすに丁ちやうど可いい。容姿端麗ようしたんれい、遠とほく藤原氏時代ふぢはらしじだいの木彫きぼりだと聞きくが、細ほそい指ゆびの尖さきまで聊いさゝかも缺かけ損そんじた處ところがない、すらりとした立像りつざうの、其その法衣ほふえの色いろが、乃いまし瞳ひとみに映うつつた其その萌黄もえぎなのである。ほんのりとして、床ゆかしく薄うすいが、夜よるなどは灯ともしびに御目おんまなざしも黒くろく清すゞしく、法衣ほふえの色いろがさま〴〵と在いますが如ごとく幽かすかに濃こい。立袈裟たてげさは黒くろの地ぢに、毛けよりも細ほそく斜なゝめに置おいた、切込きりこみの黄金きんが晃々きら〳〵と輝かゞやく。

 其その姿すがたを思おもつた。

 燒芋屋やきいもやの前まへに床几しやうぎを出だして、日向ひなたぼつこをして居ゐる婆ばあさんがあつた。

 店みせの竈かまどの上うへで、笊ざるの目めを透すかすまで、あか〳〵と日ひのさした處ところは、燒芋屋やきいもやとしては威嚴ゐげんに乏とぼしい。あれは破われるほどな寒さむい晩ばんに、ぱつといきれが立たつに限かぎる。で、白晝はくちうの燒芋屋やきいもやは、呉竹くれたけの里さとに物寂ものさびしい。が、としよりの爲ためには此この暖あたゝかな日和ひよりを祝しゆくする。

「お婆ばあさん、相坂あひざかへ行ゆくのは、」

「直ぢき其その突當つきあたりを曲まがつた處ところでございますよ。」

 と布子ぬのこの半纏はんてんの皺しわを伸のばして、長閑のどかさうに教をしへてくれた。


二


 其それを、四五軒しごけん行いつた向むかう側がはに、幅はゞの廣ひろい橋はしを前まへにして、木戸きどに貸屋札かしやふだとして二階家にかいやがあつた。四五本しごほん曲まがつたり倒たふれたりだが、竹垣たけがきを根岸流ねぎしりうに取とりまはした、木戸きどの内うちには、梅うめの樹きの枝振えだぶりの佳いいのもあるし、何處どこから散ちつたか、橋はしの上うへに柳やなぎの枯葉かれはも風情ふぜいがある。……川かはも此この邊あたりは最もう大溝おほどぶで、泥どろが高たかく、水みづが細ほそい。剩あまつさへ、棒切ぼうぎれ、竹たけの皮かはなどが、ぐしや〳〵と支つかへて、空屋あきやの前まへは殊更ことさらに其その流ながれも淀よどむ。實まことや、人ひと住すんで煙けむり壁かべを洩もるで、……誰たれも居ゐないと成なると、南向みなみむきながら、日ひざしも淡うすい。が、引越ひきこすとすれば難なんには成ならぬ。……折をりから家いへも探さがして居ゐた。

 入はひつて見みよう……今いま前途ゆきさきを聞きいたのに、道草みちぐさをするは、と氣きがさして、燒芋屋やきいもやの前まへを振返ふりかへると、私わたしに教をしへた時とき、見返みかへつた、其そのまゝに、外そとを向むいて、こくり〳〵と然さも暖ぬくとさうな懷手ふところでの居睡ゐねむりする。後生樂ごしやうらくな。嫁御よめごもあらば喜よろこばう……近所きんじよも可よし、と雪ゆきにも月つきにも姿すがたらしい其その門かどの橋はしを渡懸わたりかけたが、忽たちまち猛然まうぜんとして思おもへらく、敷金しききんの用意よういもなく、大晦日近おほみそかぢかくだし、がつたり三兩さんりやうと、乃すなはち去さる。

 婆ばあさんに聞きいた突當つきあたりは、練塀ねりべいか、高たかい石いしの塀腰へいごしらしかつたが、其それはよく見みなかつた。ついて曲まがると、眞晝間まつぴるまの幕まくを衝つと落おとした、舞臺ぶたい横手よこてのやうな、ずらりと店みせつきの長ながい、廣ひろい平屋ひらやが、名代なだいの團子屋だんごや。但たゞし御酒肴おんさけさかなとも油障子あぶらしやうじに記しるしてある。

 案あんずるに、團子だんごは附燒つけやきを以もつて美味うまいとしてある。鹽煎餅しほせんべい以來このかた、江戸兒えどつこは餘あまり甘あまいのを好すかぬ。が、何なにを祕かくさう、私わたしは團子だんごは饀あんの方はうを得意とくいとする。これから土産みやげに持もつて行いく、西片町にしかたまちの友染いうぜんたちには、どちらが可いいか分わからぬが、しかず、己おのが好このむ處ところを以もつてせんには、と其處そこで饀あんのを誂あつらへた。

 障子しやうじを透すかして、疊たゝみ凡およそ半疊はんでふばかりの細長ほそながい七輪しちりんに、五いつつづゝ刺さした眞白まつしろな串團子くしだんごを、大福帳だいふくちやうが權化ごんげした算盤そろばんの如ごとくずらりと並ならべて、眞赤まつかな火ひを、四角しかくな團扇うちはで、ばた〳〵ばた、手拍子てびやうしを拍うつて煽あふぐ十五六の奴やつこが、イヤ其その嬉うれしいほど、いけずな體ていは。

 襟えりからの前垂まへだれ幅廣はゞびろな奴やつを、遣放やりぱなしに尻下しりさがりに緊しめた、あとのめりに日和下駄ひよりげたで土間どまに突立つツたち、新あたらしいのを當あてがつても半日はんにちで駈破かけやぶる、繼つぎだらけの紺足袋こんたび、膝ひざツきり草色くさいろよれ〳〵の股引もゝひきで、手織木綿ておりもめんの尻端折しりはしより。……石頭いしあたまに角かどのある、大出額おほおでこで、口くちを逆さかさのへの字じに、饒舌おしやべりをムツと揉堪もみこたへ、横撫よこなでが癖くせの鼻頭はなさきをひこつかせて、こいつ、日暮里につぽりの煙けむりより、何處どこかの鰻うなぎを嗅かぎさうな、團栗眼どんぐりまなこがキヨロリと光ひかつて、近所きんじよの犬いぬは遠とほくから遁にげさうな、が、掻垂眉かいだれまゆのちよんぼりと、出張でばつた額ひたひにぶら下さがつた愛嬌造あいけうづくり、と見みると、なき一葉いちえふがたけくらべの中なかの、横町よこちやうの三五郎さんごらうに似にて居ゐる。

 人ひとを見みると、顏かほを曲まげて、肩かたを斜はすつかひにしながら、一息ひといき、ばた〳〵、ばツと團扇うちはを拍たゝく。

「饀子あんこのは──お手間てまが取とれますツ。」

「ぢや、待またうよ。」

 と障子しやうじを入はひつて、奴やつこが背せに近ちかい土間どまの床几しやうぎにかけて、……二包ふたつゝみ誂あつらへた。

 處ところへ入違いれちがひに一人ひとり屋臺やたいへ來きた。

「七錢なゝせんだけ下くださいな。」

 奴やつこ、顏かほを曲まげ、肩かたを斜なゝめにしながら、一息ひといきばた〳〵團扇うちはをばツばツと煽あふいで、

「餌子あんこのはお手間てまが取とれますツ。」

「然さう、」

 と云いつて其處そこに立たつて考かんがへたのは、身綺麗みぎれいらしい女中ぢよちうであつたが、私わたしはよくも見みなかつた。で、左ひだりの隅すみ、屋臺やたいを横よこにした處ところで、年配ねんぱいの老爺おとつさんと、お婆ばあさん。女をんなが一人ひとり、これは背向うしろむきで、三人さんにんがかり、一ひとツ掬すくつて、ぐい、と寄よせて、くる〳〵と饀あんをつけて、一寸ちよいと指ゆびで撓ためて、一ひとつ宛づゝすつと串くしへさすのを、煙草たばこを飮のみながら熟じつと見みて居ゐた。

 時ときに、今いま來きた女中ぢよちうの註文ちうもんが、何どうやら饀子あんこばかりらしいので、大おほいに意いを強つようして然しかるべしと思おもつて居ゐると、

「では、最もう些ちつと經たつて來きませうね。」

 と一度いちど、ぶらりと出だした風呂敷ふろしきを、袖そでの下したへ引込ひつこめて、胸むねを抱だいて、むかうを向むく。

「へーい、」

 と甲走かんばしつた聲こゑを浴あびせて、奴やつこまた團扇うちはを、ばた〳〵、ばツと煽あふぐ。


三


 手際てぎはなもので、煽あふぐ内うちに、じり〳〵と團子だんごの色いろづくのを、十四五本じふしごほん掬すくひ取どりに、一掴ひとつかみ、小口こぐちから串くしを取とつて、傍かたはらに醤油したぢの丼どんぶりへ、どぶりと浸つけて、颯さつと捌さばいて、すらりと七輪しちりんへ又また投なげる。直すぐに殘のこつたのに醤油したぢをつける。殆ほとんど空くうで、奴やつこは、此この間あひだに例れいの、目めをきよろつかせる、鼻はなをひこつかせる、唇くちびるをへし曲まげる。石頭いしあたまを掉ふる、背せごすりをする、傍見わきみをする。……幾干いくらか小遣こづかひがあると見みえて、時々とき〴〵前垂まへだれの隙間すきまから、懷中くわいちうを覗込のぞきこんで、ニヤリと遣やる。

 いけずがキビ〳〵した事ことは!……私わたしは何故なぜか嬉うれしかつた。

 客きやくは私わたしのほかに三人さんにんあつた。其その三人さんにんは、親子おやこづれで、九こゝのツばかりの、絣かすりの羽織はおりに同おなじ衣服きものを着きた優おとなしらしい男をとこの兒こ。──見習みならへ、奴やつこ、と背中せなかを突つゝいて遣やりたいほどな、人柄ひとがらなもので。

 母親はゝおやは五十ばかり、黒地くろぢのコートに目立めだたない襟卷えりまきして、質素じみな服姿みなりだけれど、ゆつたりとして然しかも氣輕きがるさうな風采とりなり。古風こふうな、薄うすい、小ちひさな髷まげに結ゆつたのが、唐銅からかねの大おほきな青光あをびかりのする轆轤ろくろに井戸繩ゐどなはが、づつしり……石築いしづきの掘井戸ほりゐど。それが、廂ひさしの下したにあの傍かたはらの床几しやうぎに、飛石とびいし、石燈籠いしどうろうのすつきりした、綺麗きれいに掃はいて塵ちりも留とめず廣々ひろ〴〵した、此この團子屋だんごやの奧庭おくにはを背後うしろにして、膝ひざをふつくりと、きちんと坐すわつて、頭つむりに置手拭おきてぬぐひをしながら、女持をんなもちの銀煙管ぎんぎせるで、時々とき〴〵、庭にはを指さし、空そらの雲くもをさしなどして、何なにか話はなしながら、靜しづかに煙草たばこを燻くゆらす。

 對向さしむかひに、一寸ちよいと背せなを捻ひねつた、片手かたてを敷辷しきすべらした座蒲團ざぶとんの端はしに支ついて、すらりと半身はんしん、褄つまを内掻うちがいに土間どまに揃そろへた、九くか二十はたちと見みえた、白足袋しろたびで、これも勝色かついろの濃こいコートを姿すがたよく着きたが、弟おとうとを横よこにして、母樣おつかさんの前まへであるから、何なんの見得みえも、色氣いろけもなう、鼻筋はなすぢの通とほつた、生際はえぎはのすつきりした、目めの屹きつとして、眉まゆの柔やさしい、お小姓こしやうだちの色いろの白しろい、面長おもながなのを横顏よこがほで、──團子だんごを一串ひとくし小指こゆびを撥はねて、唇くちびるに當あてたのが、錦繪にしきゑに描かいた野のがけの美人びじんにそつくりで、微醉ほろゑひのそれ者しやが、くろもじを噛かんだより婀娜あだツぽい。髮かみは束髮そくはつに、白しろいリボンを大おほきく掛かけたが、美子みいこも喜きいちやんも爲すなる折をりから、當人たうにん何なにの氣きもなしに世よとゝもに押移おしうつつたものらしい。が、天てんの爲なせる下町したまちの娘風むすめふうは、件くだんの髮かみが廂ひさしに見みえぬ。……何處どこともなしに見みる内うちに、潰つぶしの島田しまだに下村しもむらの丈長たけながで、白しろのリボンが何なんとなく、鼈甲べつかふの突通つきとほしを、しのぎで卷まいたと偲しのばれる。

 此この娘むすめも、白地しろぢの手拭てぬぐひを、一寸ちよいと疊たゝんで、髮かみの上うへに載のせて居ゐる、鬢びんの色いろは尚なほ勝まさつて、ために一入ひとしほ床ゆかしかつた。

 が、其その筈はずで、いけずな奴やつが、燒團子やきだんごのばた〳〵で、七輪しちりんの尉じようを飛とばすこと、名所めいしよとはいひがたく雪ゆきの如ごとしであつたから。

 母樣おつかさんが、膝ひざを彈はじいて、ずらりと、ずらすやうに跨またいで下おりると、氣輕きがるにてく〳〵と土間どまを來きた。

「其それでは、土産みやげの包つゝみを何どうぞ。」と奴やつこに言いふ。

「へーい。」

 すとんきような聲こゑを出だし、螇蚸ばつた壓おさへたり、と云いふ手てつきで、團扇うちはを挾はさんで、仰向あふむいた。

「二十錢にじつせんのを一ひとツ、十五錢じふごせんのと、十錢じつせんのと都合つがふ三包みつゝみだよ。」

「饀子あんこならお手間てまが取とれますツ。」

 と、けろりとして、ソレ、ばた〳〵ばた、ばツばツばツ。

「皆みんな附燒つけやきの方はうさ。」

「へーい。」

「ぢや、分わかつたかね。」

 と一寸ちよいと前まへを通とほる時とき、私わたしに會釋ゑしやくして床几しやうぎへ返かへつた。

 いしくも申まをされた。……殘のこらずつけ燒やきのお誂あつらへは有難ありがたい、と思おもふと、此この方はう目めのふちを赤あかくしながら、饀あんこばかりは些ちつと擽くすぐつたい。

 また其その饀あんがかりの三人さんにんの、すくつて、引ひいて、轉ころがして、一ひとツ捻ひねつてツイと遣やるが、手てを揃そろへ、指ゆびを揃そろへて、ト撓ためて刺さす時とき、胸むねを据すゑる處ところまで、一樣いちやうに鮮あざやかなものである。が、客きやくが待またうが待まつまいが、一向いつかうに頓着とんぢやくなく、此方こつちは此方こつち、と澄すました工合ぐあひが、徳川家時代とくがはけじだいから味あぢの變かはらぬ頼たのもしさであらう。


四


 處ところへ、カタ〳〵と冷つめたさうな下駄げたの音おと。……母はゝぢや人びとのを故わざと穿はいて來きたらしい、可愛かはいい素足すあしに三倍さんばいほどな、大おほきな塗下駄ぬりげたを打ぶつけるやうに、トンと土間どまへ入はひつて來きて、七輪しちりんの横よこへ立たつた、十一二だけれども、九こゝのツぐらゐな、小造こづくりな、小ちひさな江戸えどの姉ねえさんがある。縞しまの羽織はおりの筒袖つゝそでを細ほそく着きた、脇わきあけの口くちへ、腕かひなを曲まげて、些ちつと寒さむいと云いつた體ていに、兩手りやうてを突込つツこみ、ふりの明あいた處ところから、赤あかい前垂まへだれの紐ひもが見みえる。其處そこへ風呂敷ふろしきを肱ひぢなりに引挾ひつぱさんだ、色いろの淺黒あさぐろい、目めに張はりのある、きりゝとした顏かほの、鬢びんを引緊ひきしめて、おたばこ盆ぼんはまた珍めづらしい。……

「五錢ごせん頂戴ちやうだい。」

「へーい。」

「さあ、」

 と片手かたてを出だして、奴やつこに風呂敷ふろしきを突つきつけると、目めをくるりと天井てんじやう覗のぞきで、

「饀子あんこならお手間てまが取とれますツ。」

「あら、燒やいたのだわよ、兄にいさん。」

 とすつきり言いつた。

 奴やつこ、一本いつぽん參まゐつた體ていで、頸くびを竦すくめ、口くちをゆがめて、饀あんをつける三人さんにんの方はうを、外方そつぱうにして、一人ひとりで笑わらつて、

「へーい。」

 と七輪しちりんの上うへを見計みはからひ、風呂敷ふろしきを受取うけとつて、屋臺やたいへ立たち、大皿おほざらからぶツ〳〵と煙けむりの立たつ、燒やきたてのを、横目よこめで睨にらんで、竹たけの皮かはの扱しごきを入いれる、と飜然ひらりと皮かはの撥はねる上うへへ、ぐいと尻しりツ撥ぱねに布巾ふきんを掛かける。

 障子しやうじの外そとへすつと來きて、ひとり杖つゑを支ついて立たつた翁おきながある。

 白木綿しろもめんの布子ぬのこ、襟えりが黄色きいろにヤケたのに、單衣ひとへらしい、同おなじ白しろの襦袢じゆばんを襲かさね、石持こくもちで、やうかん色いろの黒木綿くろもめんの羽織はおりを幅廣はゞびろに、ぶわりと被はおつて、胸むねへ頭陀袋づだぶくろを掛かけた、鼻はなの隆たかい、赭あから顏がほで、目めを半眼はんがんにした、眉まゆには黒くろも交まじつたけれど、泡あわを塗なすつた體ていに、口許くちもとから頤おとがひへ、短みじかい髯ひげは皆みな白しろい。鼠ねずみのぐたりとした帽子ばうしを被かぶつて、片手かたてに其その杖つゑ、右みぎの手首てくびに、赤玉あかだまの一連いちれんの數珠じゆずを輪わにかけたのに、一ひとつの鐸りんを持添もちそへて、チリリリチリリリと、大おほきな手てを振ふつて鳴ならし、

「なうまくさんまんだばさらだ、なうまくさんまんだばさらだ、南無成田山不動明王なむなりたさんふどうみやうわうをはじめ奉たてまつり、こんがら童子どうじ、せいたか童子どうじ、甲童子かふどうじ、乙童子おつどうじ、丙童子へいどうじ、いばらぎ童子どうじ、酒呑童子しゆてんどうじ、其そのほか數々かず〳〵二十四童子にじふしどうじ。」

 と、丁ちやうど私わたしと向むき合あひに、まともに顏かほを見みる處ところで、目めを眠ねむるやうにして爽さわやかに唱となへた。

 私わたしが懷ふところの三みつ卷まきへ、手てを懸かけた時ときであつた。

「お進しんぜ申まをせ。」

 と、向むかうで饀あんをつけて居ゐた、其そのお婆ばあさんが聲こゑを懸かける。

「へーい。」と奴やつこが、包つゝんだ包つゝみを、ひよいと女をんなの兒こに渡わたしながら、手てを引込ひつこめず、背後うしろの棚たなに、煮豆にまめ、煮染にしめものなどを裝並もりならべた棚たなの下したの、賣溜うりだめの錢箱ぜにばこをグヮチャリと鳴ならして、銅貨どうくわを一個ひとつ、ひよい、と空そらへ投なげて、一寸ちよいと掌てのひらへ受うけながら持もつて出でる。

 前後ぜんごして、

「はい、上あげます。」

 と絣かすりの衣服きものの、あの弟御おとうとごが、廂帽子ひさしばうしを横よこツちよに、土間どまに駈足かけあしで、母樣おつかさんの使つかひに來きて、伸上のびあがるやうにして布施ふせする手てから、大柄おほがらな老道者らうだうじやは、腰こしを曲まげて、杖つゑを持もつた掌たなそこに受うけて、奴やつこと兩方りやうはうへ、……二度にど頂いたゞく。

 私わたしも立たつた。

 氣きの寄よる時ときは、妙めうなもので……又また此處こゝへ女をんな一連ひとつれ、これは丸顏まるがほの目めのぱつちりした、二重瞼ふたへまぶたの愛嬌あいけうづいた、高島田たかしまだで、あらい棒縞ぼうじまの銘仙めいせんの羽織はおり、藍あゐの勝かつた。──着物きものは、茶ちやの勝かつた、同おなじやうな柄がらなのを着きて、阿母おふくろのおかはりに持もつた、老人としよりじみた信玄袋しんげんぶくろを提さげた、朱鷺色ときいろの襦袢じゆばんの蹴出けだしの、内端うちわながら、媚なまめかしい。十九にはなるまい新姐しんぞを前さきに、一足ひとあしさがつて、櫛卷くしまきにした阿母おふくろがついて、此この店みせへ入はひりかけた。が、丁ちやうど行者ぎやうじやの背後うしろを、斜なゝめに取とりまはすやうにして、二人ふたりとも立停たちどまつた。


五


「お前まへ、細こまかいのはえ?」

 と阿母おふくろが言いふ。

「あい、」と頤おとがひを白しろく、淺葱あさぎの麻あさの葉は絞しぼりの半襟はんえりに俯向うつむいた。伏目ふしめがふつくりとする……而そして、緋無地ひむぢの背負上しよひあげを通とほして、めりんすの打合うちあはせの帶おびの間あひだに、これは又またよそゆきな、紫鹽瀬むらさきしほぜの紙入かみいれの中なかから、横よこに振ふつて、出だして、翁おきなに與あたへた。

 道者だうじやは、杖つゑを地つちから離はなして、手てを高たかく上あげて禮れいしたのである。

 時ときに、見みるもいたいけだつたのは、おたばこぼんの小姉ちひねえさん。

 先刻さつきから、人々ひと〴〵の布施ふせするのと、……もの和やはらかな、翁おきなの顏かほの、眞白まつしろな髯ひげの中なかに、嬉うれしさうな唇くちびるの艷々つや〳〵と赤あかいのを、熟じつと視ながめて、……奴やつこが包つゝんでくれた風呂敷ふろしきを、手ての上うへに据すゑたまゝ、片手かたてを服きものの中なかへ入いれて、其それでも肌薄はだうすな、襦袢じゆばんの襟えりのきちんとして、赤あかい細ほそいのも、あはれに寒さむさうに見みえたのが、何なんと思おもつたか、左手ゆんでを添そへて、結むすび目めを解といて、竹たけの皮かはから燒團子やきだんご、まだ、いきりの立たつ、温あたゝかいのを二串ふたくし取とつて、例れいの塗下駄ぬりげたをカタ〳〵と──敷居際しきゐぎはで、

「お爺ぢいさん、これあげませう、おあがんなさいな。」

 と出だした時とき、……翁おきなの赭あから顏がほは、其そのまゝ溶とけさうに俯向うつむいて、目めをしばたゝいた、と見みると、唇くちびるがぶる〳〵と震ふるへたのである。

 床几しやうぎの娘むすめも肩越かたごしに衝つと振向ふりむいた。一同いちどう、熟じつと二人ふたりを見みた。

「南無御一統なむごいつとう、御家内安全ごかないあんぜん。まめ、そくさい、商賣繁昌しやうばいはんじやう。」

 と朗ほがらかな聲こゑで念ねんじながら、杖つゑも下おろさず、團子だんご持もつたなりに額ひたひにかざして、背後うしろは日陰ひかげ、向むかつて日向ひなたへ、相坂あひざかの方かたへ、……冷ひやめし草履ざうりを、づるりと曳ひいて、白木綿しろもめんの脚絆きやはんつけた脚あしを、とぼ〳〵と翁おきなは出でて行ゆく。

「や、包つゝみなほして上あげようぜ。」

 と、徳とくは孤こならず、ちよろつかな包つゝみ加減かげん。拔ぬいた串くしに皮かはが開あいて、小姉ちひねえの手ての上うへに飜ひるがへつたのを、風呂敷ふろしきごと引奪ひつたくるやうに取とつて、奴やつこは屋臺やたいで、爲直しなほしながら、

「えゝ……まけて置おけ、一番いちばん。」と、皿さらから捻ねぢるやうに引摘ひつつかんで、別べつに燒團子やきだんごを五串いつくし添そへた。

「此處こゝへも、お團子だんごを下くださいな。」

 と櫛卷くしまきの阿母おふくろが衝つと寄よつた。

 きよろりと見向みむいて、

「饀子あんこならお手間てまが取とれますツ。」と又また仰向あふむく。

「否いゝえ、燒やいたのですよ。」

「へーい。」と相あひかはらず突走つツぱしる。

「十錢じつせんのを二包ふたつゝみ、二包ふたつゝみですよ──可いいかい。其それから、十五錢じふごせんのを一包ひとつゝみ、皆みな燒やいたのをね。」

「へーい、唯今たゞいま。」

「否いゝえ、歸途かへりで可いいのよ。」

「へーいツ」

「あのね、母樣おつかさん。」と、娘むすめがあたりを兼かねた體ていで、少すこし甘あまえるやうに低聲こごゑで言いつた。

「然さう……では其その十五錢じふごせんのなかへ、饀あんのを交まぜて、──些ちつとで可いいの。」

「些ちつと、」

 と口眞似くちまねのやうに繰返くりかへして、

「へーい。」

「さあ、それぢやおまゐりをして來こようね。」

「あい、」

 と言いつて、母娘おやこ二人ふたり、相坂あひざかの方はうへ、並ならんで向むく。

 饀あんがかりは澄すましたもので、

「家内安全かないあんぜん、まめ、そくさい、商賣繁昌しやうばいはんじやう、……だんご大切たいせつなら五大力ごだいりきだ。」と、あらう事ことか、團子屋だんごやの老爺とつさまが、今時いまどき取とつて嵌はめた洒落しやれを言いふ。

「何なにを言いはつしやる。」と……お婆ばあさんは苦笑くせうした。

 あの、井戸ゐどの側そばを、庭にはを切きつて裏木戸うらきどから、勝手かつてを知しつて來きたらしい。インキの壺つぼを、ふらここの如ごとくに振ふつて、金釦きんぼたんにひしやげた角帽かくばう、かまひつけぬ風ふうで、薄髯うすひげも剃あたらず遣放やりつぱなしな、威勢ゐせいの可いい、大學生だいがくせいがづか〳〵と入はひつて來きた。

「いや、どつこいしよ。」

 と──あの弟おとうとが居ゐる、其その床几しやうぎの隅すみに腰こしを投下なげおろすと、

「おい、饀あんのを一盆ひとぼん。……お手間てまが取とれます、待まつてらつしやい。」

 と恐おそろしく鐵拐てつかに怒鳴どなつて、フト私わたしと向合むきあつて、……顏かほを見みて……雙方さうはう莞爾につこりした。同好どうかうの子しよ、と前方さきで思おもへば、知己ちきなるかな、と言いひたかつた。

 いや、面喰めんくらつたのは奴やつこである。……例れいに因よつて「お手間てまが取とれますツ。」を言いはない内うちに、眞向まつかう高飛車たかびしやに浴あびせられて、「へーい、」とも言いひ得えず、鳶とんびに攫さらはれた顏色がんしよく。きよとんとして、小姉ちひねえに再ふたゝび其その包つゝみを渡わたすと、默だまつて茶ちやを汲くみに行ゆく、石頭いしあたまのすくんだ、──背せの丸まるさ。

「しばらく、──お二人ふたりしばらく。」

 と後あとじさりに、──いま出でて行ゆく櫛卷くしまきと、島田しまだの母娘おやこを呼留よびとめながら、翁おきなの行者ぎやうじやが擦違すれちがひに、しやんとして、逆ぎやくに戻もどつて來きた。

 店頭みせさきへ、恭うや〳〵しく彳たゝずんで、四邊あたりを見みながら、せまつた聲こゑで、

「誰方どなたもしばらく。……あゝ、野山のやまも越こえ、川かはも渡わたり、劍つるぎの下したも往來わうらいした。が、生うまれて以來このかた、今日けふと云いふ今日けふほど、人ひとの情なさけの身みに沁しみた事ことは覺おぼえません。」と、聲こゑが途絶とだえて、チリ〳〵と鐸りんが鳴なつた。

 溜息ためいきを深ふかく、吻ほと吐ついて、

「私わしは行者ぎやうじやでも何なんでもないのぢや。近頃ちかごろまで、梅暮里うめぼりの溝みぞへ出でて、間まに合あはせの易えきを遣やつて居ゐましたが、好すきなどぶろくのたしにも成ならんで、思おもひついた擬行者まがひぎやうじやぢや。信心しんじんも何なにもなかつたが、なあ、揃そろひも揃そろつた、あなたがたのお情なさけ──あの娘こも聞きかつしやれ。」

 と小姉ちひねえに差出さしだした手てがふるへて、

「老人らうじんつく〴〵身みに染しみて、此このまゝでは、よう何どうも、あの蹈切ふみきりが越切こしきれなんだ。──

 あらためて、是これから直すぐに、此この杖つゑのなり行脚あんぎやをして、成田山なりたさんへ詣まうでましてな。……經一口きやうひとくちも知しらぬけれども、一念いちねんに變かはりはない。南無成田山不動明王なむなりたさんふどうみやうわう、と偏ひとへに唱となへて、あなた方がたの御運長久ごうんちやうきう、無事ぶじそくさい、又またお若わかい孃ぢやうたちの、」

 とほろりとして、老おいの目めに涙なみだを湛たゝへ、

「行末ゆくすゑの御良縁ごりやうえんを祈願きぐわんします、祈願きぐわんしまする。」

明治四十三年一月

底本:「鏡花全集 巻二十七」岩波書店

   1942(昭和17)年10月20日第1刷発行

   1988(昭和63)年11月2日第3刷発行

※題名の下にあった年代の注を、最後に移しました。

※表題は底本では、「松まつの葉は」とルビがついています。

入力:門田裕志

校正:川山隆

2011年9月4日作成

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