美しい村
堀辰雄

天の灝気こうきの薄明うすあかりに優やさしく会釈えしゃくをしようとして、

命の脈が又また新しく活溌かっぱつに打っている。

こら。下界。お前はゆうべも職を曠むなしゅうしなかった。

そしてけさ疲つかれが直って、己おれの足の下で息をしている。

もう快楽を以もって己を取り巻きはじめる。

断たえず最高の存在へと志ざして、

力強い決心を働かせているなあ。


ファウスト第二部


序曲


六月十日 K…村にて

 御無沙汰ごぶさたをいたしました。今月の初めから僕ぼくは当地に滞在たいざいしております。前からよく僕は、こんな初夏に、一度、この高原の村に来てみたいものだと言っていましたが、やっと今度、その宿望がかなった訣わけです。まだ誰だれも来ていないので、淋さびしいことはそりあ淋しいけれど、毎日、気持のよい朝夕を送っています。

 しかし淋しいとは言っても、三年前でしたか、僕が病気をして十月ごろまでずっと一人で滞在していたことがありましたね、あの時のような山の中の秋ぐちの淋しさとはまるで違ちがうように思えます。あのときは籐とうのステッキにすがるようにして、宿屋の裏の山径やまみちなどへ散歩に行くと、一日毎ごとに、そこいらを埋うずめている落葉の量が増える一方で、それらの落葉の間からはときどき無気味な色をした茸きのこがちらりと覗のぞいていたり、或あるいはその上を赤腹(あのなんだか人を莫迦ばかにしたような小鳥です)なんぞがいかにも横着そうに飛びまわっているきりで、ほとんど人気ひとけは無いのですが、それでいて何だかそこら中に、人々の立去った跡あとにいつまでも漂ただよっている一種のにおいのようなもの、──ことにその年の夏が一きわ花やかで美しかっただけ、それだけその季節の過ぎてからの何とも言えぬ佗わびしさのようなものが、いわば凋落ちょうらくの感じのようなものが、僕自身が病後だったせいか、一層ひしひしと感じられてならなかったのですが、(──もっとも西洋人はまだかなり残っていたようです。ごく稀まれにそんな山径で行き逢あいますと、なんだか病やみ上がりの僕の方を胡散うさんくさそうに見て通り過ぎましたが、それは僕に人なつかしい思いをさせるよりも、かえってへんな佗びしさをつのらせました……)──そんな侘びしさがこの六月の高原にはまるで無いことが何よりも僕は好きです。どんな人気のない山径を歩いていても、一草一木ことごとく生き生きとして、もうすっかり夏の用意ができ、その季節の来るのを待っているばかりだと言った感じがみなぎっています。山鶯やまうぐいすだの、閑古鳥かんこどりだのの元気よく囀さえずることといったら! すこし僕は考えごとがあるんだから黙だまっていてくれないかなあ、と癇癪かんしゃくを起したくなる位です。

 西洋人はもうぽつぽつと来ているようですが、まだ別荘などは大概たいがい閉とざされています。その閉されているのをいいことにして、それにすこし山の上の方だと誰ひとりそこいらを通りすぎるものもないので、僕は気に入った恰好かっこうの別荘があるのを見つけると、構わずその庭園の中へはいって行って、そこのヴェランダに腰こしを下ろし、煙草たばこなどをふかしながら、ぼんやり二三時間考えごとをしたりします。たとえば、木の皮葺かわぶきのバンガロオ、雑草の生おい茂しげった庭、藤棚ふじだな(その花がいま丁度見事に咲さいています)のあるヴェランダ、そこから一帯に見下ろせる樅もみや落葉松からまつの林、その林の向うに見えるアルプスの山々、そういったものを背景にして、一篇ぺんの小説を構想したりなんかしているんです。なかなか好い気持です。ただ、すこしぼんやりしていると、まだ生れたての小さな蚋ぶよが僕の足を襲おそったり、毛虫が僕の帽子ぼうしに落ちて来たりするので閉口です。しかし、そういうものも僕には自然の僕に対する敵意のようなものとしては考えられません。むしろ自然が僕に対してうるさいほどの好意を持っているような気さえします。僕の足もとになど、よく小さな葉っぱが海苔巻のりまきのように巻かれたまま落ちていますが、そのなかには芋虫いもむしの幼虫が包まれているんだと思うと、ちょっとぞっとします。けれども、こんな海苔巻のようなものが夏になると、あの透明とうめいな翅はねをした蛾がになるのかと想像すると、なんだか可愛かわいらしい気もしないことはありません。

 どこへ行っても野薔薇のばらがまだ小さな硬かたい白い蕾つぼみをつけています。それの咲くのが待ち遠しくてなりません。これがこれから咲き乱れて、いいにおいをさせて、それからそれが散るころ、やっと避暑客ひしょきゃくたちが入り込こんでくることでしょう。こういう夏場だけ人の集まってくる高原の、その季節に先立って花をさかせ、そしてその美しい花を誰にも見られずに散って行ってしまうさまざまな花(たとえばこれから咲こうとする野薔薇もそうだし、どこへ行っても今を盛さかりに咲いている躑躅つつじもそうですが)──そういう人馴ひとなれない、いかにも野生の花らしい花を、これから僕ひとりきりで思う存分に愛玩あいがんしようという気持は(何故なぜなら村の人々はいま夏場の用意に忙いそがしくて、そんな花なぞを見てはいられませんから)何ともいえずに爽さわやかで幸福です。どうぞ、都会にいたたまれないでこんな田舎暮いなかぐらしをするようなことになっている僕を不幸だとばかりお考えなさらないで下さい。

 あなた方は何時頃いつごろこちらへいらっしゃいますか? 僕はほとんど毎日のようにあなたの別荘の前を通ります。通りすがりにちょっとお庭へはいってあちらこちらを歩きまわることもあります。昔むかしはあんなに草深かったのに、すっかり見ちがえる位、綺麗きれいな芝生しばふになってしまいましたね。それに白い柵さくなどをおつくりになったりして。……何んだかあなたの別荘のお庭へはいっても、まるで他ほかの別荘の庭へはいっているような気がします。人に見つけられはしないかと、心臓がどきどきして来てなりません。どうしてこんな風にお変えになってしまったのか、本当におうらめしく思います。ただ、あなたと其処そこでよくお話したことのあるヴェランダだけは、そっくり昔のままですけれど……

 ああ、また、僕はなんだか悲しそうな様子をしてしまった。しかし、僕は本当はそんなに悲しくはないんですよ。だって僕は、あなた方さえ知らないような生の愉悦ゆえつを、こんな山の中で人知れず味あじわっているんですもの。でも一体、何時ごろあなた方はこちらへいらっしゃるのかしら? あなた方とはじめて知り合いになったこの土地で、あなた方ともう見知らない人同志のように顔を合せたりするのは、大へんつらいから、僕はあなた方のいらっしゃる前に、この村を出発しようかと思います。どうぞその日の来るまで僕にも此こ処こにいることを、そしてときどき誰も見ていないとき、あなたの別荘のお庭をぶらつくことをお許し下さい。

 またしても、何と悲しそうな様子をするんだ! もう、止よします。しかし、もうすこし書かせて下さい。でも、何を書いたものかしら? 僕のいま起居しているのはこの宿屋の奥おくの離はなれです。御存知ごぞんじでしょう? あそこを一人で占領せんりょうしています。縁側えんがわから見上げると、丁度、母屋おもやの藤棚が真向うに見えます。さっきもいったように、その花がいま咲き切っているんです。が、もう盛りもすぎたと見え、今日あたりは、風もないのにぽたぽたと散りこぼれています。その花に群がる蜜蜂みつばちといったら大したものです。ぶんぶんぶんぶん唸うなっています。この手紙を書きながら、ちょっと筆を休めて、何を書こうかなと思って、その藤の花を見上げながらぼんやりしていると、なんだか自分の頭の中の混乱と、その蜜蜂のうなりとが、ごっちゃになって、そのぶんぶんいっているのが自分の頭の中ではないかしら、とそんな気がしてくる位です。僕の机の上には、マダム・ド・ラファイエットの「クレエヴ公爵こうしゃく夫人」が読みかけのまんま頁ページをひらいています。はじめてこのフランスの古い小説をしみじみ読んでいますが、そのお蔭かげでだいぶ僕も今日このごろの自分の妙みょうに切迫せっぱくした気持から救われているような気がしています。この小説についてはあなたに一番その読後感をお書きしたいし、また黙ってもいたい。二三年前、あなたに無理矢理にお読ませした、ラジイゲの「舞踏会ぶとうかい」は、この小説をお手本にしたと言われている位ですから、まあ、あれに大へん似ています。しかし「舞踏会」のときは、まだあんなにこだわらずに、その本をお貸しが出来たけれど、そしてそれをお読みになってもあなたは何もおっしゃらなかったし、僕もそれについては何もお訊ききしなかったが、それでも或ある気持はお互たがいに通じ合っていたようでしたけれど、いま僕は、あの時のようにこだわらずに、この小説の読後感をあなたにお書きできるかしら?

 第一、この手紙にしたって、筆をとりながら、果してあなたに出せるものやら、出せそうもないものやら、心の中では躊躇ためらっているのです。恐おそらく出さずにしまうかも知れません。……こんなことを考え出したら、もうこの手紙を書き続ける気がしなくなりました。もう筆を置きます。出すか出さないか分りませんけれど、ともかくも左様さようなら。


美しい村


  或は 小遁走曲フウグ



 或る小高い丘おかの頂きにあるお天狗てんぐ様のところまで登ってみようと思って、私は、去年の落葉ですっかり地肌じはだの見えないほど埋まっているやや急な山径やまみちをガサガサと音させながら上って行ったが、だんだんその落葉の量が増して行って、私の靴くつがその中に気味悪いくらい深く入るようになり、腐くさった葉の湿しめり気けがその靴のなかまで滲しみ込んで来そうに思えたので、私はよっぽどそのまま引っ返そうかと思った時分になって、雑木林ぞうきばやしの中からその見棄みすてられた家が不意に私の目の前に立ち現れたのであった。そうしてその窓がすっかり釘くぎづけになっていて、その庭なんぞもすっかり荒あれ果て、いまにも壊こわれそうな木戸が半ば開かれたままになっているのを認めると、私は子供らしい好奇心こうきしんで一ぱいになりながらその庭の中へずかずかと這入はいって行った。

 そうして一めんに生い茂った雑草を踏ふみ分けて行くうちに、この家のこうした光景は、数年前、最後にこれを見た時とそれが少しも変っていないような気がした。が、それが私の奇妙な錯覚さっかくであることを、やがて私のうちに蘇よみがえって来たその頃の記憶きおくが明瞭めいりょうにさせた。今はこんなにも雑草が生い茂って殆ほとんど周囲の雑木林と区別がつかない位にまでなってしまっているこの庭も、その頃は、もっと庭らしく小綺麗になっていたことを、漸ようやく私は思い出したのである。そうしてつい今しがたの私の奇妙な錯覚は、その時から既すでに経過してしまった数年の間、若もしそれがそのままに打棄うっちゃられてあったならば、恐らくはこんな具合ぐあいにもなっているであろうに……という私の感じの方が、その当時の記憶が私に蘇るよりも先きに、私に到着したからにちがいなかった。しかし、私のそういう性急せっかちな印象が必ずしも贋にせではなかったことを、まるでそれ自身裏書きでもするかのように、私のまわりには、この庭を一面に掩おおうて草木が生い茂るがままに生い茂っているのであった。

 そこのヴェランダにはじめて立った私は、錯雑した樅もみの枝を透して、すぐ自分の眼下に、高原全帯が大きな円を描えがきながら、そしてここかしこに赤い屋根だの草屋根だのを散らばらせながら、横よこたわっているのを見下ろすことが出来た。そうしてその高原の尽つきるあたりから、又また、他のいくつもの丘が私に直面しながら緩ゆるやかに起伏きふくしていた。それらの丘のさらに向うには、遠くの中央アルプスらしい山脈が青空に幽かすかに爪つめでつけたような線を引いていた。そしてそれが私のきざきざな地平線をなしているのだった。

 夏毎ごとにこの高原に来ていた数年前のこと、これと殆どそっくりな眺望ちょうぼうを楽しむために、私は屡しばしば、ここからもう少し上方にあるお天狗様まで登りに来たのだけれど、その度たび毎に、この最後の家の前を通り過ぎながら、そこに毎夏のようにいつも同じ二人の老嬢ろうじょうが住まっているのを何んとなく気づかわしげに見やっては、その二人暮らしに私はひそかに心をそそられたものだった。──だが、あれはひょっとすると私自身の悲しみを通してばかり見ていたせいかも知れないぞ?(と私は考えるのだった。)何故って、私がこの丘へ登りに来た時は、いつも私に何か悲しいことがあって、それを肉体の疲労ひろうと取り換かえたいためだったからな。真白まっしろな名札なふだが立って、それには MISS のついた苗字みょうじが二つ書いてあったっけ。……そう、その一方が確か MISS SEYMORE という名前だったのを私は今でも覚えている。が、もう一方のは忘れた。そうしてその老嬢たちそのものも、その一方だけは、あの銀色の毛髪もうはつをして、何となく子供子供した顔をしていた方だけは、今でも私の眼にはっきりと浮うかんでくるけれど、もう一方のはどうしても思い出せない。昔から自分の気に入った型タイプの人物にしか関心しようとしない自分の習癖しゅうへきが、(この頃ではどうもそれが自分の作家としての大きな才能の欠陥けっかんのように思われてならないのだけれど、)この老嬢たちにも知しらず識しらずの裡うちに働いていたものと見える。

 ……この数年間というもの、この高原、この私の少年時の幸福な思い出と言えばその殆んど全部が此こ処こに結びつけられているような高原から、私を引き離していた私の孤独こどくな病院生活、その間に起ったさまざまな出来事、忘れがたい人々との心にもない別離べつり、その間の私の完全な無為むい。……そして、その長い間放擲ほうてきしていた私の仕事を再び取り上げるために、一人きりにはなりたいし、そうかと言ってあんまり知らない田舎いなかへなぞ行ったら淋しくてしようがあるまいからと言った、例の私の不決断な性分しょうぶんから、この土地ならそのすべてのものが私にさまざまな思い出を語ってくれるだろうし、そして今時分ならまだ誰にも知った人には会わないだろうしと思って、こんな季節はずれの六月の月を選んで、この高原へわざわざ私はやって来たのであった。が、数日前にこの土地へ到着してから私の見聞きする、あたかも私のそういう長い不在を具象ぐしょうするような、この高原に於おけるさまざまな思いがけない変化、それにつけても今更いまさらのように蘇って来る、この土地ではじめて知り合いになった或る女友達との最近の悲しい別離。……

 そんな物思いに耽ふけりながら、私はぼんやり煙草たばこを吹かしたまま、ほとんど私の真正面の丘の上に聳そびえている、西洋人が「巨人きょじんの椅子いす」という綽名あだなをつけているところの大きな岩、それだけがあらゆる風化作用から逃のがれて昔からそっくりそのままに残っているかに見える、どっしりと落着いた岩を、いつまでも見まもっていた。

 私はやがて再び枯葉かれはをガサガサと音させながら、山径を村の方へと下りて行った。その山径に沿うて、落葉松からまつなどの間にちらほらと見える幾いくつかのバンガロオも大概はまだ同じような紅殻板べにがらいたを釘づけにされたままだった。ときおり人夫等がその庭の中で草むしりをしていた。彼等かれらの中には熊手くまでを動かしていた手を休めて私の方を胡散臭うさんくさそうに見送る者もあった。私はそういう気づまりな視線から逃れるために何度も道もないようなところへ踏ふみ込んだ。しかしそれは昔私の大好きだった水車場のほとりを目ざして進んでいた私の方向をどうにかこうにか誤らせないでいた。しかし其処そこまで出ることは出られたが、数年前まで其処にごとごとと音立てながら廻まわっていた古い水車はもう跡方あとかたもなくなっていた。それよりももっと悲しい気持になって私の見出みいだしたのは、その水車場近くの落葉松を背にした一つのヴィラだった。私の屡しば訪おとずれたところのそのヴィラは、数年前に最後に私の見た時とはすっかり打って変っていた。以前はただ小さな灌木かんぼくの茂みで無雑作むぞうさに縁ふちどられていたその庭園は、今は白い柵できちんと区限くぎられていた。私はふと何故なぜだか分らずにその滑なめらかそうな柵をいじくろうとして手をさし伸のべたが、それにはちょっと触ふれただけであった。そのとき私の帽子の上になんだか雨滴のようなものがぽたりと落ちて来たから。そこでその宙に浮いた手を私はそのまま帽子の上に持って行った。それは小さな桜さくらの実であった。私がひょいと頭を持ち上げた途端に、そこには、丁度私の頭上に枝えだを大きく拡ひろげながら、それがあんまり高いので却かえって私に気づかれずにいた、それだけが私にとっては昔馴染なじみの桜の老樹が見上げられた。

 やがて向うの灌木の中から背の高い若い外国婦人が乳母車うばぐるまを押しながら私の方へ近づいて来るのを私は認めた。私はちっともその人に見覚えがないように思った。私がその道ばたの大きな桜の木に身を寄せて道をあけていると、乳母車の中から亜麻色あまいろの毛髪をした女の児こが私の顔を見てにっこりとした。私もつい釣つり込まれて、にっこりとした。が、乳母車を押していたその若い母は私の方へは見向きもしないで、私の前を通り過ぎて行った。それを見送っているうち、ふとその鋭するどい横顔から何んだか自分も見たことがあるらしいその女の若い娘むすめだった頃の面影おもかげが透すかしのように浮んで来そうになった。

 私はその白い柵のあるヴィラを離れた。私の帽子の上に不意に落ちて来た桜の実が私のうちに形づくり、拡げかけていた悲しい感情の波紋はもんを、今しがたの気づまりな出会であいがすっかり掻かき乱してしまったのを好い機会にして。

 私は村はずれの宿屋に帰って来た。私がその宿屋に滞在たいざいする度にいつも私にあてがわれる離れの一室。同じように黒ずんだ壁かべ、同じような窓枠まどわく、その古い額縁がくぶちの中にはいって来る同じような庭、同じような植込み、……ただそれらの植込みに私の知っている花や私の知らない花が簇むらがり咲いているのが私には見馴みなれなかった。それはそれでまた私を侘わびしがらせた。母屋おもやの藤棚ふじだなから、風の吹くごとに私のところまでその花の匂においがして来た。その藤棚の下では村の子供たちが輪になって遊んでいた。私はその子供たちの中に昔よく遊んでやったことのある宿屋の子供がいるのを認めた。そのうちに他ほかの子供たちは去った。そしてその子供だけがまだ地面に跼こごんだまま一人で何かして遊んでいた。私はその子の名前を呼んだ。その子はしかし私の方を振ふり向こうともしなかった。それほど自分の遊びに夢中むちゅうになっているように見えた。私がもう一度その名前を呼ぶと、やっとその子はうす汚よごれた顔を上げながら私に言った。「太郎ちゃんは何処どこにいるか知らないよ」──私はその時初めてその小さな子供は私の呼んだ男の子の弟であるのに気がついたのだ。しかし何という同じような顔、同じような眼差まなざし、同じような声。……暫しばらくしてから「次郎! 次郎!」と呼びながら、一人の、ずっと大きな、見知らない男の子が庭へ這入はいって来るのを私は見た。ようやく私になついて私の方へ近づいて来そうになったその小さな弟は、それを聞くと急いでその方へ駈かけて行ってしまった。私の方では、その大きな見知らないような男の子が昔私と遊んだことのある子供であるのを漸やっと認め出していた。しかし、その生意気ざかりの男の子は小さな弟を連れ去りながら、私の方をば振り向こうともしなかった。


     ⁂


 私は毎日のように、そのどんな隅々すみずみまでもよく知っている筈はずだった村のさまざまな方へ散歩をしに行った。しかし何処へ行っても、何物かが附加つけくわえられ、何物かが欠けているように私には見えた。その癖くせ、どの道の上でも、私の見たことのない新しい別荘の蔭かげに、一むれの灌木が、私の忘れていた少年時の一部分のように、私を待ち伏ぶせていた。そうしてそれらの一むれの灌木そっくりにこんがらかったまま、それらの少年時の愉たのしい思い出も、悲しい思い出も私に蘇って来るのだった。私はそれらの思い出に、或あるいは胸をしめつけられたり、或は胸をふくらませたりしながら歩いていた。私は突然とつぜん立ち止まる。自分があんまり村の遠くまで来すぎてしまっているのに気がついて。──そんなみちみち私の出遇であうのは、ごく稀まれには散歩中の西洋人たちもいたが、大概たいがい、枯枝を背負せおってくる老人だとか蕨わらびとりの帰りらしい籃かごを腕うでにぶらさげた娘たちばかりだった。それ等のものはしかし、私にとってはその村の風景のなかに完全に雑まじり込んで見えるので、少しも私のそういう思い出を邪魔じゃましなかった。もっとも時たま、或る時は私があんまり子供らしい思い出し笑いをしているのを見て、すれちがいざまいきなり私に声をかけて私を愕おどろかせたり、又或る時は向うから私に微笑ほほえみかけようとして私の悲しげな顔を見てそれを途中で止やめてしまうようなこともあるにはあったが……。

 そんな風に思い出に導かれるままに、村をそんな遠くの方まで知らず識しらず歩いて来てしまった私は、今更のように自分も健康になったものだなあ、と思った。私はそういう長い散歩によって一層生き生きした呼吸をしている自分自身を見出した。それにこの土地に滞在してからまだ一週間かそこいらにしかならないけれど、この高原の初夏の気候が早くも私の肉体の上にも精神の上にも或る影響えいきょうを与あたえ出していることは否いなめなかった。夏はもう何処にでも見つけられるが、それでいてまだ何処という的あてもないでいると言ったような自然の中を、こうしてさ迷いながら、あちこちの灌木の枝には注意さえすれば無数の莟つぼみが認められ、それ等はやがて咲さき出すだろうが、しかしそれ等は真夏の季節シイズンの来ない前に散ってしまうような種類の花ばかりなので、それ等の咲き揃そろうのを楽しむのは私一人ひとりだけであろうと言う想像なんかをしていると、それはこんな淋さびしい田舎暮いなかぐらしのような高価な犠牲ぎせいを払はらうだけの値あたいは十分にあると言っていいほどな、人知れぬ悦楽えつらくのように思われてくるのだった。そうして私はいつしか「田園交響曲でんえんこうきょうきょく」の第一楽章が人々に与える快こころよい感動に似たもので心を一ぱいにさせていた。そうして都会にいた頃ころの私はあんまり自分のぼんやりした不幸を誇張こちょうし過ぎて考えていたのではないかと疑い出したほどだった。こんなことなら何もあんなにまで苦しまなくともよかったのだと私は思いもした。そうして最近私を苦しめていた恋愛れんあい事件をそっくりそのままに書いてみたら、その苦しみそのものにも気に入るだろうし、私にはまだよく解わからずにいる相手の気持もいくらか明瞭はっきりしはしないかと思って、却かえってそういう私自身の不幸をあてにして仕事をしに来た私は、ために困惑こんわくしたほどであった。私はてんでもうそんなものを取り上げてみようという気持すらなくなってしまったのだ。で、私は仕事の方はそのまま打棄うっちゃらかして、毎日のように散歩ばかりしていた。そうして私は私の散歩区域を日毎ひごとに拡げて行った。


 或る日私がそんな散歩から帰って来ると、庭掃除にわそうじをしていた宿の爺じいやに呼び止められた。

「細木さんはいつ頃こちらへお見えになります?」

「さあ、僕ぼく、知らないけれど……」

 それは私が何日頃この地を出発するかを聞いたのと同じことであるのに爺やは気づきようがなかったのだ。

「去年お帰りになるとき」と爺やは思い出したように言った。「庭へ羊歯しだを植えて置くようにと言われたんですが、何処へ植えろとおっしゃったんだか、すっかり忘れてしまいましたもんで……」

「羊歯をね」私は鸚鵡おうむがえしに言った。それから私は例の白い柵さくに取り囲まれたヴィラを頭に浮べながら、「あの白い柵はいつ出来たの?」と訊きいた。

「あれですか……あれは一昨年でした」

「一昨年ね……」

 私はそれっきり黙だまっていた。爺やのいじくっている植木の一つへ目をやりながら。それからやっとそれに白い花らしいものの咲いているのに気がつきながら訊いた。

「それは何の花だい?」

「これはシャクナゲです」

「シャクナゲ? ふうん、そう言えば、じいやさん、このへんの野薔薇のばらはいつごろ咲くの?」

「今月の末から、まあ、来月の初めにかけてでしょうな」

「そうかい、まだ大ぶあるんだね。──一体、どのへんが多いんだい?」

「さあ……あのレエノルズさんの病院の向うなんか……」

「ああ、じゃ、あそこかな、あの絵葉書にあった奴やつは。……」


 その翌朝は、霧きりがひどく巻いていた。私はレエンコートをひっかけて、まだ釘づけにされている教会の前を通り、その裏の橡とちの林の中を横切って行った。その林を突き抜けると、道は大きく曲りながら一つの小さな流れに沿うて行った。しかしその朝はその流れは霧のためにちっとも見えなかった。そしてただ、せせらぎの音ばかりが絶えず聞えていた。私はやがて小さな木橋を渡った。それからその土手道どてみちは、こんどは今までとは反対の側を、その流れに沿うて行くのであった。さて、その土手道へ差しかかろうとした途端、私はふと立ち止まった。私の行く手に何者かが異様な恰好かっこうでうずくまっているのが仄見ほのみえたので。その異様なものは、霧のなかで私自身から円光のように発しているかに見える、私を中心にして描いた円状の薄明うすあかりの、丁度その円周の上にうずくまっているのだった。しかし霧は絶えず流れているので、或ある時は一層濃こいのが来てその人影ひとかげをほとんど見えなくさせるが、やがてそれが薄らいで行くにつれてその人影も次第にはっきりしてくる。漸っとそれが蝙蝠傘こうもりがさの下で、或る小さな灌木かんぼくの上に気づかわしげに身を跼こごめている、西洋人らしいことが私には分かり出した。もっと霧が薄らいだとき、私はその人の見まもっているのが私の見たいと思っていた野薔薇の木らしいことまで分かった。向うでは私のことに気づかないらしかった。そのため、誰だれにも見られていないと信じながら何かに夢中になっている時、ややもすると、あとでそれを思い出そうとしても思い出せないような変にむつかしい姿勢をしていることがあるものだが、私の行く手を塞ふさいでいるその人も恐おそらくそんな時の姿勢をしているのにちがいなかった。……気がついて見ると私のすぐ傍かたわらにもあった野薔薇の木を、それが私の見たいと思っている野薔薇の木のほんのデッサンでしかないように見やりながら、私はそのままじっと佇たたずんでいた。──やっとその人影は身を起し、蝙蝠傘をちょっと持ちかえてから歩き出した。そうしてずんずん霧のなかに暈ぼやけて行った。

 私も歩き出しながら、やっとその野薔薇の小さな茂しげみの前に達した。そうして今しがたその人のしていたような難むつかしい姿勢を真似まねながら、その上に身を跼こごめてみた。そうすればその人の心の状態までが見透みすかされでもするかのように。その小さな茂みはまだ硬かたい小さな莟つぼみを一ぱいにつけながら、何か私に訴うったえでもしたいような眼つきで私を見上げた。私は知らず識しらずの裡うちにそれらの莟を根気よく数えたり、そっと持ち上げてみたりしている自分自身に気がついた。ふとさっきの人のしていた異様な手つきがまざまざと蘇よみがえった。そうしてその小さな茂みがマイ・ミクスチュアらしい香かおりを漂ただよわせているのに気がついたのもそれと殆ほとんど同時だった。湿しめった空気のために何時いつまでもそのこんがらかった枝にからみついて消えずにいるその香りは、まるでその小さな茂みそのものから発せられているかのように思われた。──私はいつもパイプを口から離はなしたことのないレエノルズさんのことを思い出した。そして今の人影はその老医師にちがいないと思った。そう言えば、さっきから向うの方に霧のために見えたり隠かくれたりしている赤茶けたものは、そのサナトリウムの建物らしかった。

 私は再び霧のなかの道を、神々こうごうしいような薄光りに包まれながら、いくら歩いてもちっとも自分の体が進まないようなもどかしさを感じながら、あてもなく歩き続けていた。私の心はさっき霧の中から私を訴えるような眼つきで見上げた野薔薇のことで一杯いっぱいになっていた。私はそれらの白い小さな花を私の詩のためにさんざん使って置きながら、今日までその本物をろくすっぽ見もしなかったけれど、今度こそ、私もそれらの花に対して私のありったけの誠実を示すことの出来る機会の来つつあることを心から喜んでいた。そしてそのための私の歓よろこばしさと言ったら、昔むかしの詩人等が野薔薇のために歌った詩句を、口ずさむなんと言うのではなく、それを知っているだけ残らず大きな声で呶鳴どなり散らしたいような衝動しょうどうにまで、私を駈かり立てるのであった。


     ⁂


 私の書こうとしていた小説の主題は、漸ようやくその日その日を楽しむことが出来るようになったこんな田舎暮いなかぐらしの中では、いよいよ無意味なものに思われて来た。それに、そんなものを書くことは、自分で自分を一層どうしようもない破目はめに陥おとし入れるようなものであることにも気がついたのだ。「アドルフ」の例が考えられた。ああいうものにまで私は自分の小さな出来事を引き揚あげたかったのだ。弱気でしかも自我じがの強いために自分自身も不幸になり、他人をも不幸にさせたところのアドルフの運命は又また、私の運命さながらに思えたからだ。しかし、「アドルフ」の作者ほど、そういう弱々しい性格(恐らくそれは彼自身のであろうけれど)に対するはげしい憎悪ぞうおも持っていない、むしろそういう自分自身を甘あまやかすことしか出来そうもない私がそんな小説の真似なんかしようものなら、それによって更さらにもう一層自分自身をも、又他人をも不幸にするばかりであることが、わかり過ぎるくらい私にはわかって来たのだ。……こういうような考え方は、私の暗い半身にはすこし気に入らないようだったけれども、この頃のこんな田舎暮しのお蔭かげで、そう言った私の暗い半身は、もう一方の私の明るい半身に徐々じょじょに打負かされて行きつつあったのだ。

 そうして今の私がそれならば書いてもみたいと思うものは、たとえどんなに平凡へいぼんなものでもいいから、これから私の暮らそうとしているようなこんな季節はずれの田舎の、人っ子ひとりいない、しかし花だらけの額縁がくぶちの中へすっぽりと嵌はまり込むような、古い絵のような物語であった。私は何とかしてそんな言わば牧歌的なものが書きたかった。私はこれまでも他人の書いたそういう作品を随分ずいぶん好きでもあり、そういう出来事に出遇であったということでその人を羨うらやましくも思って来たが、私自身でそう言うものを書いてみようとも、又、書けそうにも思えなかった。が、それだけ一層、今の私はそういう牧歌的なものを書いてみたいと思い立ったのである。──私はしかし、それを書くためには、いま自分の暮らしつつあるこの村を背景にするよりほかはなく、と言って一月ひとつきや二月ぐらいの滞在中にそういう出来事が果して私の身辺に起り得うるものかどうか疑わしかった。莫迦莫迦ばかばかしいことだが、私は何度も林の中の空地で無駄むだに待ち伏ぶせたものだった。男の子のように美しい田舎の娘がその林の中からひょっこり私の前に飛び出して来はしないかと。……そんな空むなしい努力の後、やっと私の頭に浮うかんだのは、あのお天狗てんぐ様のいる丘おかのほとんど頂近くにある、あの見棄みすてられた、古いヴィラであった。あのヴィラを背景にして、そこに毎夏を暮らしていた二人の老嬢ろうじょうのいかにも心もとなげな存在を自分の空想で補いながら書いて行く──それなら何んだか自分にもちょっと書けそうな気がした。この間その家の荒廃こうはいした庭のなかへ這入はいり込こんで其処そこから一時間ばかり眺ながめていた高原の美しい鳥瞰図ちょうかんずだの、一かどのニイチェアンだった学生の時分からうろおぼえに覚えていた zweisam という、いかにもその老嬢たちに似つかわしいドイツ語だのを、ひょっくりと思い浮べながら……。

 或る夕方、私は再びそのヴィラまで枯葉かれはに埋うずまった山径やまみちを上って行った。庭の木戸は私がそうして置いたままに半ば開かれていた。私の捨てた煙草たばこの吸殻すいがらがヴェランダの床ゆかに汚点しみのように落ちていた。私は日の暮れるまで、其処から林だの、赤い屋根だの、丘だの、それから真正面に聳そびえている「巨人きょじんの椅子いす」だのを、一々暗記してしまうほど熱心に見つめていた。……ときどき、こんな夕暮れ時に、二人のうちの私のよく覚えている方の神々しいような白髪はくはつの老婦人が、このヴェランダの、そう、丁度私の坐すわっているこの場所に腰こしを下ろしたまま、彼女かのじょのとうに死んでいる友人と話し合ってでもいると言ったような、空虚うつろな眼まなざしがまざまざと蘇ってくる……と思うと、一瞬間しゅんかんそれがきらきらと少女の眼ざしのようにかがやく……家の中からは夕餉ゆうげの支度したくをしている、もう一方の婦人の立てる皿さらの音が聞えて来る……彼女はふと十字を切ろうとするように手を動かしかけるが、それはほんの下描したがきで終ってしまう……彼女にだけは一種の言語をもっていそうな気のする「巨人の椅子」……そんな一方の老嬢のさまざまな姿だけは、私が実際にそれらを見て、そして無意識の裡うちにそれらを記憶きおくしていたのではないかと思えるくらい、まざまざと蘇って来るが、──もう一人の老嬢の方は、いつまでも皿の音ばかりさせていて、容易に私の物語の中には登場して来ようとはしない。私はどうしても彼女の俤おもかげを蘇らすことが出来ないのである。……

 そんな或る午後、私のあてもなくさまよっていた眼ざしが、急に注意深くなって、私の丁度足許あしもとにある夕日のあたっている赤い屋根の上にとまった。何か黒い小さなものがその屋根の頂きからころころと転がって来ては、庇ひさしのところから急に小石のように墜落ついらくして行くのだった。しばらく間を置いては又それをやっている。私は何だろうと思って、眼を細くしながら見まもっていた。そうしてそれ等が二羽の小鳥であるのを認めた。それ等が交尾こうびをしながら、庇のところまで一緒いっしょに転がって来ては、そこから墜落すると同時に、さあと二叉ふたまたに飛びわかれているのだった。同じ小鳥たちなのか、他ほかの小鳥たちなのか分らないが、それが何回となく繰くり返されている。──これは私の物語の中にとり入れてもいいぞ、と思いながら私はそれを飽あかずに見まもっている。──こんな風にして、自分の見つつあるものが自分の構想しつつある物語の中へそのままエピソオドとして溶とけ込んで来ながら、自分からともすると逃にげて行ってしまいそうになる物語の主題を少しずつ発展させているように見える……。

 アカシアの花が私の物語の中にはいって来たのもそんな風であった。それの咲き出す頃が丁度私の田舎暮しもそのクライマックスに達するのではないかというような予覚のする、例の野薔薇のばらの莟つぼみの大きさや数を調べながら、あのサナトリウムの裏の生墻いけがきの前は何遍なんべんも行ったり来たりしたけれど、その方にばかり気を奪とられていた私は、其処から先きの、その生墻に代ってその川べりの道を縁ふちどりだしているアカシアの並木なみきには、ついぞ注意をしたことがなかった。ところが或る日のこと、サナトリウムの前まで来かかった時、私の行く手の小径こみちがひどく何時いつもと変っているように見えた。私はちょっとの間、それから受けた異様な印象に戸惑とまどいした。私はそれまでアカシアの花をつけているところを見たことがなかったので、それが私の知らないうちにそんなにも沢山たくさんの花を一どに咲かしているからだとは容易に信じられなかったのであった。あのかよわそうな枝えだぶりや、繊細せんさいな楕円形だえんけいの軟やわらかな葉などからして私の無意識の裡に想像していた花と、それらが似てもつかない花だったからであったかも知れない。そしてそれらの花を見たばかりの時は、誰かが悪戯いらずらをして、その枝々に夥おびただしい小さな真っ白な提灯ちょうちんのようなものをぶらさげたのではないかと言うような、いかにも唐突とうとつな印象を受けたのだった。やっとそれらがアカシアの花であることを知った私は、その日はその小径をずっと先きの方まで行ってみることにした。アカシアの木立の多くは、どうかするとその花の穂先ほさきが私の帽子ぼうしとすれすれになる位にまで低くそれらの花をぷんぷん匂におわせながら垂らしていたが、中にはまだその木立が私の背ぐらいしかなくって、それが殆ど折れそうなくらいに撓しないながら自分の花を持ち耐たえている傍そばなどを通り過ぎる時は、私は何んだか切ないような気持にすらなった。アカシアの並木は何処どこまで行っても尽つきないように見えた。私はとうとう或る大きなアカシアを撰えらんでその前に立ち止まった。私は何とかしてこれらのアカシアの花が私に与えたさっきの唐突な印象を私自身の言葉に翻訳ほんやくして置きたいと思ったのだ。それらの花のまわりには無数の蜜蜂みつばちがむらがり、ぶんぶん唸うなり声を立てていた。しかしそれらの蜜蜂は空気のなかで何処で唸っているともつかなかったし、それに私はさっきから自分の印象をまとめようとしてそれにばかり夢中むちゅうになっていたので、そんな唸り声にふと気づく度毎たびごとに、何んだか私自身の頭脳ずのうがひどい混乱のあまりそんな具合ぐあいに唸り出しているのではないかと言うような気もされた。……


     ⁂


 その村の東北に一つの峠とうげがあった。

 その旧道には樅もみや山毛欅ぶななどが暗いほど鬱蒼うっそうと茂っていた。そうしてそれらの古い幹には藤ふじだの、山葡萄やまぶどうだの、通草あけびだのの蔓草つるくさが実にややこしい方法で絡からまりながら蔓延まんえんしていた。私が最初そんな蔓草に注意し出したのは、藤の花が思いがけない樅の枝からぶらさがっているのにびっくりして、それからやっとその樅に絡みついている藤づるを認めてからであった。そう言えば、そんなような藤づるの多いことったら! それらの藤づるに絡みつかれている樅の木が前よりも大きくなったので、その執拗しつような蔓がすっかり木肌きはだにめり込んで、いかにもそれを苦しそうに身もだえさせているのなどを見つめていると、私は無気味になって来てならない位だった。──或る朝、私は例の気まぐれから峠まで登った帰り途みち、その峠の上にある小さな部落の子供等ら二人と道づれになって降りて来たことがあった。その折のこと、その子供たちはいろいろな木に絡まっている、もっと他の山葡萄だの、通草だのをも私に教えてくれたのだった。子供たちは秋になるとそれ等の実を採りに来るので、それ等のある場所を殆んど暗記していた。それからまた小鳥の巣すのある場所を私に教えてくれたりした。彼等は峠で力餅ちからもちなどを売っている家の子供たちであった。大きい方の子は十一二で、小さい方の子は七つぐらいだった。三人兄弟なのだが、その真ん中の子が村の小学校からまだ帰らぬので峠の下まで迎むかえに行くのだと言っていた。

 子供たちは何を見つけたのか急に私を離れて、林のなかへ、下生えを掻かき分けながら駈けこんでいった。そうして一本のやや大きな灌木かんぼくの下に立ち止まると、手を伸のばしてその枝から赤い実を揉もぎとっては頬張ほおばっていた。それは何の実だと訊きいたら、「茱萸ぐみだ」と彼等は返事をした。そうして彼等はときどき私の方をふり向いて手招きをしたが、私が下生えに邪魔じゃまをされてなかなか其処まで行くことが出来ずにいると、大きい方の子がその実を少しばかり私のために持って来てくれた。私は子供たちの真似まねをしてそれを一つずつこわごわ口に入れてみた。なんだか酸すっぱかった。私はしかしそれをみんな我慢がまんをして嚥のみ込んだ。そうして子供たちが低い枝にあった実をすっかり食べつくしてしまうと、今度は高くて容易に手の届きそうもない枝をしきりに手たぐろうとしては失敗しているのを、私は根気よく、むしろ面白おもしろいものでも見ているように見入っていた。

 子供たちはまた林の中のいろいろな抜ぬけ道を私に教えてくれようとした。そうして急な草深い斜面しゃめんをずんずん駈け下りて行った。私はそのあとから危かしそうな足つきでついて行った。ほとんど何処からも日の射さし込んで来ないくらい、木立が密生して枝と枝との入りまじっているところもあった。かと思うと急に私たちの目の前が展ひらけて、ちょっとの間何も見えなくなるくらい明るい林のなかの空地があったりした。私たちがそういう林の中の空地の一つへ辿たどり着いた時、突然とつぜん、一つの小石が何処どこからともなく飛んで来て私たちの足許あしもとに落ちた。その飛んで来たらしい方を私たちがまぶしそうに振ふり向いた途端とたん、数本の山毛欅ぶなを背にしながら、ほとんど垂直なほど急な勾配こうばいの藁屋根わらやねをもった、窓もなんにもないような異様な小屋の蔭かげへ、小さな黒い人影ひとかげが隠れるのを私たちは認めた。それを知っても、しかし、私の小さな同伴者どうはんしゃたちは何も罵ののしろうとせず、却かえって私に向って何かその言訣いいわけでもしたいような、そしてそれを私に言い出したものかどうかと躊躇ためらっているような、複雑な表情をして私の方を見上げているので、私は不審ふしんそうに、

「あの子は白痴ばかなのかい?」と訊いた。

 子供たちは顔を見合わせていた。それから大きい方の子が低声こごえで私に答えた。

「そうじゃないよ。──あれあ気ちがいの娘むすめだ」

「ふん、それであんな変な家にいるんだね?」

「あれあ氷倉こおりぐらだ。──あの向うの家だ」

 しかしその氷倉だという異様な恰好かっこうをした藁小屋に遮さえぎられて、その家らしいものの一部分すら見えないところを見ると、恐おそらく小さな掘立ほったて小屋かなんかに違ちがいなかった。

「気ちがいっておとっつぁんがかい?」

「……」兄も弟も同時に頭を振った。

「じゃ、おっかさんの方だね?」

「うん……」そう答えてから、兄は弟の方を見い見い誰だれに言うともなく言った。「ときどき川んなかで呶鳴どなっているなあ」

「おれも一度向うの川で見た」弟の返事である。

「向うって何処だ?」

「向うの方だ」弟は何んだか自信のなさそうな、いまにも泣き出しそうな顔をして、漠然ばくぜんと或ある方向を私に指して見せた。

「そうか」私はわかったような振りをした。「……おとっつあんは何をしているんだ?」

「木樵きこりだなあ」とこんどはまた兄が弟の方を見い見い言った。

「変なとっつあんだ」弟は顔をしかめながらそれに答えた。

 氷倉の蔭から、再びちらりと小娘らしい顔が出たようだったけれど、私たちの方からは丁度逆光線だったので、よくもそれを見分けないうちに、その顔はすぐ引っ込んでしまった。それっきりその小娘は顔を出さなかった。ただ私たちはそれから間もなく異様な叫さけびを耳にした。それはその小娘が私たちを罵ったのか、それとも私たちには見えぬ小屋の中からその小娘に向ってそれが叫ばれたのか、それとも又また、その裏の林のなかで山鳩やまばとでも啼ないたのだろうか? ともかくも、その得体えたいの知れぬアクセントだけが妙みょうに私の耳にこびりついた。──が、私たちは無言のまま、ただちょっと足を早めながら、その空地を横切って行った。私たちはそれから再び林の中へ這入はいった。その中へ這入ると急に薄暗うすぐらくなったようだけれど、私たちの眼底にはいまの空地の明るさがこびりついているせいか、暫しばらく私たちの周りには一種異様な薄明りが漂ただよっているように見えた。そんな林の中をずんずん先きになって駈かけ下りて行く子供たちの跡あとについて行きながら、彼等がいまだに何となく昂奮こうふんしているらしいのを、私は漠然と感じていた。そうして、こんな風に彼等と一緒に峠を下りて行く私は一体彼等にはどんな人間に見えているのだろう? とそういう現在の私自身にも興味を持ったりした。

 峠を下り切ったところに架かかっている白い橋の上に、小さな男の子が一人、鞄かばんを背負せおったまま、しょんぼりと立っていた。私の連れ立っている子供たちがその男の子に同時に声をかけた。彼等を見るとその男の子はにっこりと微笑びしょうした。が、私にも気がつくと、人見知りでもするかのように、橋の下の渓流けいりゅうの方へその小さな顔をそむけた。私も私で、しばらくその渓流をぼんやり見下ろしていた。さっき林のなかの空地で子供の一人ひとりが漠然と指したそのずっと上流にあたる方を心のうちに描えがきながら。それから私は三人の子供たちに小銭こぜにをすこし与あたえて、彼等と別れた。


     ⁂


 雨が降り出した。そうしてそれは降り続いた。とうとう梅雨期ばいうきに入ったのだった。そんな雨がちょっと小止おやみになり、峠の方が薄明るくなって、そのまま晴れ上るかと思うと、峠の向側からやっと匍はい上って来たように見える濃霧のうむが、峠の上方一面にかぶさり、やがてその霧がさあと一気に駈け下りて来て、忽たちまち村全帯の上に拡ひろがるのであった。どうかすると、そういう霧がずんずん薄らいで行って、雲の割れ目から菫色すみれいろの空がちらりと見えるようなこともあったが、それはほんの一瞬間きりで、霧はまた次第に濃こくなって、それが何時いつの間にか小雨こさめに変ってしまっていた。

 私はその暗い雲の割れ目からちらりと見える、何とも言えずに綺麗きれいな、その菫色がたまらなく好きであった。そうしてそれは、殆ほとんど日課のようにしていた長い散歩が雨のために出来なくなっている私にとっては、たとえ一瞬間にもしろそれが見られたら、それだけでもその日の無聊ぶりょうが償つぐなわれたようにさえ思われた程ほどであった。──「おまえの可愛かわいい眼の菫、か……」そんなうろおぼえのハイネの詩の切れっぱしが私の口をふと衝ついて出る。「ふん、あいつの眼が、こんな菫色じゃなくって仕合せというものだ。そうでなかった日にや、おれもハイネのようにこう呟つぶやきながら嘆なげいてばかりいなきゃなるまい。──おまえの眼の菫はいつも綺麗に咲さくけれど、ああ、おまえの心ばかりは枯かれ果てた……」

 そんな鬱陶うっとうしいような日々も、相変らず私の小説の主題は私からともすると逃げて行きそうになるが、私はそれをば辛抱しんぼうづよく追いまわしている。私が最初に計画していたところの私自身を主人公とした物語を書くことはとっくに断念していたけれど、私はそれの代りに、その物語の主人公には一体どんな人物を選んだらいいのか、それからしてもう迷っていた。……どうにか一方の老嬢ろうじょうは私の物語の中に登場させることは出来ても、もう一方の方は台所で皿さらの音ばかりさせているきりで、何時まで経たってもヴェランダに出て来ようとしない二人の老嬢たちの話、冬になるとすっかり雪に埋うずまってしまうこんな寒村に一人の看護婦を相手に暮くらしている老医師とその美しい野薔薇のばらの話、ときどき気が狂くるって渓流のなかへ飛び込こんでは罵ののしりわめいているという木樵きこりの妻とその小娘の話、──そういうような人達のとりとめもない幻像イマアジュばかりが私の心にふと浮うかんではふと消えてゆく……

 或る午後、雨のちょっとした晴れ間を見て、もうぽつぽつ外人たちの這入りだした別荘べっそうの並ならんでいる水車の道のほとりを私が散歩をしていたら、チェッコスロヴァキア公使館の別荘の中から誰かがピアノを稽古けいこしているらしい音が聞えて来た。私はその隣となりのまだ空いている別荘の庭へ這入りこんで、しばらくそれに耳を傾かたむけていた。バッハのト短調の遁走曲フウグらしかった。あの一つの旋律メロディが繰くり返され繰り返されているうちに曲が少しずつ展開して行く、それがまた更に稽古をしているために三四回ずつひとところを繰り返されているので、一層それがたゆたいがちになっている。……それを聴きいているうちに、私はまるで魔まにでも憑つかれたような薄気味のわるい笑いを浮べ出していた。そのピアノの音のたゆたいがちな効果が、この頃ころの私の小説を考え悩なやんでいる、そのうちにそれがどうやら少しずつ発展して来ているような気もする、そう言った私のもどかしい気持さながらであったからだ。


     ⁂


 或る朝、「また雨らしいな……」と溜息ためいきをつきながら私が雨戸を繰ろうとした途端に、その節穴ふしあなから明るい外光が洩もれて来ながら、障子しょうじの上にくっきりした小さな楕円形だえんけいの額縁がくぶちをつくり、そのなかに数本の落葉松からまつの微細画ミニュアチュアを逆さまに描いているのを認めると、私は急に胸をはずませながら、出来るだけ早くと思って、そのため反かえって手間どりながら雨戸を開けた。私が寝床ねどこのなかで雨音かと思っていたのは、それ等の落葉松の細かい葉に溜たまっていた雨滴が絶えず屋根の上に落ちる音だったのだ。私はさて、まぶしそうな眼つきで青空を見上げた。私は寝間着のまま一度庭のなかへ出てみたが、それから再び部屋に帰り、そしてフラノの散歩服に着換きかえながら、早朝の戸外へと出て行った。私は教会の前を曲って、その裏手の橡とちの林を突つき抜けて行った。私はときどき青空を見上げた。いかにもまぶしそうに顔をしかめながら。

 私が小さな美しい流れに沿うて歩き出すと、その径みちにずっと笹縁ささべりをつけている野苺のいちごにも、ちょっと人目につかないような花が一ぱい咲いていて、それが或る素晴すばらしいもののほんの小さな前奏曲プレリュウドだと言ったように、私を迎えた。私は例の木橋の上まで来かかると、どういう積りか自分でも分からずに二三度その上を行ったり来たりした。それから、漸やっと、まるで足が地上につかないような歩調で、サナトリウムの裏手の生墻いけがきに沿うて行った。私は最初のいくつかの野薔薇の茂しげみを一種の困惑こんわくの中にうっかりと見過してしまったことに気がついた。それに気がついた時は、既すでに私は彼等の発散している、そして雨上りの湿しめった空気のために一ところに漂いながら散らばらないでいる異常な香かおりの中に包まれてしまっていた。私は彼等の白い小さな花を見るよりも先に、彼等の発散する香りの方を最初に知ってしまったのだ。しかし私は立ち止ろうとはせずになおも歩き続けながら、私は今すれちがいつつある一つの野薔薇の上に私のおずおずした最初の視線を投げた。私は、私の胸のあたりから何かを訴うったえでもしたいような眼つきで私をじっと見上げている、その小さな茂みの上に、最初二つ三つばかりの白い小さな花を認めたきりだった。が、その次の瞬間しゅんかんには、私はその同じ茂みのうちに殆ど二三十ばかりの花と、それと殆ど同数の半ば開きかかった莟つぼみとを数えることが出来た。それはごく僅わずかの間だったが、そんな風に私が自分の視線のなかに自分自身を集中させてしまってからと言うもの、そんなにも簇むらがっているそれ等の花がもう先刻さっきのように好い匂においがしなくなってしまっていることに私は愕おどろいた。そうして改めてそれを嗅かごうとすると、そうするだけ一層それは匂わなくなって行くように見えた。──私は注意深く歩き続けながら、順ぐりにいくつかの野薔薇の木とすれちがって行ったが、とうとう私はいつかレエノルズ博士がその上に身を跼こごめていた一つの茂みの前まで来た。私は思わずそこに足を停とめた。──

 そうして私はその野薔薇の前に、ただ茫然ぼうぜんとして、何を考えていたのか後で思い出そうとしても思い出せないようなことばかり考えていた。どれよりも最も多くの花を簇がらせているように見えるその野薔薇とそっくりそのままのものを何処どこかで私は一度見たことがあるように思えて、それをしきりに思い出そうとしていたかのようでもあった。──それはすこし長い放心状態の後では、しばしば私にやってくるところの一種独特の錯覚さっかくであった。放心のあまりに現在そのものの感じがなくなり、私は現在そのものをしきりに思い出そうとして焦あせっているのかも知れなかった。──それから私は再び我に返って歩き出した。私の沿うて行く生墻には、それらの野薔薇が、同じような高さの他の灌木かんぼくの間に雑まじりながら、いくらかずつの間を置いてはならんでいるのだった。あたかも彼等が或る秘密な法則に従ってそう配置されてでもいるかのように。そうしてその微妙びみょうな間歇かんけつが、ほとんど足が地につかないような歩調で歩きつつある私の中に、いつのまにか、ほとんど音楽の与えるような一種のリズミカルな効果を生じさせていた。……そうしてそれに似た或る思い出をこんどはさっきと異って、鮮明せんめいに私のうちに蘇よみがえらせるのであった。……十年ぐらい前の或る夏休みに、私が初めてこの村へ来た時のこと、宿屋の裏から水車場のある道の方へ抜けられるようになっている、やっと一人ひとりだけ通れるか通れない位の、狭せまい、小さな坂道を上って行こうとした途中とちゅうで、私はその坂の上の方から数人の少女たちが笑いさざめきながら駈かけ下りるようにして来るのに出遇であった。私はそれを認めると、そういう少女たちとの出会であいは私の始終夢ゆめみていたものであったにも拘かかわらず、私はよっぽど途中から引っ返してしまおうかと思った。私は躊躇ちゅうちょしていた。そういう私を見ると、少女たちは一層笑い声を高くしながら私の方へずんずん駈け下りて来た。そんなところで引っ返したりすると余計自分が彼女たちに滑稽こっけいに見えはしまいかと私は考え出していた。そこで私は思い切って、がむしゃらにその坂を上って行った。するとこんどは少女たちの方で急に黙だまってしまった。そうしてやっと笑うのを我慢がまんしているとでも言ったような意地悪そうな眼つきをして、道ばたの丁度彼女たちのせいぐらいある灌木の茂みの間に一人一人半身を入れながら、私の通り過ぎるのを待っていた。私は彼女たちの前を出来るだけ早く通ろうとして、そのため反かえって長い時間かかって、心臓をどきどきさせながら通り過ぎて行った。……その瞬間私は、自分のまわりにさっきから再び漂いだしている異常な香りに気がついて愕いた。私がそんな風に私の視線を自分自身の内側に向け出して、ひょいと野薔薇のばらのことを忘れていたら、そういう気まぐれな私を責め訴えるかのように、その花々が私にさっきの香りを返してくれたのだった。そう、それ等の少女たちの形づくった生墻いけがきはちょうどお前たちにそっくりだったのだ! ……

 私はその朝はどうしたのかクレゾオルの匂のぷんぷんするサナトリウムの手前から引返した。その向うには、その思いがけない美しさでひととき私の心を奪うばっていたアカシアの花が、一週間近い雨のためにすっかり散って、それが川べりの道の上にところどころ一塊ひとかたまりになりながら落ちているのがずっと先きの先きの方まで見透みとおされていた。

 それから数日間、こんどはお天気のいい日ばかりが続いていた。毎朝私は起きるとすぐその辺まで散歩に行った。しかし私はその花をつけた生墻の前にあんまり長いこと立ちもとおっていないで、それに沿うて素通すどおりして来るきりの方が多かった。私は言わば、唯ただ、その生墻に間歇かんけつ的に簇むらがりながら花をつけている野薔薇の与える音楽的効果を楽しみさえすればよかったのであるから。だから或る時などは、それのみを楽しむために、私は故意わざとよそっぽを見ながら歩いたりした。

 或る朝、私はそんな風にサナトリウムの前まで行ってすぐそのまま引っ返して来ると、向うの小さな木橋を渡り、いまその生墻に差しかかったばかりのレエノルズ博士の姿を認めた。すぐ近くの自宅から病院へ出勤して来る途中らしかった。片手に太いステッキを持ち、他ほかの手でパイプを握にぎったまま、少し猫背ねこぜになって生墻の上へ気づかわしそうな視線を注ぎながら私の方へ近づいて来た。が、私を認めると、急にそれから目を離はなして、自分の前ばかりを見ながら歩き出した。そんな気がした。私も私で、そんな野薔薇などには目もくれない者のように、そっぽを向きながら歩いて行った。そうして私はすれちがいざま、その老人の焦点しょうてんを失ったような空虚うつろな眼差まなざしのうちに、彼の可笑おかしいほどな狼狽ろうばいと、私を気づまりにさせずにおかないような彼の不機嫌ふきげんとを見抜みぬいた。

 それから数日後の或る朝だった。だんだんに夏らしい色を帯び出して来た美しい空が、私にだけ、突然物悲しく閉とざされてしまったように見えた。毎朝のようにそれに沿うて歩きながら、しかし、よく注意して見ようとはしないでいた野薔薇の白い小さな花が、いつの間にやら殆ど全部蝕むしばまれて、それに黄褐色おうかっしょくのきたならしい斑点はんてんがどっさり出来てしまっていることに、その朝、私は始めて気がついたのだった。


     ⁂


 ……数年前までは半分壊こわれかかった水車がごとごと音を立てながら廻まわっていた小さな流れのほとりには、その大抵たいていが三四十年前に外人の建てたと言われる古いバンガロオが雑木林ぞうきばやしの間に立ちならんでいたが、そこいらの小径こみちはそれが行きづまりなのか、通り抜けられるのか、ちょっと区別のつかないほど、ややっこしかったので、この村へ最初にやって来たばかりの時分には、私はひとりで散歩をする時などは本当にまごまごしてしまうのだった。確かに抜け道らしいんだが、その小径は突然外人たちのお茶などを飲んでいるヴェランダのすぐ横を通ったりするのだった。そういう私道なのか、抜け道なのか分からないような或る小径に又しても踏ふみ込こんでしまった私は、私の背ぐらいある灌木の茂みの間から不意に私の目の前が展ひらけて、そこの突きあたりにヴェランダがあり、籐とうの寝椅子ねいすに一人の淡青色たんせいしょくのハアフ・コオトを着て、ふっさりと髪かみを肩かたへ垂らした少女が物憂ものうげに靠もたれかかっているのを認め、のみならず、その少女が私の足音を聞きつけてひょいと私の方を振ふり向いたらしいのを認めるが早いか、私は顔を赤らめながら、その少女をよく見ずに慌あわてて其処そこから引っ返してしまった。──その時若もし私がその少女をもっとよく見たら、それが数日前に私が宿屋の裏の狭い坂道ですれちがった数人の少女たちの中の一人であることに気がついて、私の狼狽はもっと大きかっただろうに。……

 この頃刈かったばかりらしい青々とした芝生しばふが、その時にはその少女の坐すわっていたヴェランダをこっちからは見えなくさせていた一面の灌木の茂みに代えられて、そうしていま私のぼんやり立っているこの小径こみちからその芝生を真白まっしろい柵さくが鮮あざやかに区限くぎって。……そのように、すべてが変っていた。いま私にまざまざと蘇って来たところの、そう言うような、最初に私が彼女かのじょに会った当時の彼女のういういしい面影おもかげと、数カ月前、最後に会った時の、そしてその時から今だに私の眼先にちらついてならない彼女の冷やかな面影と、何と異って見えることか! 彼女の容貌ようぼうそのものがそんなにも変ったのか、それとも私の中にその幻像イマアジュが変ったのか、私は知らない。しかし何もかも、恐おそらく私自身も変ってしまったのだ。……

 私はそのとき向うの方から何かを重そうに担にないながら私の方に近づいてくる者があるのを認めた。それは羊歯しだを背負っている宿の爺じいやであった。私はいつか彼の話していた羊歯のことを思い出した。

 私は爺やの言うがままに、彼についてその庭の中へおずおずと這入はいって行った。そうして爺やが庭の一隅にその羊歯を植えつけている間、私は黙ってヴェランダの床板に腰こしかけていた。爺やはときどき羊歯を植えつける場所について私に助言を求めた。その度毎たびごとに、私の胸はしめつけられた。

 一通りみんな植えつけてしまうと、爺やは私のそばに腰を下ろした。私の与えた巻煙草まきたばこを彼は耳にはさんだきり、それを吸おうとはせずに、自分の腰から鉈豆なたまめの煙管きせるを抜ぬいた。

 私はふだんの無口な習慣から抜け出ようと努力しながら、これもまた機嫌買いらしい爺やを相手に世間話をし出した。

「爺やさん、峠とうげの途中に気ちがいの女がいるそうだけれど、それあ本当なのかい?」

「へえ、可哀かわいそうにすこし気が変なんでございますよ、──先せんにはうちでもちょいちょい何かくれてやりましたもので、よく山からにこにこしながら、いろんな花を採って来てくれたりしましたっけが。……ただ、そいつの亭主ていしゅというのが大へんな奴やつでしてね、こっちからわざわざ何か持って行ってやったりしますと、いつも酔払よっぱらっていちゃあ、『くれるというものなら貰もらっといたらいいじゃねえか』と、嬶かかあの気の毒がるのを叱しかりつけようてった調子なんですからね。……それで、こっちでもだんだん情が通わなくなって来て、この頃じゃ、もう、ちっとも構いませんです」

「何だってね、──その気ちがいって、ときどき川のなかへ飛び込むんだってね?」

「へえ、そんな人騒ひとさわがせなこともときどきやりますが、あれあどうも少し狂言きょうげんらしいんで……」

「そうなのかい? ──どうしてまたそんな……」

 私はふと口ごもりながら、あの林のなかの空地にあった異様な恰好かっこうをした氷倉こおりぐらだの、その裏の方でした得体えたいの知れない叫さけび声だのを思い浮べた。そうしてそれ等らのものを今だにこんなにも異常に私に感じさせている、峠の子供たちの不思議な領分の上を思った。──子供たちよ、よし大人おとなたちにはそういう狂行が贋にせものに見えようとも、お前たちは、そんな大人たちには鎖とざされている、お前たちだけのその領分の中で遊べるだけ遊んでいるがいい。

 爺やとの話は、私の展開さすべく悩んでいた物語のもう一人の人物の上にも思いがけない光を投げた。それはあの四十年近くもこの村に住んでいるレエノルズ博士が村中の者からずっと憎にくまれ通しであると言うことだった。或ある年の冬、その老医師の自宅が留守中に火事を起したことや、しかし村の者は誰だれ一人それを消し止めようとはしなかったことや、そのために老医師が二十数年もかかって研究して書いていた論文がすっかり灰燼かいじんに帰したことなどを話した、爺やの話の様子では、どうも村の者が放火したらしくも見える。(何故なぜそんなにその老医師が村の者から憎まれるようになったかは爺やの話だけではよく分からなかったけれど、私もまたそれを執拗しつように尋たずねようとはしなかった。)──それ以来、老医師はその妻子だけを瑞西スイスに帰してしまい、そうして今だにどういう気なのか頑固がんこに一人きりで看護婦を相手に暮しているのだった。……私はそんな話をしている爺やの無表情な顔のなかに、嘗かつて彼自身もその老外人に一種の敵意をもっていたらしいことが、一つの傷のように残っているのを私は認めた。それは村の者の愚おろかしさの印しるしであろうか、それともその老外人の頑かたくなな気質のためであろうか? ……そう言うような話を聞きながら、私は、自分があんなにも愛した彼の病院の裏側の野薔薇のばらの生墻いけがきのことを何か切ないような気持になって思い出していた。

 私はヴェランダの床板ゆかいたに腰かけたきり、爺やがまた何処どこからか羊歯を運んで来るまで、さまざまな物思いにふけりながら待っていた。それからまた爺やの羊歯を植えつけるのをしばらく見守っていた。しかし今度は黙ったままで。そうして私は老人の動かしている無気味に骨ばった手の甲こうを目で追っているうちに、ふいと「巨人きょじんの椅子いす」のことを思い浮うかべた。──私は爺やが羊歯をすっかり植えおえるのを待とうとしないで爺やと別れた。

 それから数分後に、私はその巨おおきな岩を目まのあたりに見ることのできる、例の見棄みすてられたヴィラの庭のなかに自分自身を見出みいだした。そのヴィラに昔むかし住んでいた二人の老嬢ろうじょうのことについては爺やも私に何んにも知らせてくれなかった。「ああ、セエモオルさんですか」と言ったきりだった。何か知っていそうだったがもう忘れてしまったらしかった。そうしてただ不機嫌そうに黙っていた。「そうすると、それを知っているのはお前だけだがなあ……」と私は、いま私の下方に横よこたわっている高原一帯を隔へだてて、私と向い合っている、遥はるか彼方かなたの「巨人の椅子」を、あたかもそのあたりに見えない巨人の姿を探してでもいるかのような眼つきで、まじまじと見まもっていた。

 だんだんに日が暮くれだした。私のすぐ足許あしもとの、いつかその赤い屋根に交尾こうびしている小鳥たちを見出したヴィラは、もう人が住まっているらしく、窓がすっかり開け放たれて、橙色だいだいいろのカアテンの揺ゆらいでいるのが見えた。ときおり御用聞きがその家のところまで自転車を重そうに押おし上げてくるらしい音が私のところまで聞えて来た。もうそろそろ私もこれまでのようにこの空家の庭でぼんやりしていられそうもないなと思った。そんな気がしだすと、何んだかもうこれがその最後の時ででもあるかのように、私は、私のすべての注意を、半分はこの荒廃こうはいしたヴィラそのものに、半分はこの高みから見下ろせる一帯の美しい村、その森、その花咲さける野、その別荘べっそう、それからもう霞かすみながらよく見えなくなり出した丘々おかおかの襞ひだ、それだけがまだ黒々と残っている「巨人の椅子」などに傾かたむけ出していた。それにも拘かかわらず、私はときどきややもするとそれ等らのものことごとくを見失い、そしてまるっきり放心状態になっている自分自身に気がついて、思わずどきっとするのだった。

 突然とつぜん、ちょうど私の頭上にある、その周囲だけもうすっかり薄暗うすぐらくなっている大きな樅もみの、ほとんど水平に伸のびた枝えだの一つに、ばたばたとびっくりするような羽音をさせながら、一羽の山鳩やまばとが飛んできて止まった。そうしてそんなところに私のいることに向うでも愕おどろいたように、再びすぐその枝から、薄暗いために一層大きく見えながら、それは飛び去って行った。あたかも私自身の思惟イデエそのものであるかのごとく重々しく羽搏はばたきながら、そしてその翼つばさを無気味に青く光らせながら……。


夏


 突然、私の窓の面している中庭の、とっくにもう花を失っている躑躅つつじの茂しげみの向うの、別館べっかんの窓ぎわに、一輪の向日葵ひまわりが咲きでもしたかのように、何んだか思いがけないようなものが、まぶしいほど、日にきらきらとかがやき出したように思えた。私はやっと其処そこに、黄いろい麦藁帽子むぎわらぼうしをかぶった、背の高い、痩やせぎすな、一人の少女が立っているのだということを認めることが出来た。……誰かを待っているらしいその少女は、さっきから中庭のあちらこちらに注意深そうな視線をさまよわせていたが、最後にその視線を、離れの窓から彼女の方をぼんやり見つめていた私の上に置いた。そんな最初の出会であいの時には、大概たいがいの少女たちは、自分が見つめられていると思う者からわざとそっぽを向いて、自分の方ではその者にまったく無関心であることを示したがるものだが、そんな羞恥しゅうちと高慢さとの入り混った視線とは異って、私の上に置かれているその少女の率直そっちょくな、好奇心こうきしんでいっぱいなような視線は、私にはまぶしくってそれから目をそらさずにはいられないほどに感じられたので、私はそのときの彼女──最初に私の目の前に現れたときの彼女に就ついては、そのやや真深かにかぶった黄いろい帽子と、その鍔つばのかげにきらきらと光っていた特徴とくちょうのある眼まなざしとよりほかには、殆ほとんど何も見覚えのない位であった。……やがて別館から彼女の父らしいものが姿を現した。そしてその二人づれは私の窓の前を斜ななめに横切って行ったが、見ると、彼女はその父よりも背が高いくらいであった。そしてその父らしいものが彼女にしきりに話しかけるのに、彼女はいかにも気がなさそうに返事をしながら、いつまでも私の方へ躑躅つつじの茂みごしにその特徴のある眼ざしをそそぎつづけていた。……その二人が中庭を立ち去ってしまった跡あとも、私はしばらく、今しがたまでその少女が向日葵ひまわりのように立っていた窓ぎわの方へ、すこし空虚うつろになった眼ざしをやっていたが、ふと気づくと、そこいらへんの感じが、それまでとは何んだかすっかり変ってしまっているのだ。私の知らぬ間に、そこいら一面には、夏らしい匂においが漂ただよい出しているのだった。……

 その日の夕方の、別館の方への私の引越ひっこし、(今まで私の一人ひとりで暮らしていた、古い離はなれが修繕しゅうぜんされ始めるので──)その次ぎの日の、その少女の父の出発、それから他ほかにはまだ一人も滞在客たいざいきゃくのないそんな別館での、その少女と二人っきりの、背中合わせの暮らし……。

 しかし私は毎日のように、ほとんど部屋に閉じこもったきりで、自分の仕事に没頭ぼっとうしていた。その私の書きつつある「美しい村」という物語は、六月頃からこの村に滞在している私が、そんなまだ季節はずれの、すっからかんとした高原で出会ったことを、それからそれへと書いて行ったものだった。そうして私は丁度いま、私がそれまで昔の恋人こいびとに対する一種の顧慮こりょから、その物語の裏側から、そして唯ただ、それによってその淡々たんたんとした物語に或る物悲しい陰影ニュアンスを与あたえるばかりで満足しようとしていた、この村での数年前の彼女たちとの花やかな交際の思い出、ことにこの村での彼女たちとの最初の歓よろこばしい出会いを、とある日、道ばたに咲き揃そろっている野薔薇のばらの花がまざまざと私のうちに蘇よみがえらせ、それが遂ついに思いがけぬ出口を見つけた地下水のように、その物語の静かな表面に滾々こんこんと湧わきあがってくるところを書き終えたばかりのところだった。そうしてそういう昔のさまざまな歓ばしい出会いの追憶ついおくに耽ふけっている暇ひまもなく、すでに私から巣立っていったそれらの少女たち、ことにそのうちの一人との気まずい再会を恐れて、季節に先立ってこの村を立ち去ろうとする、そんな私の悲しい決心を、その物語の結尾として、私はこれから書こうとしているところだった。

 私の新しい部屋は、別館の二階の奥おくまったところで、南向きの窓があり、そしてその窓からは数本の大きな桜の幹ごしに向うの小高い水車の道に面しているいくつかのヴィラの裏側がちらちらと見えていた。そしてその窓のすぐ下を、私がそれらの少女たちと初めて出会ったところの、例の抜け道が、小さな坂になりながら、灌木かんぼくのなかに細々と通っているのだった。……私は私のやりかけている仕事から気持をそらすまいとして、私とたった二人きりでその別館の中に暮らしだしているその未知の少女とは、わざと背中を向き合わせてばかりいた。その癖くせ、私は私の窓のすぐ下を通っているその坂道を、毎朝、一定の時刻に、絵具箱をぶらさげながら、その少女が水車の道の方へと昇のぼってゆくのを見逃みのがしたことはなかった。丁度、午前中のその時刻の光線の具合ぐあいで、木洩こもれ日びがまるで地肌じはだを豹ひょうの皮のように美しくしている、その小さな坂を、ややもすると滑すべりそうな足つきで昇ってゆくその背の高い、痩せぎすな後姿を見送りながら、その上の水車の道に出て、さて、それから彼女はどの小径こみちをどう通って、どんな場所へ絵を描きに行くのだろうかと、そこいらの林のなかの小径が実にややこしく、私自身も初めてこの村へ来た当時は、何度も道に迷ってしまった位ではあったし、それにまたそんなことからして一人の少女と私との奇妙きみょうな近づきが始まったりしたので、私は、絵を描く場所を捜さがしながらそんな見知らぬ小径をさまよっているらしい彼女のことを、何となく気づかわしく思っていた。


     ⁂


 しかし私は最初のうちはその少女を、唯、そんな風に私の窓からだの、或あるいは廊下ろうかなどでひょっくり擦すれちがいざま、目と目とを合わせないようにして、そっと偸ぬすみ見ていたきりであった。そんな具合で、私は彼女の顔を、まだ一度も、まともに眺ながめたことがなく、それに私の見たときは、いつも静止していないで、しかもそれぞれに異った角度から光線を受けていたせいか、見る度たび毎ごとに、その顔は変化していた。或る時は、そのやや真深かにかぶった黄いろい麦藁帽子むぎわらぼうしの下から、その半陰影はんいんえいのなかにそれだけが顔の他の部分と一しょに溶とけ込こもうとしないで、大きく見ひらかれた眼が、きらきらと輝かがやいていた。またそんな帽子をかぶらずに、庭園の中などで顔いっぱいに強い光線を浴びながら、まぶしそうにその眼を半分閉とざしているおかげで、平生の特徴を半分失いながら、そしてその代りにその瞬間しゅんかんまでちっとも目立たないでいた脣くちびるだけが苺いちごのように鮮あざやかに光りながら、ほとんど前のとは別の顔に変ってしまうこともあった。

 そのうちに私たちがやっと短い会話を取り交かわすようになり、それと共に、屡しばしば、私は彼女の顔をまともから眺めるようになったのにも拘かかわらず、彼女の顔がなおも絶えず変化しているのに愕おどろいた。或る時は、その顔はあんまり血色がよく、すべすべしているので、私のためらいがちな視線はいくどもその上で空滑からすべりをしそうになった。また他の時はすこし疲つかれを帯びたように沈しずんで、不透明ふとうめいで、その皮膚ひふの底の方にはなんだか菫色すみれいろのようなものが漂っているように見えた。そうかと思うと、その皮膚がすっかり透明になり、ぽうっと内側から薔薇色ばらいろを帯びているようなこともあった。ときどき以前に見たのと何処どこか似たような顔をしていることもあった。が、その顔は決して二度と同じものであることはなかった。

 或る日のこと、私は自分の「美しい村」のノオトとして悪戯いたずら半分に色鉛筆いろえんぴつでもって丹念たんねんに描いた、その村の手製の地図を、彼女の前に拡ひろげながら、その地図の上に万年筆で、まるで瑞西スイスあたりの田舎いなかにでもありそうな、小さな橋だの、ヴィラだの、落葉松からまつの林だのを印しるしつけながら、彼女のために、私の知っているだけの、絵になりそうな場所を教えた。その時、私のそんな怪あやしげな地図の上に熱心に覗のぞき込んでいる彼女の横顔をしげしげと見ながら、私は一つの黒子ほくろがその耳のつけ根のあたりに浮んでいるのを認めた。その時までちっともそれに気がつかないでいた私には、何んだかそれはいま知らぬ間に私の万年筆からはねたインクの汚点しみかなんかで、拭ふいたらすぐとれてしまいそうに思えたほどだった。

 翌日、私は彼女が私の貸した地図を手にして、早速さっそく私の教えたさまざまな村の道を一とおり見歩いて来たらしいことを知った。それほど私の助言を素直すなおに受入れてくれたことは、私に何んとも言いようのない喜びを与えた。


     ⁂


 そんな村の地図を手にして、彼女かのじょがひとりで散歩がてら見つけて来た、或るささやかな渓流けいりゅうのほとりの、蝙蝠傘こうもりがさのように枝を拡げた、一本の樅もみの木の下に、彼女が画架がかを据すえている間、私はその画架の傍そばから、数本のアカシアの枝を透しながらくっきりと見えている、程ほど遠くの、真っ白な、小さな橋をはじめて見でもするように見入っていた。それは六月の半ば頃ころ、私が峠とうげから一緒いっしょに下りてきた二人の子供たちと別れた、あの印象の深い小さな橋であった。──私は、彼女がしゃがみながら、パレットへ絵具をなすりつけ出すのを見ると、彼女の仕事を妨さまたげることを恐おそれて、其処そこに彼女をひとり残したまま、その渓流に沿うた小径をぶらぶら上流の方へと歩いて行った。しかし私は絶えず私の背後に残してきた彼女にばかり気をとられていたので、私の行く手の小径の曲り角の向うに、一つの小さな灌木が、まるで私を待ち伏ぶせてでもいたように隠かくれていたのに少しも気づかずに、その曲り角を無雑作むぞうさに曲ろうとした瞬間、私はその灌木の枝に私のジャケツを引っかけて、思わずそこに足を止めた。見ると、それは一本の花を失った野薔薇だった。私はやっとのことで、その鋭するどい棘とげから私のジャケツをはずしながら、私はあらためてその花のない野薔薇を眺めだした。それが白い小さな花を一ぱいつけていた頃には、あんなにも私がそれで楽しんでいた癖に、それらの花がひとつ残らず何処かに立ち去ってしまった今は、そんな灌木のあることにすら全然気づこうとしなかった私に対して、それが精一杯せいいっぱいの復讐ふくしゅうをしようとして、そんな風に私のジャケツを噛かみ破ったかのようにさえ私には思えた。……そういう花のすっかり無くなった野薔薇をしばらく前にしながら、私はいつか知らず識しらずに、それらの白い小さな花のように何処へともなく私から去っていった少女たちのことを思い出していた。……この頃、ともすると、一人の新しい少女のために、そんな昔むかしの少女たちのことを忘れがちであったが、そう言えば、彼女たちがこの村においおいとやって来る時期ももう間ぢかに迫せまっているのだ。彼女たちが来ないうちに私はこの村をさっと立ち去ってしまった方がいい。そうしなくっちゃいけない。──そう自分で自分に言って聞かせるようにしながら、その一方ではまた、この頃やっと自分の手に這入はいりかけている新しい幸福を、そうあっさりと見棄みすてて行けるだろうかどうかと疑っていた。そうして私は自分の気持をそのどちらにも片づけることが出来ずに、自分で自分を持て余しながら、かれこれ一時間近くもその山径やまみちをさまよっていた。そうしてその挙句あげく、私がやっと気がついた時には、そんな風に歩きながら自分でも知らずに何度も指で引張っていたものと見えて、私の鼠色ねずみいろのジャケツの肩かたのところに出来たその小さな綻ほころびは、もう目立つくらいに大きくなっていた。──私はとうとう踵きびすを返して、再び渓流づたいにその山径を下りてきた。そうして私は自分の行く手に、真っ白な、小さな橋と、一本の大きな蝙蝠傘のような樅の木を認めだすと、私はすこし歩みを緩ゆるめながら、わざと目をつぶった。その木蔭こかげになって見えずにいるものを、私のすぐ近くに、不意に、思いがけぬもののように見出みいだしたかったのだ。……とうとう私は我慢がまんし切れずに私の目を開けてみた。しかし彼女は私からまだ十数歩先きのところにいた。そうしてその木蔭にしゃがみながらそれまでパレットを削けずっていたらしい彼女が、その時つと立ち上って、私にはすこしも気がつかないように、描きかけのカンバスを画架からとりはずすと、それを道ばたの草の上へいかにも投げやりに、乱暴なくらいにほうり出したところだった。ほうり出された大きなカンバスは、しかしひとりでにふんわりとなりながら、草の上へ倒たおれて行った。それを見ると、私は彼女のそばへ駈かけつけた。

「僕が持っていて上げよう」

「いいわ……いつもひとりでするんですから」

「意地わる!」

「意地わるでしょう」

 私は彼女とそんな風に子供らしく言い合いながら、無理にカンバスを引ったくると、それを自分の肩にあてがいながら、彼女と並ならんで村の街道かいどうを宿屋の方へと歩いて行った。ときおり私たちは散歩をしている西洋人や村の子供たちとすれちがった。彼等かれらのもの珍めずらしそうな視線は私たちを──殊ことにまだこの村に慣れない彼女を気づまりにさせているらしかった。私は私で、そういう彼女をつとめて気軽にさせようと思って、私の空いている方の手を自分の肩の上へやりながら、

「ほら、こんな穴が出来ちゃった……さっき一人で散歩しているとき野薔薇のばらにひっかかったのさ」

 そう言って、その肩の穴がもっと大きくなるのも構わずに、それをよく彼女に見せようとして、自分のジャケツを引張って見せたりした。そうして私はこんなにまで私と打ち解け合いだしているこの少女を振ふり棄すてて、自分ひとりこの村を立ち去るなんぞということは、到底出来そうもないと考え出していた。


     ⁂


 私の「美しい村」は予定よりだいぶ遅おくれて、或る日のこと、漸やっと脱稿だっこうした。すでに七月も半ばを過ぎていた。そうして私はそれを書き上げ次第、この村から出発するつもりであったのに、私はなおも、そういう一人の少女のために、一日一日と私の出発を延ばしながら、私がその物語の背景に使った、季節前の、気味悪いくらいにひっそりした高原の村が、次第次第に夏の季節シイズンにはいり、それと同時にこの村にもぽつぽつと避暑客ひしょきゃくたちが這入り込んでくるのを、私は何んだか胸をしめつけられるような気持で、目まのあたりに迎むかえていた。

 私はしばしばその少女と連れ立って、夕食後など、宿の裏の、西洋人の別荘べっそうの多い水車の道のあたりを散歩するようになっていた。そんな散歩中、ときおり、一月ひとつき前までは私と一しょに遊び戯たわむれたりしたことさえある村の子供たちと出会であうようなこともあったが、彼等は私たちの傍を素知らぬ顔をして通り抜ぬけていった。もう私を覚えていないのだろうか、それとも私がそんな見知らない少女と二人づれなのを異様に思ってそうするのだろうか? ……しかしそれらの子供たちも、そのうちだんだんに、そんな林の中で最初のうちは私たちのよく見かけたものだった、さまざまな小鳥などと共に、その姿をほとんど見せないようになった。そしてその代り、私たちとすれちがいながら、私たちに好奇的な眼まなざしを投げてゆく、散歩中の人々や、自転車に乗った人々などがだんだんに増えて来た。それらの中には私と顔見知りの人たちなども雑まじっていた。私はいつかこんなところをひょっくり昔の女友達にでも出会いはしないかと一人で気を揉もんでいたが、ときどき、そんな散歩の途中とちゅうに、ふと向うからやってくる人々のうちに遠見がどこかそれらに似たような人があったりすると、私は慌あわてて、その人たちを避さけるために、道もないような草の茂しげみのなかへ彼女を引っ張りこんで、何んにも知らない彼女を駭おどろかせるようなこともあった。

 そんな風に、私は彼女と暮方近い林のなかを歩きながら、まだ私が彼女を知らなかった頃、一人でそこいらをあてもなく散歩をしていたときは、あんなにも私の愛していた瑞西スイス式のバンガロオだの、美しい灌木かんぼくだの、羊歯しだだのを、彼女に指して見せながら、私はなんだか不思議な気がした。それ等のものが今ではもう私には魅力みりょくもなんにも無くなってしまっていたからだ。そうして私は彼女の手前、それ等のものを今でも愛しているように見せかけるのに一種の努力をさえしなければならなかった。それほど、私自身は私のそばにいる彼女のことで一ぱいになってしまっているのだった。……そうしてそんな薄うすぐらい道ばたなどで、私は私の方に身を靠もたせかけてそれ等のものをよく見ようとしている彼女のしなやかな肩へじっと目を注ぎながら、そっとその肩へ私の手をかけても彼女はそれを決して拒こばみはしないだろうと思った。そして私は或ある時などは、その肩へさりげないように私の手をかけようとして、彼女の方へ私の上半身を傾かたむけかけた。私の心臓は急にどきどきしだした。が、それよりももっとはげしく彼女の心臓が鼓動こどうしているのを、その瞬間、私は耳にした。そしてそれが私に、そういう愛撫あいぶを、ほんのそのデッサンだけで終らせた。……私はまだその本物を知らないのだけれど、それが与えるのとちっとも異ちがわないような特異ユニイクな快さを、そのデッサンだけでもう充分じゅうぶんに味あじわったように思いながら。


     ⁂


 一体、「水車の道」というのは、郵便局やいろんな食料品店などのある本通りの南側を、それと殆ほとんど平行しながら通っているのだが、それらの二つの平行線を斜はすかいに切っている、いくつかの狭せまい横町があった。そんな横町の一つに、その村で有名な二軒けんの花屋があった。二軒とも藁屋根わらやねの小さな家だったが、共に、その家の五六倍ぐらいはあるような、大きな立派な花畑に取り囲まれていた。そしてその二つの花畑を区切って、いつも気持のよいせせらぎの音を立てながら流れているのは、数年前まで、そのずっと上流のところでごとごとと古い水車を廻転かいてんさせていたところの、あの小さな流れであった。そしてその一方の花畑などは、水車の道を越こして、更さらにその道の向うまで氾濫はんらんしていた。……つい先頃までは、あんなに何処どこもかしこも花だらけであったこの村では、この二軒の花屋は、ほとんどその存在さえ人々から忘れられていた位であったが、やがてその季節が過ぎ、それらの野生の花がすっかり散って、それと入れ代りに今度は、これらの畑で人工的に育て上げられた、さまざまな珍らしい花が、一どにどっと咲さき出したものだから、その横町を通り抜ける者は誰だれしもその美しい花畑に眸ひとみをみはらないものは無いくらいであった。だが、その二軒並んだ花屋の前を通りすがりに、注意をしてそれらの店の奥おくに坐すわっている花屋の主人たちに目を止めた者は、一層の愕おどろきのためにその眸をもっと大きくせずにはいられなかったであろう。と言うのは、その一方の店の奥にきょとんと坐っている白い碁盤縞ごばんじまのシャツを着た小柄こがらな老人を認めたのち、次の花屋の前にさしかかると、何んとその奥にも、つい今しがたもう一方の奥に見かけたばかりのと寸分も異ちがわない、小柄な老人が、やはり同じような白い碁盤縞のシャツを着て、きょとんと腰こしをかけ、往来の方を眺めているのに気づくだろうからだ。ただ異うのは、そんな二人のそばに坐っているのが、一方はいつも髪かみの毛をくしゃくしゃにさせた、肥ふとっちょの女房にょうぼうであったし、もう一方はそれと好対照をしている位に痩やせっぽちの、すこし藪睨やぶにらみらしい女房であることだ。つまり、その二軒の花屋の老いたる主人たちは、ほとんど瓜うり二つと云いっていいほどの、兄弟なのであった。その上、可笑おかしいことには、この花屋の兄弟はとても仲が悪くて、夏場だけはお互たがいに仲好なかよさそうに口を利きき合いながら商売をしているが、さて夏場が過ぎてしまうと、すぐに性懲しょうこりもなく喧嘩けんかをし始め、冬の間などは、お互に一言も口を利かずに過ごすようなことさえあると言うことだった。──そんな風変りな二軒の花屋のある横町には、道ばたに数本の小さな樅もみと楓かえでとが植えられてあったが、その一番手前の小さな楓の木に、ついこの間のこと、「売物モミ二本、カエデ三本」という真新しい木札きふだがぶらさげられた。そしていまや、その横町の両側の花畑には、向日葵ひまわりだの、ダリヤだの、その他さまざまの珍らしい花が真っさかりであった。……

 私はそんな二軒の花屋の物語を彼女に聞かせながら、その私の大好きな横町へ、彼女の注意を向けさせた。

 水車の道の上へ大きな枝を拡ひろげている、一本の古い桜さくらの木の根元から、その道から一段低くなっている花畑の向うに、店の名前を羅馬字ロオマじで真白にくり抜いた、空色の看板が、さまざまな紅だの黄だのの花とすれすれの高さに、しかしそれだけくっきりと浮ういて見えている。──そんな角度から見た一軒けんの花屋の屋根とその花畑を、彼女は或る日から五十号のカンバスに描えがき出した……。

 しかしその水車の道はそのへんの別荘の人たちが割合に往ゆき来するので、彼女のまわりにはすぐ人だかりがして困るらしかったが、私は一遍ぺんもその絵を描いている場所へ近づこうとはしないでいた。そんな人目につき易やすい場所で私が彼女と親しそうにしているのを、私の顔見知りの人々に見られたくなかったからだ。で、私は自分の部屋に閉とじこもったきりで、この頃やっと書き上げたばかりの原稿へ最後の手入れをし続けていた。(しかし、その間一番余計に私の考えていたのは、やっぱり彼女のことであった。)──が、私はその花屋を描いているところを遠くからなりと、一度見て置きたいと思って、或る朝、宿屋の裏の坂を上りながら水車の道まで出ていって見た。そうして私は、その道の向うの、大きな桜の木の下に立って、パレットを動かしている彼女と、それから彼女の横からその画布を覗のぞき込こみながら、一人のベレ帽ぼうをかぶった若い男が、何やら彼女に話しかけているのを認めた。私はそんな男が早く彼女のそばを立ち去ってくれればいいにと、すこしやきもきしながら、待っていた。──

「誰れ? いまの人……」やっとその男が立ち去ったのを見ると、私は急いで彼女の方へ近づいて行きながら、いかにも何気なにげなさそうに訊きいた。

「画家えかきさんなんですって……何んだか、あんまり何時いつまでも見ていらっしゃるんで、私、厭いやになっちゃった……」

 彼女はわざとらしく顔をしかめて見せた。それからすこし恐こわいような眼つきをして花畑の一部を見つめだした。熱心に絵を描こうとしているときの彼女が、こんな男のような、きびしい眼つきになるのを私はよく知っていたものだから、私はそれっきり黙だまっていた……。

 そんな風に、私がちょっとでも彼女から離はなれている間に、私なしに、彼女がこの村で一人きりで知り出しているすべてのものが、私に漠ばくとして不安を与あたえるのだった。或る日、彼女は、昔は其処そこに水車場があったと私の教えた場所のほとりで、屡しばしば、背中から花籠はなかごを下ろして、松葉杖まつばづえに靠もたれたまま汗あせを拭ふいている、跛ちんばの花売りを見かけることを私に話した。彼女の話すようなものをついぞ見かけたことのない私には、そんな跛の花売りのようなものと彼女が屡しば出会うことすら、自分でも可笑おかしいくらい、気になってならなかった。


     ⁂


 或る朝、私は私の窓から彼女が絵具箱をぶらさげて、裏の坂を昇のぼってゆくのを見送った後、そのまんまぼんやり窓にもたれていると、しばらくしてからその同じ坂を、花籠を背負い、小さな帽子をかぶった男が、ぴょこんぴょこんと跳はねるような恰好かっこうをして昇ってゆくのが認められた。よく見ると、その男は松葉杖をついているのだ。ああ、こいつだな、彼女がモデルにして描きたいと言っていた跛の花売りというのは! ……そういう後姿だけではよくわからなかったが、その男は、この村の花売り共が大概たいがいよぼよぼの老人ばかりなのに、まだうら若い男らしかった。それが一層片輪の故にそんな花売りなんかしていることを物哀ものあわれに感じさせた。──そうして、その悲しげな跛の花売りを、私は自分自身の眼で見知るや否いなや、彼女がその姿を絵に描いてみたいと言っていただけでもって、その跛の花売りに私の抱いだいていた、軽い嫉妬しっとのようなものは、跡方あとかたもなく消え去った。……

 しかし、数日前水車の道で彼女に親しげに話しかけていたところを私の目撃もくげきした、あの画家だという、ベレ帽をかぶっていた青年は、その顔なんか明瞭めいりょうには覚えていなかったが、それだけ一層、その男の漠とした存在は、何かしら私を不安にさせずにはおかなかった。彼女はその画家のことはそれっきり何んにも私に話さなかったが、ひょっとしたら彼女はそれまでに何遍もその画家に出会っており、そして私の知らない間に互に親しくなりだしているのではないかと云うような懸念けねんさえ私は持ちはじめていた。そうして或る日のこと、そういう私の懸念を一そう増させずにはおかないような出会いを私たちはその画家としたのだった。──やっと彼女が花屋の絵を描き上げたので、次の絵を描く場所を捜さがすために、或る晴れた朝、私は彼女と一緒いっしょに、すこし遠いけれど、サナトリウムの方へひさしぶりで出かけてみることにした。私たちが、小さな集りのあるらしい、少人数の西洋人の姿が窓ごしにちらちら見える、教会の前を通りぬけて、その裏の、いつも人気ひとけのない橡とちの林の中へはいろうとした途端とたん、私たちの行く手の、その林のなかの小径こみちをば、一人ひとりの男が、帽子もかぶらずに、スケッチ・ブックらしいものを手にしながら、ぶらぶらしているのを私たちは認めた。「いつかの画家さんよ……又また、お会いしたわ」──彼女かのじょにそう注意をされるまでは、私はその男が、この頃ごろ何の理由もなく私を苦しめ出している、そのベレ帽の画家と同じ男であることには気づかなかった位であった。それほど私はその画家については何んにも見覚えがなかったのだ。私は、私たちの方へぶらぶら歩いてくるその男からは、つとめて私の視線をはずしながら、急に早口にとりとめもないことを彼女に話し出した。私は彼女が私の話に気をとられてその男の方へはあんまり注意しないようにと仕掛しかけたのだ。しかし彼女は私の言うことには何んだか気がなさそうに応こたえるだけであった。そして彼女は、私がそばにいるのでひどく曖昧あいまいにされたような好意に充みちた眼ざしで、その男の方を見つめていた。少くとも私にはそんな気がした。すると、その男の方でも、私の知らないこの前の出会いの際に、彼女と交換こうかんした親しげな視線の続きとでも言ったような意味ありげな視線を彼女の方へ投げかけながら、そして思い出し笑いのようなものをふいと浮べながら、軽く会釈えしゃくをして、私たちのそばを通り抜けて行った。

 私はなんだか急に考えごとでもし出したかのように黙り込んだ。私たちはその橡とちの林を通り抜けて、いつか小さな美しい流れに沿い出していた。しかし私はいま自分の感じていることが何処どこまで真実であるのか、そんなことはみんな根も葉もないことなんじゃないかと疑ったりしながら、気むずかしそうに沈黙ちんもくしたまま、自分の足許あしもとばかり見て歩いていた。そうして私は、そんな自分の疑いに対するはっきりした答えを恐おそれるかのように、いつまでも彼女の方を見ようとはしないでいた。が、とうとう私は我慢がまんし切れなくなってそんな沈黙の中からそっと彼女の横顔を見上げた。そして私は思ったよりももっと彼女がその沈黙に苦しんでいるらしいのを見抜いた。そういう彼女の打ち萎しおれたような様子は私にはたまらないほどいじらしく見えた。突然とつぜん、後悔こうかいのようなもので私の胸は一ぱいになった。……私がほとんど夢中むちゅうで彼女の腕うでをつかまえたのは、そんなこんがらがった気持の中でだった。彼女はちょっと私に抵抗ていこうしかけたが、とうとうその腕を私の腕のなかに切なそうに任せた。……それから数分経たってから初めて、私はやっと自分の腕の中に彼女がいることに気がついたように、何んともかんとも言えない歓よろこばしさを感じ出した。

 私たちは、少しぎごちなさそうに腕を組んだまま、例の小さな木橋を渡った。それからその流れの反対の側に沿って、サナトリウムへの道に這入はいって行った。その途中にずっと続いている野薔薇のばらの生墻いけがきは、既すでにその白い小さな花をことごとく失った跡だった。そんな葉ばかりになってしまっている野薔薇の茂みは、それらが花を一ぱいつけていた頃のことを、殆んど強制的に私に思い出させはしたけれど、私はそれがどんなになっていようとも、もうそれには少しも感動できなくなっていた。それほどあの頃からすべてが変っていた。そしてそれが何もかも自分の責任のような気がされて、私はふっと気が鬱ふさいだ。……が、それらの生墻の間からサナトリウムの赤い建物が見えだすと、私は気を取り直して、黄いろいフランス菊ぎくがいまを盛さかりに咲きみだれている中庭のずっと向うにある、その日光室サン・ルウムを彼女に指して見せた。丁度、その日光室の中には快癒期かいゆきの患者かんじゃらしい外国人が一人、籐椅子とういすに靠もたれていたが、それがひょいと上半身を起して、私たちの方をもの憂うげな眼まなざしで眺め出した。──それから私たちは、なおもその流れに沿って、そこいらへんから次第にアカシアの木立に縁ふちどられだす川沿いの道を、何処までも真直に進んで行った。それらのアカシアの花ざかりだった頃は、その道はあんなにも足触あしざわりが軟やわらかで、新鮮しんせんな感じがしていたのに、今はもう、あちこちに凸凹でこぼこができ、汚きたならしくなり、何んだかいやな臭においさえしていた。その上、それらのアカシアの木立は、まだみんな小さいので、はげしい日光から私たちを充分じゅうぶんに庇かばうことが出来ないので、その川沿いの道はそれまでの道よりも一層暑いように思えた。私たちは途中からそれらのアカシアの間をくぐり抜けて、丁度サナトリウムの裏手にあたる、一面に葦よしの這っている、いくぶん荒涼こうりょうとした感じのする大きな空地へ出た。其処そこからは、村の峠とうげが、そのまわりの数箇すうこの小山に囲繞いにょうされながら、私たちの殆んど真向うに聳そびえていた。──梅雨期ばいうきには、その頃の私自身の心の状態のせいだったかも知れないが、その奥には何かしら神秘的なものがあるように思えてならなかった。その峠も、いまは何物をも燃やさずにはおかないような夏の光線を全身に浴びながら、何んだか炎ほのおのようにゆらめいているような感じで、私たちに迫せまっていた。……

 彼女は、その燃ゆるような山なみを、サナトリウムの赤い屋根を前景に配置しながら、描いてみたいと言った。そしてそれを適当な角度から描くために、そんなはげしい光線の直射するのにも無頓著むとんじゃくのように、その空地のやや小高いところを選ぶと、三脚台さんきゃくだいを据すえて、その上へ腰かけ、斜ななめにかぶった運動帽の下からときどきまぶしそうな顔を持ち上げながら、その下図をとりだした。……私は彼女の仕事の邪魔じゃまにならないように、いつものように彼女を其処に一人きり残しながら、再びさっきの土手に出て、やや大きなアカシアの木蔭こかげを選んで、そこに腰を下ろしていた。そうして私の前の小さな流れの縁を一羽の鶺鴒せきれいが寂さびしそうにあっちこっち飛び歩いているのにぼんやり見入っていると、突然、私の背後のサナトリウムの方からその土手をうんうん言いながら重たそうに荷車を引いてくる者があるので、私は道をあけようとして立ち上った。見ると、それは一台の塵芥車ごみぐるまだった。私は、とんでもないものがこんなところを通るんだなあと思いながら、道ばたの灌木かんぼくの中へすっぽりと身体からだを入れながら、よそっぽを向いていた。が、その塵芥車がやっと私の背後を通り過ぎたらしいので何気なにげなくちらりとそれへ目をやると、その箱車のなかには、鑵詰かんづめの鑵やら、唐とうもろこしの皮やら、英字新聞の黄ばんだのやら、草花の枯かれたのやらが、一種汚らしい美しさで、ぎっしりと詰つまっていた。そしてその車の通った跡には、いつまでも腐くさった果物に似た匂においが漂ただよっていた。……私はこんな塵芥車のようなものにも、いかにもこの外国人の多い村らしい独得な美しさのあるのを面白おもしろがって、それをちょっと見送った後、再びさっきのアカシアの木蔭へぼんやり腰を下ろしていると、ものの数分と経たないうちに、私はまたしても私の背後へ近づいてくる車の音でもって、立ち上らなければならなかった。それもまた、前のとそっくり同じような、塵芥車だった。そしてそれから小一時間ばかりの間に、私はこの土手を通りすぎる同じような塵芥車を、ほとんど十台ぐらい数えることが出来た。──何処かこの先きの方にでも、きっとこの村の芥棄ごみすて場があるんだなと、それにはじめて気がつくや否いなや、私は漸やっとのことで、このサナトリウムの土手がこんなに凸凹になり、汚らしくなっている原因にも気がつきだした。そうしてそれとほとんど一緒に、もうこんなにこの村には沢山たくさんの外国人がはいり込んでいるのかなあと思いながら、私はすこし呆気あっけにとられたように、いましがた私の背後を通り過ぎて行ったばかりの、その最後の塵芥車ごみぐるまをいつまでも見送っていた。……


暗い道


「どっちへ向いて行くんだか、私にはちっとも分らないわ」彼女はいくらか上うわずったような声で言った。

「実は僕にも分らなくなっちゃったのさ……」私はそう返事をしながら、彼女の方を見やったが、その白い顔の輪廓りんかくがもうほとんど見分けられないくらいの暗さになりだしていた。実際私自身にもこんな風に私たちの歩いている山径やまみちの見当がちょっと付きかねていたのだけれど、私はわざとそれを冗談じょうだんのように言い紛まぎらわせていたのだった。

 ──その日、私が私の「美しい村」の物語の中に描えがいた、二人の老嬢ろうじょうたちのもと住まっていた、あの見棄みすてられた、古いヴィラの話を彼女にして聞かせると、それをしきりに見たがったので、私自身はもうそんなものは見たくもなかったのだけれど、その荒あれ果てたヴェランダから夕暮ゆうぐれの眺めがいかにも美しかったのを思い出して、夕食後、ともかくもそのヴィラまで登って行ってみることにした。恐らくあの家はまだあのまんまになっているだろうと予想しながら。……が、だんだんそのヴィラが近づいてくるにつれ、私は何んだか急にそんな自分の夢ゆめの残骸ざんがいのようなものを見に行くのが厭いやな気がし出したので、そろそろ日が暮れかけて来たのをいい口実に、まだ山径がこれからなかなか大へんだからと言って、私たちはその途中から引っ返すことにした。──その帰り途みち、私はその代りに、まだ彼女が知らないというベルヴェデエルの丘おかの方へ彼女を案内するため、いましがた登ってきたのとは異ちがった山径を選んでいるうちに、どう道を間違まちがえたのか、そのへんからもう下り道になってもよさそうな時分だのに、いつまでもそれが爪先つまさき上りになっていて、私たちはその村の中心からはますます反対の方へ向いつつあるような気がしてきた。まだこの村にこんな私の知らない部分があることを心のうちでは驚おどろきながら、しかし私はそのへんをいかにも知り抜ぬいているように装よそおいながら、さっさと彼女を導いて行った。が、私たちはともすると無言になるのだった。……いつのまにやらもうすっかり日が暮れていた。私たちの歩いている道の両側の落葉松からまつなどが伸のび切って、すこし立て込こんでいたりすると、私はほとんど彼女の着ているワンピイスの薔薇色ばらいろさえ見さだめがたい位であった。ただときどき彼女の肩かたが私の肩にぶつかるので、自分の傍そばに彼女を近ぢかと感じながら歩いていた。そうかと思うと、木立の間からだしぬけにその奥おくにあるヴィラの灯あかりが下枝したえごしに私たちの肩に落ちて来て、知らず識しらずに身をすり寄せていた私たちを思わず離れさせた。──そんなヴィラの数がだんだん増え出して来たらしいことが、いくらか私たちをほっとさせていた。……

 突然、私は心臓をしめつけられたように立ち止まった。私はそれらのヴィラに見覚えがあり出すのと同時に、これをこのまま行けば、私がこの日頃そこに近寄るのを努めて避さけるようにしていた、私の昔むかしの女友達の別荘べっそうの前を通らなければならないことを認めたのだ。そして私は、その一家のものが二三日前からこの村に来ていることを宿の爺じいやから聞いて知っていたのだ。しかしもうさんざん彼女を引っ張りまわした挙句あげくだったし、私もかなり歩き疲つかれていたので、この上廻まわり道をする気にはなれずに、私は心ならずもその別荘の前を通り抜けて行くことにした。……だんだんその別荘が近づいて来るにつれ、私はますます心臓をしめつけられるような息苦しさを覚えたが、さて、いよいよその別荘の真白まっしろな柵さくが私たちの前に現われた瞬間しゅんかんには、その柵の中の灯りの一ぱいに落ちている芝生しばふの向うに、すっかり開け放した窓枠まどわくの中から、私の見覚えのある古い円卓子まるテエブルの一部が見え、その上には、人々が食事から立ち去ってからまだ間もないと言ったように、丸められたナプキンだの、果物の皮の残っている皿さらだの、珈琲茶碗コオヒイぢゃわんだのが、まだ片づけられずに散らかったまま、まぶしいくらい洋燈ランプの光りを浴びてきらきらと光っているのを、私は自分でも意外なくらいな冷静さをもって認めることが出来た。いい具合ぐあいに其処そこには誰だれも居合わさなかったせいか、それともまたそれは、その瞬間までに、私のなかの不安が、既にその絶頂を通り越こしてしまっていたせいであったろうか? ともかくも、私はかなり平静に近い気持で、ただちょっと足を早めたきりで、その白い柵の前を通り過ぎることが出来た。……そんな私の心のなかの動揺どうようには気づこう筈はずがなく、彼女は急に早足になった私のあとから、何んだか怪訝けげんそうについて来ながら、

「まだ、なかなか?」とすこし不安らしく私に声をかけた。

「うん……ますます見当がつかないんだ」

「そんなことばかし言って……」彼女はそんな私の本気とも冗談ともつかないような態度にとうとう腹を立てたように見える。そうしてそんな私を非難するような口吻くちぶりで、

「早く帰らない?」と言った。

「じゃ、一人でお帰りなさい」と私はいまはもう微笑びしょうらしいものさえ浮うかべながら返事をした。

「意地わる!」

「だって、ほら、其処知っているでしょう?」と私は、私たちの行く手の暗がりの中に小さなせせらぎが音立てているのを指しながら、「水車の道じゃないの?」と快活そうに言った。「まあ、本当に……」と彼女はまだ何んだかそれが信じられないと言った風に自分の周囲を見廻わしていた。私たちはすでに、林のなかを抜け出して、昔、水車場のあった跡に佇たたずんでいたのだった。──そこで道が二股ふたまたに分かれて、一方は「水車の道」、もう一方は「本通り」へと通じていた。どっちからでも、もうすぐ其処の宿屋へは帰れるのだが、水車の道の方からだと例のかなり嶮けわしい坂道を下りなければならなかったので、私たちは本通りの方から帰ることにした。で、その後者の道をとって、その突つきあたりから本通りの方へ曲ろうとした途端とたんに、私は、その本通りの入口の、ちょうど宿屋の前あたりから、ぽうっと薄明うすあかるくなりだしている圏わの中に、五六人、一かたまりになった人影ひとかげがこちらを向いて歩いてくるのを認めた。私はどきっとして立ち止まった。どうやらそれが私の昔の女友達どもらしく見えたからだ。……私は急に、私のそばにいる彼女の腕をとって、向うから苦手の人が来るらしいので捕つかまると面倒めんどうくさいからと早口に言訣いいわけしながら、いま来たばかりの水車場の方へ引っ返していった。そうして再びさっきの小川の縁ふちに並ならんで立ちながら、その人達がそのまま本通りの方から来るか、それとも宿屋の裏の坂を抜けてくるか、どっちから来るだろうと、両方の道へ注意を配っていた。……そしてそっちにばかり注意を奪うばわれていたので、私たちは、私たちの背後の、いましがた其処から私たちの出てきたばかりの林の中から、数人のものが懐中電気かいちゅうでんきを照らしながら、出てくるのには全然気がつかずにいた。突然とつぜん私たちはその懐中電気のまぶしい光りを浴びせられた。私たちはびっくりしてその小川の縁を離はなれた。……しかし懐中電気を手にしていた男の方でも、そんなところに思いがけず私たちが突っ立っていたのに、面喰めんくらったらしかったが、その一人が私だと気がつくと、

「××君じゃない?」と私の名前をためらいがちに言った。そう言われて、私が一層驚いて、まぶしそうに顔をしかめながら振ふり向いて見ると、それは私の学生時代からの友人であった。それと同時に、私はその友人の背後に、若い女たちが二三人、まだ不審ふしんそうに闇やみを透すかしながらこちらを見つめているのに気がついた。それはその友人の若い妻君や妹たちであった。私は彼女たちにちょいと会釈えしゃくをして、それから気まり悪そうに微笑しながら、

「なあんだ、君たちか! ──何時いつ、こっちへ来たの?」

「昨日来た。さっき君んところへ寄ったら留守だと言うんで、それから細木さんのところへ行って見たんだ。あそこの家もみんな出払ではらっているんだ……」

 私はその友人の言葉を聞き終えるか終えないうちに、本通りの方の曲り角から一かたまりの人影がこっちへ曲って来だしたのを認めた。

「じゃあ、構わないから、僕ぼくんところへ寄って行けよ」

 そう言い棄てて、私はさっさと一人で水車の道の方へ歩き出した。そうして私は二三のヴィラの前を通り過ぎてから、その先きの、真っ暗だけれど、私には勝手の知れた、草ぶかい坂道をずんずん一人先きに降りていった。やがて他ほかの連中も、そんな私の後から一塊ひとかたまりになって、一箇この懐中電気を頼たよりにしながら、きゃっきゃっと言って降りて来た。……

「まあ、こんな道あるの、私、ちっとも知らなかったわ」

 坂の中途で、友人の若い妻君がそんなことを誰にともなく言ったらしいのが、もうその時はその小さな坂を降り切ってしまっていた私のところまで、手にとるように聞えて来た。私は丁度、その友人の妻君も確か数年前にその坂道で私の出会った少女たちの中に雑まじっていたことを思い出すともなく思い出していたところだった。──その出会いは私にはあんなにも印象深いのに、嘗かつてのその少女たちの一人であった彼女かのじょの方では、(恐おそらく他の少女たちも同様に)そんな私との出会いのことなどは少しも気に留めていないで、すっかり忘れてしまっているのかなあと思った。が、一方ではまた何んだか、そんなことを言って彼女が私をからかっているのじゃないかしら、とそんな気もされた。ひょいと彼女の口を衝ついて出たらしいそんな言葉を私はひとりで気にしながら、いつまでもそっぽを向いて皆の降りてくるのを待っていると、突然、そのうちの誰かが足を滑すべらして、「あっ!」と小さく叫さけんで、坂の中途にどさりと倒たおれたらしい気配がした。見上げると、その坂の中途にまだ転ころがっているらしいものがまるで花ざかりの灌木かんぼくのように見えた。そして他のものがみんな立ち止まって、その一番最後に降りてきた少女の方をふり返っているのを、私はただぽかんとして眺ながめながら、その場を一歩も動こうとしないで突っ立っていた。そうして私は毎朝のようにこの坂を昇のぼり降りしているあの跛ちんばの花売りのことをひょっくり思い浮べ、あいつはまた何だってこんなあぶなっかしい坂道をわざわざ選んで通るのだろうかしらと、全然いまの場合とは何んの関係もないようなことを考え出していた。……

底本:「風立ちぬ・美しい村」新潮文庫、新潮社

   1951(昭和26)年1月25日発行

   1987(昭和62)年5月20日89刷改版

   1987(昭和62)年9月10日90刷

初出:序曲「大阪朝日新聞」(「山からの手紙」の表題で。)

   1933(昭和8)年6月25日

   美しい村「改造」

   1933(昭和8)年10月号

   夏「文藝春秋」

   1933(昭和8)年10月号

   暗い道「週刊朝日 第25巻第13号」

   1934(昭和9)年3月18日号

初収単行本:「美しい村」野田書房

   1934(昭和9)年4月20日

※「二股ふたまた」と「二叉ふたまた」」の混在は、底本通りです。

※初出情報は、「堀辰雄全集第1巻」筑摩書房、1977(昭和52)年5月28日、解題による。

入力:kompass

校正:染川隆俊

2004年1月21日作成

2014年8月5日修正

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