すみだ川
永井荷風



一


 俳諧師はいかいし松風庵蘿月しようふうあんらげつは今戸いまどで常磐津ときはづの師匠しゝやうをしてゐる実じつの妹いもうとをば今年は盂蘭盆うらぼんにもたづねずにしまつたので毎日その事のみ気にしてゐる。然しかし日盛ひざかりの暑さにはさすがに家うちを出かねて夕方ゆふかたになるのを待つ。夕方ゆふかたになると竹垣たけがきに朝顔のからんだ勝手口で行水ぎやうずゐをつかつた後のち其そのまゝ真裸体まつぱだかで晩酌ばんしやくを傾けやつとの事膳ぜんを離れると、夏の黄昏たそがれも家々いへ〳〵で焚たく蚊遣かやりの烟けむりと共にいつか夜となり、盆栽ぼんさいを並ならべた窓の外そとの往来わうらいには簾越すだれごしに下駄げたの音職人しよくにんの鼻唄はなうた人の話声はなしごゑがにぎやかに聞きこえ出す。蘿月らげつは女房のお滝たきに注意されてすぐにも今戸いまどへ行ゆくつもりで格子戸かうしどを出るのであるが、其辺そのへんの凉台すゞみだいから声をかけられるがまゝ腰を下おろすと、一杯機嫌いつぱいきげんの話好はなしずきに、毎晩きまつて埒らちもなく話し込んでしまふのであつた。

 朝夕あさゆふがいくらか凉すゞしく楽になつたかと思ふと共に大変日ひが短くなつて来た。朝顔あさがほの花が日毎ひごとに小さくなり、西日にしびが燃える焔ほのほのやうに狭せまい家中いへぢゆうへ差込さしこんで来る時分じぶんになると鳴きしきる蝉せみの声が一際ひときは耳立みゝだつて急せはしく聞きこえる。八月もいつか半なかば過ぎてしまつたのである。家いへの後うしろの玉蜀黍たうもろこしの畠はたけに吹き渡る風の響ひゞきが夜なぞは折々をり〳〵雨かと誤あやまたれた。蘿月らげつは若い時分じぶんしたい放題はうだい身を持崩もちくづした道楽だうらくの名残なごりとて時候じこうの変目かはりめといへば今だに骨の節々ふし〴〵が痛むので、いつも人より先さきに秋の立つのを知るのである。秋になつたと思ふと唯たゞわけもなく気がせはしくなる。

 蘿月らげつは俄にはかに狼狽うろたへ出し、八日頃やうかごろの夕月ゆふづきがまだ真白ましろく夕焼ゆふやけの空にかゝつてゐる頃ころから小梅瓦町こうめかはらまちの住居すまひを後あとにテク〳〵今戸いまどをさして歩いて行つた。

 堀割ほりわりづたひに曳舟通ひきふねどほりから直すぐさま左へまがると、土地のものでなければ行先ゆくさきの分わからないほど迂囘うくわいした小径こみちが三囲稲荷みめぐりいなりの横手よこてを巡めぐつて土手どてへと通じてゐる。小径こみちに沿うては田圃たんぼを埋立うめたてた空地あきちに、新しい貸長屋かしながやがまだ空家あきやのまゝに立並たちならんだ処ところもある。広々ひろ〴〵した構かまへの外には大きな庭石にはいしを据並すゑならべた植木屋うゑきやもあれば、いかにも田舎ゐなからしい茅葺かやぶきの人家じんかのまばらに立ちつゞいてゐる処ところもある。それ等らの家うちの竹垣たけがきの間あひだからは夕月ゆふづきに行水ぎやうずゐをつかつてゐる女の姿すがたの見える事もあつた。蘿月宗匠らげつそうしやうはいくら年をとつても昔むかしの気質かたぎは変かはらないので見て見ぬやうに窃そつと立止たちどまるが、大概たいがいはぞつとしない女房ばかりなので、落胆らくたんしたやうに其そのまゝ歩調あゆみを早める。そして売地うりちや貸家かしやの札ふだを見て過すぎる度々たび〳〵、何なんともつかず其その胸算用むなざんようをしながら自分も懐手ふところでで大儲おほまうけがして見たいと思ふ。然しかしまた田圃たんぼづたひに歩いて行ゆく中うち水田みづたのところ〴〵に蓮はすの花の見事に咲き乱れたさまを眺ながめ青々あを〳〵した稲いねの葉に夕風ゆふかぜのそよぐ響ひゞきをきけば、さすがは宗匠そうしやうだけに、銭勘定ぜにかんぢやうの事よりも記憶に散在してゐる古人こじんの句をば実じつに巧うまいものだと思返おもひかへすのであつた。

 土手どてへ上あがつた時には葉桜はざくらのかげは早はや小暗をぐらく水を隔へだてた人家じんかには灯ひが見えた。吹きはらふ河風かはかぜに桜さくらの病葉わくらばがはら〳〵散る。蘿月らげつは休まず歩きつゞけた暑さにほつと息をつき、ひろげた胸をば扇子せんすであふいだが、まだ店をしまはずにゐる休茶屋やすみぢややを見付みつけて慌忙あわてて立寄たちより、「おかみさん、冷ひやで一杯。」と腰を下した。正面しやうめんに待乳山まつちやまを見渡みわたす隅田川すみだがはには夕風ゆふかぜを孕はらんだ帆ほかけ船が頻しきりに動いて行ゆく。水の面おもての黄昏たそがれるにつれて鴎かもめの羽の色が際立きはだつて白く見える。宗匠そうしやうは此この景色けしきを見ると時候じこうはちがふけれど酒なくて何なんの己おのれが桜さくらかなと急に一杯傾かたむけたくなつたのである。

 休茶屋やすみぢやゝの女房にようぼが縁ふちの厚い底の上あがつたコツプについで出す冷酒ひやざけを、蘿月らげつはぐいと飲干のみほして其そのまゝ竹屋たけやの渡船わたしぶねに乗つた。丁度ちやうど河かはの中程なかほどへ来た頃ころから舟のゆれるにつれて冷酒ひやざけがおひ〳〵にきいて来る。葉桜はざくらの上に輝きそめた夕月ゆふづきの光がいかにも凉すゞしい。滑なめらかな満潮の水は「お前どこ行ゆく」と流行唄はやりうたにもあるやうにいかにも投遣なげやつた風ふうに心持こゝろもちよく流れてゐる。宗匠そうしやうは目をつぶつて独ひとりで鼻唄はなうたをうたつた。

 向河岸むかうがしへつくと急に思出おもひだして近所の菓子屋くわしやを探して土産みやげを買ひ今戸橋いまどばしを渡つて真直まつすぐな道をば自分ばかりは足許あしもとのたしかなつもりで、実じつは大分だいぶふら〳〵しながら歩いて行つた。

 そこ此処こゝに二三軒けん今戸焼いまどやきを売る店にわづかな特徴を見るばかり、何処いづこの場末ばすゑにもよくあるやうな低い人家じんかつゞきの横町よこちやうである。人家じんかの軒下のきしたや路地口ろぢぐちには話しながら凉すゞんでゐる人の浴衣ゆかたが薄暗うすぐらい軒燈けんとうの光に際立きはだつて白く見えながら、あたりは一体にひつそりして何処どこかで犬の吠ほえる声と赤児あかごのなく声が聞きこえる。天あまの川がはの澄渡すみわたつた空に繁つた木立こだちを聳そびやかしてゐる今戸八幡いまどはちまんの前まで来ると、蘿月らげつは間まもなく並んだ軒燈けんとうの間に常磐津ときはづ文字豊もじとよと勘亭流かんていりうで書いた妹の家の灯ひを認めた。家の前の往来わうらいには人が二三人も立止たちどまつて内なかなる稽古けいこの浄瑠璃じやうるりを聞いてゐた。


 折々をり〳〵恐おそろしい音して鼠ねずみの走る天井てんじやうからホヤの曇つた六分心ろくぶしんのランプがところ〴〵宝丹はうたんの広告や都新聞みやこしんぶんの新年附録ふろくの美人画なぞで破やぶれ目めをかくした襖ふすまを始め、飴色あめいろに古びた箪笥たんす、雨漏あまもりのあとのある古びた壁なぞ、八畳でふの座敷ざしき一体をいかにも薄暗うすぐらく照てらしてゐる。古ぼけた葭戸よしどを立てた縁側えんがはの外そとには小庭こにはがあるのやら無いのやら分わからぬほどな闇やみの中に軒のきの風鈴ふうりんが淋さびしく鳴り虫が静しづかに鳴いてゐる。師匠ししやうのお豊とよは縁日えんにちものゝ植木鉢うゑきばちを並ならべ、不動尊ふどうそんの掛物かけものをかけた床とこの間まを後うしろにしてべつたり坐すわつた膝ひざの上に三味線しやみせんをかゝへ、樫かしの撥ばちで時々前髪まへがみのあたりをかきながら、掛声かけごゑをかけては弾ひくと、稽古本けいこぼんを広げた桐きりの小机こづくゑを中にして此方こなたには三十前後の商人らしい男が中音ちゆうおんで、「そりや何なにを云いはしやんす、今さら兄よ妹と云いふに云いはれぬ恋中こひなかは………。」と「小稲半兵衛こいなはんべゑ」の道行みちゆきを語る。

 蘿月らげつは稽古けいこのすむまで縁近えんぢかくに坐つて、扇子せんすをぱちくりさせながら、まだ冷酒ひやざけのすつかり醒さめきらぬ処ところから、時々は我知われしらず口の中で稽古けいこの男と一しよに唄うたつたが、時々は目をつぶつて遠慮ゑんりよなく噯おくびをした後のち、身体からだを軽く左右さいうにゆすりながらお豊とよの顔をば何なんの気きもなく眺ながめた。お豊とよはもう四十以上であらう。薄暗うすぐらい釣つるしランプの光が痩やせこけた小作こづくりの身体からだをば猶更なほさらに老ふけて見せるので、ふいと此これが昔むかしは立派りつぱな質屋の可愛かあいらしい箱入娘はこいりむすめだつたのかと思ふと、蘿月らげつは悲しいとか淋さびしいとか然さう云いふ現実の感慨かんがいを通過とほりこして、唯ただ〳〵不思議ふしぎな気がしてならない。其その頃ころは自分も矢張やはり若くて美しくて、女にすかれて、道楽して、とう〳〵実家じつかを七生しちしやうまで勘当かんだうされてしまつたが、今になつては其その頃ころの事はどうしても事実ではなくて夢としか思はれない。算盤そろばんで乃公おれの頭をなぐつた親爺おやぢにしろ、泣いて意見をした白鼠しろねずみの番頭にしろ、暖簾のれんを分けて貰もらつたお豊とよの亭主ていしゆにしろ、さう云いふ人達は怒おこつたり笑つたり泣いたり喜んだりして、汗をたらして飽あきずによく働いてゐたものだが、一人々々ひとり〳〵皆みな死んでしまつた今日けふとなつて見れば、あの人達はこの世の中に生れて来ても来なくてもつまる処ところは同じやうなものだつた。まだしも自分とお豊とよの生きてゐる間あひだは、あの人達は両人ふたりの記憶の中うちに残されてゐるものゝ、やがて自分達も死んでしまへばいよ〳〵何なにも彼かも煙けむりになつて跡方あとかたもなく消え失うせてしまふのだ………。

「兄にいさん、実じつは二三日中うちに私わたしの方はうからお邪魔じやまに上あがらうと思つてゐたんだよ。」とお豊とよが突然とつぜん話しだした。

 稽古けいこの男は小稲半兵衛こいなはんべゑをさらつた後のち同じやうなお妻つま八郎兵衛はちろべゑの語出かたりだしを二三度繰返くりかへして帰つて行つたのである。蘿月らげつは尤もつともらしく坐すわり直なほして扇子せんすで軽く膝ひざを叩たゝいた。

「実じつはね。」とお豊とよは同じ言葉を繰返くりかへして、「駒込こまごめのお寺が市区改正しくかいせいで取払とりはらひになるんだとさ。それでね、死んだお父とツつアんのお墓を谷中やなかか染井そめゐか何処どこかへ移さなくつちやならないんだつてね、四五日前まへにお寺からお使つかひが来たから、どうしたものかと、其その相談に行かうと思つてたのさ。」

「成程なるほど。」と蘿月らげつは頷付うなづいて、「さういふ事なら打捨うつちやつても置けまい。もう何年になるかな、親爺おやぢが死んでから………。」

 首を傾かしげて考へたが、お豊とよの方はうは着々ちやく〳〵話はなしを進めて染井そめゐの墓地の地代ぢだいが一坪つぼいくら、寺への心付こゝろづけが何どうのかうのと、それについては女の身よりも男の蘿月らげつに万事を引受ひきうけて取計とりはからつて貰もらひたいと云いふのであつた。

 蘿月らげつはもと小石川表町こいしかはおもてまちの相模屋さがみやと云いふ質屋の後取息子あととりむすこであつたが勘当かんだうの末すゑ若隠居わかゐんきよの身となつた。頑固ぐわんこな父が世を去つてからは妹お豊とよを妻にした店の番頭が正直に相模屋さがみやの商売をつゞけてゐた。処ところが御維新ごゐつしん此この方かた時勢じせいの変遷へんせんで次第に家運かうんの傾いて来た折をりも折をり火事にあつて質屋はそれなり潰つぶれてしまつた。で、風流三昧ふうりうざんまいの蘿月らげつは已やむを得ず俳諧はいかいで世を渡るやうになり、お豊とよは其その後ご亭主ていしゆに死別しにわかれた不幸つゞきに昔むかし名なを取つた遊芸いうげいを幸ひ常磐津ときはづの師匠ししやうで生計くらしを立てるやうになつた。お豊とよには今年十八になる男の子が一人ある。零落れいらくした女親をんなおやがこの世の楽しみと云いふのは全まつたく此この一人息子ひとりむすこ長吉ちやうきちの出世しゆつせを見やうと云いふ事ばかりで、商人はいつ失敗するか分わからないと云いふ経験から、お豊とよは三度の飯めしを二度にしても、行く〳〵はわが児こを大学校に入れて立派りつぱな月給取げつきふとりにせねばならぬと思つて居ゐる。

 蘿月宗匠らげつそうしやうは冷えた茶を飲干のみほしながら、「長吉ちやうきちはどうしました。」

 するとお豊とよはもう得意らしく、「学校は今いま夏休みですがね、遊ばしといちやいけないと思つて本郷ほんがうまで夜学やがくにやります。」

「ぢや帰りは晩おそいね。」

「えゝ。いつでも十時過ぎますよ。電車はありますがね、随分ずゐぶん遠路とほみちですからね。」

「我輩こちとらとは違つて今時いまどきの若いものは感心だね。」宗匠そうしやうは言葉を切つて、「中学校だつけね、乃公おれは子供を持つた事がねえから当節たうせつの学校の事はちつとも分わからない。大学校まで行くにやまだ余程よほどかゝるのかい。」

「来年卒業してから試験を受けるんでさアね。大学校へ行く前に、もう一ツ………大きな学校があるんです。」お豊とよは何なにも彼かも一口に説明してやりたいと心ばかりは急あせつても、矢張やはり時勢じせいに疎うとい女の事で忽たちまち云淀いひよどんでしまつた。

「たいした経費かゝりだらうね。」

「えゝ其それア、大抵たいていぢや有ありませんよ。何なにしろ、あなた、月謝げつしやばかりが毎月まいげつ一円、本代だつて試験の度々たんびに二三円ぢやきゝませんしね、其それに夏冬なつふゆともに洋服を着るんでせう、靴だつて年に二足は穿はいてしまひますよ。」

 お豊とよは調子てうしづいて苦心の程ほどを一倍強く見せやうためか声に力を入れて話したが、蘿月らげつはその時、其それ程ほどにまで無理をするなら、何なにも大学校へ入れないでも、長吉ちやうきちにはもつと身分相応さうおうな立身りつしんの途みちがありさうなものだといふ気がした。しかし口へ出して云いふほどの事でもないので、何なにか話題の変化をと望む矢先やさきへ、自然に思ひ出されたのは長吉ちやうきちが子供の時分じぶんの遊び友達でお糸いとと云いつた煎餅屋せんべいやの娘の事である。蘿月らげつは其その頃ころお豊とよの家を訪ねた時にはきまつて甥をひの長吉ちやうきちとお糸いとをつれては奥山おくやまや佐竹さたけツ原ぱらの見世物みせものを見に行つたのだ。

「長吉ちやうきちが十八ぢや、あの娘こはもう立派りつぱな姉ねえさんだらう。矢張やはり稽古けいこに来るかい。」

「家うちへは来ませんがね、この先さきの杵屋きねやさんにや毎日通かよつてますよ。もう直ぢき葭町よしちやうへ出るんだつて云いひますがね………。」とお豊とよは何なにか考へるらしく語ことばを切つた。

「葭町よしちやうへ出るのか。そいつア豪儀がうぎだ。子供の時からちよいと口のきゝやうのませた、好いい娘こだつたよ。今夜こんやにでも遊びに来りやアいゝに。ねえ、お豊とよ。」と宗匠そうしやうは急に元気づいたが、お豊とよはポンと長煙管ながぎせるをはたいて、

「以前とちがつて、長吉ちやうきちも今が勉強ざかりだしね………。」

「はゝゝゝは。間違ひでもあつちやならないと云いふのかね。尤もつともだよ。この道ばかりは全まつたく油断がならないからな。」

「ほんとさ。お前まへさん。」お豊とよは首を長く延のばして、「私の僻目ひがめかも知れないが、実じつはどうも長吉ちやうきちの様子やうすが心配でならないのさ。」

「だから、云いはない事こツちやない。」と蘿月らげつは軽く握にぎり拳こぶしで膝頭ひざがしらをたゝいた。お豊とよは長吉ちやうきちとお糸いとのことが唯たゞ何なんとなしに心配でならない。と云いふのは、お糸いとが長唄ながうたの稽古けいこ帰りに毎朝まいあさ用もないのに屹度きつと立寄たちよつて見る、其それをば長吉ちやうきちは必ず待つてゐる様子やうすで其その時間頃ごろには一足ひとあしだつて窓の傍そばを去らない。其それのみならず、いつぞやお糸いとが病気で十日程ほども寝てゐた時には、長吉ちやうきちは外目よそめも可笑をかしい程ほどにぼんやりして居ゐた事などを息もつかずに語りつゞけた。

 次の間まの時計が九時を打出うちだした時突然とつぜん格子戸かうしどががらりと明いた。其その明け様やうでお豊とよはすぐに長吉ちやうきちの帰つて来た事を知り急に話を途切とぎらし其その方はうに振返ふりかへりながら、

「大変早いやうだね、今夜こんやは。」

「先生が病気で一時間早くひけたんだ。」

「小梅こうめの伯父をぢさんがおいでだよ。」

 返事は聞きこえなかつたが、次つぎの間まに包つゝみを投出なげだす音がして、直様すぐさま長吉ちやうきちは温順おとなしさうな弱さうな色の白い顔を襖ふすまの間あひだから見せた。


二


 残暑ざんしよの夕日ゆふひが一しきり夏の盛さかりよりも烈はげしく、ひろ〴〵した河面かはづら一帯に燃え立ち、殊更ことさらに大学の艇庫ていこの真白まつしろなペンキ塗ぬりの板目はめに反映してゐたが、忽たちまち燈ともしびの光の消えて行ゆくやうにあたりは全体に薄暗うすぐらく灰色に変色へんしよくして来て、満ち来くる夕汐ゆふしほの上を滑すべつて行ゆく荷船にぶねの帆ほのみが真白まつしろく際立きはだつた。と見る間まもなく初秋しよしうの黄昏たそがれは幕の下おりるやうに早く夜に変かはつた。流れる水がいやに眩まぶしくきら〳〵光り出して、渡船わたしぶねに乗つて居ゐる人の形をくつきりと墨絵すみゑのやうに黒く染そめ出した。堤つゝみの上に長く横よこたはる葉桜はざくらの木立こだちは此方こなたの岸から望めば恐おそろしいほど真暗まつくらになり、一時いちじは面白おもしろいやうに引きつゞいて動いてゐた荷船にぶねはいつの間まにか一艘さう残らず上流の方はうに消えてしまつて、釣つりの帰りらしい小舟こぶねがところ〴〵木この葉はのやうに浮いてゐるばかり、見渡みわたす隅田川すみだがはは再びひろ〴〵としたばかりか静しづかに淋さびしくなつた。遥はるか川上かはかみの空のはづれに夏の名残なごりを示す雲の峰みねが立つてゐて細い稲妻いなづまが絶間たえまなく閃ひらめいては消える。

 長吉ちやうきちは先刻さつきから一人ぼんやりして、或時あるときは今戸橋いまどばしの欄干らんかんに凭もたれたり、或時あるときは岸の石垣いしがきから渡場わたしばの桟橋さんばしへ下おりて見たりして、夕日ゆふひから黄昏たそがれ、黄昏たそがれから夜になる河かはの景色けしきを眺ながめて居ゐた。今夜こんや暗くなつて人の顔がよくは見えない時分じぶんになつたら今戸橋いまどばしの上でお糸いとと逢あふ約束をしたからである。然しかし丁度ちやうど日曜日に当あたつて夜学校やがくかうを口実こうじつにも出来できない処ところから夕飯ゆふめしを済すますが否いなやまだ日ひの落ちぬ中うちふいと家うちを出てしまつた。一しきり渡場わたしばへ急ぐ人の往来ゆきゝも今では殆ほとんど絶え、橋の下に夜泊よどまりする荷船にぶねの燈火ともしびが慶養寺けいやうじの高い木立こだちを倒さかさに映した山谷堀さんやぼりの水に美しく流れた。門口かどぐちに柳やなぎのある新しい二階家やからは三味線しやみせんが聞きこえて、水に添ふ低い小家こいへの格子戸外かうしどそとには裸体はだかの亭主ていしゆが凉すゞみに出はじめた。長吉ちやうきちはもう来る時分じぶんであらうと思つて一心いつしんに橋向むかうを眺ながめた。

 最初に橋を渡つて来た人影は黒い麻あさの僧衣ころもを着た坊主ばうずであつた。つゞいて尻端折しりはしをりの股引もゝひきにゴム靴をはいた請負師うけおひしらしい男の通とほつた後あと、暫しばらくしてから、蝙蝠傘かうもりがさと小包こづゝみを提さげた貧し気げな女房が日和下駄ひよりげたで色気もなく砂を蹴立けたてゝ大股おほまたに歩いて行つた。もういくら待つても人通ひとゞほりはない。長吉ちやうきちは詮方せんかたなく疲れた眼を河かはの方はうに移した。河面かはづらは先刻さつきよりも一体に明あかるくなり気味悪きみわるい雲の峯みねは影もなく消えてゐる。長吉ちやうきちは其その時長命寺辺ちやうめいじへんの堤つゝみの上の木立こだちから、他分たぶん旧暦きうれき七月の満月であらう、赤味あかみを帯びた大きな月の昇りかけて居ゐるのを認めた。空は鏡のやうに明あかるいのでそれを遮さへぎる堤つゝみと木立こだちはます〳〵黒く、星は宵よひの明星みやうじやうの唯たつた一つ見えるばかりで其その他たは尽こと〴〵く余りに明あかるい空の光に掻かき消され、横ざまに長く棚曳たなびく雲のちぎれが銀色に透通すきとほつて輝いてゐる。見る〳〵中うち満月が木立こだちを離れるに従ひ河岸かはぎしの夜露よつゆをあびた瓦屋根かはらやねや、水に湿ぬれた棒杭ぼうぐひ、満潮まんてうに流れ寄る石垣下いしがきしたの藻草もぐさのちぎれ、船の横腹よこはら、竹竿たけざをなぞが、逸早いちはやく月の光を受けて蒼あをく輝き出した。忽たちまち長吉ちやうきちは自分の影が橋板はしいたの上に段々に濃こく描ゑがき出されるのを知つた。通とほりかゝるホーカイ節ぶしの男女が二人、「まア御覧ごらんよ。お月様。」と云いつて暫しばらく立止たちどまつた後のち、山谷堀さんやぼりの岸辺きしべに曲まがるが否いなや当付あてつけがましく、

〽書生さん橋の欄干らんかんに腰打うちかけて───

と立ちつゞく小家こいへの前で歌つたが金にならないと見たか歌ひも了をはらず、元の急足いそぎあしで吉原土手よしはらどての方はうへ行つてしまつた。

 長吉ちやうきちはいつも忍会しのびあひの恋人が経験するさま〴〵の懸念けねんと待ちあぐむ心のいらだちの外ほかに、何なんとも知れぬ一種の悲哀ひあひを感じた。お糸いとと自分との行末ゆくすゑ………行末ゆくすゑと云いふよりも今夜こんや会つて後のちの明日あしたはどうなるのであらう。お糸いとは今夜こんや兼かねてから話のしてある葭町よしちやうの芸者屋まで出掛でかけて相談をして来ると云いふ事で、其その道中だうちゆうをば二人一緒に話しながら歩かうと約束したのである。お糸いとがいよ〳〵芸者になつてしまへば此これまでのやうに毎日逢あふ事ができなくなるのみならず、それが萬事ばんじの終をはりであるらしく思はれてならない。自分の知らない如何いかにも遠い国へと再び帰る事なく去いつてしまふやうな気がしてならないのだ。今夜こんやのお月様は忘れられない。一生に二度見られない月だなアと長吉ちやうきちはしみじみ思つた。あらゆる記憶の数々かず〳〵が電光のやうに閃ひらめく。最初地方町ぢかたまちの小学校へ行く頃ころは毎日のやうに喧嘩けんくわして遊んだ。やがては皆みんなから近所の板塀いたべいや土蔵どざうの壁に相々傘あひ〳〵がさをかゝれて囃はやされた。小梅こうめの伯父をぢさんにつれられて奥山おくやまの見世物みせものを見に行つたり池の鯉こひに麩ふをやつたりした。

 三社祭さんじやまつりの折をりお糸いとは或年あるとし踊屋台をどりやたいへ出て道成寺だうじやうじを踊つた。町内一同で毎年まいとし汐干狩しほひがりに行ゆく船の上でもお糸いとはよく踊つた。学校の帰り道には毎日のやうに待乳山まつちやまの境内けいだいで待合まちあはせて、人の知らない山谷さんやの裏町うらまちから吉原田圃よしはらたんぼを歩いた………。あゝ、お糸いとは何故なぜ芸者なんぞになるんだらう。芸者なんぞになつちやいけないと引止ひきとめたい。長吉ちやうきちは無理にも引止ひきとめねばならぬと決心したが、すぐ其その傍そばから、自分はお糸いとに対しては到底たうていそれだけの威力ゐりよくのない事を思返おもひかへした。果敢はかない絶望と諦あきらめとを感じた。お糸いとは二ツ年下の十六であるが、此頃このごろになつては長吉は殊更ことさらに日ひ一日にちとお糸いとが遥はるか年上の姉であるやうな心持こゝろもちがしてならぬのであつた。いや最初からお糸いとは長吉ちやうきちよりも強かつた。長吉ちやうきちよりも遥はるかに臆病おくびやうではなかつた。お糸いと長吉ちやうきちと相々傘あひ〳〵がさにかゝれて皆みんなから囃はやされた時でもお糸いとはびくともしなかつた。平気な顔で長ちやうちやんはあたいの旦那だんなだよと怒鳴どなつた。去年初めて学校からの帰り道を待乳山まつちやまで待ち合はさうと申出まをしだしたのもお糸いとであつた。宮戸座みやとざの立見たちみへ行ゆかうと云いつたのもお糸いとが先さきであつた。帰りの晩おそくなる事をもお糸いとの方が却かへつて心配しなかつた。知らない道に迷つても、お糸いとは行ゆける処ところまで行いつて御覧ごらんよ。巡査おまはりさんにきけば分わかるよと云いつて、却かへつて面白おもしろさうにづん〳〵歩いた………。

 あたりを構かまはず橋板はしいたの上に吾妻下駄あづまげたを鳴ならす響ひゞきがして、小走こばしりに突然とつぜんお糸いとがかけ寄つた。

「おそかつたでせう。気に入らないんだもの、母おつかさんの結ゆつた髪なんぞ。」と馳かけ出した為ために殊更ことさらほつれた鬢びんを直しながら、「をかしいでせう。」

 長吉ちやうきちはたゞ眼を円まるくしてお糸いとの顔を見るばかりである。いつもと変りのない元気のいゝはしやぎ切つた様子やうすがこの場合寧むしろ憎にくらしく思はれた。遠い下町したまちに行つて芸者になつてしまふのが少すこしも悲しくないのかと長吉ちやうきちは云いひたい事も胸一ぱいになつて口には出ない。お糸いとは河水かはみづを照てらす玉のやうな月の光にも一向いつかう気のつかない様子やうすで、

「早く行ゆかうよ。私わたいお金持ちだよ。今夜こんやは。仲店なかみせでお土産みやげを買つて行ゆくんだから。」とすた〳〵歩きだす。

「明日あした、きつと帰るか。」長吉ちやうきちは吃どもるやうにして云いひ切つた。

「明日あした帰らなければ、明後日あさつての朝はきつと帰つて来てよ。不断着ふだんぎだの、いろんなもの持つて行かなくつちやならないから。」

 待乳山まつちやまの麓ふもとを聖天町しやうでんちやうの方はうへ出やうと細い路地ろぢをぬけた。

「何故なぜ黙つてるのよ。どうしたの。」

「明後日あさつて帰つて来てそれから又また彼方あつちへ去いつてしまふんだらう。え。お糸いとちやんはもう其それなり向むかうの人になつちまふんだらう。もう僕ぼくとは会へないんだらう。」

「ちよい〳〵遊びに帰つて来るわ。だけれど、私わたいも一生懸命にお稽古けいこしなくつちやならないんだもの。」

 少すこしは声を曇くもらしたものゝ其その調子てうしは長吉ちやうきちの満足するほどの悲愁ひしふを帯びてはゐなかつた。長吉ちやうきちは暫しばらくしてから又また突然とつぜんに、

「なぜ芸者なんぞになるんだ。」

「又またそんな事きくの。をかしいよ。長ちやうさんは。」

 お糸いとは已すでに長吉ちやうきちのよく知つてゐる事情をば再びくど〳〵しく繰返くりかへした。お糸いとが芸者になると云いふ事は二三年いやもつと前から長吉ちやうきちにも能よく分わかつてゐた事である。其その起因おこりは大工だいくであつたお糸いとの父親がまだ生きて居ゐた頃ころから母親おふくろは手内職てないしよくにと針仕事をしてゐたが、その得意先とくいさきの一軒けんで橋場はしばの妾宅せふたくにゐる御新造ごしんぞがお糸いとの姿すがたを見て是非ぜひ娘分むすめぶんにして行末ゆくすゑは立派りつぱな芸者にしたてたいと云出いひだした事からである。御新造ごしんぞの実家じつかは葭町よしちやうで幅はゞのきく芸者家げいしややであつた。然しかし其その頃ころのお糸いとの家うちはさほどに困つても居ゐなかつたし、第一に可愛かあいい盛さかりの子供を手放すのが辛つらかつたので、親の手元てもとでせいぜい芸を仕込ます事になつた。其後そのご父親が死んだ折をりには差当さしあたり頼りのない母親は橋場はしばの御新造ごしんぞの世話で今の煎餅屋せんべいやを出したやうな関係もあり、萬事ばんじが金銭上の義理ばかりでなくて相方さうはうの好意から自然とお糸いとは葭町よしちやうへ行ゆくやうに誰たれが強しひるともなく決きまつて居ゐたのである。百も承知してゐるこんな事情を長吉ちやうきちはお糸いとの口からきく為ために質問したのでない。お糸いとがどうせ行ゆかねばならぬものなら、もう少すこし悲しく自分の為ために別わかれを惜をしむやうな調子てうしを見せて貰もらひたいと思つたからだ。長吉ちやうきちは自分とお糸いとの間あひだにはいつの間まにか互たがひに疎通そつうしない感情の相違の生じて居ゐる事を明あきらかに知つて、更さらに深い悲かなしみを感じた。

 この悲かなしみはお糸いとが土産物みやげものを買ふ為ため仁王門にわうもんを過ぎて仲店なかみせへ出た時更さらに又また堪たへがたいものとなつた。夕凉ゆふすゞみに出掛でかける賑にぎやかな人出ひとでの中にお糸いとはふいと立止たちどまつて、並ならんで歩く長吉ちやうきちの袖そでを引き、「長ちやうさん、あたいも直ぢきあんな扮装なりするんだねえ。絽縮緬ろちりめんだねきつと、あの羽織はおり………。」

 長吉ちやうきちは云いはれるまゝに見返みかへると、島田しまだに結ゆつた芸者と、其それに連立つれだつて行ゆくのは黒絽くろろの紋付もんつきをきた立派りつぱな紳士しんしであつた。あゝお糸いとが芸者になつたら一緒に手を引いて歩く人は矢張やつぱりあゝ云いふ立派りつぱな紳士しんしであらう。自分は何年たつたらあんな紳士しんしになれるのか知ら。兵児帯へこおび一ツの現在いまの書生姿すがたが云いふに云いはれず情なさけなく思はれると同時に、長吉ちやうきちは其その将来どころか現在に於おいても、已すでに単純なお糸いとの友達たる資格さへないものゝやうな心持こゝろもちがした。

 いよ〳〵御神燈ごしんとうのつゞいた葭町よしちやうの路地口ろぢぐちへ来た時、長吉ちやうきちはもう此これ以上果敢はかないとか悲しいとか思ふ元気さへなくなつて、唯ただぼんやり、狭せまく暗い路地裏ろぢうらのいやに奥深おくふかく行先ゆくさき知れず曲込まがりこんでゐるのを不思議さうに覗込のぞきこむばかりであつた。

「あの、一ひィ二ふゥ三みィ………四つ目の瓦斯燈ガスとうの出てるところだよ。松葉屋まつばやと書いてあるだらう。ね。あの家うちよ。」とお糸いとは屡しば〳〵橋場はしばの御新造ごしんぞにつれて来られたり、又またはその用事で使ひに来たりして能よく知つてゐる軒先のきさきの燈あかりを指し示した。

「ぢやア僕ぼくは帰るよ。もう………。」と云いふばかりで長吉ちやうきちは矢張やはり立止たちどまつてゐる。その袖そでをお糸いとは軽く捕つかまへて忽たちまち媚こびるやうに寄添よりそひ、

「明日あしたか明後日あさつて、家うちへ帰つて来た時きつと逢あはうね。いゝかい。きつとよ。約束してよ。あたいの家うちへお出いでよ。よくツて。」

「あゝ。」

 返事をきくと、お糸いとは其それですつかり安心したものゝ如ごとくすた〳〵路地ろぢの溝板どぶいたを吾妻下駄あづまげたに踏みならし振返ふりかへりもせずに行つてしまつた。其その足音が長吉ちやうきちの耳には急いで馳かけて行ゆくやうに聞きこえた、かと思ふ間まもなく、ちりん〳〵と格子戸かうしどの鈴の音がした。長吉ちやうきちは覚えず後あとを追つて路地内ろぢうちへ這入はいらうとしたが、同時に一番近くの格子戸かうしどが人声ひとごゑと共に開あいて、細長い弓張提灯ゆみはりぢやうちんを持つた男が出て来たので、何なんと云いふ事なく長吉は気後きおくれのしたばかりか、顔を見られるのが厭いやさに、一散いつさんに通とほりの方はうへと遠とほざかつた。円まるい月は形が大分だいぶ小ちひさくなつて光が蒼あをく澄すんで、静しづかに聳そびえる裏通うらどほりの倉くらの屋根やねの上、星の多い空の真中まんなかに高く昇つて居ゐた。


三


 月の出でが夜毎よごとおそくなるにつれて其その光は段々冴さえて来た。河風かはかぜの湿しめツぽさが次第に強く感じられて来て浴衣ゆかたの肌はだがいやに薄寒うすさむくなつた。月はやがて人の起きて居ゐる頃ころにはもう昇らなくなつた。空には朝も昼過ひるすぎも夕方ゆふがたも、いつでも雲が多くなつた。雲は重かさなり合つて絶えず動いてゐるので、時としては僅わづかに其その間々あひだ〳〵に殊更ことさららしく色の濃こい青空の残りを見せて置きながら、空そら一面に蔽おほひ冠かぶさる。すると気候は恐おそろしく蒸暑むしあつくなつて来て、自然と浸しみ出る脂汗あぶらあせが不愉快ふゆくわいに人の肌はだをねば〳〵させるが、然しかし又また、さう云いふ時にはきまつて、其その強弱と其その方向の定まらない風が突然とつぜんに吹き起おこつて、雨もまた降ふつては止やみ、止やんではまた降りつゞく事がある。この風やこの雨には一種特別の底深そこぶかい力が含まれて居ゐて、寺の樹木じゆもくや、河岸かはぎしの葦あしの葉や、場末ばすゑにつゞく貧しい家の板屋根いたやねに、春や夏には決して聞かれない音響おんきやうを伝へる。日が恐おそろしく早く暮れてしまふだけ、長い夜よはすぐに寂々しん〳〵と更ふけ渡つて来て、夏ならば夕凉ゆふすゞみの下駄げたの音に遮さへぎられてよくは聞きこえない八時か九時の時ときの鐘かねがあたりをまるで十二時の如ごとく静しづかにしてしまふ。蟋蟀こほろぎの声はいそがしい。燈火ともしびの色はいやに澄すむ。秋。あゝ秋だ。長吉ちやうきちは初めて秋といふものは成程なるほどいやなものだ。実じつに淋さびしくつて堪たまらないものだと身にしみ〴〵感じた。

 学校はもう昨日きのふから始はじまつてゐる。朝早く母親の用意して呉くれる弁当箱を書物と一所に包んで家うちを出て見たが、二日目三日目にはつく〴〵遠い神田かんだまで歩いて行ゆく気力がなくなつた。今までは毎年まいねん長い夏休みの終をはる頃ころと云いへば学校の教場けうぢやうが何なんとなく恋しく授業の開始する日が心待こゝろまちに待たれるやうであつた。其そのうひ〳〵しい心持こゝろもちはもう全まつたく消えてしまつた。つまらない。学問なんぞしたつてつまるものか。学校は己おのれの望むやうな幸福を与へる処ところではない。………幸福とは無関係のものである事を長吉ちやうきちは物新ものあたらしく感じた。

 四日目の朝いつものやうに七時前に家うちを出て観音くわんおんの境内けいだいまで歩いて来たが、長吉ちやうきちはまるで疲れきつた旅人たびびとが路傍みちばたの石に腰こしをかけるやうに、本堂の横手よこてのベンチの上に腰こしを下おろした。いつの間まに掃除さうぢをしたものか朝露あさつゆに湿しめつた小砂利こじやりの上には、投捨なげすてた汚きたない紙片かみきれもなく、朝早い境内けいだいはいつもの雑沓ざつたふに引かへて妙めうに広く神々かう〴〵しく寂しんとしてゐる。本堂の廊下らうかには此処こゝで夜明よあかししたらしい迂散うさんな男が今だに幾人いくにんも腰こしをかけて居ゐて、其その中には垢あかじみた単衣ひとへの三尺帯さんじやくおびを解いて平気で褌ふんどしをしめ直してゐる奴やつもあつた。此頃このごろの空癖そらくせで空は低く鼠色ねずみいろに曇くもり、あたりの樹木じゆもくからは虫噛むしばんだ青いまゝの木葉このはが絶え間なく落ちる。烏からすや鶏にはとりの啼声なきごゑ鳩はとの羽音はおとが爽さはやかに力強く聞きこえる。溢あふれる水に濡ぬれた御手洗みたらしの石が飜ひるがへる奉納ほうなふの手拭てぬぐひのかげにもう何なんとなく冷つめたいやうに思はれた。其それにも拘かゝはらず朝参あさまゐりの男女は本堂の階段を上のぼる前に何いづれも手を洗ふ為ためにと立止たちどまる。其その人々の中に長吉ちやうきちは偶然ぐうぜんにも若い一人の芸者が、口には桃色のハンケチを啣くはへて、一重羽織ひとへばおりの袖口そでぐちを濡ぬらすまい為ためか、真白まつしろな手先てさきをば腕までも見せるやうに長くさし伸のばしてゐるのを認めた。同時にすぐ隣となりのベンチに腰をかけてゐる書生が二人、「見ろ〳〵、ジンゲルだ。わるくないなア。」と云いつてゐるのさへ耳にした。

 島田しまだに結ゆつて弱々しく両肩りやうかたの撫なで下さがつた小作こづくりの姿すがたと、口尻くちじりのしまつた円顔まるがほ、十六七の同じやうな年頃としごろとが、長吉ちやうきちをして其その瞬間しゆんかん危あやふくベンチから飛び立たせやうとした程ほどお糸いとのことを連想せしめた。お糸いとは月のいゝあの晩に約束した通り、其その翌々日よく〳〵じつに、其それからは長く葭町よしちやうの人たるべく手荷物てにもつを取りに帰つて来たが、其その時長吉ちやうきちはまるで別の人のやうにお糸いとの姿すがたの変かはつてしまつたのに驚いた。赤いメレンスの帯ばかり締しめて居ゐた娘姿むすめすがたが、突然とつぜんたつた一日の間あひだに、丁度ちやうど今御手洗みたらしで手を洗つてゐる若い芸者その儘まゝの姿すがたになつてしまつたのだ。薬指くすりゆびにはもう指環ゆびわさへ穿はめてゐた。用もないのに幾度いくたびとなく帯の間あひだから鏡入かゞみいれや紙入かみいれを抜き出して、白粉おしろいをつけ直したり鬢びんのほつれを撫なで上げたりする。戸外そとには車を待たして置いていかにも急いそがしい大切な用件を身に帯びてゐると云いつた風ふうで一時間もたつかたゝない中うちに帰つてしまつた。其その帰りがけ長吉ちやうきちに残した最後の言葉は其その母親の「御師匠おししやうさんのをばさん」にもよろしく云いつてくれと云いふ事であつた。まだ何時いつ出るのか分わからないから又また近い中うちに遊びに来るわと云いふ懐なつかしい声も聞きかれないのではなかつたが、其それはもう今までのあどけない約束ではなくて、世馴よなれた人の如才じよさいない挨拶あいさつとしか長吉ちやうきちには聞取きゝとれなかつた。娘であつたお糸いと、幼馴染をさななじみの恋人のお糸いとはこの世にはもう生きてゐないのだ。路傍みちばたに寝て居ゐる犬を驚おどろかして勢いきほひよく駈かけ去つた車の後あとに、えも云いはれず立迷たちまよつた化粧けしやうの匂にほひが、いかに苦しく、いかに切せつなく身中みうちにしみ渡つたであらう………。

 本堂の中にと消えた若い芸者の姿すがたは再び階段の下に現あらはれて仁王門にわうもんの方はうへと、素足すあしの指先ゆびさきに突掛つゝかけた吾妻下駄あづまげたを内輪うちわに軽く踏みながら歩いて行ゆく。長吉ちやうきちは其その後姿うしろすがたを見送みおくると又また更さらに恨うらめしいあの車を見送みおくつた時の一刹那せつなを思起おもひおこすので、もう何なんとしても我慢がまんが出来できぬといふやうにベンチから立上たちあがつた。そして知らず〳〵其その後あとを追ふて仲店なかみせの尽つきるあたりまで来たが、若い芸者の姿すがたは何処どこの横町よこちやうへ曲まがつてしまつたものか、もう見えない。両側りやうがはの店では店先を掃除さうぢして品物を並ならべたてゝゐる最中さいちゆうである。長吉ちやうきちは夢中むちゆうで雷門かみなりもんの方はうへどん〳〵歩いた。若い芸者の行衛ゆくゑを見究みきはめやうと云いふのではない。自分の眼にばかりあり〳〵見えるお糸いとの後姿うしろすがたを追つて行ゆくのである。学校の事も何なにも彼かも忘れて、駒形こまがたから蔵前くらまへ、蔵前くらまへから浅草橋あさくさばし………其それから葭町よしちやうの方へとどん〳〵歩いた。然しかし電車の通とほつてゐる馬喰町ばくろちやうの大通おほどほりまで来て、長吉ちやうきちは何どの横町よこちやうを曲まがればよかつたのか少すこしく当惑たうわくした。けれども大体の方角はよく分わかつてゐる。東京に生れたものだけに道をきくのが厭いやである。恋人の住む町と思へば、其その名を徒いたづらに路傍ろばうの他人に漏もらすのが、心の秘密を探られるやうで、唯たゞわけもなく恐おそろしくてならない。長吉ちやうきちは仕方しかたなしに唯ただ左へ左へと、いゝかげんに折をれて行ゆくと蔵造くらづくりの問屋らしい商家しやうかのつゞいた同じやうな堀割ほりわりの岸に二度も出た。其その結果長吉ちやうきちは遥はるか向むかうに明治座めいぢざの屋根やねを見てやがて稍やゝ広い往来わうらいへ出た時、其その遠い道のはづれに河蒸汽船かはじようきせんの汽笛きてきの音の聞きこえるのに、初めて自分の位置と町の方角とを覚さとつた。同時に非常な疲労つかれを感じた。制帽せいぼうを冠かぶつた額ひたひのみならず汗は袴はかまをはいた帯のまはりまでしみ出してゐた。然しかしもう一瞬間しゆんかんとても休む気にはならない。長吉ちやうきちは月の夜よに連れられて来た路地口ろぢぐちをば、これは又また一層の苦心、一層の懸念けねん、一層の疲労を以もつて、やつとの事で見出みいだし得たのである。

 片側かたかはに朝日あさひがさし込んで居ゐるので路地ろぢの内うちは突当つきあたりまで見透みとほされた。格子戸かうしどづくりの小ちひさい家うちばかりでない。昼間ひるま見ると意外に屋根やねの高い倉くらもある。忍返しのびがへしをつけた板塀いたべいもある。其その上から松まつの枝も見える。石灰いしばひの散つた便所の掃除口さうぢぐちも見える。塵芥箱ごみばこの並ならんだ処ところもある。其その辺へんに猫がうろ〳〵して居ゐる。人通ひとゞほりは案外に烈はげしい。極きはめて狭せまい溝板どぶいたの上を通行の人は互たがひに身を斜なゝめに捻向ねぢむけて行ゆき交ちがふ。稽古けいこの三味線しやみせんに人の話声はなしごゑが交まじつて聞きこえる。洗物あらひものする水音みづおとも聞きこえる。赤い腰巻こしまきに裾すそをまくつた小女こをんなが草箒くさばうきで溝板どぶいたの上を掃はいてゐる。格子戸かうしどの格子かうしを一本々々一生懸命に磨みがいて居ゐるのもある。長吉ちやうきちは人目ひとめの多いのに気後きおくれしたのみでなく、さて路地内ろぢうちに進入すゝみいつたにした処ところで、自分はどうするのかと初めて反省の地位に返つた。人知ひとしれず松葉屋まつばやの前を通つて、そつとお糸いとの姿すがたを垣間見かいまみたいとは思つたが、あたりが余りに明過あかるすぎる。さらば此このまゝ路地口ろぢぐちに立つてゐて、お糸いとが何かの用で外へ出るまでの機会を待たうか。然しかしこれもまた、長吉ちやうきちには近所の店先みせさきの人目ひとめが尽こと〴〵く自分ばかりを見張みはつて居ゐるやうに思はれて、とても五分と長く立つてゐる事はできない。長吉ちやうきちは兎とに角かく思案しあんをしなほすつもりで、折をりから近所の子供を得意にする粟餅屋あはもちやの爺ぢゝがカラカラカラと杵きねをならして来る向むかうの横町よこちやうの方へと遠とほざかつた。

 長吉ちやうきちは浜町はまちやうの横町よこちやうをば次第に道の行ゆくまゝに大川端おほかはばたの方へと歩いて行つた。いか程ほど機会を待つても昼中ひるなかはどうしても不便である事を僅わづかに悟さとり得たのであるが、すると、今度はもう学校へは遅おそくなつた。休むにしても今日けふの半日はんにち、これから午後の三時までをどうして何処どこに消費しやうかと云いふ問題の解決に迫せめられた。母親のお豊とよは学校の時間割までをよく知抜しりぬいてゐるので、長吉ちやうきちの帰りが一時間早くても、晩おそくても、すぐに心配して煩うるさく質問する。無論むろん長吉ちやうきちは何なんとでも容易たやすく云紛いひまぎらすことは出来できると思ふものゝ、其それだけの嘘うそをつく良心の苦痛に逢あふのが厭いやでならない。丁度ちやうど来かゝる川端かはゞたには、水練場すゐれんばの板小屋いたごやが取払とりはらはれて、柳やなぎの木蔭こかげに人が釣つりをしてゐる。其それをば通りがゝりの人が四人も五人もぼんやり立つて見てゐるので、長吉ちやうきちはいゝ都合だと同じやうに釣つりを眺ながめる振ふりで其そのそばに立寄たちよつたが、もう立つてゐるだけの力さへなく、柳やなぎの根元ねもとの支木さゝへぎに背せをよせかけながら蹲踞しやがんでしまつた。

 さつきから空の大半たいはんは真青まつさをに晴れて来て、絶えず風の吹き通かよふにも拘かゝはらず、ぢり〳〵人の肌はだに焼附やきつくやうな湿気しつけのある秋の日は、目の前なる大川おほかはの水一面に眩まぶしく照り輝くので、往来わうらいの片側に長くつゞいた土塀どべいからこんもりと枝を伸のばした繁りの蔭かげがいかにも凉すゞしさうに思はれた。甘酒屋あまざけやの爺ぢゝがいつか此この木蔭こかげに赤く塗ぬつた荷にを下おろしてゐた。川向かはむかうは日の光の強い為ために立続たちつゞく人家じんかの瓦屋根かはらやねをはじめ一帯の眺望てうばうがいかにも汚きたならしく見え、風に追ひやられた雲の列が盛さかんに煤煙ばいえんを吐はく製造場せいぞうばの烟筒けむだしよりも遥はるかに低く、動かずに層をなして浮うかんでゐる。釣つり道具を売る後うしろの小家こいへから十一時の時計が鳴つた。長吉ちやうきちは数へながら其それを聞いて、初めて自分はいかに長い時間を歩き暮くらしたかに驚おどろいたが、同時に此この分ぶんで行けば三時までの時間を空費くうひするのもさして難かたくはないと稍やゝ安心することも出来できた。長吉ちやうきちは釣師つりしの一人が握飯にぎりめしを食ひはじめたのを見て、同じやうに弁当箱べんたうばこを開いた。開いたけれども何なんだか気きまりが悪くて、誰たれか見てゐやしないかときよろ〳〵四辺あたりを見𢌞みまはした。幸ひ午近ひるぢかくのことで見渡みわたす川岸に人の往来わうらいは杜絶とだえてゐる。長吉ちやうきちは出来できるだけ早く飯めしでも菜さいでも皆みんな鵜呑うのみにしてしまつた。釣師つりしはいづれも木像のやうに黙つてゐるし、甘酒屋あまざけやの爺ぢゝは居眠ゐねむりしてゐる。午過ひるすぎの川端かはゞたはます〳〵静しづかになつて犬さへ歩いて来ない処ところから、流石さすがの長吉ちやうきちも自分は何故なぜこんなに気きまりを悪がるのであらう臆病おくびやうなのであらうと我ながら可笑をかしい気にもなつた。

 両国橋りやうごくばしと新大橋しんおほはしとの間あひだを一𢌞ひとまはりした後のち、長吉ちやうきちはいよ〳〵浅草の方はうへ帰らうと決心するにつけ、「もしや」といふ一念にひかされて再び葭町よしちやうの路地口ろぢぐちに立寄たちよつて見た。すると午前ほどには人通ひとゞほりがないのに先まず安心して、おそる〳〵松葉屋まつばやの前を通とほつて見たが、家うちの中は外から見ると非常に暗く、人の声三味線しやみせんの音さへ聞きこえなかつた。けれども長吉ちやうきちには誰たれにも咎とがめられずに恋人の住む家うちの前を通とほつたと云いふそれだけの事が、殆ほとんど破天荒はてんくわうの冒険を敢あへてしたやうな満足を感じさせたので、これまで歩きぬいた身の疲労と苦痛とを長吉ちやうきちは遂つひに後悔こうくわいしなかつた。


四


 その週間の残りの日数ひかずだけはどうやらかうやら、長吉ちやうきちは学校へ通かよつたが、日曜日一日を過すごすと其その翌朝あくるあさは電車に乗つて上野まで来ながらふいと下おりてしまつた。教師に差出さしだすべき代数の宿題を一つもやつて置かなかつた。英語と漢文の下読したよみをもして置かなかつた。それのみならず今日けふは又また、凡およそ世の中で何なによりも嫌きらひな何なによりも恐おそろしい機械体操のある事を思ひ出したからである。長吉ちやうきちには鉄棒から逆さかさにぶらさがつたり、人の丈たけより高い棚たなの上から飛下とびおりるやうな事は、いかに軍曹上ぐんさうあがりの教師から強しひられても全級ぜんきふの生徒から一斉せいに笑はれても到底たうてい出来得できうべきことではない。何なにによらず体育の遊戯いうぎにかけては、長吉ちやうきちはどうしても他たの生徒一同に伴つて行ゆく事が出来できないので、自然と軽侮けいぶの声の中に孤立こりつする。其その結果は、遂つひに一同から意地悪いぢわるくいぢめられる事になり易やすい。学校は単にこれだけでも随分ずゐぶん厭いやな処ところ、苦しいところ、辛つらい処ところであつた。されば長吉ちやうきちはその母親がいかほど望んだ処ところで今になつては高等学校へ這入はいらうと云いふ気は全まつたくない。若もし入学すれば校則として当初はじめの一年間は是非ぜひとも狂暴きやうぼう無残むざんな寄宿舎きしゆくしや生活をしなければならない事を聴知きゝしつてゐたからである。高等学校寄宿舎きしゆくしや内に起おこるいろ〳〵な逸話いつわは早くから長吉ちやうきちの胆きもを冷ひやしてゐるのであつた。いつも画学ぐわがくと習字にかけては全級ぜんきふ誰たれも及ぶものゝない長吉ちやうきちの性情せいじやうは、鉄拳てつけんだとか柔術じうじゆつだとか日本魂やまとだましひだとか云いふものよりも全まつたく異ちがつた他の方面に傾いてゐた。子供の時から朝夕あさゆふに母が渡世とせいの三味線しやみせんを聴きくのが大好きで、習はずして自然に絃いとの調子てうしを覚え、町を通とほる流行唄はやりうたなぞは一度聴きけば直すぐに記憶きおくする位くらゐであつた。小梅こうめの伯父をぢなる蘿月宗匠らげつそうしやうは早くも名人になるべき素質があると見抜いて、長吉ちやうきちをば檜物町ひものちやうでも植木店うゑきだなでも何処どこでもいゝから一流の家元いへもとへ弟子入でしいりをさせたらばとお豊とよに勧すゝめたがお豊とよは断じて承諾しようだくしなかつた。のみならず以来は長吉ちやうきちに三味線しやみせんを弄いぢる事をば口喧くちやかましく禁止した。

 長吉ちやうきちは蘿月らげつの伯父をぢさんの云いつたやうに、あの時分じぶんから三味線しやみせんを稽古けいこしたなら、今頃いまごろは兎とに角かく一人前いちにんまへの芸人になつてゐたに違ひない。さすればよしやお糸いとが芸者になつたにした処ところで、こんなに悲惨みじめな目に遇あはずとも済すんだであらう。あゝ実じつに取返とりかへしのつかない事をした。一生の方針を誤あやまつたと感じた。母親が急に憎にくくなる。例たとへられぬほど怨うらめしく思はれるに反して、蘿月らげつの伯父をぢさんの事が何なんとなく取縋とりすがつて見たいやうに懐なつかしく思返おもひかへされた。これまでは何なんの気もなく母親からも亦また伯父をぢ自身の口からも度々たび〳〵聞かされてゐた伯父をぢが放蕩三昧はうたうざんまいの経歴が恋の苦痛を知り初そめた長吉ちやうきちの心には凡すべて新しい何なにかの意味を以もつて解釈されはじめた。長吉ちやうきちは第一に「小梅こうめの伯母をばさん」と云いふのは元もと金瓶大黒きんぺいだいこくの華魁おいらんで明治の初め吉原よしはら解放の時小梅こうめの伯父をぢさんを頼つて来たのだとやら云いふ話を思出おもひだした。伯母をばさんは子供の頃ころ自分をば非常に可愛かはいがつて呉くれた。其それにも係かゝはらず、自分の母親のお豊とよはあまり好よくは思つてゐない様子やうすで、盆暮ぼんくれの挨拶あいさつもほんの義理一遍ぺんらしい事を構かまはず素振そぶりに現あらはしてゐた事さへあつた。長吉ちやうきちは此処こゝで再び母親の事を不愉快ふゆくわいに且かつ憎にくらしく思つた。殆ほとんど夜よの目も離さぬ程ほど自分の行おこなひを目戍みまもつて居ゐるらしい母親の慈愛じあいが窮屈きゆうくつで堪たまらないだけ、もしこれが小梅こうめの伯母をばさん見たやうな人であつたら───小梅こうめのをばさんはお糸いとと自分の二人を見て何とも云いへない情なさけのある声で、いつまでも仲よくお遊びよと云いつて呉くれた事がある───自分の苦痛の何物なにものたるかを能よく察さつして同情して呉くれるであらう。自分の心がすこしも要求してゐない幸福を頭から無理に強しひはせまい。長吉ちやうきちは偶然ぐうぜんにも母親のやうな正しい身の上の女と小梅こうめのをばさんのやうな或種あるしゆの経歴ある女との心理を比較した。学校の教師のやうな人と蘿月伯父らげつをぢさんのやうな人とを比較した。

 午頃ひるごろまで長吉ちやうきちは東照宮とうせうぐうの裏手うらての森の中で、捨石すていしの上に横よこたはりながら、こんな事を考へつゞけた後あとは、包つゝみの中にかくした小説本を取出とりだして読み耽ふけつた。そして明日あした出すべき欠席届とゞけにはいかにして又また母の認印みとめいんを盗ぬすむべきかを考へた。


五


 一ひとしきり毎日毎夜まいよのやうに降ふりつゞいた雨の後あと、今度は雲一ツ見えないやうな晴天が幾日いくにちと限かぎりもなくつゞいた。然しかしどうかして空が曇くもると忽たちまちに風が出て乾かわききつた道の砂を吹散ふきちらす。この風と共に寒さは日にまし強くなつて閉切しめきつた家の戸や障子しやうじが絶間たえまなくがたり〳〵と悲しげに動き出した。長吉ちやうきちは毎朝七時に始はじまる学校へ行ゆくため晩おそくも六時には起きねばならぬが、すると毎朝の六時が起おきるたびに、だん〳〵暗くなつて、遂つひには夜と同じく家の中には燈火ともしびの光を見ねばならぬやうになつた。毎年まいとし冬のはじめに、長吉ちやうきちはこの鈍にぶい黄きいろい夜明のランプの火を見ると、何なんとも云いへぬ悲しい厭いやな気がするのである。母親はわが子を励はげますつもりで寒さうな寝衣姿ねまきすがたのまゝながら、いつも長吉ちやうきちよりは早く起きて暖あたゝかい朝飯あさめしをばちやんと用意して置く。長吉ちやうきちは其その親切をすまないと感じながら何分なにぶんにも眠くてならぬ。もう暫しばらく炬燵こたつにあたつてゐたいと思ふのを、無暗むやみと時計ばかり気にする母にせきたてられて不平ふへいだら〳〵、河風かはかぜの寒い往来わうらいへ出るのである。或時あるときはあまりに世話を焼かれ過すぎるのに腹を立てゝ、注意される襟巻えりまきをわざと解ときすてゝ風邪かぜを引いてやつた事もあつた。もう返らない幾年いくねんか前まへ蘿月らげつの伯父をぢにつれられお糸いとも一所いつしよに酉とりの市いちへ行つた事があつた………毎年まいとしその日の事を思ひ出す頃ころから間まもなく、今年ことしも去年と同じやうな寒い十二月がやつて来るのである。

 長吉ちやうきちは同じやうな其その冬の今年ことしと去年、去年とその前年ぜんねん、それから其それと幾年いくねんも溯さかのぼつて何心なにごゝろなく考へて見ると、人は成長するに従つていかに幸福を失つて行ゆくものかを明あきらかに経験した。まだ学校へも行ゆかぬ子供の時には朝寒ければゆつくりと寝たいだけ寝て居ゐられたばかりでなく、身体からだの方はうもまた其程それほどに寒さを感ずることが烈はげしくなかつた。寒い風や雨の日には却かへつて面白おもしろく飛び歩いたものである。あゝ其それが今の身になつては、朝早く今戸いまどの橋の白い霜しもを踏むのがいかにも辛つらくまた昼過ぎにはいつも木枯こがらしの騒さわぐ待乳山まつちやまの老樹らうじゆに、早くも傾く夕日ゆふひの色がいかにも悲しく見えてならない。これから先の一年〳〵は自分の身にいかなる新しい苦痛を授さづけるのであらう。長吉ちやうきちは今年ことしの十二月ほど日数ひかずの早くたつのを悲しく思つた事はない。観音くわんおんの境内けいだいにはもう年としの市いちが立つた。母親のもとへとお歳暮せいぼのしるしにお弟子でしが持つて来る砂糖袋さたうぶくろや鰹節かつぶしなぞがそろ〳〵床とこの間まへ並ならび出した。学校の学期試験は昨日きのふすんで、一方ひとかたならぬ其その不成績に対する教師の注意書ちゆういがきが郵便で母親の手許てもとに送り届けられた。

 初めから覚悟かくごしてゐた事なので長吉ちやうきちは黙つて首をたれて、何かにつけてすぐに「親一人子一人」と哀あはれツぽい事を云出いひだす母親の意見を聞いてゐた。午前ひるまへ稽古けいこに来る小娘こむすめ達が帰つて後のち午過ひるすぎには三時過ぎてからでなくては、学校帰りの娘むすめ達はやつて来ぬ。今が丁度ちやうど母親が一番手すきの時間である。風がなくて冬の日が往来わうらいの窓一面にさしてゐる。折をりから突然とつぜんまだ格子戸かうしどをあけぬ先さきから、「御免ごめんなさい。」と云いふ華美はでな女の声こゑ、母親が驚おどろいて立つ間まもなく上框あがりがまちの障子しやうじの外から、「をばさん、わたしよ。御無沙汰ごぶさたしちまつて、お詫わびに来たんだわ。」

 長吉ちやうきちは顫ふるへた。お糸いとである。お糸いとは立派りつぱなセルの吾妻あづまコオトの紐ひもを解とき〳〵上あがつて来た。

「あら、長ちやうちやんも居ゐたの。学校がお休み………あら、さう。」其それから付つけたやうに、ほゝゝほと笑つて、さて丁寧ていねいに手をついて御辞儀おじぎをしながら、「をばさん、お変かはりもありませんの。ほんとに、つい家うちが出にくいものですから、あれツきり御無沙汰ごぶさたしちまつて………。」

 お糸いとは縮緬ちりめんの風呂敷ふろしきにつゝんだ菓子折くわしをりを出した。長吉は呆気あつけに取られたさまで物ものも云いはずにお糸いとの姿すがたを目戍みまもつてゐる。母親も一寸ちよつと烟けむに巻かれた形で進物しんもつの礼を述べた後のち、「きれいにおなりだね。すつかり見違みちがへちまつたよ。」と云いつた。

「いやにふけちまつたでせう。皆みんなさう云いつてよ。」とお糸いとは美しく微笑ほゝゑんで紫縮緬むらさきちりめんの羽織はおりの紐ひもの解けかゝつたのを結び直すついでに帯の間あひだから緋天鵞絨ひびろうどの煙草入たばこいれを出して、「をばさん。わたし、もう煙草たばこ喫のむやうになつたのよ。生意気なまいきでせう。」

 今度は高く笑つた。

「此方こつちへおよんなさい。寒いから。」と母親のお豊とよは長火鉢ながひばちの鉄瓶てつびんを下おろして茶を入れながら、「いつお弘ひろめしたんだえ。」

「まだよ。ずつと押詰おしづまつてからですつて。」

「さう。お糸いとちやんなら、きつと売れるわね。何なにしろ綺麗きれいだし、ちやんともう地ぢは出来できてゐるんだし………。」

「おかげさまでねえ。」とお糸いとは言葉を切つて、「あつちの姉さんも大変に喜んでたわ。私なんかよりもつと大きな癖くせに、それア随分ずゐぶん出来できない娘こがゐるんですもの。」

「この節せつの事こツたから………。」お豊とよはふと気がついたやうに茶棚ちやだなから菓子鉢くわしばちを出して、「あいにく何なんにも無くつて………道了だうれうさまのお名物めいぶつだつて、鳥渡ちよつとおつなものだよ。」と箸はしでわざ〳〵摘つまんでやつた。

「お師匠ツしよさん、こんちは。」と甲高かんだかな一本調子いつぽんてうしで、二人づれの小娘こむすめが騒々さう〴〵しく稽古けいこにやつて来た。

「をばさん、どうぞお構ひなく………。」

「なにいゝんですよ。」と云いつたけれどお豊とよはやがて次の間まへ立つた。

 長吉ちやうきちは妙に気きまりが悪くなつて自然に俯向うつむいたが、お糸いとの方はうは一向かう変かはつた様子やうすもなく小声こごゑで、

「あの手紙届とゞいて。」

 隣となりの座敷ざしきでは二人の小娘こむすめが声を揃そろへて、嵯峨さがやお室むろの花ざかり。長吉ちやうきちは首ばかり頷付うなづかせてもぢ〳〵してゐる。お糸いとが手紙を寄越よこしたのは一いちの酉とりの前時分まへじぶんであつた。つい家うちが出にくいと云いふだけの事である。長吉ちやうきちは直様すぐさま別れた後のちの生涯しやうがいをこま〴〵と書いて送つたが、然しかし待ち設まうけたやうな、折返をりかへしたお糸いとの返事は遂つひに聞く事が出来できなかつたのである。

「観音くわんおんさまの市いちだわね。今夜こんや一所いつしよに行かなくつて。あたい今夜こんや泊とまつてツてもいゝんだから。」

 長吉ちやうきちは隣座敷となりざしきの母親を気兼きがねして何なんとも答へる事ができない。お糸いとは構かまはず、

「御飯ごはんたべたら迎むかひに来てよ。」と云いつたが其その後あとで、「をばさんも一所いつしよにいらツしやるでせうね。」

「あゝ。」と長吉ちやうきちは力の抜けた声になつた。

「あの………。」お糸いとは急に思出おもひだして、「小梅こうめの伯父をぢさん、どうなすつて、お酒に酔ゑつて羽子板屋はごいたやのお爺ぢいさんと喧嘩けんくわしたわね。何時いつだつたか。私わたし怖こはくなツちまツたわ。今夜こんやいらツしやればいゝのに。」

 お糸いとは稽古けいこの隙すきを窺うかゞつてお豊とよに挨拶あいさつして、「ぢや、晩ほど。どうもお邪魔じやまいたしました。」と云いひながらすた〳〵帰つた。


六


 長吉ちやうきちは風邪かぜをひいた。七草なゝくさ過ぎて学校が始はじまつた処ところから一日無理をして通学した為ために、流行のインフルヱンザに変かはつて正月一ぱい寝通ねとほしてしまつた。

 八幡はちまんさまの境内けいだいに今日けふは朝から初午はつうまの太鼓たいこが聞きこえる。暖あたゝかい穏おだやかな午後ひるすぎの日光が一面にさし込む表おもての窓の障子しやうじには、折々をり〳〵軒のきを掠かすめる小鳥の影が閃ひらめき、茶の間まの隅すみの薄暗うすぐらい仏壇ぶつだんの奥までが明あかるく見え、床とこの間まの梅がもう散りはじめた。春は閉切しめきつた家うちの中までも陽気におとづれて来たのである。

 長吉ちやうきちは二三日前まへから起きてゐたので、此この暖あたゝかい日をぶら〳〵散歩に出掛でかけた。すつかり全快ぜんくわいした今になつて見れば、二十日はつか以上も苦しんだ大病たいびやうを長吉ちやうきちはもつけの幸ひであつたと喜んでゐる。とても来月の学年試験には及第きふだいする見込みこみがないと思つてゐた処ところなので、病気欠席の後あとと云いへば、落第らくだいしても母に対して尤至極もつともしごくな申訳まをしわけができると思ふからであつた。

 歩いて行ゆく中うちいつか浅草公園の裏手うらてへ出た。細い通とほりの片側かたがはには深い溝どぶがあつて、それを越した鉄柵てつさくの向むかうには、処々ところ〴〵の冬枯ふゆがれして立つ大木たいぼくの下したに、五区ごくの揚弓店やうきゆうてんの汚きたならしい裏手うらてがつゞいて見える。屋根やねの低い片側町かたかはまちの人家じんかは丁度ちやうど後うしろから深い溝どぶの方はうへと押詰おしつめられたやうな気がするので、大方おほかた其そのためであらう、其それ程ほどに混雑もせぬ往来わうらいがいつも妙めうに忙いそがしく見え、うろ〳〵徘徊はいくわいしてゐる人相にんさうの悪い車夫しやふが一寸ちよつと風采みなりの小綺麗こぎれいな通行人の後あとに煩うるさく付き纏まとつて乗車を勧すゝめてゐる。長吉ちやうきちはいつも巡査じゆんさが立番たちばんしてゐる左手の石橋いしばしから淡島あはしまさまの方はうまでがずつと見透みとほされる四辻よつゝじまで歩いて来て、通とほりがゝりの人々が立止たちどまつて眺ながめるまゝに、自分も何なんといふ事なく、曲まがり角かどに出してある宮戸座みやとざの絵看板ゑかんばんを仰あふいだ。

 いやに文字もんじの間あひだをくツ付けて模様もやうのやうに太く書いてある名題なだいの木札きふだを中央まんなかにして、その左右には恐おそろしく顔の小ちひさい、眼の大おほきい、指先ゆびさきの太い人物が、夜具やぐをかついだやうな大おほきい着物を着て、さまざまな誇張的こちやうてきの姿勢しせいで活躍くわつやくして居ゐるさまが描ゑがかれてある。この大きい絵看板ゑかんばんを蔽おほふ屋根形やねがたの軒のきには、花車だしにつけるやうな造つくり花ばなが美しく飾りつけてあつた。

 長吉ちやうきちはいか程ほど暖あたゝかい日和ひよりでも歩いてゐると流石さすがにまだ立春になつたばかりの事とて暫しばらくの間あひだ寒い風をよける処ところをと思ひ出した矢先やさき、芝居しばゐの絵看板ゑかんばんを見て、其そのまゝ狭せまい立見たちみの戸口へと進み寄つた。内うちへ這入はいると足場あしばの悪い梯子段はしごだんが立つてゐて、其その中程なかほどから曲まがるあたりはもう薄暗うすぐらく、臭くさい生暖なまあたゝかい人込ひとごみの温気うんきが猶更なほさら暗い上の方はうから吹き下おりて来る。頻しきりに役者の名を呼ぶ掛声かけごゑが聞きこえる。それを聞くと長吉ちやうきちは都会育ちの観劇者ばかりが経験する特種とくしゆの快感と特種とくしゆの熱情とを覚おぼえた。梯子段はしごだんの二三段を一躍ひととびに駈上かけあがつて人込ひとごみの中に割込わりこむと、床板ゆかいたの斜なゝめになつた低い屋根裏やねうらの大向おほむかうは大きな船の底へでも下おりたやうな心持こゝろもち。後うしろの隅々すみ〴〵についてゐる瓦斯ガスの裸火はだかびの光は一ぱいに詰つまつてゐる見物人の頭に遮さへぎられて非常に暗く、狭苦せまくるしいので、猿さるのやうに人のつかまつてゐる前側まへがはの鉄棒から、向むかうに見える劇場の内部は天井てんじやうばかりがいかにも広々ひろ〴〵と見え、舞台は色づき濁にごつた空気の為ために却かへつて小さく甚はなはだ遠く見えた。舞台はチヨンと打つた拍子木ひやうしぎの音に今丁度ちやうど𢌞まはつて止とまつた処ところである。極きはめて一直線な石垣いしがきを見せた台の下に汚よごれた水色の布ぬのが敷いてあつて、後うしろを限かぎる書割かきわりには小ちひさく大名屋敷だいみやうやしきの練塀ねりべいを描ゑがき、其その上の空一面をば無理にも夜だと思はせるやうに隙間すきまもなく真黒まつくろに塗ぬりたてゝある。長吉ちやうきちは観劇に対する此これまでの経験で「夜」と「川端かはばた」と云いふ事から、きつと殺ころし場ばに違ひないと幼をさない好奇心から丈伸せのびをして首を伸のばすと、果はたせるかな、絶えざる低い大太鼓おほだいこの音に例の如ごとく板をバタバタ叩たゝく音が聞きこえて、左手の辻番つじばん小屋の蔭かげから仲間ちゆうげんと蓙ござを抱かゝへた女とが大きな声で争ひながら出て来る。見物人が笑つた。舞台の人物は落おとしたものを捜さがす体ていで何なにかを取り上げると、突然とつぜん前まへとは全まつたく違つた態度になつて、極きはめて明瞭めいれうに浄瑠璃外題梅柳中宵月じやうるりげだいうめやなぎなかもよひづき、勤つとめまする役人………と読みはじめる。それを待構まちかまへて彼方此方かなたこなたから見物人が声をかけた。再び軽い拍子木ひやうしぎの音おとを合図あひづに、黒衣くろごの男が右手の隅すみに立てた書割かきわりの一部を引取ひきとると裃かみしもを着た浄瑠璃語じやうるりかたり三人、三味線弾しやみせんひき二人ふたりが、窮屈きうくつさうに狭せまい台の上に並ならんで居ゐて、直すぐに弾出ひきだす三味線しやみせんからつゞいて太夫たいふが声を合あはしてかたり出した。長吉ちやうきちはこの種の音楽にはいつも興味を以もつて聞き馴なれてゐるので、場内ぢやうないの何処どこかで泣き出す赤児あかごの声と其それを叱咤しつたする見物人の声に妨さまたげられながら、而しかも明あきらかに語る文句と三味線しやみせんの手までを聴きき分ける。

〽朧夜おぼろよに星の影さへ二ツ三ツ、四ツか五ツか鐘かねの音ねも、もしや我身わがみの追手おつてかと………

 又またしても軽いバタ〳〵が聞きこえて夢中になつて声をかける見物人のみならず場中ぢやうちゆう一体が気色立けしきだつ。それも道理だ。赤い襦袢じゆばんの上に紫繻子むらさきじゆすの幅広い襟えりをつけた座敷着ざしきぎの遊女が、冠かぶる手拭てぬぐひに顔をかくして、前まへかゞまりに花道はなみちから駈出かけだしたのである。「見えねえ、前まへが高いツ。」「帽子をとれツ。」「馬鹿野郎。」なぞと怒鳴どなるものがある。

〽落ちて行衛ゆくゑも白魚しらうをの、舟のかゞりに網あみよりも、人目ひとめいとうて後先あとさきに………

 女に扮ふんした役者は花道はなみちの尽つきるあたりまで出て後うしろを見返みかへりながら台詞せりふを述べた。其その後あとに唄うたがつづく。

〽しばし彳たゝずむ上手うはてより梅見返うめみがへりの舟の唄うた。〽忍ぶなら〳〵闇やみの夜よは置かしやんせ、月に雲のさはりなく、辛気しんき待つ宵よひ、十六夜いざよひの、内うちの首尾しゆびはエーよいとのよいとの。〽聞く辻占つじうらにいそいそと雲足くもあし早き雨空あまぞらも、思ひがけなく吹き晴れて見かはす月の顔と顔………

 見物が又また騒さわぐ。真黒まつくろに塗ぬりたてた空の書割かきわりの中央まんなかを大きく穿抜くりぬいてある円まるい穴に灯ひがついて、雲形くもがたの蔽おほひをば糸で引上ひきあげるのが此方こなたからでも能よく見えた。余あまりに月が大きく明あかるいから、大名屋敷だいみやうやしきの塀へいの方はうが遠くて月の方はうが却かへつて非常に近く見える。然しかし長吉ちやうきちは他たの見物も同様どうやう少すこしも美しい幻想げんさうを破られなかつた。それのみならず去年の夏の末すゑ、お糸いとを葭町よしちやうへ送るため、待合まちあはした今戸いまどの橋から眺ながめた彼あの大きな円まるい〳〵月を思起おもひおこすと、もう舞台は舞台でなくなつた。

 着流きながし散髪ざんぱつの男がいかにも思ひやつれた風ふうで足許あしもと危あやふく歩あゆみ出る。女と摺すれちがひに顔を見合みあはして、

「十六夜いざよひか。」

「清心せいしんさまか。」

 女は男に縋すがつて、「逢あひたかつたわいなア。」

 見物人が「やア御両人ごりやうにん。」「よいしよ。やけます。」なぞと叫さけぶ。笑ふ声。「静かにしろい。」と叱しかりつける熱情家ねつじやうかもあつた。


 舞台は相愛あひあいする男女の入水じゆすゐと共に𢌞まはつて、女の方はうが白魚舟しらうをぶねの夜網よあみにかゝつて助けられる処ところになる。再び元もとの舞台に返つて、男も同じく死ぬ事が出来できなくて石垣いしがきの上に這はひ上あがる。遠くの騒さわぎ唄うた、富貴ふうきの羨望せんばう、生存の快楽、境遇きやうぐうの絶望、機会と運命、誘惑、殺人。波瀾はらんの上にも脚色きやくしよくの波瀾はらんを極きはめて、遂つひに演劇の一幕ひとまくが終る。耳元みゝもと近くから恐おそろしい黄きいろい声が、「変かはるよ───ウ」と叫さけび出した。見物人が出口の方はうへと崩なだれを打つて下おりかける。

 長吉ちやうきちは外へ出ると急いで歩いた。あたりはまだ明あかるいけれどもう日は当あたつて居ゐない。ごた〳〵した千束町せんぞくまちの小売店こうりみせの暖簾のれんや旗なぞが激はげしく飜ひるがへつて居ゐる。通とほりがゝりに時間を見るため腰こしをかゞめて覗のぞいて見ると軒のきの低い其それ等らの家いへの奥は真暗まつくらであつた。長吉ちやうきちは病後びやうごの夕風ゆふかぜを恐おそれてます〳〵歩あゆみを早めたが、然しかし山谷堀さんやぼりから今戸橋いまどばしの向むかうに開ける隅田川すみだがはの景色けしきを見ると、どうしても暫しばらく立止たちどまらずにはゐられなくなつた。河かはの面おもては悲しく灰色に光つてゐて、冬の日の終をはりを急がす水蒸気すゐじようきは対岸の堤つゝみをおぼろに霞かすめてゐる。荷船にぶねの帆ほの間あひだをば鴎かもめが幾羽いくはとなく飛び交ちがふ。長吉ちやうきちはどん〳〵流れて行ゆく河水かはみづをば何なにがなしに悲しいものだと思つた。川向かはむかうの堤つゝみの上には一ツ二ツ灯ひがつき出した。枯かれた樹木じゆもく、乾かわいた石垣いしがき、汚よごれた瓦屋根かはらやね、目に入いるものは尽こと〴〵く褪あせた寒い色をして居ゐるので、芝居しばゐを出てから一瞬間しゆんかんとても消失きえうせない清心せいしんと十六夜いざよひの華美はでやかな姿すがたの記憶きおくが、羽子板はごいたの押絵おしゑのやうに又また一段と際立きはだつて浮うかび出す。長吉ちやうきちは劇中げきちゆうの人物をば憎にくい程ほどに羨うらやんだ。いくら羨うらやんでも到底たうてい及びもつかないわが身の上を悲しんだ。死んだ方はうがましだと思ふだけ、一緒に死んでくれる人のない身の上を更さらに痛切に悲しく思つた。

 今戸橋いまどばしを渡りかけた時、掌てのひらでぴしやりと横面よこつらを張撲はりなぐるやうな河風かはかぜ。思はず寒さに胴顫どうぶるひすると同時に長吉ちやうきちは咽喉のどの奥から、今までは記憶きおくしてゐるとも心付こゝろづかずにゐた浄瑠璃じやうるりの一節いつせつがわれ知らずに流れ出るのに驚おどろいた。

〽今さら云いふも愚痴ぐちなれど………

と清元きよもとの一派が他流の模もすべからざる曲調きよくてうの美麗びれいを托たくした一節いつせつである。長吉ちやうきちは無論むろん太夫たいふさんが首と身体からだを伸上のびあがらして唄うたつたほど上手じやうずに、且かつ又またそんな大きな声で唄うたつたのではない。咽喉のどから流れるままに口の中で低唱ていしやうしたのであるが、其それによつて長吉ちやうきちは已やみがたい心の苦痛が幾分いくぶんか柔やはらげられるやうな心持こゝろもちがした。今更いまさら云いふも愚痴ぐちなれど………ほんに思へば………岸より覗のぞく青柳あをやぎの………と思出おもひだす節ふしの、ところ〴〵を長吉ちやうきちは家うちの格子戸かうしどを開あける時まで繰返くりかへし繰返くりかへし歩いた。


七


 翌日あくるひの午後ひるすぎに又またもや宮戸座みやとざの立見たちみに出掛でかけた。長吉ちやうきちは恋の二人が手を取つて嘆なげく美しい舞台から、昨日きのふ始めて経験した云いふべからざる悲哀ひあいの美感に酔ゑひたいと思つたのである。其そればかりでなく黒ずんだ天井てんじやうと壁襖かべふすまに囲かこまれた二階の室へやがいやに陰気臭いんきくさくて、燈火とうくわの多い、人の大勢おほぜい集あつまつてゐる芝居しばゐの賑にぎはひが、我慢がまんの出来できぬほど恋しく思はれてならなかつたのである。長吉ちやうきちは失つたお糸いとの事以外に折々をり〳〵は唯ただ何なんと云いふ訳わけもなく淋さびしい悲しい気がする。自分にも何どう云いふ訳わけだか少すこしも分わからない。唯ただ淋さびしい、唯ただ悲しいのである。この寂寞せきばくこの悲哀ひあいを慰なぐさめる為ために、長吉ちやうきちは定め難がたい何物なにものかを一刻いつこく〳〵に激しく要求して止やまない。胸の底に潜ひそんだ漠然ばくぜんたる苦痛を、誰たれと限らず優やさしい声で答へてくれる美しい女に訴うつたへて見たくてならない。単たんにお糸いと一人の姿すがたのみならず、往来わうらいで摺すれちがつた見知みしらぬ女の姿すがたが、島田しまだの娘になつたり、銀杏返いてふがへしの芸者になつたり、又または丸髷まるまげの女房姿にようばうすがたになつたりして夢の中に浮うかぶ事さへあつた。

 長吉ちやうきちは二度見る同じ芝居しばゐの舞台をば初めてのやうに興味深く眺ながめた。其それと同時に、今度は賑にぎやかな左右の桟敷さじきに対する観察をも決して閑却かんきやくしなかつた。世の中にはあんなに大勢おほぜい女がゐる。あんなに大勢おほぜい女のゐる中で、どうして自分は一人も自分を慰なぐさめてくれる相手に邂逅めぐりあはないのであらう。誰たれでもいゝ。自分に一言ひとことやさしい語ことばをかけてくれる女さへあれば、自分はこんなに切せつなくお糸いとの事ばかり思ひつめては居ゐまい。お糸いとの事を思へば思ふだけ其その苦痛をへらす他たのものが欲ほしい。さすれば学校とそれに関連した身の前途ぜんとに対する絶望のみに沈められて居ゐまい………。

 立見たちみの混雑の中に其その時突然とつぜん自分の肩を突つくものがあるので驚おどろいて振向ふりむくと、長吉ちやうきちは鳥打帽とりうちぼうを眉深まぶかに黒い眼鏡めがねをかけて、後うしろの一段高い床ゆかから首を伸のばして見下みおろす若い男の顔を見た。

「吉きちさんぢやないか。」

 さう云いつたものゝ、長吉ちやうきちは吉きちさんの風采ふうさいの余あまりに変かはつて居ゐるのに暫しばらくは二の句がつげなかつた。吉きちさんと云いふのは地方町ぢかたまちの小学校時代の友達で、理髪師とこやをしてゐる山谷通さんやどほりの親爺おやぢの店で、此これまで長吉ちやうきちの髪をかつてくれた若衆わかいしゆである。それが絹きぬハンケチを首に巻いて二重𢌞にぢゆうまはしの下から大島紬おほしまつむぎの羽織はおりを見せ、いやに香水を匂にほはせながら、

「長ちやうさん、僕ぼくは役者だよ。」と顔をさし出して長吉ちやうきちの耳元みゝもとに囁さゝやいた。

 立見たちみの混雑の中でもあるし、長吉ちやうきちは驚おどろいたまゝ黙つてゐるより仕様しやうがなかつたが、舞台はやがて昨日きのふの通りに河端かはばたの暗闘だんまりになつて、劇の主人公が盗ぬすんだ金を懐中ふところに花道はなみちへ駈出かけいでながら石礫いしつぶてを打つ、其それを合図あひづにチヨンと拍子木ひやうしぎが響ひゞく。幕まくが動く。立見たちみの人中ひとなかから例の「変かはるよーウ」と叫さけぶ声。人崩ひとなだれが狭せまい出口の方はうへと押合おしあふ間うちに幕まくがすつかり引かれて、シヤギリの太鼓たいこが何処どこか分わからぬ舞台の奥から鳴り出す。吉きちさんは長吉ちやうきちの袖そでを引止ひきとめて、

「長ちやうさん、帰るのか。いゝぢやないか。もう一幕ひとまく見ておいでな。」

 役者の仕着しきせを着た賤いやしい顔の男が、渋紙しぶかみを張つた小笊こざるをもつて、次の幕まくの料金を集めに来たので、長吉ちやうきちは時間を心配しながらも其そのまゝ居残ゐのこつた。

「長ちやうさん、綺麗きれいだよ、掛かけられるぜ。」吉きちさんは人のすいた後うしろの明あかり取とりの窓へ腰こしをかけて長吉ちやうきちが並ならんで腰こしかけるのを待つやうにして再び「僕ぼくア役者だよ。変かはつたらう。」と云いひながら友禅縮緬いうぜんちりめんの襦袢じゆばんの袖そでを引き出して、わざとらしく脱はづした黒い金縁眼鏡きんぶちめがねの曇くもりを拭ふきはじめた。

「変かはつたよ。僕ア始め誰だれかと思つた。」

「驚おどろいたかい。はゝゝゝは。」吉きちさんは何なんとも云いへぬほど嬉うれしさうに笑つて、「頼むぜ。長ちやうさん。かう見えたつて憚はゞかりながら役者だ。伊井いゐ一座の新俳優だ。明後日あさつてから又また新富町しんとみちやうよ。出揃でそろつたら見に来給きたまへ。いゝかい。楽屋口がくやぐちへ𢌞まはつて、玉水たまみづを呼んでくれつて云いひたまへ。」

「玉水たまみづ………?」

「うむ、玉水三郎たまみづさぶらう………。」云いひながら急せはしなく懐中ふところから女持をんなもちの紙入かみいれを探さぐり出して、小さな名刺を見せ、「ね、玉水三郎たまみづさぶらう。昔の吉きちさんぢやないぜ。ちやんともう番附ばんづけに出て居ゐるんだぜ。」

「面白おもしろいだらうね。役者になつたら。」

「面白おもしろかつたり、辛つらかつたり………然しかし女にやア不自由しねえよ。」吉きちさんは鳥渡ちよつと長吉の顔を見て、「長ちやうさん、君は遊ぶのかい。」

 長吉ちやうきちは「まだ」と答へるのが其その瞬間しゆんかん男の恥はぢであるやうな気がして黙つた。

「江戸一の梶田楼かぢたろうツて云いふ家うちを知つてるかい。今夜こんや一緒にお出いでな。心配しないでもいゝんだよ。のろけるんぢや無いが、心配しないでもいゝわけが有あるんだから。お安くないだらう。はゝゝゝは。」と吉きちさんは他愛たわいもなく笑つた。長吉ちやうきちは突然とつぜんに、

「芸者は高いんだらうね。」

「長ちやうさん、君は芸者が好きなのか、贅沢ぜいたくだ。」と新俳優の吉きちさんは意外らしく長吉ちやうきちの顔を見返みかへしたが、「知れたもんさ。然しかし金で女を買ふなんざア、ちツとお人ひとが好過よすぎらア。僕ぼくア公園で二三軒けん待合まちあひを知つてるよ。連れてツてやらう。万事ばんじ方寸はうすんの中うちにありさ。」

 先刻さつきから三人四人と絶えず上あがつて来る見物人で大向おほむかうはかなり雑沓ざつたふして来た。前まへの幕まくから居残ゐのこつてゐる連中れんぢゆうには待ちくたびれて手を鳴ならすものもある。舞台の奥から拍子木ひやうしぎの音おとが長い間まを置きながら、それでも次第しだいに近く聞きこえて来る。長吉ちやうきちは窮屈きうくつに腰こしをかけた明あかり取とりの窓から立上たちあがる。すると吉きちさんは、

「まだ、なか〳〵だ。」と独言ひとりごとのやうに云いつて、「長ちやうさん。あれア𢌞まはりの拍子木ひやうしぎと云いつて道具立だうぐだての出来上できあがツたつて事を、役者の部屋の方はうへ知らせる合図あひづなんだ。開あく迄までにやアまだ、なか〳〵よ。」

 悠然いうぜんとして巻煙草まきたばこを吸ひ初める。長吉ちやうきちは「さうか」と感服したらしく返事をしながら、然しかし立上たちあがつたまゝに立見たちみの鉄格子てつがうしから舞台の方はうを眺ながめた。花道はなみちから平土間ひらどまの桝ますの間あひだをば吉きちさんの如ごとく𢌞まはりの拍子木ひやうしぎの何なにたるかを知らない見物人が、すぐにも幕まくがあくのかと思つて、出歩であるいてゐた外そとから各自の席に戻もどらうと右方左方うはうさはうへと混雑してゐる。横手よこての桟敷裏さじきうらから斜なゝめに引幕ひきまくの一方いつぱうにさし込む夕陽ゆふひの光が、其その進み入る道筋みちすぢだけ、空中に漂たゞよふ塵ちりと煙草たばこの煙けむりをばあり〳〵と眼に見せる。長吉ちやうきちはこの夕陽ゆふひの光をば何なんと云いふ事なく悲しく感じながら、折々をり〳〵吹込ふきこむ外の風かぜが大きな波を打うたせる引幕ひきまくの上を眺ながめた。引幕ひきまくには市川いちかは○○丈ぢやうへ、浅草公園芸妓連中げいぎれんぢゆうとして幾人いくたりとなく書連かきつらねた芸者の名が読まれた。暫しばらくして、

「吉きちさん、君、あの中で知つてる芸者があるかい。」

「たのむよ。公園は乃公おいら達の縄張中なはばりうちだぜ。」吉きちさんは一種の屈辱くつじよくを感じたのであろう、嘘うそか誠まことか、幕の上にかいてある芸者の一人々々の経歴、容貌ようばう、性質を限りもなく説明しはじめた。

 拍子木ひやうしぎがチヨン〳〵と二ふたツ鳴つた。幕開まくあきの唄うたと三味線しやみせんが聞きこえ引かれた幕まくが次第しだいに細こまかく早める拍子木ひやうしぎの律りつにつれて片寄かたよせられて行ゆく。大向おほむかうから早くも役者の名をよぶ掛かけ声。たいくつした見物人の話声が一時いちじに止やんで、場内ぢやうないは夜の明けたやうな一種の明るさと一種の活気くわつきを添そへた。


八


 お豊とよは今戸橋いまどばしまで歩いて来て時節じせつは今いま正まさに爛漫らんまんたる春の四月である事を始めて知つた。手一てひとツの女世帯をんなじよたいに追はれてゐる身は空が青く晴れて日が窓に射込さしこみ、斜向すぢむかうの「宮戸川みやとがは」と云いふ鰻屋うなぎやの門口かどぐちの柳やなぎが緑色の芽をふくのにやつと時候じこうの変遷へんせんを知るばかり。いつも両側の汚よごれた瓦屋根かはらやねに四方あたりの眺望てうばうを遮さへぎられた地面の低い場末ばすゑの横町よこちやうから、今いま突然とつぜん、橋の上に出て見た四月の隅田川すみだがはは、一年に二三度と数へるほどしか外出そとでする事のない母親お豊とよの老眼らうがんをば信じられぬほどに驚おどろかしたのである。晴れ渡つた空の下に、流れる水の輝き、堤つゝみの青草あをくさ、その上につゞく桜さくらの花、種々さま〴〵の旗が閃ひらめく大学の艇庫ていこ、その辺へんから起おこる人々の叫さけび声、鉄砲の響ひゞき。渡船わたしぶねから上下あがりおりする花見の人の混雑。あたり一面の光景は疲れた母親の眼には余あまりに色彩が強烈きやうれつすぎる程ほどであつた。お豊とよは渡場わたしばの方はうへ下おりかけたけれど、急に恐おそるゝ如ごとく踵くびすを返して、金龍山下きんりゆうざんしたの日蔭ひかげになつた瓦町かはらまちを急いだ。そして通とほりがゝりの成るべく汚きたない車、成なるべく意気地いくぢのなさゝうな車夫を見付みつけて恐おそる〳〵、

「車屋くるまやさん、小梅こうめまで安くやつて下くださいな。」と云いつた。

 お豊とよは花見どころの騒さわぎではない。もう何どうしていゝのか分らない。望みをかけた一人息子ひとりむすこの長吉ちやうきちは試験に落第してしまつたばかりか、もう学校へは行ゆきたくない、学問はいやだと云いひ出した。お豊とよは途法とはふに暮れた結果、兄の蘿月らげつに相談して見るより外ほかに仕様しやうがないと思つたのである。

 三度目に掛合かけあつた老車夫らうしやふが、やつとの事でお豊とよの望む賃銀ちんぎんで小梅こうめ行ゆきを承知した。吾妻橋あづまばしは午後の日光と塵埃ぢんあいの中におびたゞしい人出ひとでである。着飾きかざつた若い花見の男女を載のせて勢いきほひよく走る車の間あひだをば、お豊とよを載のせた老車夫は梶かぢを振ふりながらよた〳〵歩いて橋を渡るや否いなや桜花あうくわの賑にぎはひを外よそに、直すぐと中なかの郷がうへ曲まがつて業平橋なりひらばしへ出ると、この辺へんはもう春と云いつても汚きたない鱗葺こけらぶきの屋根やねの上に唯ただ明あかるく日があたつてゐると云いふばかりで、沈滞ちんたいした堀割ほりわりの水が麗うらゝかな青空の色を其そのまゝに映してゐる曳舟通ひきふねどほり。昔むかしは金瓶楼きんぺいろうの小太夫こだいふと云いはれた蘿月らげつの恋女房は、綿衣ぬのこの襟元えりもとに手拭てぬぐひをかけ白粉焼おしろいやけのした皺しわの多い顔に一ぱいの日ひを受けて、子供の群むれがめんこや独楽こまの遊びをしてゐる外ほかには至つて人通ひとゞほりの少すくない道端みちばたの格子戸先かうしどさきで、張板はりいたに張物はりものをして居ゐた。駈かけて来て止とまる車と、其それから下おりるお豊とよの姿すがたを見て、

「まアお珍めづらしいぢやありませんか。ちよいと今戸いまどの御師匠おししやうさんですよ。」と開あけたまゝの格子戸かうしどから家うちの内なかへと知らせる。内なかには主人あるじの宗匠そうしやうが万年青おもとの鉢はちを並ならべた縁先えんさきへ小机こづくゑを据すゑ頻しきりに天地人てんちじんの順序をつける俳諧はいかいの選せんに急いそがしい処ところであつた。

 掛かけてゐる眼鏡めがねをはづして、蘿月らげつは机つくゑを離れて座敷ざしきの真中まんなかに坐すわり直つたが、襷たすきをとりながら這入はいつて来る妻のお滝たきと来訪らいはうのお豊とよ、同じ年頃としごろの老いた女同士は幾度いくどとなくお辞儀じぎの譲合ゆづりあひをしては長々しく挨拶あいさつした。そしてその挨拶あいさつの中なかに、「長ちやうちやんも御丈夫ごぢやうぶですか。」「はア、然しかし彼あれにも困りきります。」と云いふやうな問答もんだふから、用件は案外に早く蘿月らげつの前に提出される事になつたのである。蘿月らげつは静しづかに煙草たばこの吸殻すひがらをはたいて、誰たれにかぎらず若い中うちは兎角とかくに気の迷ふことがある。気の迷つてゐる時には、自分にも覚おぼえがあるが、親の意見も仇あだとしか聞きこえない。他はたから余あまり厳きびしく干渉かんせふするよりは却かへつて気まかせにして置く方はうが薬になりはしまいかと論じた。然しかし目に見えない将来の恐怖きようふばかりに満みたされた女親をんなおやの狭せまい胸には斯かゝる通人つうじんの放任はうにん主義は到底たうてい容いれられべきものでない。お豊とよは長吉ちやうきちが久しい以前から屡しば〳〵学校を休む為ために自分の認印みとめいんを盗ぬすんで届書とゞけしよを偽造ぎざうしてゐた事をば、暗黒な運命の前兆ぜんてうである如ごとく、声まで潜ひそめて長々しく物語る………

「学校がいやなら如何どうするつもりだと聞いたら、まアどうでせう、役者になるんだツて云いふんですよ。役者に。まア、どうでせう。兄にいさん。私やそんなに長吉ちやうきちの根性こんじやうが腐くさつちまツたのかと思つたら、もう実じつに口惜くやしくツてならないんですよ。」

「へーえ、役者になりたい。」訝いぶかる間まもなく蘿月らげつは七ツ八ツの頃ころによく三味線しやみせんを弄物おもちやにした長吉ちやうきちの生立おひたちを囘想くわいさうした。「当人たうにんがたつてと望むなら仕方しかたのない話だが………困つたものだ。」

 お豊とよは自分の身こそ一家の不幸の為ために遊芸いうげいの師匠ししやうに零落れいらくしたけれど、わが子までもそんな賤いやしいものにしては先祖の位牌ゐはいに対して申訳まをしわけがないと述べる。蘿月らげつは一家の破産滅亡めつばうの昔むかしを云出いひだされると勘当かんだうまでされた放蕩三昧はうたうざんまいの身は、何なんにつけ、禿頭はげあたまをかきたいやうな当惑たうわくを感ずる。もと〳〵芸人社会は大好だいすきな趣味性しゆみせいから、お豊とよの偏屈へんくつな思想をば攻撃したいと心では思ふものゝそんな事から又またしても長ながたらしく「先祖の位牌ゐはい」を論じ出されては堪たまらないと危あやぶむので、宗匠そうしやうは先まづ其その場を円滑ゑんくわつに、お豊とよを安心させるやうにと話をまとめかけた。

「兎とに角かく一応は私わしが意見しますよ、若い中うちは迷ふだけに却かへつて始末しまつのいゝものさ。今夜こんやにでも明日あしたにでも長吉ちやうきちに遊びに来るやうに云いつて置きなさい。私わしが屹度きつと改心かいしんさして見せるから、まアそんなに心配しないがいゝよ。なに世の中は案じるより産うむが安いさ。」

 お豊とよは何分なにぶんよろしくと頼んでお滝たきが引止ひきとめるのを辞退じたいして其その家いへを出た。春の夕陽ゆふひは赤々と吾妻橋あづまばしの向むかうに傾いて、花見帰りの混雑を一層引立ひきたてゝ見せる。其その中うちにお豊とよは殊更ことさら元気よく歩いて行ゆく金ボタンの学生を見ると、それが果はたして大学校の生徒であるか否いなかは分わからぬながら、我児わがこもあのやうな立派りつぱな学生に仕立てたいばかりに、幾年間いくねんかん女の身一人みひとつで生活と戦つて来たが、今は生命いのちに等ひとしい希望の光も全まつたく消えてしまつたのかと思ふと実じつに堪たへられぬ悲愁ひしうに襲おそはれる。兄の蘿月らげつに依頼しては見たものゝ矢張やつぱり安心が出来できない。なにも昔の道楽者だうらくものだからと云いふ訳わけではない。長吉ちやうきちに志こゝろざしを立てさせるのは到底たうてい人間業にんげんわざでは及およばぬ事、神仏かみほとけの力に頼らねばならぬと思ひ出した。お豊とよは乗つて来た車から急に雷門かみなりもんで下おりた。仲店なかみせの雑沓ざつたふをも今では少すこしも恐おそれずに観音堂くわんおんだうへと急いで、祈願きぐわんを凝こらした後のちに、お神籤みくじを引いて見た。古びた紙片かみきれに木版摺もくはんずりで、

 お豊とよは大吉だいきちと云いふ文字を見て安心はしたものゝ、大吉は却かへつて凶きように返り易やすい事を思ひ出して、又またもや自分からさま〴〵な恐怖きようふを造出つくりだしつゝ、非常に疲つかれて家うちへ帰つた。


九


 午後ひるすぎから亀井戸かめゐどの龍眼寺りゆうがんじの書院しよゐんで俳諧はいかいの運座うんざがあるといふので、蘿月らげつはその日の午前に訪たづねて来た長吉ちやうきちと茶漬ちやづけをすました後のち、小梅こうめの住居すまひから押上おしあげの堀割ほりわりを柳島やなぎしまの方はうへと連れだつて話しながら歩いた。堀割ほりわりは丁度ちやうど真昼まひるの引汐ひきしほで真黒まつくろな汚きたない泥土でいどの底そこを見せてゐる上に、四月の暖あたゝかい日光に照付てりつけられて、溝泥どぶどろの臭気しうきを盛さかんに発散して居ゐる。何処どこからともなく煤烟ばいえんの煤すゝが飛んで来て、何処どこといふ事なしに製造場せいざうばの機械の音が聞きこえる。道端みちばたの人家じんかは道よりも一段低い地面に建てられてあるので、春の日の光を外よそに女房共がせつせと内職ないしよくして居ゐる薄暗うすぐらい家内かないのさまが、通とほりながらにすつかりと見透みとほされる。さう云いふ小家こいへの曲まがり角かどの汚よごれた板目はめには売薬ばいやくと易占うらなひの広告に交まじつて至る処ところ女工募集ぢよこうぼしふの貼紙はりがみが目についた。然しかし間まもなくこの陰鬱いんうつな往来わうらいは迂曲うねりながらに少すこしく爪先上つまさきあがりになつて行ゆくかと思ふと、片側かたがはに赤く塗ぬつた妙見寺めうけんじの塀へいと、それに対して心持こゝろもちよく洗ひざらした料理屋橋本はしもとの板塀いたべいのために突然とつぜん面目めんもくを一変いつぺんさせた。貧しい本所ほんじよの一区くが此処こゝに尽つきて板橋いたばしのかゝつた川向かはむかうには野草のぐさに蔽おほはれた土手どてを越して、亀井戸村かめゐどむらの畠はたけと木立こだちとが美しい田園の春景色はるげしきをひろげて見せた。蘿月らげつは踏み止とゞまつて、

「私わしの行ゆくお寺はすぐ向むかうの川端かはゞたさ、松の木のそばに屋根やねが見えるだらう。」

「ぢや、伯父をぢさん。こゝで失礼しませう。」長吉ちやうきちは早くも帽子を取る。

「いそぐんぢや無い。咽喉のどが乾かわいたから、まア長吉ちやうきち、鳥渡ちよつと休んで行ゆかうよ。」

 赤く塗ぬつた板塀いたべいに沿うて、妙見寺めうけんじの門前に葭簀よしずを張つた休茶屋やすみぢやゝへと、蘿月らげつは先さきに腰こしを下おろした。一直線の堀割ほりわりはこゝも同じやうに引汐ひきしほの汚きたない水底みなそこを見せてゐたが、遠くの畠はたけの方はうから吹いて来る風はいかにも爽さわやかで、天神様てんじんさまの鳥居とりゐが見える向むかうの堤つゝみの上には柳やなぎの若芽わかめが美しく閃ひらめいてゐるし、すぐ後うしろの寺の門の屋根やねには雀すゞめと燕つばめが絶え間まなく囀さへづつてゐるので、其処此処そここゝに製造場せいざうばの烟出けむだしが幾本いくほんも立つてゐるに係かゝはらず、市街まちからは遠い春の午後ひるすぎの長閑のどけさは充分に心持こゝろもちよく味あぢははれた。蘿月らげつは暫しばらくあたりを眺ながめた後のち、其それとなく長吉ちやうきちの顔をのぞくやうにして、

「さつきの話は承知してくれたらうな。」

 長吉ちやうきちは丁度ちやうど茶を飲みかけた処ところなので、頷付うなづいたまゝ、口に出して返事はしなかつた。

「兎とにに角かくもう一年辛抱しんばうしなさい。今の学校さへ卒業しちまへば………母親おふくろだつて段々取る年だ、さう頑固ぐわんこばかりも云いやアしまいから。」

 長吉ちやうきちは唯ただ首を頷付うなづかせて、何処どこと当あてもなしに遠くを眺ながめてゐた。引汐ひきしほの堀割ほりわりに繋つないだ土船つちぶねからは人足にんそくが二三人して堤つゝみの向むかうの製造場せいざうばへと頻しきりに土を運んでゐる。人通ひとどほりと云いつては一人もない此方こなたの岸をば、意外にも突然とつぜん二台の人力車が天神橋てんじんばしの方はうから駈かけて来て、二人の休んでゐる寺の門前もんぜんで止とまつた。大方おほかた墓参はかまゐりに来たのであらう。町家ちやうかの内儀ないぎらしい丸髷まるまげの女が七八なゝやつツになる娘の手を引いて門の内なかへ這入はいつて行つた。

 長吉ちやうきちは蘿月らげつの伯父をぢと橋の上で別れた。別れる時に蘿月らげつは再び心配さうに、

「ぢや………。」と云いつて暫しばらく黙つた後のち、「いやだらうけれど当分辛抱しんばうしなさい。親孝行して置けば悪い報むくいはないよ。」

 長吉ちやうきちは帽子を取つて軽く礼をしたが其そのまゝ、駈かけるやうに早足はやあしに元もと来た押上おしあげの方はうへ歩いて行つた。同時に蘿月らげつの姿すがたは雑草の若芽わかめに蔽おほはれた川向むかうの土手どての陰かげにかくれた。蘿月らげつは六十に近いこの年まで今日けふほど困つた事、辛つらい感情に迫せめられた事はないと思つたのである。妹お豊とよのたのみも無理ではない。同時に長吉ちやうきちが芝居道しばゐだうへ這入はいらうといふ希望のぞみもまたわるいとは思はれない。一寸いつすんの虫にも五分ごぶの魂たましひで、人にはそれ〴〵の気質きしつがある。よかれあしかれ、物事を無理に強しひるのはよくないと思つてゐるので、蘿月らげつは両方から板ばさみになるばかりで、何いづれにとも賛同する事ができないのだ。殊ことに自分が過去の経歴を囘想くわいさうすれば、蘿月らげつは長吉ちやうきちの心の中うちは問はずとも底の底まで明あきらかに推察すゐさつされる。若い頃ころの自分には親代々おやだい〳〵の薄暗うすぐらい質屋の店先みせさきに坐すわつて麗うらゝかな春の日を外よそに働きくらすのが、いかに辛つらくいかに情なさけなかつたであらう。陰気いんきな燈火ともしびの下で大福帳だいふくちやうへ出入でいりの金高きんだかを書き入れるよりも、川添かはぞひの明あかるい二階家やで洒落本しやれほんを読む方はうがいかに面白おもしろかつたであらう。長吉ちやうきちは髯ひげを生はやした堅苦かたくるしい勤つとめ人にんなどになるよりも、自分の好きな遊芸いうげいで世を渡りたいと云いふ。それも一生、これも一生である。然しかし蘿月らげつは今よんどころ無く意見役やくの地位に立つ限り、そこまでに自己の感想を暴露ばくろしてしまふわけには行ゆかないので、其その母親に対したと同じやうな、其その場かぎりの気安きやすめを云いつて置くより仕様しやうがなかつた。


 長吉ちやうきちは何処いづこも同じやうな貧しい本所ほんじよの街まちから街まちをばてく〳〵歩いた。近道ちかみちを取つて一直線に今戸いまどの家うちへ帰らうと思ふのでもない。何処どこへか𢌞まはり道して遊んで帰らうと考へるのでもない。長吉ちやうきちは全まつたく絶望してしまつた。長吉ちやうきちは役者になりたい自分の主意しゆいを通とほすには、同情の深い小梅こうめの伯父をぢさんに頼るより外ほかに道がない。伯父をぢさんはきつと自分を助けてくれるに違ひないと予期してゐたが、その希望は全まつたく自分を欺あざむいた。伯父をぢは母親のやうに正面から烈はげしく反対を称となへはしなかつたけれど、聞いて極楽ごくらく見て地獄ぢごくの譬たとへを引き、劇道げきだうの成功の困難、舞台の生活の苦痛、芸人社会の交際の煩瑣はんさな事なぞを長々なが〳〵と語つた後のち、母親の心をも推察すゐさつしてやるやうにと、伯父をぢの忠告を待たずともよく解わかつてゐる事を述べつゞけたのであつた。長吉ちやうきちは人間といふものは年を取ると、若い時分じぶんに経験した若いものしか知らない煩悶はんもん不安をばけろりと忘れてしまつて、次の時代に生れて来る若いものゝ身の上うへを極きはめて無頓着むとんちやくに訓戒くんかい批評する事のできる便利な性質を持つてゐるものだ、年を取つたものと若いものゝ間あひだには到底たうてい一致されない懸隔けんかくのある事をつくづく感じた。

 何処どこまで歩いて行つても道は狭せまくて土が黒く湿しめつてゐて、大方おほかたは路地ろぢのやうに行ゆき止どまりかと危あやぶまれるほど曲まがつてゐる。苔こけの生えた鱗葺こけらぶきの屋根やね、腐くさつた土台、傾いた柱、汚よごれた板目はめ、干ほしてある襤褸ぼろや襁褓おしめや、並ならべてある駄菓子だぐわしや荒物あらものなど、陰鬱いんうつな小家こいへは不規則に限りもなく引きつゞいて、其その間あひだに時々驚おどろくほど大きな門構もんがまへの見えるのは尽こと〴〵く製造場せいざうばであつた。瓦屋根かはらやねの高く聳そびえて居ゐるのは古寺ふるでらであつた。古寺ふるでらは大概たいがい荒れ果てゝ、破やぶれた塀へいから裏手うらての乱塔場らんたふばがすつかり見える。束たばになつて倒たふれた卒塔婆そとばと共に青苔あをごけの斑点しみに蔽おほはれた墓石はかいしは、岸と云いふ限界さへ崩くづれてしまつた水溜みづたまりのやうな古池ふるいけの中へ、幾個いくつとなくのめり込んで居ゐる。無論むろん新しい手向たむけの花なぞは一つも見えない。古池ふるいけには早くも昼中ひるなかに蛙かはづの声こゑが聞きこえて、去年のまゝなる枯草かれくさは水にひたされて腐くさつて居ゐる。

 長吉ちやうきちはふと近所の家の表札へうさつに中郷竹町なかのがうたけちやうと書いた町まちの名を読んだ。そして直様すぐさま、此この頃ころに愛読した為永春水ためながしゆんすゐの「梅暦うめごよみ」を思出おもひだした。あゝ、薄命はくめいなあの恋人達はこんな気味きみのわるい湿地しつちの街まちに住んでゐたのか。見れば物語の挿絵さしゑに似た竹垣たけがきの家もある。垣根かきねの竹は枯かれきつて其その根元ねもとは虫に喰くはれて押せば倒たふれさうに思はれる。潜門くゞりもんの板屋根いたやねには痩やせた柳やなぎが辛からくも若芽わかめの緑をつけた枝を垂たらしてゐる。冬の昼過ひるすぎ窃ひそかに米八よねはちが病気の丹次郎たんじらうをおとづれたのもかゝる佗住居わびずまひの戸口とぐちであつたらう。半次郎はんじらうが雨の夜よの怪談くわいだんに始めてお糸いとの手を取つたのも矢張やはり斯かゝる家の一間ひとまであつたらう。長吉ちやうきちは何なんとも云いへぬ恍惚くわうこつと悲哀ひあいとを感じた。あの甘あまくして柔やはらかく、忽たちまちにして冷淡れいたんな無頓着むとんちやくな運命の手に弄もてあそばれたい、と云いふ止やみ難がたい空想に駆かられた。空想の翼つばさのひろがるだけ、春の青空が以前よりも青く広く目に映えいじる。遠くの方はうから飴売あめうりの朝鮮笛てうせんぶえが響ひゞき出した。笛の音ねは思ひがけない処ところで、妙めうな節ふしをつけて音調おんてうを低めるのが、言葉に云いへない幽愁いうしうを催もよほさせる。

 長吉ちやうきちは今まで胸に蟠わだかまつた伯父をぢに対する不満を暫しばらく忘れた。現実の苦悶くもんを暫しばらく忘れた………。


十


 気候が夏の末から秋に移つて行ゆく時と同じやう、春の末すゑから夏の始めにかけては、折々をり〳〵大雨おほあめが降ふりつゞく。千束町せんぞくまちから吉原田圃よしはらたんぼは珍めづらしくもなく例年の通とほりに水が出た。本所ほんじよも同じやうに所々しよ〳〵に出水しゆつすゐしたさうで、蘿月らげつはお豊とよの住む今戸いまどの近辺きんぺんはどうであつたかと、二三日過すぎてから、所用しよゝうの帰りの夕方ゆふがたに見舞みまひに来て見ると、出水でみづの方はうは無事であつた代かはりに、それよりも、もつと意外な災難さいなんにびつくりしてしまつた。甥をひの長吉ちやうきちが釣台つりだいで、今しも本所ほんじよの避病院ひびやうゐんに送られやうと云いふ騒さわぎの最中さいちゆうである。母親のお豊とよは長吉ちやうきちが初袷はつあはせの薄着うすぎをしたまゝ、千束町せんぞくまち近辺きんぺんの出水でみづの混雑を見にと夕方ゆふがたから夜おそくまで、泥水どろみづの中を歩き𢌞まはつた為ために、其その夜よから風邪かぜをひいて忽たちまち腸窒扶斯ちやうチブスになつたのだと云いふ医者の説明をそのまゝ語つて、泣きながら釣台つりだいの後あとについて行つた。途法とはふにくれた蘿月らげつはお豊とよの帰つて来るまで、否応いやおうなく留守番るすばんにと家うちの中に取り残されてしまつた。

 家うちの中は区役所の出張員しゆつちやういんが硫黄いわうの煙と石炭酸せきたんさんで消毒した後あと、まるで煤掃すゝはきか引越ひつこしの時のやうな狼藉らうぜきに、丁度ちやうど人気ひとけのない寂さびしさを加へて、葬式さうしきの棺桶くわんおけを送出おくりだした後あとと同じやうな心持こゝろもちである。世間を憚はゞかるやうにまだ日の暮れぬ先さきから雨戸あまどを閉しめた戸外おもてには、夜と共に突然とつぜん強い風が吹き出したと見えて、家中いへぢゆうの雨戸あまどががた〳〵鳴り出した。気候はいやに肌はだ寒くなつて、折々をり〳〵勝手口かつてぐちの破障子やぶれしやうじから座敷ざしきの中まで吹き込んで来る風が、薄暗うすぐらい釣つるしランプの火をば吹き消しさうに揺ゆすると、其その度々たび〳〵、黒い油煙ゆえんがホヤを曇くもらして、乱雑に置き直された家具の影が、汚よごれた畳たゝみと腰張こしばりのはがれた壁の上に動く。何処どこか近くの家で百萬遍ひやくまんべんの念仏ねんぶつを称となへ始める声が、ふと物哀ものあはれに耳についた。蘿月らげつは唯たつた一人で所在しよざいがない。退屈たいくつでもある。薄淋うすさびしい心持こゝろもちもする。かう云いふ時には酒がなくてはならぬと思つて、台所だいどころを探し𢌞まはつたが、女世帯をんなじよたいの事とて酒盃さかづき一ツ見当みあたらない。表おもての窓際まどぎはまで立戻たちもどつて雨戸あまどの一枚を少すこしばかり引き開あけて往来わうらいを眺ながめたけれど、向側むかうがはの軒燈けんとうには酒屋らしい記号しるしのものは一ツも見えず、場末ばすゑの街まちは宵よひながらにもう大方おほかたは戸を閉しめてゐて、陰気いんきな百萬遍ひやくまんべんの声が却かへつてはつきり聞きこえるばかり。河かはの方はうから烈はげしく吹きつける風が屋根やねの上の電線をヒユー〳〵鳴ならすのと、星の光の冴さえて見えるのとで、風のある夜は突然とつぜん冬が来たやうな寒い心持こゝろもちをさせた。

 蘿月らげつは仕方しかたなしに雨戸あまどを閉しめて、再びぼんやり釣つるしランプの下したに坐すわつて、続けざまに煙草たばこを喫のんでは柱時計はしらどけいの針の動くのを眺ながめた。時々鼠ねずみが恐おそろしい響ひゞきをたてゝ天井裏てんじやううらを走る。ふと蘿月らげつは何なにかその辺へんに読む本でもないかと思ひついて、箪笥たんすの上や押入おしいれの中を彼方此方あつちこつちと覗のぞいて見たが、書物と云いつては常磐津ときはづの稽古本けいこぼんに綴暦とぢごよみの古いもの位くらゐしか見当みあたらないので、とう〳〵釣つるしランプを片手かたてにさげて、長吉ちやうきちの部屋になつた二階まで上あがつて行つた。

 机つくゑの上に書物は幾冊いくさつも重かさねてある。杉板すぎいたの本箱も置かれてある。蘿月らげつは紙入かみいれの中にはさんだ老眼鏡らうがんきやうを懐中ふところから取り出して、先まづ洋装の教科書をば物珍ものめづらしく一冊々々ひろげて見てゐたが、する中うちにばたりと畳たゝみの上に落ちたものがあるので、何なにかと取上とりあげて見ると春着はるぎの芸者姿すがたをしたお糸いとの写真であつた。そつと旧もとのやうに書物の間あひだに収めて、猶なほもその辺へんの一冊々々を何心なにごゝろもなく漁あさつて行ゆくと、今度は思ひがけない一通の手紙に行当ゆきあたつた。手紙は書き終をはらずに止やめたものらしく、引き裂さいた巻紙まきがみと共に文句もんくは杜切とぎれてゐたけれど、読み得うるだけの文字で十分に全体の意味を解する事ができる。長吉ちやうきちは一度ひとたび別れたお糸いととは互たがひに異なる其その境遇きやうぐうから日ひ一日にちと其その心までが遠とほざかつて行つて、折角せつかくの幼馴染をさなゝじみも遂つひにはあかの他人に等ひとしいものになるであらう。よし時々に手紙の取りやりはして見ても感情の一致して行ゆかない是非ぜひなさを、こま〴〵と恨うらんでゐる。それにつけて、役者か芸人になりたいと思定おもひさだめたが、その望みも遂つひに遂とげられず、空むなしく床屋とこやの吉きちさんの幸福を羨うらやみながら、毎日ぼんやりと目的のない時間を送つてゐるつまらなさ、今は自殺する勇気もないから病気にでもなつて死ねばよいと書いてある。

 蘿月らげつは何なんと云いふわけもなく、長吉ちやうきちが出水でみづの中を歩いて病気になつたのは故意こいにした事であつて、全快ぜんくわいする望のぞみはもう絶え果てゝゐるやうな実じつに果敢はかない感かんじに打たれた。自分は何故なぜあの時あのやうな心にもない意見をして長吉ちやうきちの望みを妨さまたげたのかと後悔こうくわいの念に迫せめられた。蘿月らげつはもう一度思ふともなく、女に迷つて親の家いへを追出おひだされた若い時分じぶんの事を囘想くわいさうした。そして自分はどうしても長吉ちやうきちの味方にならねばならぬ。長吉ちやうきちを役者にしてお糸いとと添はしてやらねば、親おや代々の家うちを潰つぶしてこれまでに浮世うきよの苦労をしたかひがない。通人つうじんを以もつて自任じにんする松風庵蘿月宗匠しようふうあんらげつそうしやうの名に愧はぢると思つた。

 鼠ねずみがまた突如だしぬけに天井裏てんじやうゝらを走る。風はまだ吹き止やまない。釣つるしランプの火は絶えず動揺ゆらめく。蘿月らげつは色の白い眼のぱつちりした面長おもながの長吉ちやうきちと、円顔まるがほの口元くちもとに愛嬌あいきやうのある眼尻めじりの上あがつたお糸いととの、若い美しい二人の姿すがたをば、人情本にんじやうぼんの作者が口絵くちゑの意匠いしやうでも考へるやうに、幾度いくたびか並ならべて心の中うちに描きだした。そして、どんな熱病に取付とりつかれてもきつと死んでくれるな。長吉ちやうきち、安心しろ。乃公おれがついてゐるんだぞと心に叫さけんだ。

(明治42年12月「新小説」)

底本:「明治の文学 第25巻 永井荷風・谷崎潤一郎」筑摩書房

   2001(平成13)年11月20日初版第1刷発行

底本の親本:「荷風全集 第5巻」岩波書店

   1963(昭和38)年1月

初出:「新小説 第14年第12巻」

   1909(明治42)年12月

入力:阿部哲也

校正:米田

2014年8月7日作成

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