葛飾砂子
泉鏡花



縁日  柳行李  橋ぞろえ  題目船  衣の雫  浅緑


記念ながら


     縁日


       一


 先年尾上おのえ家の養子で橘之助きつのすけといった名題俳優やくしゃが、年紀とし二十有五に満たず、肺を煩い、余り胸が痛いから白菊の露が飲みたいという意味の辞世の句を残して儚はかのうなり、贔屓ひいきの人々は謂いうまでもなく、見巧者みごうしゃをはじめ、芸人の仲間にも、あわれ梨園の眺め唯一の、白百合一つ萎しぼんだりと、声を上げて惜しみ悼まれたほどのことである。

 深川富岡門前に待乳まっち屋と謂って三味線さみせん屋があり、その一人娘で菊枝という十六になるのが、秋も末方の日が暮れてから、つい近所の不動の縁日に詣まいるといって出たのが、十時半過ぎ、かれこれ十一時に近く、戸外おもての人通ひとどおりもまばらになって、まだ帰って来なかった。

 別に案ずるまでもない、同おなじ町の軒並び二町ばかり洲崎すさきの方へ寄った角に、浅草紙、束藁たわし、懐炉灰かいろばい、蚊遣香かやりこうなどの荒物、烟草たばこも封印なしの一銭五厘二銭玉、ぱいれっと、ひーろーぐらいな処を商う店がある、真中まんなかが抜裏の路地になって合角あいかどに格子戸造づくりの仕舞家しもたやが一軒。

 江崎とみ、と女名前、何でも持って来いという意気造づくりだけれども、この門札かどふだは、さる類たぐいの者の看板ではない、とみというのは方違いの北の廓くるわ、京町とやらのさる楼うちに、博多はかたの男帯を後うしろから廻して、前で挟んで、ちょこなんと坐って抜衣紋ぬきえもんで、客の懐中ふところを上目で見るいわゆる新造しんぞなるもので。

 三十の時から二階三階を押廻して、五十七の今年二十六年の間、遊女八人の身抜みぬけをさしたと大意張おおいばりの腕だから、家作などはわがものにして、三月ばかり前までは、出稼でかせぎの留守を勤め上あがりの囲物かこいもの、これは洲崎に居た年増としまに貸してあったが、その婦人おんなは、この夏、弁天町の中通なかどおりに一軒引手茶屋ひきてぢゃやの売物があって、買ってもらい、商売をはじめたので空家になり、また貸札でも出そうかという処へ娘のお縫。母親の富とは大違いな殊勝な心懸こころがけ、自分の望みで大学病院で仕上げ、今では町住居ずまいの看護婦、身綺麗みぎれいで、容色きりょうも佳よくって、ものが出来て、深切で、優おとなしいので、寸暇のない処を、近ごろかの尾上家に頼まれて、橘之助の病蓐びょうじょくに附添って、息を引き取るまで世話をしたが、多分の礼も手に入るる、山そだちは山とか、ちと看病疲づかれも出たので、しばらく保養をすることにして帰って来て、ちょうど留守へ入って独ひとりで居る。菊枝は前の囲者が居た時分から、縁あってちょいちょい遊びに行ったが、今のお縫になっても相変らず、……きっとだと、両親ふたおやが指図で、小僧兼内弟子の弥吉やきちというのを迎むかいに出すことにした。

「菊枝が毎度出ましてお邪魔様でございます、難有ありがとう存じます。それから菊枝に、病気揚句だ、夜更よふかしをしては宜よくないからお帰りと、こう言うのだ。汝てめえまたかりん糖の仮色こわいろを使って口上を忘れるな。」

 坐睡いねむりをしていたのか、寝惚面ねぼけづらで承るとむっくと立ち、おっと合点お茶の子で飛出した。

 わっしょいわっしょいと謂いう内に駆けつけて、

「今晩は。」というと江崎が家の格子戸をがらりと開けて、

「今晩は。」

 時に返事をしなかった、上框あがりがまちの障子は一枚左の方へ開けてある。取附とッつきが三畳、次の間まに灯あかりは点ついていた、弥吉は土間の処へ突立つったって、委細構わず、

「へい毎度出ましてお邪魔様でございます、難有ありがとう存じます。ええ、菊枝さん、姉さん。」


       二


「菊枝さん、」とまた呼んだが、誰も返事をするものがない。

 立続けに、

「遅いからもうお帰りなさいまし、風邪を引くと不可いけません。」

 弥吉は親方の吩咐いいつけに註を入れて、我ながら旨うまく言ったと思ったが、それでもなお応じないから、土間の薄暗い中をきょろきょろと眗みまわしたが、密そっと、框かまちに手をついて、及腰およびごしに、高慢な顔色かおつきで内を透すかし、

「かりん糖でござい、評判のかりん糖!」と節をつけて、

「雨が降ってもかりかりッ、」

 どんなものだ、これならば顕あらわれよう、弥吉は菊枝とお縫とが居ない振ふりでかつぐのだと思うから、笑い出すか、噴き出すか、くすくす遣やるか、叱るかと、ニヤニヤ独ひとりで笑いながら、耳を澄すましたけれども沙汰さたがない、時計の音が一分ずつ柱を刻んで、潮うしおの退ひくように鉄瓶の沸にえ止やむ響ひびき、心着けば人気勢ひとけはいがしないのである。

「可笑おかしいな、」と独言ひとりごとをしたが、念晴しにもう一ツ喚わめいてみた。

「へい、かりん糖でござい。」

 それでも寂寞ひっそり、気のせいか灯あかりも陰気らしく、立ってる土間は暗いから、嚔くさめを仕損なったような変な目色めつきで弥吉は飛込んだ時とは打って変り、ちと悄気しょげた形で格子戸を出たが、後を閉めもせず、そのままには帰らないで、溝伝いにちょうど戸外おもてに向った六畳の出窓の前へ来て、背後向うしろむきに倚よりかかって、前後あとさきを眗みまわして、ぼんやりする。

 がらがらと通ったのは三台ばかりの威勢の可よい腕車くるま、中に合乗あいのりが一台。

「ええ、驚かしゃあがるな。」と年紀としには肖にない口を利いて、大福餅が食べたそうに懐中ふところに手を入れて、貧乏ゆるぎというのを行やる。

 処へ入乱れて三四人の跫音あしおと、声高にものを言い合いながら、早足で近ちかづいて、江崎の前へ来るとちょっと淀よどみ、

「どうもお嬢さん難有ありがとうございました。」こういったのは豆腐屋の女房かみさんで、

「飛んだお手数でしたね。」

「お蔭様だ。」と留とめという紺屋の職人が居る、魚勘うおかんの親仁おやじが居る、いずれも口々。

 中に挟はさまったのが看護婦のお縫で、

「どういたしまして、誰方どなたも御苦労様、御免なさいまし。」

「さようなら。」

「お休み。」

 互に言葉を交かわしたが、連つれの三人はそれなり分れた。

 ちょっと彳たたずんで見送るがごとくにする、お縫は縞物しまものの不断着に帯をお太鼓にちゃんと結んで、白足袋を穿はいているさえあるに、髪が夜会結やかいむすび。一体ちょん髷まげより夏冬の帽子に目を着けるほどの、土地柄に珍しい扮装なりであるから、新造の娘とは知っていても、称となえるにお嬢様をもってする。

 お縫は出窓の処に立っている弥吉には目もくれず、踵くびすを返すと何か忙せわしらしく入ろうとしたが、格子も障子も突抜けに開あけッ放し。思わず猶予ためらって振返った。

「お帰んなさい。」

「おや、待乳屋さんの、」と唐突だしぬけに驚く間もあらせず、

「菊枝さんはどうしました。」

「お帰んなすったんですか。」

 いささか見当が違っている。

「病気揚句だしもうお帰んなさいって、へい、迎いに来たんで。」

「どうかなさいましたか。」と深切なものいいで、門口かどぐちに立って尋ねるのである。

 小僧は息をはずませて、

「一所に出懸けたんじゃあないの。」

「いいえ。」



     柳行李


       三


「へい、おかしいな、だって内にゃあ居ませんぜ。」

「なに居ないことがありますか、かつがれたんでしょう、呼んで見たのかね。」

「呼びました、喚わめいたんで、かりん糖の仮声こわいろまで使ったんだけれど。」

 お縫は莞爾にっこりして、

「そんな串戯じょうだんをするから返事をしないんだよ。まあお入んなさい、御苦労様でした。」と落着いて格子戸を潜くぐったが、土間を透すかすと緋ひの天鵝絨とうてんの緒の、小町下駄を揃えて脱いであるのに屹きっと目を着け、

「御覧、履物があるじゃあないか、何を慌ててるんだね。」

 弥吉は後について首を突込つっこみ、

「や、そいつあ気がつかなかったい。」

「今日はね河岸かしへ大層着いたそうで、鮪まぐろの鮮あたらしいのがあるからお好すきな赤いのをと思って菊きいちゃんを一人ぼっちにして、角の喜の字へ行ゆくとね、帰りがけにお前、」と口早に話しながら、お縫は上框あがりがまちの敷居の処でちょっと屈かがみ、件くだんの履物を揃えて、

「何なんですよ、蘆あしの湯の前まで来ると大勢立ってるんでしょう、恐しく騒いでるから聞いてみると、銀次さん許とこの、あの、刺青ほりものをしてるお婆さんが湯気に上あがったというものですから、世話をしてね、どうもお待遠様でした。」

 と、襖ふすまを開けてその六畳へ入ると誰も居ない、お縫は少しも怪しむ色なく、

「堪忍して下さい。だもんですから、」ずっと、長火鉢の前を悠々と斜はすに過ぎ、帯の間へ手を突込つっこむと小さな蝦蟇口がまぐちを出して、ちゃらちゃらと箪笥たんすの上に置いた。門口かどぐちの方を透すかして、

「小僧さん、まあお上り、菊枝さん、きいちゃん。」と言って部屋の内を眗みまわすと、ぼんぼん時計、花瓶の菊、置床の上の雑誌、貸本が二三冊、それから自分の身体からだが箪笥の前にあるばかり。

 はじめて怪訝おかしな顔をした。

「おや、きいちゃん。」

「居やあしねえや。」と弥吉は腹ン這ばいになって、覗のぞいている。

「弥吉どん。本当に居ないですか、菊ちゃん。」とお縫は箪笥に凭懸よりかかったまま、少し身を引いて三寸ばかり開あいている襖、寝間にしておく隣の長なが四畳のその襖に手を懸けたが、ここに見えなければいよいよ菊枝が居ないのに極きまるのだと思うから、気がさしたと覚しく、猶予ためらって、腰を据えて、筋の緊しまって来る真顔は淋しく、お縫は大事を取る塩梅あんばいに密そっと押開けると、ただ中古ちゅうぶるの畳なり。

「あれ、」といいさまつかつかと入ったが、慌あわただしく、小僧を呼んだ。

「おっ、」と答えて弥吉は突然いきなり飛込んで、

「どう、どう。」

「お待ちなさいよ、いえね、弥吉どん、お前来る途みちで逢違あいちがいはしないだろうね、履物はあるし、それにしちゃあ、」

 呼び上げておきながら取留めたことを尋ねるまでもなく、お縫は半ば独言ひとりごと。蓋ふたのあいた柳行李やなぎごうりの前に立膝になり、ちょっと小首を傾けて、向うへ押して、ころりと、仰向けに蓋を取って、右手を差入れて底の方から擡もたげてみて、その手を返して、畳んだ着物を上から二ツ三ツ圧おさえてみた。

「お嬢さん、盗賊どろぼう?」と弥吉は耐たまりかねて頓興とんきょうな声を出す。

「待って頂戴。」

 お縫は自らおのが身を待たして、蓋を引いたままじっとして勝手許かってもとに閉しまっている一枚の障子を、その情の深い目で瞶みつめたのである。


       四


「弥吉どん。」

「へい、」

「おいで、」と言うや否や、ずいと立って件くだんの台所だいどこの隔ての障子。

 柱に掴つかまって覗のぞいたから、どこへおいでることやらと、弥吉はうろうろする内に、お縫は裾すそを打って、ばたばたと例の六畳へ取って返した。

 両三度あちらこちら、ものに手を触れて廻ったが、台洋燈だいランプを手に取るとやがてまた台所。

 その袂たもとに触れ、手に触り、寄ったり、放れたり、筋違すじちがいに退のいたり、背後うしろへ出たり、附いて廻って弥吉は、きょろきょろ、目ばかり煌きらめかして黙然だんまりで。

 お縫は額さきに洋燈ランプを捧げ、血が騒ぐか細おもての顔を赤うしながら、お太鼓の帯の幅ったげに、後姿で、すっと台所へ入った。

 と思うと、湿しめりッけのする冷い風が、颯さっと入り、洋燈の炎尖ほさきが下伏したぶしになって、ちらりと蒼あおく消えようとする。

 はっと袖で囲ってお縫は屋根裏を仰ぐと、引窓が開あいていたので、煤すすで真黒まっくろな壁へ二条ふたすじ引いた白い縄を、ぐいと手繰ると、かたり。

 引窓の閉まる拍子に、物音もせず、五分ぶばかりの丸い灯は、口金から根こそぎ殺そいで取ったように火屋ほやの外へふッとなくなる。

「厭いやだ、消しちまった。」

 勝手口は見通しで、二十日に近い路地の月夜、どうしたろう、ここの戸は閉しまっておらず、右に三軒、左に二軒、両側の長屋はもう夜中で、明あかるい屋根あり、暗い軒あり、影は溝板どぶいたの処々、その家もここも寂寞ひっそりして、ただ一つ朗かな蚯蚓みみずの声が月でも聞くと思うのか、鳴いている。

 この裏を行抜ゆきぬけの正面、霧の綾あやも遮らず目の届く処に角が立った青いものの散ちらばったのは、一軒飛離れて海苔粗朶のりそだの垣を小さく結った小屋で剥むく貝の殻で、その剥身むきみ屋のうしろに、薄霧のかかった中は、直ちに汽船の通う川である。

 ものの景色はこれのみならず、間近な軒のこっちから棹さおを渡して、看護婦が着る真白まっしろな上衣うわぎが二枚、しまい忘れたのが夜干よぼしになって懸かかっていた。

「お化ばけ。」

「ああ、」とばかり、お縫は胸のあたりへ颯さっと月を浴びて、さし入る影のきれぎれな板敷の上へ坐ってしまうと、

「灯あかりを消しましたね。」とお化の暢気のんきさ。



     橋ぞろえ


        五


「さあ、おい、起きないか起きないか、石見橋いわみばしはもう越した、不動様の前あたりだよ、直すぐに八幡様はちまんさまだ。」と、縞しまの羽織で鳥打を冠かぶったのが、胴の間まに円くなって寝ている黒の紋着もんつきを揺り起す。

 一行三人の乗合のりあいで端に一人仰向あおむけになって舷ふなばたに肱ひじを懸けたのが調子低く、

佃つくだ々と急いで漕こげば、

  潮がそこりて艪ろが立たぬ。

 と口吟くちずさんだ。

 けれども実際この船は佃をさして漕ぐのではない。且つ潮がそこるどころの沙汰ではない。昼過ひるすぎからがらりと晴上って、蛇の目の傘からかさを乾かすような月夜になったが、昨夜ゆうべから今朝へかけて暴風雨あらしがあったので、大川は八分ぶの出水、当深川の川筋は、縦横曲折至る処、潮、満々と湛たたえている、そして早船乗はやぶねのりの頬冠ほおかぶりをした船頭は、かかる夜よのひっそりした水に声を立てて艪をぎいーぎい。

 砂利船、材木船、泥船などをひしひしと纜もやってある蛤町はまぐりちょうの河岸を過ぎて、左手に黒い板囲い、㋚〓(丸大)〓(「重なった「へ」/一」)と大きく胡粉ごふんで書いた、中空に見上げるような物置の並んだ前を通って、蓬莱橋ほうらいばしというのに懸かかった。

 月影に色ある水は橋杭はしぐいを巻いてちらちらと、畝うねって、横堀に浸した数十本の材木が皆動く。

「とっさんここいらで、よく釣ってるが何が釣れる。」

 船顎、

「沙魚はぜに鯔子おぼこが釣れます。」

「おぼこならば釣れよう。」と縞の羽織が笑うと、舷に肱をついたのが向直って、

「何あてになるものか。」

「遣やって御覧ごろうじろ。」と橋の下を抜けると、たちまち川幅が広くなり、土手が著しく低くなって、一杯の潮は凸なかだかに溢あふれるよう。左手ゆんでは洲すの岬みさきの蘆原あしはらまで一望渺びょうたる広場ひろっぱ、船大工の小屋が飛々とびとび、離々たる原上の秋の草。風が海手からまともに吹きあてるので、満潮の河心へ乗ってるような船はここにおいて大分揺れる。

「釣れる段か、こんな晩にゃあ鰻うなぎが船の上を渡り越すというくらいな川じゃ。」と船頭は意気頗すこぶる昂あがる。

「さあ、心細いぞ。」

「一体この川は何という。」

「名はねえよ。」

「何とかありそうなものだ。」

「石見橋なら石見橋、蓬莱橋なら蓬莱橋、蛤町の河岸なら蛤河岸さ、八幡前、不動前、これが富岡門前の裏になります。」という時、小曲こまがりをして平清ひらせいの植込の下なる暗い処へ入って蔭になった。川面かわづらはますます明あかるい、船こそ数多あまたあるけれども動いているのはこの川にこれただ一艘そう。

「こっちの橋は。」

 間近く虹にじのごとく懸かかっているのを縞の羽織が聞くと、船頭の答えるまでもなく紋着が、

「汐見橋しおみばし。」

「寂さみしいな。」

 この処の角にして船が弓なりに曲った。寝息も聞えぬ小家こいえあまた、水に臨んだ岸にひょろひょろとした細くって低い柳があたかも墓へ手向けたもののように果敢はかなく植わっている。土手は一面の蘆で、折しも風立って来たから颯さっと靡なびき、颯と靡き、颯と靡く反対の方へ漕いで漕いで進んだが、白珊瑚しろさんごの枝に似た貝殻だらけの海苔粗朶のりそだが堆うずたかく棄ててあるのに、根を隠して、薄ら蒼あおい一基の石碑が、手の届きそうな処に人の背よりも高い。


       六


「おお、気味悪い。」と舷ふなばたを左へ坐りかわった縞しまの羽織は大いに悄気しょげる。

「とっさん、何だろう。」

「これかね、寛政子年ねどしの津浪つなみに死骸しがいの固かたまっていた処だ。」

 正面に、

葛飾郡かつしかごおり永代築地

 と鐫えりつけ、おもてから背後うしろへ草書はしりがきをまわして、

 此処このところ寛政三年波あれの時、家流れ人死するもの少からず、此の後高波の変はかりがたく、溺死できしの難なしというべからず、是これに寄りて西入船町を限り、東吉祥寺前に至るまで凡およそ長さ二百八十間余の所、家居いえい取払い空地となし置くものなり。

 と記して傍かたわらに、寛政六年甲寅きのえとら十二月 日とある石の記念碑である。

「ほう、水死人の、そうか、謂いわば土左衛門塚。」

「おっと船中にてさようなことを、」と鳥打はつむりを縮すくめて、

「や!」

 響くは凄すさまじい水の音、神川橋の下を潜くぐって水門を抜けて矢を射るごとく海に注ぐ流ながれの声なり。

「念入ねんいりだ、恐しい。」と言いながら、寝返ねがえりの足で船底を蹴ったばかりで、未いまだに生死しょうじのほども覚束おぼつかないほど寝込んでいる連つれの男をこの際、十万の味方と烈はげしく揺動かして、

「起きないか起きないか、酷ひどく身に染みて寒くなった。」

 やがて平野橋、一本ひともと二本蘆の中に交まじったのが次第に洲崎のこの辺あたり土手は一面の薄原すすきばら、穂の中から二十日近くの月を遠く沖合の空に眺めて、潮が高いから、人家の座敷下の手すりとすれずれの処をゆらりと漕いだ、河岸についてるのは川蒸汽で縦に七艘そうばかり。

「ここでも人ッ子を見ないわ。」

「それでもちっとは娑婆しゃばらしくなった。」

「娑婆といやあ、とっさん、この辺で未通子おぼこはどうだ。」と縞の先生活返いきかえっていやごとを謂う。

「どうだどころか、もしお前さん方、この加賀屋じゃ水から飛込む魚うおを食べさせるとって名代なだいだよ。」

「まずそこらで可よし、船がぐらぐらと来て鰻の川渡りは御免蒙こうむる。」

「ここでは欄干てすりから這込はいこみます。」

「まさか。」

「いや何ともいえない、青山辺じゃあ三階へ栗が飛込むぜ。」

「大出来!」

 船頭も哄どっと笑い、また、

佃々と急いで漕げば、

  潮がそこりて艪が立たぬ。

 程なく漕ぎ寄せたのは弁天橋であった、船頭は舳へさきへ乗のりかえ、棹さおを引いて横づけにする、水は船底を嘗なめるようにさらさらと引いて石垣へだぶり。

「当りますよ。」

「活きてるか、これ、」

 二度まで揺ゆすられても人心地のないようだった一名は、この時わけもなくむっくと起きて、真先まっさきに船から出たのである。

「待て、」といいつつ両人、懐をおさえ、褄つまを合わせ、羽織の紐ひもを〆しめなどして、履物を穿はいてばたばたと陸おかへ上あがって、一団ひとかたまりになると三人言い合せたように、

「寒い。」

「お静しずかに。」といって、船頭は何か取ろうとして胴の間の処へ俯向うつむく。

 途端であった。

 耳許みみもとにドンと一発、船頭も驚いてしゃっきり立つと、目の前さきへ、火花が糸を引いて𤏋ぱっと散って、川面かわづらで消えたのが二ツ三ツ、不意に南京なんきん花火を揚げたのは寝ていたかの男である。

 斉ひとしく左右へ退のいて、呆気あっけに取られた連つれの両人ふたりを顧みて、呵々からからと笑ってものをもいわず、真先まっさきに立って、

 鞭声べんせい粛々!──



     題目船


       七


「何じゃい。」と打棄うっちゃったように忌々いまいましげに呟つぶやいて、頬冠ほおかぶりを取って苦笑にがわらいをした、船頭は年紀とし六十ばかり、痩やせて目鼻に廉かどはあるが、一癖も、二癖も、額、眦まなじり、口許くちもとの皺しわに隠れてしおらしい、胡麻塩ごましおの兀頭はげあたま、見るから仏になってるのは佃町のはずれに独住居ひとりずまいの、七兵衛という親仁おやじである。

 七兵衛──この船頭ばかりは、仕事の了しまいにも早船をここへ繋つないで戻りはせぬ。

 毎夜、弁天橋へ最後の船を着けると、後へ引返ひっかえしてかの石碑の前を漕こいで、蓬莱橋まで行ってその岸の松の木に纜もやっておいて上あがるのが例ならいで、風雨の烈はげしい晩、休む時はさし措おき、年月夜ごとにきっとである。

 且つ仕舞船を漕ぎ戻すに当っては名代の信者、法華経第十六寿量品じゅりょうぼんの偈げ、自我得仏来じがとくぶつらいというはじめから、速成就仏身そくじょうじゅぶつしんとあるまでを幾度いくたびとなく繰返す。連夜の川施餓鬼かわせがきは、善か悪か因縁があろうと、この辺では噂うわさをするが、十年は一昔、二昔も前から七兵衛を知ってるものも別に仔細しさいというほどのことを見出さない。本人も語らず、またかかる善根功徳、人が咎とがめるどころの沙汰さたではない、もとより起居に念仏を唱える者さえある、船で題目を念ずるに仔細は無かろう。

 されば今宵こよいも例に依って、船の舳へさきを乗返した。

 腰を捻ひねって、艪柄ろづかを取って、一ツおすと、岸を放れ、

「ああ、良いい月だ、妙法蓮華経如来みょうほうれんげきょうにょらい寿量品第十六自我得仏来、所経諸劫数しょきょうしょごうすう、無量百千万億載阿僧祇むりょうひゃくせんまんおくさいあそうぎ、」と誦じゅしはじめた。風も静しずかに川波の声も聞えず、更け行ゆくにつれて、三押みおしに一度、七押に一度、ともすれば響く艪の音かな。

「常説法教化無数億衆生爾来無量劫じょうせっぽうきょうげむすうおくしゅじょうじらいむりょうごう。」

 法のりの声は、蘆あしを渡り、柳に音ずれ、蟋蟀きりぎりすの鳴き細る人の枕に近づくのである。

 本所ならば七不思議の一ツに数えよう、月夜の題目船だいもくぶね、一人船頭。界隈かいわいの人々はそもいかんの感を起す。苫家とまや、伏家ふせやに灯ともしびの影も漏れない夜よはさこそ、朝々の煙も細くかの柳を手向けられた墓のごとき屋根の下には、子なき親、夫なき妻、乳のない嬰児みどりご、盲目めくらの媼おうな、継母、寄合身上よりあいしんしょうで女ばかりで暮すなど、哀あわれに果敢はかない老若男女ろうにゃくなんにょが、見る夢も覚めた思いも、大方この日が照る世の中のことではあるまい。

 髯ひげある者、腕車くるまを走らす者、外套がいとうを着たものなどを、同一おなじ世に住むとは思わず、同胞はらからであることなどは忘れてしまって、憂きことを、憂しと識別することさえ出来ぬまで心身ともに疲れ果てたその家この家に、かくまでに尊い音楽はないのである。

「衆生既信伏質直意柔軟しゅじょうきしんぷくしちじきいにゅうなん、一心欲見仏いっしんよくけんぶつ、不自惜身命ふじじゃくしんみょう、」と親仁は月下に小船を操る。

 諸君が随処、淡路島通う千鳥の恋の辻占つじうらというのを聞かるる時、七兵衛の船は石碑のある処へ懸かかった。

 いかなる人がこういう時、この声を聞くのであるか? ここに適例がある、富岡門前町のかのお縫が、世話をしたというから、菊枝のことについて記すのにちっとも縁がないのではない。

 幕府の時分旗本であった人の女むすめで、とある楼うちに身を沈めたのが、この近所に長屋を持たせ廓くるわ近くへ引取って、病身な母親と、長煩いで腰の立たぬ父親とを貢いでいるのがあった。


       八


 少なからぬ借金で差引かれるのが多いのに、稼高かせぎだかの中から渡される小遣こづかいは髪結かみゆいの祝儀にも足りない、ところを、たといおも湯にしろ両親が口を開けてその日その日の仕送しおくりを待つのであるから、一月と纏まとめてわずかばかりの額ではないので、毎々借越かりこしにのみなるのであったが、暖簾名のれんなの婦人おんなと肩を並べるほど売れるので、内証で悪にくい顔もしないで無心に応じてはいたけれども、応ずるは売れるからで、売るのには身をもって勤めねばならないとか。

 いかに孝女でも悪所において斟酌しんしゃくがあろうか、段々身体からだを衰えさして、年紀としはまだ二十二というのに全盛の色もやや褪あせて、素顔では、と源平の輩やからに遠慮をするようになると、二度三度、月の内に枕が上らない日があるようになった。

 扱帯しごきの下を氷で冷すばかりの容体を、新造しんぞが枕頭まくらもとに取詰めて、このくらいなことで半日でも客を断るということがありますか、死んだ浮舟なんざ、手拭てぬぐいで汗を拭ふく度に肉が殺そげて目に見えて手足が細くなった、それさえ我儘をさしちゃあおきませなんだ、貴女は御全盛のお庇かげに、と小刀針こがたなばりで自分が使う新造ものにまでかかることを言われながら、これにはまた立替えさしたのが、控帳についてるので、悔しい口も返されない。

 という中にも、随分気の確たしかな女、むずかしく謂えば意志が強いという質たちで、泣かないが蒼あおくなる風だったそうだから、辛抱はするようなものの、手元が詰つまるに従うて謂うまじき無心の一つもいうようになると、さあ鰌どじょうは遁にげる、鰻うなぎは辷すべる、お玉杓子たまじゃくしは吃驚びっくりする。

 河岸は不漁しけで、香のある鯛たいなんざ、廓さとまでは廻らぬから、次第々々に隙ひまにはなる、融通は利かず、寒くはなる、また暑くはなる、年紀としは取る、手拭は染めねばならず、夜具の皮は買わねばならず、裏は天地で間に合っても、裲襠しかけの色は変えねばならず、茶は切れる、時計は留とまる、小間物屋は朝から来る、朋輩は落籍ひくのがある、内証では小児こどもが死ぬ、書記の内へ水がつく、幇間たいこもちがはな会をやる、相撲が近所で興行する、それ目録だわ、つかいものだ、見舞だと、つきあいの雑用ぞうようを取るだけでも、痛む腹のいいわけは出来ない仕誼しぎ。

 随分それまでにもかれこれと年季を増して、二年あまりの地獄の苦くるしみがフイになっている上へ、もう切迫せっぱと二十円。

 盆のことで、両親の小屋へ持って行って、ものをいう前にまず、お水ひやを一口という息切いきぎれのする女むすめが、とても不可いけません、済すまないこッてすがせめてお一人だけならばと、張はりも意気地もなく母親の帯につかまって、別際わかれぎわに忍泣しのびなきに泣いたのを、寝ていると思った父親が聞き取って、女むすめが帰って明くる日も待たず自殺した。

 報知しらせを聞くと斉ひとしく、女むすめは顔の色が変って目が窪くぼんだ、それなりけり。砂利へ寝かされるような蒲団ふとんに倒れて、乳房の下に骨が見える煩い方。

 肺病のある上へ、驚いたがきっかけとなって心臓を痛めたと、医者が匙さじを投げてから内証は証文を巻いた、但し身附の衣類諸道具は編笠一蓋あみがさいっかいと名づけてこれをぶったくり。

 手当も出来ないで、ただ川のへりの長屋に、それでも日の目が拝めると、北枕に水の方へ黒髪を乱して倒れている、かかる者の夜更けて船頭の読経を聞くのは、どんなに悲しかろう、果敢はかなかろう、情なさけなかろう、また嬉しかろう。

「妙法蓮華経如来寿量品第十六自我得仏来所経諸劫数無量百千万億載阿僧祇。」と誦じゅするのが、いうべからざる一種の福音を川面かわづらに伝えて渡った、七兵衛の船は七兵衛が乗って漂々然。


       九


 蓬莱橋は早や見える、折から月に薄雲がかかったので、野も川も、船頭と船とを淡く残して一面に白み渡った、水の色は殊にやや濁にごりを帯びたが、果はてもなく洋々として大河のごとく、七兵衛はさながら棲息せいそくして呼吸するもののない、月世界の海を渡るに斉ひとしい。

「妙法蓮華経如来寿量品。」と繰返したが、聞くものの魂が舷ふなばたのあたりにさまようような、ものの怪けが絡まつわったか。烏が二声ばかり啼ないて通った。七兵衛は空を仰いで、

「曇って来た、雨返しがありそうだな、自我得仏来所経、」となだらかにまた頓着とんじゃくしない、すべてのものを忘れたという音調で誦じゅするのである。

 船は水面を横に波状動を起して、急に烈はげしく揺れた。

 読経をはたと留め、

「やあ、やあ、かしが、」と呟つぶやきざま艫ともを左へ漕こぎ開くと、二条ふたすじ糸を引いて斜ななめに描かれたのは電いなづまの裾すそに似たる綾あやである。

 七兵衛は腰を撓ためて、突立つったって、逸疾いちはやく一間ばかり遣違やりちがえに川下へ流したのを、振返ってじっと瞶みつめ、

「お客様だぜ、待て、妙法蓮華経如来寿量品第十六。」と忙せわしく張上げて念じながら、舳へさきを輪なりに辷すべらして中流で逆に戻して、一息ぐいと入れると、小波さざなみを打乱す薄月に影あるものが近ちかづいて、やがて舷にすれすれになった。

 飛下りて、胴の間に膝をついて、白髪天頭しらがあたまを左右に振ったが、突然いきなり水中へ手を入れると、朦朧もうろうとして白く、人の寝姿に水の懸かかったのが、一揺ゆれ静しずかに揺れて、落着いて二三尺離れて流れる、途端に思うさま半身を乗出したので反対の側なる舷へざぶりと一波ひとなみ浴あびせたが、あわよく手先がかかったから、船は人とともに寄って死骸に密接することになった。

 無意識に今掴つかんだのは、ちょうど折曲げた真白まっしろの肱ひじの、鍵形かぎなりに曲った処だったので、

「しゃっちこばッたな、こいつあ日なしだ。」

 とそのまま乱暴に引上げようとすると、少しく水を放れたのが、柔かに伸びそうな手答てごたえがあった。

「どッこい。」驚いて猿臂えんぴを伸のばし、親仁おやじは仰向あおむいて鼻筋に皺しわを寄せつつ、首尾よく肩のあたりへ押廻して、手を潜くぐらし、掻い込んで、ずぶずぶと流ながれを切って引上げると、びっしょり舷へ胸をのせて、俯向うつむけになったのは、形も崩れぬ美しい結綿ゆいわたの島田髷まげ。身を投げて程も無いか、花がけにした鹿かの子の切きれも、沙魚はぜの口へ啣くはえ去られないで、解ほどけて頸うなじから頬の処へ、血が流れたようにベッとりとついている。

 親仁は流に攫さらわれまいと、両手で、その死体の半なかばはいまだ水に漂っているのをしっかり押えながら、わなわなと震えて早口に経を唱えた。

 けれどもこれは恐れたのでも驚いたのでもなかったのである。助かるすべもありそうな、見た処の一枝の花を、いざ船に載せて見て、咽喉のどを突かれてでも、居はしまいか、鳩尾みずおちに斬きったあとでもあるまいか、ふと愛惜あいじゃくの念盛さかんに、望のぞみの糸に縋すがりついたから、危ぶんで、七兵衛は胸が轟とどろいて、慈悲の外何の色をも交えぬ老おいの眼まなこは塞ふさいだ。

 またもや念ずる法華経の偈げの一節ひとふし。

 やがて曇った夜の色を浴びながら満水して濁った川は、どんと船を突上げたばかりで、忘れたようにその犠にえを七兵衛の手に残して、何事もなく流れ流るる。



     衣の雫


       十


 待乳屋の娘菊枝は、不動の縁日にといって内を出た時、沢山ある髪を結綿ゆいわたに結っていた、角絞つのしぼりの鹿かの子の切きれ、浅葱あさぎと赤と二筋を花がけにしてこれが昼過ぎに出来たので、衣服きものは薄お納戸の棒縞ぼうじま糸織の袷あわせ、薄紫の裾すそ廻し、唐繻子とうじゅすの襟を掛かけて、赤地に白菊の半襟、緋鹿ひがの子の腰巻、朱鷺色ときいろの扱帯しごきをきりきりと巻いて、萌黄繻子もえぎじゅすと緋の板じめ縮緬ちりめんを打合せの帯、結目むすびめを小さく、心しんを入れないで帯上おびあげは赤の菊五郎格子、帯留おびどめも赤と紫との打交ぜ、素足に小町下駄を穿はいてからからと家うちを。

 一体三味線さみせん屋で、家業柄出入るものにつけても、両親は派手好はでずきなり、殊に贔屓俳優ひいきやくしゃの橘之助の死んだことを聞いてから、始終くよくよして、しばらく煩ってまでいたのが、その日は誕生日で、気分も平日いつになく好いいというので、髪も結って一枚着換えて出たのであった。

 小町下駄は、お縫が許とこの上框あがりがまちの内に脱いだままで居なくなったのであるから、身を投げた時は跣足はだしであった。

 履物が無かったばかり、髪も壊れず七兵衛が船に助けられて、夜よがあけると、その扱帯もその帯留も、お納戸の袷も、萌黄と緋の板締いたじめの帯も、荒縄に色を乱して、一つも残らず、七兵衛が台所にずらりと懸かかって未いまだ雫しずくも留まらないで、引窓から朝霧の立ち籠こむ中に、しとしとと落ちて、一面に朽ちた板敷を濡ぬらしているのは潮の名残なごり。

 可惜あたら、鼓のしらべの緒にでも干す事か、縄をもって一方から引窓の紐にかけ渡したのは無慙むざんであるが、親仁おやじが心は優しかった。

 引窓を開けたばかりわざと勝手の戸も開けず、門口かどぐちも閉めたままで、鍋なべをかけた七輪の下を煽あおぎながら、大入だの、暦こよみだの、姉さんだのを張交ぜにした二枚折の枕屏風まくらびょうぶの中を横から振向いて覗のぞき込み、

「姉ねえや、気分はどうじゃの、少し何かが解わかって来たか、」

 と的面まともにこっちを向いて、眉の優しい生際はえぎわの濃い、鼻筋の通ったのが、何も思わないような、しかも限りなき思おもいを籠めた鈴のような目を瞠みはって、瓜核形うりざねなりの顔ばかり出して寝ているのを視ながめて、大口を開あいて、

「あはは、あんな顔をして罪のない、まだ夢じゃと思うそうだ。」

 菊枝は、硫黄いおうヶ島の若布わかめのごとき襤褸蒲団ぼろぶとんにくるまって、抜綿ぬきわたの丸まろげたのを枕にしている、これさえじかづけであるのに、親仁が水でも吐はかしたせいか、船へ上げられた時よりは髪がひっ潰つぶれて、今もびっしょりで哀あわれである、昨夜ゆうべはこの雫の垂るる下で、死際の蟋蟀きりぎりすが鳴いていた。

 七兵衛はなおしおらしい目から笑えみを溢こぼして、

「やれやれ綺麗きれいな姉さんが台なしになったぞ。あてこともねえ、どうじゃ、切ないかい、どこぞ痛みはせぬか、お肚なかは苦しゅうないか。」と自分の胸を頑固な握拳にぎりこぶしでこツこツと叩いて見せる。

 ト可愛らしく、口を結んだまま、ようようこの時頭かぶりを振った。

「は、は、痛かあない、宜いいな、嬉しいな、可よし、可し、そりゃこうじゃて。お前めえ、飛込んだ拍子に突然いきなり目でも廻したか、いや、水も少しばかり、丼に一杯吐いたか吐かぬじゃ。大したことはねえての、気さえ確たしかになれば整然ちゃんと治る。それからの、ここは大事ない処じゃ、婆ばばも猫も犬も居おらぬ、私わし一人じゃから安心をさっしゃい。またどんな仔細しさいがないとも限らぬが、少しも気遣きづかいはない、無理に助けられたと思うと気が揉もめるわ、自然天然と活返いきかえったとこうするだ。可いか、活返ったら夢と思って、目が覚めたら、」といいかけて、品のある涼しい目をまた凝視みつめ、

「これさ、もう夜があけたから夢ではない。」


       十一


 しばらくして菊枝が細い声、

「もし」

「や、産声うぶごえを挙げたわ、さあ、安産、安産。」と嬉しそうに乗出して膝を叩く。しばらくして、

「ここはどこでございますえ。」とほろりと泣く。

 七兵衛は笑傾えみかたむけ、

「旨うまいな、涙が出ればこっちのものだ、姉ねえや、ちっとは落着いたか、気が静まったか。」

「ここはどっちでしょう。」

「むむ、ここはな、むむ、」と独ひとりでほくほく。

「散々気を揉もんでお前めえ、ようようこっちのものだと思うと、何を言ってもただもうわなわな震えるばっかりで。弱らせ抜いたぜ。そっちから尋ねるようになれば占めたものだ。ここは佃町よ、八幡様の前を素直まっすぐに蓬莱橋を渡って、広ッ場ぱを越した処だ、可いいか、私わしは早船の船頭で七兵衛と謂いうのだ。」

「あの蓬莱橋を渡って、おや、そう、」と考える。

「そうよ、知ってるか、姉やは近所かい。」

「はい。……いいえ、」といってフト口をつぐんだ。船頭は胸で合点がってんして、

「まあ、可いや、お前めえの許とこは構わねえ、お前の方にさえ分れば可いわ、佃町を知っているかい。」

 ややあって、

「あの、いつか通った時、私くらいな年紀としの、綺麗な姉さんが歩行あるいていなすった、あすこなんでしょう、そうでございますか。」

「待たッせよ、お前めえくらいな年紀としで、と、こうと十六七だな。」

「はあ、」

「十六七の阿魔あまはいくらも居るが、綺麗な姉さんはあんまりねえぜ。」

「いいえ、いますよ、丸顔のね、髪の沢山たんとある、そして中形の浴衣を着て、赤い襦袢じゅばんを着ていました、きっとですよ。」

「待ちねえよ、赤い襦袢と、それじゃあ、お勘が家とこに居る年明ねんあきだろう、ありゃお前めえもう三十くらいだ。」

「いいえ、若いんです。」

 七兵衛天窓あたまを掻いて、

「困らせるの、年月も分らず、日も分らず、さっぱり見当が着かねえが、」と頗すこぶる弱ったらしかったが、はたと膝を打って、

「ああああ居た居た、居たが何、ありゃ売物よ。」と言ったが、菊枝には分らなかった。けれども記憶を確めて安心をしたものと見え、

「そう、」と謂った声がうるんで、少し枕を動かすと、顔を仰向けにして、目を塞ふさいだがまた涙ぐんだ。我に返れば、さまざまのこと、さまざまのことはただうら悲しきのみ、疑うたがいも恐おそれもなくって泣くのであった。

 髪も揺ゆらめき蒲団も震うばかりであるから、仔細しさいは知らず、七兵衛はさこそとばかり、

「どうした、え、姉やどうした。」

 問慰といなぐさめるとようよう此方こなたを向いて、

「親方。」

「おお、」

「起きましょうか。」

「何、起きる。」

「起きられますよ。」

「占めたな! お前めえじっとしてる方が可いけれど、ちっとも構わねえけれど、起おきられるか、遣やってみろ一番、そうすりゃしゃんしゃんだ。気さえ確たしかになりゃ、何お前案じるほどの容体じゃあねえんだぜ。」と、七兵衛は孫をつかまえて歩行あんよは上手の格で力をつける。

 蒲団の外へは顔ばかり出していた、裾すそを少し動かしたが、白い指をちらりと夜具の襟へかけると、顔をかくして、

「私、………」



     浅緑


       十二


「大事ねえ大事ねえ、水浸しになっていた衣服きものはお前めえあの通とおりだ、聞かっせえ。」

 時に絶えず音するは静しずかな台所の点滴したたりである。

「あんなものを巻着けておいた日にゃあ、骨まで冷抜ひえぬいてしまうからよ、私わしが褞袍どんつくを枕許まくらもとに置いてある、誰も居ねえから起きるならそこで引被ひっかけねえ。」

 といったが克明な色面おもてに顕あらわれ、

「おお、そして何よ、憂慮きづかいをさっしゃるな、どうもしねえ、何ともねえ、俺おらあ頸子くびったまにも手を触りやしねえ、胸を見な、不動様のお守札が乗っけてあら、そらの、ほうら、」

 菊枝は嬉しそうに血の気のない顔に淋しい笑えみを含んだ。

「むむ、」と頷うなずいたがうしろ向むきになって、七兵衛は口を尖とんがらかして、鍋なべの底を下から見る。

 屏風びょうぶの上へ、肩のあたりが露あらわれると、潮たれ髪はなお乾かず、動くに連れて柔かにがっくりと傾くのを、軽く振って、根を圧おさえて、

「これを着ましょうかねえ。」

「洗濯をしたばかりだ、船虫は居ねえからよ。」

 緋鹿子ひがのこの上へ着たのを見て、

「待またっせえ、あいにく襷たすきがねえ、私わしがこの一張羅の三尺じゃあ間に合うめえ! と、可よかろう、合したものの上へ〆しめるんだ、濡れていても構うめえ、どッこいしょ。」

 七兵衛は螇蚸ばったのような足つきで不行儀に突立つったつと屏風の前を一跨ひとまたぎ、直すぐに台所へ出ると、荒縄には秋の草のみだれ咲ざき、小雨が降るかと霧かかって、帯の端衣服きものの裾すそをしたしたと落つる雫しずくも、萌黄もえぎの露、紫の露かと見えて、慄然ぞっとする朝寒あささむ。

 真中まんなかに際立って、袖も襟も萎なえたように懸かかっているのは、斧よき、琴、菊を中形に染めた、朝顔の秋のあわれ花も白地の浴衣である。

 昨夜ゆうべ船で助けた際、菊枝は袷あわせの上へこの浴衣を着て、その上に、菊五郎格子の件くだんの帯上おびあげを結んでいたので。

 謂いわれは何かこれにこそと、七兵衛はその時から怪あやしんで今も真前まっさきに目を着けたが、まさかにこれが死神で、菊枝を水に導いたものとは思わなかったであろう。

 実際お縫は葛籠つづらの中を探して驚いたのもこれ、眉を顰ひそめたのもこれがためであった。斧と琴と菊模様の浴衣こそ菊枝をして身を殺さしめた怪しの衣きぬ、女むすめが歌舞伎の舞台でしばしば姿を見て寐覚ねざめにも俤おもかげの忘られぬ、あこがるるばかり贔屓ひいきの俳優やくしゃ、尾上橘之助が、白菊の辞世を読んだ時まで、寝返りもままならぬ、病やまいの床に肌につけた記念かたみなのである。

 江崎のお縫は芳原の新造しんぞの女むすめであるが、心懸こころがけがよくッて望んで看護婦になったくらいだけれども、橘之助に附添って嬉しくないことも無いのであった。

 しかるに重体の死に瀕ひんした一日、橘之助が一輪ざしに菊の花を活いけたのを枕頭まくらもとに引寄せて、かつてやんごとなき某なにがし侯爵夫人から領したという、浅緑あさみどりと名のある名香めいこうを、お縫の手で焚たいてもらい、天井から釣つるした氷嚢ひょうのうを取除とりのけて、空気枕に仰向けに寝た、素顔は舞台のそれよりも美しく、蒲団ふとんも掻巻かいまきも真白まっしろな布をもって蔽おおえる中に、目のふちのやや蒼あおざめながら、額にかかる髪の艶つや、あわれうらわかき神のまぼろしが梨園を消えようとする時の風情。


       十三


 橘之助は垢あかの着かない綺麗な手を胸に置いて、香こうの薫かおりを聞いていたが、一縷いちるの煙は二条ふたすじに細く分れ、尖さきがささ波のようにひらひらと、靡なびいて枕に懸かかった時、白菊の方に枕を返して横になって、弱々しゅう襟を左右に開いたのを、どうなさいます? とお縫が尋ねると、勿体ないが汗臭いから焚たき占めましょう、と病苦の中に謂いったという、香の名残なごりを留めたのが、すなわちここに在る記念かたみの浴衣。

 懐しくも床ゆかしさに、お縫は死骸の身に絡まとった殊にそれが肺結核の患者であったのを、心得ある看護婦でありながら、記念かたみにと謂って強いて貰い受けて来て葛籠つづらの底深く秘め置いたが、菊枝がかねて橘之助贔屓びいきで、番附に記した名ばかり見ても顔色を変える騒さわぎを知ってたので、昨夜、不動様の参詣さんけいの帰りがけ、年紀とし下ながら仲よしの、姉さんお内かい、と寄った折も、何は差置き橘之助の噂うわさ、お縫は見たままを手に取るよう。

 これこれこう、こういう浴衣と葛籠の底から取出すと、まあ姉さんと進むる膝、灯あかりとともに乗出す膝を、突合した上へ乗せ合って、その時はこういう風、仏におなりの前だから、優しいばかりか、目許めもと口付、品があって気高うてと、お縫が謂えば、ちらちらと、白菊の花、香の煙。

 話が嵩こうじて理に落ちて、身に沁しみて涙になると、お縫はさすがに心着いて、鮨すしを驕おごりましょうといって戸外おもてへ出たのが、葦あしの湯の騒ぎをつい見棄てかねて取合って、時をうつしていた間まに、過世すぐせの深い縁であろう、浅緑の薫のなお失うせやらぬ橘之助の浴衣を身につけて、跣足はだしで、亡き人のあとを追った。

 菊枝は屏風の中から、ぬれ浴衣を見てうっとりしている。

 七兵衛はさりとも知らず、

「どうじゃ〆しめるものはこの扱帯しごきが可いいかの。」

 じっと凝視みつめたまま、

 だんまりなり。

「ぐるぐる巻まきにすると可い、どうだ。」

「はい取って下さいまし、」とやっといったが、世馴よなれず、両親ふたおやには甘やかされたり、大恩人に対し遠慮の無さ。

 七兵衛はそれを莞爾にこやかに、

「そら、こいつあ単衣ひとえだ、もう雫しずくの垂るようなことはねえ。」

 やがて、つくづくと見て苦笑い、

「ほほう生れかわって娑婆しゃばへ出たから、争われねえ、島田の姉さんがむつぎにくるまった形なりになった、はははは、縫上げをするように腕をこうぐいと遣やらかすだ、そう、そうだ、そこで坐った、と、何ともないか。」

「ここが痛うございますよ。」と両手を組違えに二の腕をおさえて、頭つむりが重そうに差俯向さしうつむく。

「むむ、そうかも知れねえ、昨夜ゆうべそうやってしっかり胸を抱いて死んでたもの。ちょうど痛むのは手の下になってた処よ。」

「そうでございますか、あの私はこうやって一生懸命に死にましたわ。」

「この女こは! 一生懸命に身を投げる奴やつがあるものか、串戯じょうだんじゃあねえ、そして、どんな心持だった。」

「あの沈みますと、ぼんやりして、すっと浮いたんですわ、その時にこうやって少し足を縮めましたっけ、また沈みました、それからは知りませんよ。」

「やれやれ苦しかったろう。」

「いいえ、泣きとうございました。」



     記念ながら


       十四


 二ツ三ツ話の口が開あけると老功の七兵衛ちっとも透すかさず、

「何しろ娑婆しゃばへ帰ってまず目出度めでたい、そこで嬰児あかんぼは名は何と謂いう、お花か、お梅か、それとも。」

「ええ、」といいかけて菊枝は急に黙ってしまった。

 様子を見て、七兵衛は気を替えて、

「可いいや、まあそんなことは。ところで、粥かゆが出来たが一杯どうじゃ、またぐっと力が着くぜ。」

「何にも喰べられやしませんわ。」と膠にべの無い返事をして、菊枝は何か思出してまた潸然さめざめとするのである。

「それも可いよ。はは、何か謂われると気に障って煩うるさいな? 可いや、可いやお前になってみりゃ、盆も正月も一斉いちどきじゃ、無理はねえ。

 それでは御免蒙こうむって、私わしは一膳いちぜん遣附やッつけるぜ。鍋なべの底はじりじりいう、昨夜ゆうべから気を揉もんで酒の虫は揉殺したが、矢鱈やたら無性むしょうに腹が空いた。」と立ったり、居たり、歩行あるいたり、果はては胡坐あぐらかいて能代のしろの膳の低いのを、毛脛けずねへ引挟ひっぱさむがごとくにして、紫蘇しその実に糖蝦あみの塩辛しおから、畳み鰯いわしを小皿にならべて菜ッ葉の漬物堆うずたかく、白々と立つ粥の湯気の中に、真赤まっかな顔をして、熱いのを、大きな五郎八茶碗ごろはちぢゃわんでさらさらと掻食かっくらって、掻食いつつ菊枝が支えかねたらしく夜具に額をあてながら、時々吐息を深くするのを、茶碗の上から流眄ながしめに密そっと見ぬように見て釣込まれて肩で呼吸いき。

 思出したように急がしく掻込かっこんで、手拭てぬぐいの端はじでへの字に皺しわを刻んだ口の端はたをぐいと拭ふき、差置いた箸はしも持直さず、腕を組んで傾いていたが、台所を見れば引窓から、門口かどぐちを見れば戸の透すきから、早や九時十時の日ざしである。このあたりこそ気勢けはいもせぬが、広場一ツ越して川端へ出れば、船の行交ゆきかい、人通り、烟突えんとつの煙、木場の景色、遠くは永代、新大橋、隅田川の模様なども、同一おんなじ時刻の同一頃が、親仁おやじの胸に描かれた。

「姉ねえや、姉や、」と改めて呼びかけて、わずかに身を動かす背そびらに手を置き、

「道理じゃ、善いいにしろ、悪いにしろ、死のうとまで思って、一旦いったん水の中で引取ったほどの昨夜ゆうべの今じゃ、何か話しかけられても、胸へ落着かねえでかえって頭痛でもしちゃあ悪いや、な。だから私わしあ何にも謂わねえ。

 一体昨夜ゆうべお前めえを助けた時、直ぐ騒ぎ立てればよ、汐見橋の際には交番もあるし、そうすりゃ助けようと思う念は届くしこっちの手は抜けるというもんだし、それに上を越すことは無かったが、いやいやそうでねえ、川へ落ちたか落されたかそれとも身を投げたか、よく見れば様子で知れらあ、お前は覚悟をしたものだ。

 覚悟をするには仔細しさいがあろう、幸いことか悲しいことか、そこン処は分らねえが、死のうとまでしたものを、私わしが騒ぎ立って、江戸中知れ渡って、捕つかまっちゃあならねえものに捕るか、会っちゃあならねえものに会ったりすりゃ、余計な苦患くげんをさせるようなものだ。」七兵衛は口軽に、

「とこう思っての、密そっと負おぶって来て届かねえ介抱をしてみたが、いや半間はんまな手が届いたのもお前めえの運よ、こりゃ天道様てんとうさまのお情なさけというもんじゃ、無駄にしては相済まぬ。必ず軽忽かるはずみなことをすまいぞ、むむ姉や、見りゃ両親ふたおやも居なさろうと思われら、まあよく考えてみさっせえ。

 そこで胸を静めてじっと腹を落着けて考えるに、私わしが傍そばに居ては気を取られてよくあるめえ、直ぐにこれから仕事に出て、蝸牛まいまいつぶろの殻をあけるだ。可よしか、桟敷さじきは一日貸切だぜ。」


       十五


「起きようと寝ようと勝手次第、お飯まんまを食べるなら、冷飯おひやがあるから茶漬にしてやらっせえ、水を一手桶ておけ汲くんであら、可いいか、そしてまあ緩々ゆっくりと思案をするだ。

 思案をするじゃが、短気な方へ向くめえよ、後生だから一番方角を暗剣殺に取違えねえようにの、何とか分別をつけさっせえ。

 幸福しあわせと親御の処へなりまた伯父御叔母御の処へなり、帰るような気になったら、私わしに辞儀も挨拶あいさつもいらねえからさっさと帰りねえ、お前めえが知ってるという蓬薬橋は、広場ひろっぱを抜けると大きな松の木と柳の木が川ぶちにある、その間から斜向はすかいに向うに見えらあ、可いかい。

 また居ようと思うなら振方ふりかたを考えるまで二日でも三日でも居さっせえ、私わしン処はちっとも案ずることはねえんだから。

 その内に思案して、明あかして相談をして可いと思ったら、謂いって見さっせえ、この皺面しわづらあ突出して成ることなら素そッ首は要らねえよ。

 私わしあしみじみ可愛くってならねえわ。

 それからの、ここに居る分にゃあうっかり外へ出めえよ、実は、」

 と声を密ひそめながら、

「ここいらは廓外くるわそとで、お物見下のような処だから、いや遣手やりてだわ、新造しんぞだわ、その妹だわ、破落戸ごろつきの兄貴だわ、口入宿くちいれやどだわ、慶庵だわ、中にゃあお前勾引かどわかしをしかねねえような奴等が出入でいりをすることがあるからの、飛んでもねえ口に乗せられたり、猿轡さるぐつわを嵌はめられたりすると大変だ。

 それだからこうやって、夜夜中よなか開放あけっぱなしの門も閉めておく、分ったかい。家うちへ帰るならさっさと帰らっせえよ、俺わしにかけかまいはちっともねえ。じゃあ、俺は出懸けるぜ、手足を伸のばして、思うさま考えな。」

 と返事は強いないので、七兵衛はずいと立って、七輪の前へ来ると、蹲しゃがんで、力なげに一服吸って三服目をはたいた、駄六張だろくばりの真鍮しんちゅうの煙管きせるの雁首がんくびをかえして、突つついて火を寄せて、二ツ提さげの煙草入たばこいれにコツンと指し、手拭てぬぐいと一所にぐいと三尺に挟んで立上り、つかつかと出て、まだ雫しずくの止やまぬ、びしょ濡ぬれの衣を振返って、憂慮きづかわしげに土間に下りて、草履を突つっかけたが、立淀たちよどんで、やがて、その手拭を取って頬被ほおかぶり。七兵衛は勝手の戸をがらりと開けた、台所は昼になって、ただ見れば、裏手は一面の蘆原あしはら、処々に水溜たまり、これには昼の月も映りそうに秋の空は澄切って、赤蜻蛉あかとんぼが一ツ行ゆき二ツ行き、遠方おちかたに小さく、釣つりをする人のうしろに、ちらちらと帆が見えて海から吹通しの風颯さつと、濡れた衣きぬの色を乱して記念かたみの浴衣は揺ゆらめいた。親仁はうしろへ伸上って、そのまま出ようとする海苔粗朶のりそだの垣根の許もとに、一本二本咲きおくれた嫁菜の花、葦あしも枯れたにこはあわれと、じっと見る時、菊枝は声を上げてわっと泣いた。


「妙法蓮華経如来寿量品みょうほうれんげきょうにょらいじゅりょうぼん第十六自我得仏来所経諸劫数無量百千万億載阿僧祇じがとくぶつらいしょきょうしょごうすうむりょうひゃくせんまんおくさいあそうぎ。」

 川下の方から寂しんとして聞えて来る、あたりの人の気勢けはいもなく、家々の灯ともしも漏れず、流ながれは一面、岸の柳の枝を洗ってざぶりざぶりと音する中へ、菊枝は両親ふたおやに許されて、髪も結い、衣服もわざと同一おなじ扮なりで、お縫が附添い、身を投げたのはここからという蓬莱橋から、記念かたみの浴衣を供養した。七日なぬか経たってちょうど橘之助が命日のことであった。

「菊きいちゃん、」

「姉さん、」

 二人は顔を見合せたが、涙ながらに手を合せて、捧げ持って、

「南無阿弥陀仏なむあみだぶつ、」

「南無阿弥陀仏。」

 折から洲崎のどの楼うちぞ、二階よりか三階よりか、海へ颯さっと打込む太鼓。

 浴衣は静しずかに流れたのである。

 菊枝は活々いきいきとした女むすめになったが、以前から身に添えていた、菊五郎格子の帯揚おびあげに入れた写真が一枚、それに朋輩の女むすめから、橘之助の病気見舞を紅筆べにふでで書いて寄越よこしたふみとは、その名の菊の枝に結んで、今年は二十はたち。

明治三十三(一九〇〇)年十一月

底本:「泉鏡花集成3」ちくま文庫、筑摩書房

   1996(平成8)年1月24日第1刷発行

底本の親本:「鏡花全集 第六卷」岩波書店

   1941(昭和16)年11月10日第1刷発行

入力:門田裕志

校正:染川隆俊

2009年5月10日作成

青空文庫作成ファイル:

このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。