うつせみ
樋口一葉



一


 家いへの間數まかずは三疊敷さんでふじきの玄關げんくわんまでを入いれて五間いつま、手狹てぜまなれども北南きたみなみ吹ふきとほしの風入かぜいりよく、庭にはは廣々ひろ〴〵として植込うゑこみの木立こだちも茂しげければ、夏なつの住居すまゐにうつてつけと見みえて、場處ばしよも小石川こいしかはの植物園しよくぶつゑんにちかく物靜ものしづかなれば、少すこしの不便ふべんを疵きずにして他ほかには申まをす旨むねのなき貸家かしやありけり、門かどの柱はしらに札ふだをはりしより大凡おほよそ三月みつきごしにもなりけれど、いまだに住人すみてのさだまらで、主ぬしなき門かどの柳やなぎのいと、空むなしくなびくも淋さびしかりき。家いへは何處どこまでも奇麗きれいにて見みこみの好よければ、日ひのうちには二人ふたり三人みたりの拜見はいけんをとて來くるものも無なきにはあらねど、敷金しきゝん三月分みつきぶん、家賃やちんは三十日限さんじふにちかぎりの取とりたてにて七圓なゝゑん五十錢ごじつせんといふに、それは下町したまちの相場さうばとて折をりかへして來くるはなかりき、さるほどに此このほどの朝あさまだき四十しじふに近ちかかるべき年輩としごろの男をとこ、紡績織ばうせきおりの浴衣ゆかたも少すこし色いろのさめたるを着きて、至極しごくそゝくさと落おちつき無なきが差配さはいのもとに來きたりて此家このいへの見みたしといふ、案内あんないして其處此處そここゝと戸棚とだなの數かずなどを見みせてあるくに、其等それらのことは片耳かたみゝにも入いれで、唯たゞ四邊あたりの靜しづかとさはやかなるを喜よろこび、今日けふより直すぐにお借かり申まをしまする、敷金しきゝんは唯今たゞいま置おいて參まゐりまして、引越ひきこしは此この夕暮ゆふぐれ、いかにも急速きふそくでは御座ござりますが直樣すぐさま掃除さうぢにかゝりたう御座ござりますとて、何なんの仔細しさいなく約束やくそくはとゝのひぬ。お職業しよくげふはと問とへば、いえ別段べつだんこれといふ物ものも御座ござりませぬとて至極しごく曖昧あいまいの答こたへなり、御人數ごにんずはと聞きかれて、其何そのなんだか四五人しごにんの事ことも御座ござりますし、七八人しちはちにんにもなりますし、始終とほしごたごたして埓らちは御座ござりませぬといふ、妙めうな事ことのと思おもひしが掃除さうぢのすみて日暮ひぐれれがたに引移ひきうつり來きたりしは、合乘あひのりの幌ほろかけ車ぐるまに姿すがたをつゝみて、開ひらきたる門もんを眞直まつすぐに入いりて玄關げんくわんにおろしければ、主ぬしは男をとことも女をんなとも人ひとには見みえじと思おもひしげなれど、乘のり居ゐたるは三十許さんじふばかりの氣きの利ききし女中風ぢよちゆうふうと、今いま一人ひとりは十八じふはちか、九くには未まだと思おもはるゝやうの病美人びやうびじん、顏かほにも手足てあしにも血ちの氣けといふもの少すこしもなく、透すきとほるやうに蒼白あをじろきがいたましく見みえて、折柄をりから世話せわやきに來きて居ゐたりし差配さはいが心こゝろに、此人これを先刻さきのそゝくさ男をとこが妻つまとも妹いもととも受うけとられぬと思おもひぬ。

 荷物にもつといふは大八だいはちに唯たゞ一ひとくるま來きたりしばかり、兩隣りやうどなりにお定さだめの土産みやげは配くばりけれども、家いへの内うちは引越ひつこしらしき騷さわぎもなく至極しごく寂寞ひつそりとせしものなり。人數にんずは彼かのそそくさに此女中このぢよちゆうと、他ほかには御飯ごはんたきらしき肥大女ふとつちよおよび、其夜そのよに入いりてより車くるまを飛とばせて二人ふたりほど來きたりし人ひとあり、一人ひとりは六十ろくじふに近ちかかるべき人品じんぴんよき剃髮ていはつの老人らうじん、一人ひとりは妻つまなるべし對つゐするほどの年輩ねんぱいにてこれは實法じつぱふに小ちひさき丸髷まるまげをぞ結ゆひける、病やみたる人ひとは來くるよりやがて奧深おくふかに床とこを敷しかせて、括くゝり枕まくらに頭つむりを落おちつかせけるが、夜よもすがら枕近まくらちかくにありて悄然しよんぼりとせし老人としより二人ふたりの面おもやう、何處どこやら寢顏ねがほに似にた處ところのあるやうなるは、此娘このむすめの若もしも父母ちゝはゝにてはなきか、彼かのそゝくさ男をとこを始はじめとして女中ぢよちゆうども一同どう旦那樣だんなさま御新造樣ごしんぞさまと言いへば、應々おい〳〵と返事へんじして、男をとこの名なをば太吉たきち太吉たきちと呼よびて使つかひぬ。

 あくる朝あさ風かぜすゞしきほどに今いま一人ひとり車くるまに乘のりつけゝる人ひとのありけり、紬つむぎの單衣ひとへに白しろちりめんの帶おびを卷まきて、鼻はなの下したに薄うすら髯ひげのある三十位さんじふぐらゐのでつぷりと肥ふとりて見みだてよき人ひと、小ちひさき紙かみに川村太吉かはむらたきちと書かいて貼はりたるを讀よみみて此處こゝだ〳〵と車くるまより下おりける、姿すがたを見みつけて、おゝ番町ばんちやうの旦那樣だんなさまとお三さんどんが眞先まつさきに襷たすきをはづせば、そゝくさは飛出とびだしていやお早はやいお出いで、よく早速さつそくおわかりになりましたな、昨日きのふまで大塚おほつかにお置おき申まをしたので御座ござりますが何分なにぶんもう、その何なんだか頻しきに嫌いやにおなりなされて何處どこへか行ゆかう行ゆかうと仰おつしやる、仕方しかたが御座ござりませぬで漸やつとまあ此處こゝをば見みつけ出だしまして御座ござります、御覽下ごらんくださりませ一寸ちよつと斯かうお庭にはも廣ひろう御座ござりますし、四隣あたりが遠とほうござりますので御氣分ごきぶんの爲ためにもよからうかと存ぞんじまする、はい昨夜ゆうべはよくお眠やすみになりましたが今朝けさほど又また少すこしその、一寸ちよつと御樣子ごやうすが變かはつたやうで、ま、いらしつて御覽下ごらんくださりませと先さきに立たつて案内あんないをすれば、心配しんぱいらしく髯ひげをひねりて、奧おくの座敷ざしきに通とほりぬ。


二


 氣分きぶんすぐれてよき時ときは三歳兒みつごのやうに父母ちゝはゝの膝ひざに眠ねぶるか、白紙はくしを切きつて姉樣あねさまのお製つくりに餘念よねんなく、物ものを問とへばにこ〳〵と打笑うちゑみて唯たゞはい〳〵と意味いみもなき返事へんじをする温順おとなしさも、狂風一陣きやうふういちぢん梢こずゑをうごかして來きたる氣きの立たつた折をりには、父樣とうさんも母樣かあさんも兄樣にいさんも誰たれも後生ごしやう、顏かほを見みせて下くださるな、とて物陰ものかげにひそんで泣なく、聲こゑは腸はらわたを絞しぼり出だすやうにて私わたしが惡わるう御座ござりました、堪忍かんにんして堪忍かんにんしてと繰返くりかへし〳〵、さながら目めの前まへの何なにやらに向むかつて詫わびるやうに言いふかと思おもへば、今いま行ゆきまする、今いま行ゆきまする、私わたしもお跡あとから參まゐりまするとて日ひのうちには看護まもりの隙ひまをうかゞひて驅かけ出いだすこと二度にど三度さんどもあり、井戸ゐどには蓋ふたを置おき、きれ物ものとては鋏はさみ一挺いつちやう目めにかゝらぬやうとの心配こゝろくばりも、危あやふきは病やまひのさする業わざかも、此纎弱このかよわき娘むすめ一人ひとりとり止とむる事ことかなはで、勢いきほひに乘のりて驅かけ出いだす時ときには大だいの男をとこ二人ふたりがゝりにてもむつかしき時ときのありける。

 本宅ほんたくは三番町さんばんちやうの何處どこやらにて表札へうさつを見みればむゝ彼あの人ひとの家うちかと合點がてんのゆくほどの身分みぶん、今いまさら此處こゝには言いはずもがな、名前なまへの恥はづかしければ病院びやうゐんへ入いれる事こともせで、醫者いしやも心安こゝろやすきを招まねき家いへは僕ぼくの太吉たきちといふが名なを借かりて心こゝろまかせの養生やうじやう、一月ひとつきと同おなじ處ところに住すまへば見みる物殘ものゝこらず嫌いやになりて、次第しだいに病やまひの募つのること見みる目めも恐おそろしきほど凄すさまじき事ことあり。

 當主たうしゆは養子やうしにて此娘これこそは家いへにつきての一粒ひとつぶものなれば父母ちゝはゝが歎なげきおもひやるべし、病やまひにふしたるは櫻さくらさく春はるの頃ころよりと聞きくに、それより晝夜ちうや瞼まぶたを合あはする間まもなき心配しんぱいに疲つかれて、老おいたる人ひとはよろ〳〵たよ〳〵と二人ふたりながら力ちからなさゝうの風情ふぜい、娘むすめが病やまひの俄にはかに起おこりて私わたしはもう歸かへりませぬとて驅かけ出いだすを見みる折をりにも、あれあれ何どうかして呉くれ、太吉々々たきち〳〵と呼立よびたてるほかには何なんの能のうなく情なさけなき躰ていなり。

 昨夜ゆうべは夜よもすがら靜しづかに眠ねぶりて、今朝けさは誰たれより一いちはな懸がけに目めを覺さまし、顏かほを洗あらひ髮かみを撫なでつけて着物きものもみづから氣きに入いりしを取出とりいだし、友仙いうぜんの帶おびに緋ひぢりめんの帶おびあげも人手ひとでを借かりずに手てばしこく締しめたる姿すがた、不圖ふと見みたる目めには此樣このやうの病人びやうにんとも思おもひ寄よるまじき美うつくしさ、兩親ふたおやは見返みかへりて今更いまさらに涙なみだぐみぬ、附つきそひの女をんなが粥かゆの膳ぜんを持來もちきたりて召上めしあがりますかと問とへば、いや〳〵と頭かぶりをふりて意氣地いくぢもなく母はゝの膝ひざへ寄よりそひしが、今日けふは私わたしの年季ねんが明あきまするか、歸かへる事ことが出來できるで御座ござんしやうかとて問とひかけるに、年季ねんが明あけるといつて何處どこへ歸かへる料簡れうけん、此こ處こはお前まへさんの家うちではないか、此このほかに行ゆくところも無なからうではないか、分わからぬ事ことを言いふものではありませぬと叱しかられて、それでも母樣かあさま私わたしは何處どこへか行ゆくので御座ござりましやう、あれ彼處あすこに迎むかひの車くるまが來きて居ゐまする、とて指ゆびさすを見みれば軒端のきばのもちの木きに大おほいなる蛛くもの巣すのかゝりて、朝日あさひにかゞやきて金色こんじきの光ひかりある物ものなりける。

 母はゝは情なさけなき思おもひの胸むねに迫せまり來きて、あれあんな事ことを、貴君あなたお聞遊きゝあそばしましたかと良人をつとに向むかひて忌いまはしげにいひける、娘むすめは俄にはかに萎しをれかへりし面おもてに生々いき〳〵とせし色いろを見みせて、あのそれ一昨年をととしのお花見はなみの時ときねと言いひ出だす、何なにえと受うけて聞きけば學校がくかうの庭にはは奇麗きれいでしたねえとて面白おもしろさうに笑わらふ、あの時とき貴君あなたが下くださつた花はなをね、私わたしは今いまも本ほんの間あひだへ入いれてありまする、奇麗きれいな花はなでしたけれどもゝう萎しをれて仕舞しまひました、貴君あなたにはあれから以來いらい御目おめにかゝらぬでは御座ござんせぬか、何故なぜ逢あひに來きて下くださらないの、何故なぜ歸かへつて來きて下くださらぬの、もうお目めにかゝる事ことは一生いつしやう出來できぬので御座ござんするか、それは私わたしが惡わるう御座ござりました、私わたしが惡わるいに相違さうゐござんせぬけれど、それは兄樣にいさまが、兄あにが、あゝ誰たれにも濟すみませぬ、私わたしが惡わるう御座ござりました免ゆるして免ゆるしてと胸むねを抱だいて苦くるしさうに身みを悶もだゆれば、雪子ゆきこや何なにも餘計よけいな事ことを考かんがへては成なりませぬよ、それがお前まへの病氣びやうきなのだから、學校がくかうも花はなもありはしない、兄樣にいさんも此處こゝにお出いでなさつては居ゐないのに、何なにか見みえるやうに思おもふのが病氣びやうきなのだから氣きを落おちつけて舊もとの雪子ゆきこさんに成なつてお呉くれ、よ、よ、氣きが附つきましたかえと脊せを撫なでられて、母はゝの膝ひざの上うへにすゝり泣なきの聲こゑひくゝ聞きこえぬ。


三


 番町ばんちやうの旦那樣だんなさまお出いでと聞きくより雪ゆきや兄樣にいさんがお見舞みまひに來きて下くだされたと言いへど、顏かほを横よこにして振向ふりむかうともせぬ無禮ぶれいを、常つねならば怒いかりもすべき事ことなれど、あゝ、捨すてゝ置おいて下ください、氣きに逆さからつてもならぬからとて義母はゝが手てづから與あたへられし皮蒲團かはぶとんを貰もらひて、枕まくらもとを少すこし遠とほざかり、吹ふく風かぜを背せにして柱はしらの際きはに默然もくねんとして居ゐる父ちゝに向むかひ、靜しづかに一ひとつ二ふたつ詞ことばを交まじへぬ。

 番町ばんちやうの旦那だんなといふは口數くちかず少すくなき人ひとと見みえて、時ときたま思おもひ出だしたやうにはた〳〵と團扇うちはづかひするか、卷煙草まきたばこの灰はひを拂はらつては又また火ひをつけて手てに持もつてゐる位くらゐなもの、絶たえず尻目しりめに雪子ゆきこの方かたを眺ながめて困こまつたものですなと言いふばかり、あゝ此樣こんな事ことと知しりましたら早はやくに方法はうはふも有あつたのでしやうが今いまに成なつては駟馬しめも及およばずです、植村うゑむらも可愛想かあいさうな事ことでした、とて下したを向むいて歎息たんそくの聲こゑを洩もらすに、どうも何なんとも、私わしは悉皆しつかい世上せじやうの事ことに疎うとしな、母はゝもあの通とほりの何なんであるので、三方さんばう四方しはう埓らちも無ない事ことに成なつてな、第一だいいちは此娘これの氣きが狹せまいからではあるが、否いや植村うゑむらも氣きが狹せまいからで、どうも此樣こんな事ことになつて仕舞しまつたで、私共わしども二人ふたりが實じつに其方そちらに合あはせる顏かほも無ないやうな仕儀しぎでな、然しかし雪ゆきをも可愛想かあいさうと思おもつて遣やつて呉くれ、此樣こんな身みに成なつても其方そちらへの義理ぎりばかり思おもつて情なさけない事ことを言いひ出だし居をる、多少たせう教育けういくも授さづけてあるに狂氣きやうきするといふは如何いかにも恥はづかしい事ことで、此方このはうから行ゆくと家いへの恥辱ちじよくにもなる實じつに憎にくむべき奴やつではあるが、情實じやうじつを酌くんでな、これほどまで操みさをといふものを取止とりとめて置おいただけ憐あはれんで遣やつて呉くれ、愚鈍ぐどんではあるが子供こどもの時ときから是これといふ不出來ふでかしも無なかつたを思おもふと何なにか殘念ざんねんのやうにもあつて、眞まことの親馬鹿おやばかといふのであらうが平癒なほらぬほどなら死しねとまでも諦あきらめがつきかねるもので、餘あまり昨今さくこん忌いまはしい事ことを言いはれると死期しきが近ちかよつたかと取越とりこし苦勞ぐらうをやつてな、大塚おほつかの家うちには何なにか迎むかひに來くるものが有あるなどゝ騷さわぎをやるにつけて母はゝが詰つまらぬ易者えきしやなどにでも見みて貰もらつたか、愚ぐな話はなしではあるが一月ひとつきのうちに生命せいめいが危あやふいとか言いつたさうな、聞きいて見みると餘あまり快こゝろよくもないに當人たうにんも頻しきりと嫌いやがる樣子やうすなり、ま、引移ひきうつりをするが宜よからうとて此處こゝを搜さがさせては來きたが、いや何どうも永持ながもちはあるまいと思おもはれる、殆ほとんど毎日まいにち死しぬ死しぬと言いつて見みる通とほり人間にんげんらしき色艷いろつやもなし、食事しよくじも丁度ちやうど一週間いつしうかんばかり一粒いちりふも口くちへ入いれる事ことが無ないに、そればかりでも身躰からだの疲勞ひらうが甚はなはだしからうと思おもはれるので種々いろ〳〵に異見いけんも言いふが、何どうも病やまひの故せゐであらうか兎角とかくに誰たれの言いふ事ことも用もちひぬに困こまりはてる、醫者いしやは例れいの安田やすだが來くるので斯かう素人しろうとまかせでは我わがまゝばかり募つのつて宜よくあるまいと思おもはれる、私わしの病院びやうゐんへ入いれる事ことは不承知ふしようちかと毎々まい〳〵聞きかれるのであるが、それも何どうあらうかと母はゝなどは頻しきりにいやがるので私わしも二にの足あしを踏ふんで居ゐる、無論むろん病院びやうゐんへ行ゆけば自宅じたくと違ちがつて窮屈きゆうくつではあらうが、何分なにぶん此頃このごろ飛出とびだしが始はじまつて私わしなどは勿論もちろん太吉たきちと倉くらと二人ふたりぐらゐの力ちからでは到底たうてい引ひきとめられぬ働はたらきをやるからの、萬一まんいち井戸ゐどへでも懸かゝられてはと思おもつて、無論むろん蓋ふたはして有あるが往來わうらいへ飛出とびだされても難儀なんぎ至極しごくなり、夫等それらを思おもふと入院にふゐんさせやうとも思おもふが何なにかふびんらしくて心こゝろ一ひとつには定さだめかねるて、其方そちらに思おもひ寄よりもあらば言いつて見みて呉くれとてくる〳〵と剃そりたる頭つむりを撫なでゝ思案しあんに能あたはぬ風情ふぜい、はあ〳〵と聞きゝ居ゐる人ひとは詞ことばは無なくて諸共もろともに溜息ためいきなり。

 娘むすめは先刻さきの涙なみだに身みを揉もみしかば、さらでもの疲つかれ甚はなはだしく、なよ〳〵と母はゝの膝ひざへ寄添よりそひしまゝ眠ねぶれば、お倉くらお倉くらと呼よんで附添つきそひの女子をなごと共ともに郡内ぐんないの蒲團ふとんの上うへへ抱いだき上あげて臥ふさするにはや正躰しやうたいも無なく夢ゆめに入いるやうなり、兄あにといへるは靜しづかに膝行いざり寄よりてさしのぞくに、黒くろく多おほき髮かみの毛けを最惜いとをしげもなく引ひきつめて、銀杏返いてうがへしのこはれたるやうに折返をりかへし折返をりかへし髷形まげなりに疊たゝみこみたるが、大方おほかた横よこに成なりて狼藉らうぜきの姿すがたなれども、幽靈いうれいのやうに細ほそく白しろき手てを二ふたつ重かさねて枕まくらのもとに投出なげいだし、浴衣ゆかたの胸むね少すこしあらはに成なりて、締しめたる緋ひぢりめんの帶おびあげの解とけて帶おびより落おちかゝるも艶なまめかしからで慘いたましのさまなり。

 枕まくらに近ちかく一脚いつきやくの机つくゑを据すゑたるは、折をりふし硯々すゞり〳〵と呼よび、書物しよもつよむとて有ありし學校がくかうのまねびをなせば、心こゝろにまかせて紙かみいたづらせよとなり、兄あにといへるは何心なにごゝろなく積重つみかさねたる反古紙ほごがみを手てに取とりて見みれば、怪あやしき書風しよふうに正躰しやうたい得えしれぬ文字もじを書かきちらして、これが雪子ゆきこの手跡しゆせきかと情なさけなきやうなる中なかに、鮮あざやかに讀よまれたる村むらといふ字じ、郎らうといふ字じ、あゝ植村うゑむら録郎ろくらう、植村うゑむら録郎ろくらう、よむに得え堪たへずして無言むごんにさし置おきぬ。


四


 今日けふは用ようなしの身みなればとて兄あには終日しゆうじつ此處こゝにありけり、氷こほりを取寄とりよせて雪子ゆきこの頭つむりを冷ひやす附添つきそひの女子をなごに代かはりて、どれ少すこし私わしがやつて見みやうと無骨ぶこつらしく手てを出いだすに、恐おそれ入いります、お召物めしものが濡ぬれますと言いふを、いゝさ先まづさせて見みてくれとて氷嚢こほりぶくろの口くちを開ひらいて水みづを搾しぼり出だす手振てぶりの無器用ぶきようさ、雪ゆきや少すこしはお解わかりか、兄樣にいさんが頭つむりを冷ひやして下くださるのですよとて、母はゝの親心附おやごゝろづけれども何なんの事こととも聞分きゝわけぬと覺おぼしく、眼めを見開みひらきながら空くうを眺ながめて、あれ奇麗きれいな蝶てふが蝶てふがと言いひかけしが、殺ころしてはいけませんよ、兄樣にいさん兄樣にいさんと聲こゑを限かぎりに呼よべば、こら何どうした、蝶てふも何なにも居ゐない、兄あには此處こゝだから、殺ころしはせぬから安心あんしんして、な、宜よいか、見みえるか、兄あにだよ、正雄まさをだよ、氣きを取直とりなほして正氣しやうきになつて、お父とつさんやお母つかさんを安心あんしんさせて呉くれ、こら少すこし聞分きゝわけて呉くれ、よ、お前まへが此樣このやうな病氣びやうきになつてから、お父樣とつさんもお母樣つかさんも一晩ひとばんもゆるりとお眠やすみになつた事ことはない、お疲つかれなされてお痩やせなされて介抱かいはうして居ゐて下くださるのを孝行かう〳〵のお前まへに何故なぜわからない、平常つねは道理だうりがよく解わかる人ひとではないか、氣きを靜しづめて考かんがへ直なほして呉くれ、植村うゑむらの事ことは今更いまさら取とりかへされぬ事ことであるから、跡あとでも懇ねんごろに吊とぶらつて遣やれば、お前まへが手てづから香花かうげでも手向たむければ、彼あれは快こゝろよく瞑めいすることが出來できると遺書ゐしよにもあつたと言いふではないか、彼あれは潔いさぎよく此世このよを思おもひ切きつたので、お前まへの事ことも併あはせて思おもひ切きつたので決けつして未練みれんは殘のこして居ゐなかつたに、お前まへが此樣このやうに本心ほんしんを取亂とりみだして御兩親ごりやうしんに歎なげきをかけると言いふは解わからぬではないか、彼あれに對たいしてお前まへの處置しよちの無情むじやうであつたも彼あれは決けつして怨うらんでは居ゐなかつた、彼あれは道理だうりを知しつて居ゐる男をとこであらう、な、左樣さうであらう、校内かうない一いちの人ひとだとお前まへも常つねに褒ほめたではないか、其人そのひとであるから決けつしてお前まへを恨うらんで死しぬ、其樣そんな事ことはある筈はずがない、憤いきどほりは世間せけんに對たいしてなので、既すでにそれは人ひとも知しつて居ゐる事ことなり遺書ゐしよによつて明あきらかではないか、考かんがへ直なほして正氣しやうきになつて、其後そのごの事ことはお前まへの心こゝろに任まかせるから思おもふまゝの世よを經へるが宜よい、御兩親ごりやうしんのある事ことを忘わすれないで、御兩親ごりやうしんがどれほどお歎なげきなさるかを考かんがへて、氣きを取直とりなほして呉くれ、え、宜よいか、お前まへが心こゝろで直なほさうと思おもへば今日けふの今いまも直なほれるではないか、醫者いしやにも及およばぬ、藥くすりにも及およばぬ、心こゝろ一ひとつ居處ゐどころをたしかにしてな、直なほつて呉くれ、よ、よ、こら雪ゆき、宜よいか、解わかつたかと言いへば、唯たゞ點頭うなづいて、はいはいと言いふ。

 女子をなごどもは何時いつしか枕元まくらもとをはづして四邊あたりには父ちゝと母はゝと正雄まさをのあるばかり、今いまいふ事ことは解わかるとも解わからぬとも覺おぼえねども兄樣にいさん兄樣にいさんと小ちひさき聲こゑに呼よべば、何なにか用ようかと氷嚢こほりぶくろを片寄かたよせて傍近そばちかく寄よるに、私わたしを起おこして下くだされ、何故なぜか身躰からだが痛いたくてと言いふ、それは何時いつも氣きの立たつまゝに驅出かけいだして大だいの男をとこに捉とらへられるを、振放ふりはなすとて恐おそろしき力ちからを出だせば定さだめて身みも痛いたからう生疵なまきずも處々ところ〴〵にあるを、それでも身躰からだの痛いたいが知しれるほどならばと果敢はかなき事ことをも兩親ふたおやの頼母たのもしがりぬ。

 おまへの抱だかれて居ゐるは誰何どなた、知しれるかえと母親はゝおやの問とへば、言下げんかに兄樣にいさんで御座ござりましやうと言いふ、左樣さうわかればもう仔細しさいは無なし、今いま話はなして下くだされた事こと覺おぼえてかと言いへば、知しつて居ゐまする、花はなは盛さかりにと又またあらぬ事ことを言いひ出いだせば、一同いちどう顏かほを見合みあはせて情なさけなき思おもひなり。

 良やゝしばしありて雪子ゆきこは息いきの下したに極きはめて恥はづかしげの低ひくき聲こゑして、もう後生ごしやうお願ねがひで御座ござりまする、其事そのことは言いふて下くださりますな、其そのやうに仰あふせ下くださりましても私わたしにはお返事へんじの致いたしやうが御座ござりませぬと言いひ出いづるに、何なにをと母はゝが顏かほを出だせば、あ、植村うゑむらさん、植村うゑむらさん、何處どこへお出遊いであそばすのと岸破がばと起おきて、不意ふいに驚おどろく正雄まさをの膝ひざを突つきのけつゝ縁えんの方かたへと驅かけ出いだすに、それとて一同いちどうばら〳〵と勝手かつてより太吉たきちおくらなど飛來とびくるほどにさのみも行ゆかず縁先えんさきの柱はしらのもとにぴたりと坐ざして、堪忍かんにんして下くだされ、私わたしがわるう御座ござりました、始はじめから私わたしが惡わるう御座ござりました、貴君あなたに惡わるい事ことは無ない、私わたしが、私わたしが、申まをさないが惡わるう御座ござりました、兄あにと言いふては居をりまするけれど。むせび泣なきの聲こゑきこえ初そめて斷續だんぞくの言葉ことばその事こととも聞きゝわき難がたく、半なかばかかげし軒のきばの簾すだれ、風かぜに音おとする夕ゆふぐれ淋さびし。


五


 雪子ゆきこが繰くりかへす言ことの葉はは昨日きのふも今日けふも一昨日をとゝひも、三月みつきの以前いぜんも其前そのまへもさらに異ことなる事ことをば言いはざりき、唇くちびるに絶たえぬは植村うゑむらといふ名な、ゆるし給たまへと言いふ言葉ことば、學校がくかうといひ、手紙てがみといひ、我罪わがつみ、おあとから行ゆきまする、戀こひしき君きみ、さる詞ことばをば次第しだいなく並ならべて、身みは此處こゝに心こゝろはもぬけの殼からになりたれば、人ひとの言いへるは聞分きゝわくるよしも無なく、樂たのしげに笑わらふは無心むしんの昔むかしを夢ゆめみてなるべく、胸むねを抱いだきて苦悶くもんするは遣やる方かたなかりし當時たうじのさまの再ふたゝび現うつゝにあらはるゝなるべし。

 おいたはしき事こととは太吉たきちも言いひぬ、お倉くらも言いへり、心こゝろなきお三さんどんの末すゑまで孃ぢやうさまに罪つみありとはいさゝかも言いはざりき、黄八丈きはちぢやうの袖そでの長ながき書生羽織しよせいばおりめして、品ひんのよき高髷たかまげにお根ねがけは櫻色さくらいろを重かさねたる白しろの丈長たけなが、平打ひらうちの銀簪ぎんかん一ひとつ淡泊あつさりと遊あそばして學校がくかうがよひのお姿すがた今いまも目めに殘のこりて、何時いつ舊もとのやうに御平癒おなほり遊あそばすやらと心細こゝろぼそし、植村うゑむらさまも好よいお方かたであつたものをとお倉くらの言いへば、何なにがあの色いろの黒くろい無骨ぶこつらしきお方かた、學問がくもんはえらからうとも何どうで此方うちのお孃ぢやうさまが對つゐにはならぬ、根ねつから私わたしは褒ほめませぬとお三さんの力りきめば、それはお前まへが知しらぬから其樣そんな憎にくていな事ことも言いへるものゝ三日みつか交際つきあひをしたら植村樣うゑむらさまのあと追おふて三途さんづの川かはまで行ゆきたくならう、番町ばんちやうの若旦那わかだんなを惡わるいと言いふではなけれど、彼方あなたとは質たちが違ちがふて言いふに言いはれぬ好よい方かたであつた、私わたしでさへ植村樣うゑむらさまが何なんだと聞きいた時ときにはお可愛想かあいさうな事ことをと涙なみだがこぼれたもの、お孃ぢやうさまの身みになつては辛つらからうではないか、私わたしやお前まへのやうなおつと來いならば事ことは無ないけれど、不斷ふだんつゝしんでお出遊いであそばすだけ身みにしみる事ことも深ふかからう、あの親切しんせつな優やさしい方かたを斯かう言いふては惡わるいけれど若旦那わかだんなさへ無なかつたらお孃ぢやうさまも御病氣ごびやうきになるほどの心配しんぱいは遊あそばすまいに、左樣さういへば植村樣うゑむらさまが無なかつたら天下てんか泰平たいへいに治をさまつたものを、あゝ浮世うきよはつらいものだね、何事なにごとも明あけすけに言いふて退のける事ことが出來できぬからとて、お倉くらはつく〴〵まゝならぬを痛いたみぬ。つとめある身みなれば正雄まさをは日毎ひごとに訪とふ事こともならで、三日みつかおき、二日ふつかおきの夜よな〳〵車くるまを柳やなぎのもとに乘のりすてぬ、雪子ゆきこは喜よろこんで迎むかへる時ときあり、泣ないて辭じす時ときあり、稚兒をさなごのやうになりて正雄まさをの膝ひざを枕まくらにして寐ねる時ときあり、誰たが給仕きふじにても箸はしをば取とらずと我儘わがまゝをいへれど、正雄まさをに叱しかられて同おなじ膳ぜんの上うへに粥かゆの湯ゆをすゝる事こともあり、癒なほつて呉くれるか。癒なほりまする。今日けふ癒なほつて呉くれ。今日けふ癒なほりまする、癒なほつて兄樣にいさんのお袴はかまを仕立したてて上あげまする、お召めしも縫ぬふて上あげまする、それは辱かたじけなし早はやく癒なほつて縫ぬふて呉くれと言いへば、左樣さうしましたらば植村樣うゑむらさまを呼よんで下くださるか、植村樣うゑむらさまに遇あはして下くださるか、むゝ遇あはして遣やる、呼よんでも來くる、はやく癒なほつて御兩親ごりやうしんに安心あんしんさせて呉くれ、宜よいかと言いへば、あゝ明日あしたは癒なほりますると憚はゞかりもなく言いひけり。

 正まさしく言いひしを心頼こゝろだのみに有あるまじき事こととは思おもへども明日あすは日暮ひぐれも待またず車くるまを飛とばせ來くるに、容躰ようたいこと〴〵く變かはりて何なにを言いへどもいや〳〵とて人ひとの顏かほをば見みるを厭いとひ、父母ちゝはゝをも兄あにをも女子をなごどもをも寄よせつけず、知しりませぬ、知しりませぬ、私わたしは何なにも知しりませぬとて打泣うちなくばかり、家いへの中うちをば廣ひろき野原のはらと見みて行ゆく方かたなき歎なげきに人ひとの袖そでをもしぼらせぬ。

 俄にはかに暑氣しよきつよくなりし八月はちぐわつの中旬なかばより狂亂きやうらんいたく募つのりて人ひとをも物ものをも見分みわかちがたく、泣なく聲こゑは晝夜ちうやに絶たえず、眠ねぶるといふ事ことふつに無なければ落入おちいりたる眼まなこに形相ぎやうさうすさまじく此世このよの人ひととも覺おぼえずなりぬ、看護かんごの人ひとも勞つかれぬ、雪子ゆきこの身みも弱よわりぬ、きのふも植村うゑむらに遇あひしと言いひ、今日けふも植村うゑむらに遇あひたりと言いふ、川かは一ひとつ隔へだてゝ姿すがたを見みるばかり、霧きりの立たちおほふて朧氣おぼろげなれども明日あしたは明日あしたはと言いひて又またそのほかに物ものいはず。

 いつぞは正氣しやうきに復かへりて夢ゆめのさめたる如ごとく、父樣とゝさま母樣かゝさまといふ折をりのありもやすると覺束おぼつかなくも一日ひとひ二日ふたひと待またれぬ、空蝉うつせみはからを見みつゝもなぐさめつ、あはれ門かどなる柳やなぎに秋風あきかぜのおと聞きこえずもがな。

底本:「樋口一葉全集第二卷」新世社

   1941(昭和16)年7月18日発行

   1942(昭和17)年4月10日再版

底本の親本:「校訂一葉全集」博文館

   1897(明治30)年1月9日発行

   1897(明治30)年6月再版

初出:「讀賣新聞」

   1895(明治28)年8月27~31日

※「太吉たきち太吉たきち」と「太吉々々たきち〳〵」の混在は、底本通りです。

※送りがな、振りがな、漢字の使い方の不統一は、底本通りです。

入力:万波通彦

校正:岡村和彦

2014年11月14日作成

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