わかれ道
樋口一葉



上


 お京きやうさん居ゐますかと窓まどの戸との外そとに來きて、こと〳〵と羽目はめを敲たゝく音おとのするに、誰だれだえ、もう寢ねて仕舞しまつたから明日あした來きてお呉くれと嘘うそを言いへば、寢ねたつて宜いいやね、起おきて明あけてお呉くんなさい、傘屋かさやの吉きちだよ、己おれだよと少すこし高たかく言いへば、いやな子こだね此樣こんな遲おそくに何なにを言いひに來きたか、又またお餅かちんのおねだりか、と笑わらつて、今いまあけるよ少時しばらく辛防しんばうおしと言いひながら、仕立したてかけの縫物ぬひものに針はりどめして立たつは年頃としごろ二十餘はたちあまりの意氣いきな女をんな、多おほい髮かみの毛けを忙いそがしい折をりからとて結むすび髮がみにして、少すこし長ながめな八丈はちぢやうの前まへだれ、お召めしの臺だいなしな半天はんてんを着きて、急いそぎ足あしに沓脱くつぬぎへ下おりて格子戸かうしどに添そひし雨戸あまどを明あくれば、お氣きの毒どくさまと言いひながらずつと這入はいるは一寸法師いつすんぼしと仇名あだなのある町内ちやうないの暴あばれ者もの、傘屋かさやの吉きちとて持もて餘あましの小僧こぞうなり、年としは十六じふろくなれども不圖ふと見みる處ところは一いちか二にか、肩幅かたはゞせばく顏かほ少ちひさく、目鼻めはなだちはきり〳〵と利口りこうらしけれどいかにも脊せいの矮ひくければ人ひと嘲あざけりて仇名あだなはつけゝる、御免ごめんなさい、と火鉢ひばちの傍そばへづか〳〵と行ゆけば、お餅かちんを燒やくには火ひが足たらないよ、臺所だいどころの火消壺ひけしつぼから消けし炭ずみを持もつて來きてお前まへが勝手かつてに燒やいてお喰たべ、私わたしは今夜中こんやぢゆうに此これ一枚ひとつを上あげねばならぬ、角かどの質屋しちやの旦那だんなどのが御年始着ごねんしぎだからとて針はりを取とれば、吉きちはふゝんと言いつて彼あの兀頭はげあたまには惜をしい物ものだ、御初穗おはつうを己おれでも着きて遣やらうかと言いへば、馬鹿ばかをお言いひでない人ひとのお初穗はつうを着きると出世しゆつせが出來できないと言いふではないか、今いまつから伸のびる事ことが出來できなくては仕方しかたが無ない、其樣そんな事ことを他處よその家うちでもしては不可いけないよと氣きを附つけるに、己おれなんぞ御出世ごしゆつせは願ねがはないのだから他人ひとの物ものだらうが何なんだらうが着きかぶつて遣やるだけが徳とくさ、お前まへさん何時いつか左樣さう言いつたね、運うんが向むく時ときになると己おれに糸織いとおりの着物きものをこしらへて呉くれるつて、本當ほんたうに調製こしらへて呉くれるかえと眞面目まじめだつて言いへば、それは調製こしらへて上あげられるやうならお目出度めでたいのだもの喜よろこんで調製こしらへるがね、私わたしが姿すがたを見みてお呉くれ、此樣こんな容躰ようだいで人ひとさまの仕事しごとをして居ゐる境界きやうがいではなからうか、まあ夢ゆめのやうな約束やくそくさとて笑わらつて居ゐれば、いゝやなそれは、出來できない時ときに調製こしらへて呉くれとは言いはない、お前まへさんに運うんの向むいた時ときの事ことさ、まあ其樣そんな約束やくそくでもして喜よろこばして置おいてお呉くれ、此樣こんな野郎やらうが糸織いとおりぞろへを被かぶつた處ところがをかしくも無ないけれどもと淋さびしさうな笑顏ゑがほをすれば、そんなら吉きつちやんお前まへが出世しゆつせの時ときは私わたしにもしてお呉くれか、其約束そのやくそくも極きめて置おきたいねと微笑ほゝゑんで言いへば、其奴そいつはいけない、己おれは何どうしても出世しゆつせなんぞは爲しないのだから。何故々々なぜ〳〵。何故なぜでもしない、誰だれが來きて無理むりやりに手てを取とつて引上ひきあげても己おれは此處こゝに斯かうして居ゐるのがいゝのだ、傘屋かさやの油引あぶらひきが一番いちばん好いいのだ、何どうで盲目縞めくらじまの筒袖つゝそでに三尺さんじやくを脊負しよつて産でて來きたのだらうから、澁しぶを買かひに行ゆく時ときかすりでも取とつて吹矢ふきやの一本いつぽんも當あたりを取とるのが好いい運うんさ、お前まへさんなぞは以前もとが立派りつぱな人ひとだといふから今いまに上等じやうとうの運うんが馬車ばしやに乘のつて迎むかひに來きやすのさ、だけれどもお妾めかけになるといふ謎なぞでは無ないぜ、惡わるく取とつて怒おこつてお呉くんなさるな、と火ひなぶりをしながら身みの上うへを歎なげくに、左樣さうさ馬車ばしやの代かはりに火ひの車くるまでも來くるであらう、隨分ずゐぶん胸むねの燃もえる事ことがあるからね、とお京きやうは尺ものさしを杖つゑに振返ふりかへりて吉三きちざうが顏かほを諦視まもりぬ。

 例いつもの如ごとく臺所だいどころから炭すみを持出もちだして、お前まへは喰くひなさらないかと聞きけば、いゝえ、とお京きやう頭つむりをふるに、では己おればかり御馳走ごちそうさまにならうかな、本當ほんたうに自家うちの吝嗇奴けちんばうめやかましい小言こごとばかり言いやがつて、人ひとを使つかふ法はふをも知しりやがらない、死しんだお老婆ばあさんはあんなのでは無なかつたけれど、今度こんどの奴等やつらと來きたら一人ひとりとして話はなせるのは無ない、お京きやうさんお前まへは自家うちの半次はんじさんを好すきか、隨分ずゐぶん厭味いやみに出來できあがつて、いゝ氣きの骨頂こつちやうの奴やつではないか、己おれは親方おやかたの息子むすこだけれど彼奴あいつばかりは何どうしても主人しゆじんとは思おもはれない、番ばんごと喧嘩けんくわをして遣やり込こめてやるのだが隨分ずゐぶんおもしろいよと話はなしながら、鐵網かなあみの上うへへ餅もちをのせて、おゝ熱々あつ〳〵と指先ゆびさきを吹ふいてかゝりぬ。

 己おれは何どうもお前まへさんの事ことが他人たにんのやうに思おもはれぬは何どういふものであらう、お京きやうさんお前まへは弟おとゝといふを持もつた事ことは無ないのかと問とはれて、私わたしは一人子ひとりごで同胞きやうだいなしだから弟おとゝにも妹いもとにも持もつた事ことは一度いちども無ないと言いふ、左樣さうかなあ、それでは矢張やつぱり何なんでも無ないのだらう、何處どこからか斯かうお前まへのやうな人ひとが己おれの眞身しんみの姉あねさんだとか言いつて出でて來きたらどんなに嬉うれしいか、首くびつ玉たまへ噛かじり着ついて己おれはそれぎり往生わうじやうしても喜よろこぶのだが、本當ほんたうに己おれは木きの股またからでも出でて來きたのか、つひしか親類しんるゐらしい者ものに逢あつた事ことも無ない、それだから幾度いくども幾度いくども考かんがへては己おれはもう一生いつしやう誰だれにも逢あふ事ことが出來できない位くらゐなら今いまのうち死しんで仕舞しまつた方はうが氣樂きらくだと考かんがへるがね、それでも慾よくがあるから可笑をかしい、ひよつくり變へんてこな夢ゆめなんかを見みてね、平常ふだん優やさしい事ことの一言ひとことも言いつて呉くれる人ひとが母親おふくろや親父おやぢや姉あねさんや兄あにさんのやうに思おもはれて、もう少すこし生いきて居ゐやうかしら、もう一年ねんも生いきて居ゐたら誰だれか本當ほんたうの事ことを話はなして呉くれるかと樂たのしんでね、面白おもしろくも無ない油引あぶらひきをやつて居ゐるが己おれ見みたやうな變へんな物ものが世間せけんにも有あるだらうかねえ、お京きやうさん母親おふくろも父親おやぢも空からつきり當あてが無ないのだよ、親おやなしで産うまれて來くる子こがあらうか、己おれは何どうしても不思議ふしぎでならない、と燒やきあがりし餅もちを兩手りやうてでたゝきつゝいつも言いふなる心細こゝろぼそさを繰返くりかへせば、それでもお前まへ笹さゝづる錦にしきの守まもり袋ぶくろといふやうな證據しようこは無ないのかえ、何なにか手懸てがゝりは有ありさうなものだねとお京きやうの言いふを消けして、何なに其樣そんな氣きの利きいた物ものは有ありさうにもしない生うまれると直すぐさま橋はしの袂たもとの貸赤子かしあかごに出だされたのだなどゝ朋輩ほうばいの奴等やつらが惡口わるくちをいふが、もしかすると左樣さうかも知しれない、それなら己おれは乞食こじきの子こだ、母親おふくろも父親おやぢも乞食こじきかも知しれない、表おもてを通とほる襤褸ぼろを下さげた奴やつが矢張やつぱり己おれが親類しんるゐまきで毎朝まいあさきまつて貰もらひに來くる跛びつこ隻眼めつかちのあの婆ばゝあ何なにかゞ己おれの爲ための何なんに當あたるか知しれはしない、話はなさないでもお前まへは大抵たいてい知しつて居ゐるだらうけれど今いまの傘屋かさやに奉公ほうこうする前まへは矢張やつぱり己おれは角兵衞かくべゑの獅子しゝを冠かぶつて歩あるいたのだからと打うちしをれて、お京きやうさん己おれが本當ほんたうに乞食こじきの子こならお前まへは今いままでのやうに可愛かあいがつては呉くれないだらうか、振向ふりむいて見みては呉くれまいねと言いふに、串戯じようだんをお言いひでないお前まへが何どのやうな人ひとの子こで何どんな身みかそれは知しらないが、何なんだからとつて厭いやがるも厭いやがらないも言いふ事ことは無ない、お前まへは平常ふだんの氣きに似合にあはぬ情なさけない事ことをお言いひだけれど、私わたしが少すこしもお前まへの身みなら非人ひにんでも乞食こじきでも構かまひはない、親おやが無なからうが兄弟きやうだいが何どうだらうが身み一ひとつ出世しゆつせをしたらば宜よからう、何故なぜ其樣そんな意氣地いくぢなしをお言いひだと勵はげませば、己おれは何どうしても駄目だめだよ、何なんにも爲しやうとも思おもはない、と下したを向むいて顏かほをば見みせざりき。


中


 今いまは亡うせたる傘屋かさやの先代せんだいに太ふとつ腹ぱらのお松まつとて一代いちだいに身上しんじやうをあげたる、女相撲をんなずまふのやうな老婆樣ばゝさまありき、六年前ろくねんまへの冬ふゆの事こと寺參てらまゐりの歸かへりに角兵衞かくべゑの子供こどもを拾ひろふて來きて、いゝよ親方おやかたからやかましく言いつて來きたら其時そのときの事こと、可愛想かあいさうに足あしが痛いたくて歩あるかれないと言いふと朋輩ほうばいの意地惡いぢわるが置去おきざりに捨すてゝ行いつたと言いふ、其樣そんな處ところへ歸かへるに當あたるものか些ちつとも怕おつかない事ことは無ないから私わたしが家うちに居ゐなさい、みんなも心配しんぱいする事ことは無ない何なんの此子このこ位ぐらゐのもの二人ふたりや三人さんにんや臺所だいどころへ板いたを並ならべてお飯まんまを喰たべさせるに文句もんくが入いるものか、判證文はんしようもんを取とつた奴やつでも驅落かけおちをするもあれば持逃もちにげの吝けちな奴やつもある、料簡次第れうけんしだいのものだわな、いはゞ馬うまには乘のつて見みろさ、役やくに立たつか立たたないか置おいて見みなけりや知しれはせん、お前まへ新網しんあみへ歸かへるが厭いやなら此家こゝを死場しにばと極きめて骨ほねを折をらなきやならないよ、しつかり遣やつてお呉くれと言いひ含ふくめられて、吉きちや〳〵と夫それよりの丹精たんせい今いま油あぶらひきに、大人おとな三人前さんにんまへを一手いつてに引ひきうけて鼻唄はなうた交まじり遣やつて退のける腕うでを見みるもの、流石さすがに眼鏡めがねと亡なき老婆ひとをほめける。

 恩おんある人ひとは二年目にねんめに亡うせて今いまの主あるじも内儀樣かみさまも息子むすこの半次はんじも氣きに喰くはぬ者もののみなれど、此處こゝを死場しにばと定さだめたるなれば厭いやとて更さらに何方いづかたに行ゆくべき、身みは疳癪かんしやくに筋骨すぢぼねつまつてか人ひとよりは一寸法師いつすんぼし一寸法師いつすんぼしと誹そしらるゝも口惜くちをしきに、吉きちや手前てめへは親おやの日ひに腥なまぐさを喰やつたであらう、ざまを見みろ廻まはりの廻まはりの小佛こぼとけと朋輩ほうばいの鼻垂はなたれに仕事しごとの上うへの仇あだを返かへされて、鐵拳かなこぶしに撲倒はりたふす勇氣ゆうきはあれど誠まことに父母ちゝはゝいかなる日ひに失うせて何時いつを精進日しやうじんびとも心得こゝろえなき身みの、心細こゝろぼそき事ことを思おもふては干場ほしばの傘かさのかげに隱かくれて大地だいぢを枕まくらに仰向あふむき臥ふしてはこぼるゝ涙なみだを呑込のみこみぬる悲かなしさ、四季しき押通おしとほし油あぶらびかりする目めくら縞じまの筒袖つゝそでを振ふつて火ひの玉たまのやうな子こだと町内ちやうないに恐こわがられる亂暴らんばうも慰なぐさむる人ひとなき胸苦むなぐるしさの餘あまり、假かりにも優やさしう言いふて呉くれる人ひとのあれば、しがみ附ついて取とりついて離はなれがたなき思おもひなり。仕事屋しごとやのお京きやうは今年ことしの春はるより此裏このうらへと越こして來きし者ものなれど物事ものごとに氣才きさいの利ききて長屋中ながやぢゆうへの交際つきあひもよく、大屋おほやなれば傘屋かさやの者ものへは殊更ことさらに愛想あいさうを見みせ、小僧こぞうさん達たち着きる物もののほころびでも切きれたなら私わたしの家うちへ持もつてお出いで、お家うちは御多人數ごたにんずお内儀かみさんの針はり持もつていらつしやる暇ひまはあるまじ、私わたしは常住じやうじゆう仕事しごと疊紙たゝうと首くびつ引ぴきの身みなればほんの一針ひとはり造作ざうさは無ない、一人住居ひとりずまゐの相手あひてなしに毎日まいにち毎夜まいやさびしく暮くらして居ゐるなれば手てすきの時ときには遊あそびにも來きて下くだされ、私わたしは此樣こんながらがらした氣きなれば吉きつちやんのやうな暴あばれさんが大好だいすき、疳癪かんしやくがおこつた時ときには表おもての米屋こめやが白犬しろいぬを擲はると思おもふて私わたしの家うちの洗あらひかへしを光澤出つやだしの小槌こづちに、碪きぬたうちでも遣やりに來きて下くだされ、それならばお前まへさんも人ひとに憎にくまれず私わたしの方はうでも大助おほだすかり、ほんに兩爲りやうだめで御座ござんすほどにと戯言じようだんまじり何時いつとなく心安こゝろやすく、お京きやうさんお京きやうさんとて入浸いりびたるを職人しよくにんども挑發からかひては帶屋おびやの大將たいしやうのあちらこちら、桂川かつらがはの幕まくが出でる時ときはお半はんの脊せなに長右衞門ちやううゑもんと唱うたはせて彼あの帶おびの上うへへちよこなんと乘のつて出でるか、此奴こいつは好いいお茶番ちやばんだと笑わらはれるに、男をとこなら眞似まねて見みろ、仕事しごとやの家うちへ行いつて茶棚ちやだなの奧おくの菓子鉢くわしばちの中なかに、今日けふは何なにが何箇いくつあるまで知しつて居ゐるのは恐おそらく己おれの外ほかには有あるまい、質屋しちやの兀頭はげあたまめお京きやうさんに首くびつたけで、仕事しごとを頼たのむの何なにが何どうしたとか小こうるさく這入込はいりこんでは前まへだれの半襟はんえりの帶おびつ皮かはのと附屆つけとゞけをして御機嫌ごきげんを取とつては居ゐるけれど、つひしか喜よろこんだ挨拶あいさつをした事ことが無ない、ましてや夜よるでも夜中よなかでも傘屋かさやの吉きちが來きたとさへ言いへば寢間着ねまきのまゝで格子戸かうしとを明あけて、今日けふは一日いちにち遊あそびに來こなかつたね、何どうかお爲しか、案あんじて居ゐたにと手てを取とつて引入ひきいれられる者ものが他ほかにあらうか、お氣きの毒樣どくさまなこつたが獨活うどの大木たいぼくは役やくにたゝない、山椒さんしよは小粒こつぶで珍重ちんちようされると高たかい事ことをいふに、此野郎このやらうめと脊せを酷ひどく打うたれて、有ありがたう御座ございますと澄すまして行ゆく顏かほつき身長せいさへあれば人ひと串戯じようだんとて恕ゆるすまじけれど、一寸法師いつすんぼしの生意氣なまいきと爪つまはじきして好いい嬲なぶりものに烟草休たばこやすみの話はなしの種たねなりき。


下


 十二月三十日じふにぐわつさんじふにちの夜よ、吉きちは坂上さかうへの得意場とくいばへ誂あつらへの日限にちげんの遲おくれしを詫わびに行ゆきて、歸かへりは懷手ふところでの急いそぎ足あし、草履ざうり下駄げたの先さきにかゝるものは面白おもしろづくに蹴けかへして、ころ〳〵と轉ころげる、右みぎに左ひだりに追おひかけては大溝おほどぶの中なかへ蹴落けおとして一人ひとりから〳〵と高笑たかわらひ、聞きく者ものなくて天上てんじやうのお月つきさま宛さも皓々こう〳〵と照てらし給たまふを寒さぶいといふ事こと知しらぬ身みなれば唯たゞこゝちよく爽さはやかにて、歸かへりは例れいの窓まどを敲たゝいてと目算もくさんながら横町よこちやうを曲まがれば、いきなり後あとより追おひすがる人ひとの、兩手りやうてに目めを隱かくして忍しのび笑わらひするに、誰だれだ誰だれだと指ゆびを撫なでゝ、何なんだお京きやうさんか、小指こゆびのまむしが物ものを言いふ、嚇おどかしても駄目だめだよと顏かほを振ふりのけるに、憎にくらしい當あてられて仕舞しまつたと笑わらひ出だす。お京きやうはお高祖頭巾こそづきん眉深まぶかに風通ふうつうの羽織はおり着きて例いつもに似合にあはぬ美よき粧なりなるを、吉三きちざうは見みあげ見みおろして、お前まへ何處どこへ行ゆきなすつたの、今日けふ明日あすは忙いそがしくてお飯まんまを喰たべる間まもあるまいと言いふたではないか、何處どこへお客樣きやくさまにあるいて居ゐたのと不審ふしんを立たてられて、取越とりこしの御年始ごねんしさと素知そしらぬ顏かほをすれば、嘘うそを言いつてるぜ三十日みそかの年始ねんしを受うける家うちは無ないやな、親類しんるゐへでも行ゆきなすつたかと問とへば、とんでもない親類しんるゐへ行ゆくやうな身みに成なつたのさ、私わたしは明日あすあの裏うらの移轉ひつこしをするよ、あんまりだしぬけだから嘸さぞお前まへおどろくだらうね、私わたしも少すこし不意ふいなのでまだ本當ほんたうとも思おもはれない、兎とも角かく喜よろこんでお呉くれ惡わるい事ことでは無ないからと言いふに、本當ほんたうか、本當ほんたうか、吉きちは呆あきれて、嘘うそでは無ないか串戯じようだんでは無ないか、其樣そんな事ことを言いつておどかして呉くれなくても宜よい、己おれはお前まへが居ゐなくなつたら少すこしも面白おもしろい事ことは無なくなつて仕舞しまふのだから其樣そんな厭いやな戯言じようだんは廢よしにしてお呉くれ、えゝ詰つまらない事ことを言いふ人ひとだと頭かしらをふるに、嘘うそではないよ何時いつかお前まへが言いつた通とほり上等じやうとうの運うんが馬車ばしやに乘のつて迎むかひに來きたといふ騷さわぎだから彼處あすこの裏うらには居ゐられない、吉きつちやん其そのうちに糸織いとおりぞろひを調製こしらへて上あげるよと言いへば、厭いやだ、己おれは其樣そんな物ものは貰もらひたくない、お前まへその好いい運うんといふは詰つまらぬ處ところへ行ゆかうといふのではないか、一昨日をとゝひ自家うちの半次はんじさんが左樣さう言いつて居ゐたに、仕事しごとやのお京きやうさんは八百屋横町やほやよこちやうに按摩あんまをして居ゐる伯父をぢさんが口入くちいれで何處どこのかお邸やしきへ御奉公ごほうこうに出でるのださうだ、何なにお小間使こまづかひといふ年としではなし、奧おくさまのお側そばやお縫物師ぬひものしの譯わけはない、三みつ輪わに結ゆつて總ふさの下さがつた被布ひふを着きるお妾めかけさまに相違さうゐは無ない、何どうしてあの顏かほで仕事しごとやが通とほせるものかと此樣こんな事ことを言いつて居ゐた、己おれは其樣そんな事ことは無ないと思おもふから、聞違きゝちがひだらうと言いつて大喧嘩おほげんくわを遣やつたのだが、お前まへもしや其處そこへ行ゆくのでは無ないか、其そのお邸やしきへ行ゆくのであらう、と問とはれて、何なにも私わたしだとて行ゆきたい事ことは無ないけれど行ゆかなければならないのさ、吉きつちやんお前まへにもゝう逢あはれなくなるねえ、とて唯たゞ言いふことながら萎しをれて聞きこゆれば、どんな出世しゆつせに成なるのか知しらぬが其處そこへ行ゆくのは廢よしたが宜よからう、何なにもお前まへ女口をんなぐち一ひとつ針仕事はりしごとで通とほせない事こともなからう、あれほど利きく手てを持もつて居ゐながら何故なぜつまらない其樣そんな事ことを始はじめたのか、あんまり情なさけないではないかと吉きちは我身わがみの潔白けつぱくに較くらべて、お廢よしよ、お廢よしよ、斷ことわつてお仕舞しまひなと言いへば、困こまつたねとお京きやうは立止たちどまつて、それでも吉きつちやん私わたしは洗あらひ張はりに倦あきが來きて、もうお妾めかけでも何なんでも宜よい、何どうで此樣こんな詰つまらないづくめだから、いつその腐くされ縮緬着物ちりめんぎもので世よを過すごさうと思おもふのさ。

 思おもひ切きつた事ことを我われ知しらず言いつてほゝと笑わらひしが、兎とも角かくも家うちへ行ゆかうよ、吉きつちやん少すこしお急いそぎと言いはれて、何なんだか己おれは根ねつから面白おもしろいとも思おもはれない、お前まへまあ先さきへお出いでよと後あとに附ついて、地上ちじやうに長ながき影法師かげばふしを心細こゝろぼそげに踏ふんで行ゆく、いつしか傘屋かさやの路次ろじを入いつてお京きやうが例れいの窓下まどしたに立たてば、此處こゝをば毎夜まいよ音おとづれて呉くれたのなれど、明日あすの晩ばんはもうお前まへの聲こゑも聞きかれない、世よの中なかつて厭いやなものだねと歎息たんそくするに、それはお前まへの心こゝろがらだとて不滿ふまんらしう吉三きちざうの言いひぬ。

 お京きやうは家うちに入いるより洋燈らんぷに火ひを點うつして、火鉢ひばちを掻かきおこし、吉きつちやんやお焙あたりよと聲こゑをかけるに己おれは厭いやだと言いつて柱際はしらぎはに立たつて居ゐるを、それでもお前まへ寒さぶからうではないか風かぜを引ひくといけないと氣きを附つければ、引ひいても宜よいやね、構かまはずに置おいてお呉くれと下したを向むいて居ゐるに、お前まへは何どうかおしか、何なんだか可笑をかしな樣子やうすだね私わたしの言いふ事ことが何なにか疳かんにでも障さはつたの、それなら其そのやうに言いつて呉くれたが宜いい、默だまつて其樣そんな顏かほをして居ゐられると氣きに成なつて仕方しかたが無ないと言いへば、氣きになんぞ懸かけなくてもいゝよ、己おれも傘屋かさやの吉三きちざうだ女をんなのお世話せわには成ならないと言いつて、凭よりかかりし柱はしらに脊せを擦こすりながら、あゝ詰つまらない面白おもしろくない、己おれは本當ほんたうに何なんと言いふのだらう、いろいろの人ひとが鳥渡ちよつと好いい顏かほを見みせて直樣すぐさまつまらない事ことに成なつて仕舞しまふのだ、傘屋かさやの先せんのお老婆ばあさんも善いい人ひとであつたし、紺屋こうやのお絹きぬさんといふ縮ちゞれつ毛けの人ひとも可愛かあいがつて呉くれたのだけれど、お老婆ばあさんは中風ちゆうふうで死しぬし、お絹きぬさんはお嫁よめに行ゆくを厭いやがつて裏うらの井戸ゐどへ飛込とびこんで仕舞しまつた、お前まへは不人情ふにんじやうで己おれを捨すてゝ行ゆくし、もう何なにも彼かもつまらない、何なんだ傘屋かさやの油あぶらひきなんぞ、百人前ひやくにんまへの仕事しごとをしたからとつて褒美はうびの一ひとつも出でやうでは無なし、朝あさから晩ばんまで一寸法師いつすんぼしの言いはれつゞけで、それだからと言いつて一生いつしやう經たつても此この身長せいが延のびやうかい、待まてば甘露かんろといふけれど己おれなんぞは一日々々いちにち〳〵厭いやな事ことばかり降ふつて來きやがる、一昨日をとゝひ半次はんじの奴やつと大喧嘩おほげんくわをやつて、お京きやうさんばかりは人ひとの妾めかけに出でるやうな腸はらわたの腐くさつたのではないと威張ゐばつたに、五日いつかとたゝずに兜かぶとをぬがなければ成ならないのであらう、そんな嘘うそつ吐つきの、ごまかしの、慾よくの深ふかいお前まへさんを姉ねえさん同樣どうやうに思おもつて居ゐたが口惜くちをしい、もうお京きやうさんお前まへには逢あはないよ、何どうしてもお前まへには逢あはないよ、長々なが〳〵御世話おせわさま此處こゝからお禮れいを申まをします、人ひとをつけ、もう誰だれの事ことも當あてにするものか、左樣さやうなら、と言いつて立たちあがり沓くつぬぎの草履ざうり下駄げた足あしに引ひきかくるを、あれ吉きつちやんそれはお前まへ勘違かんちがひだ、何なにも私わたしが此處こゝを離はなれるとてお前まへを見捨みすてる事ことはしない、私わたしはほんとに兄弟きやうだいとばかり思おもふのだもの其樣そんな愛想あいそづかしは酷ひどからう、と後うしろから羽はがひじめに抱だき止とめて、氣きの早はやい子こだねとお京きやうの諭さとせば、そんならお妾めかけに行ゆくを廢やめにしなさるかと振ふりかへられて、誰だれも願ねがふて行ゆく處ところでは無ないけれど、私わたしは何どうしても斯かうと決心けつしんして居ゐるのだからそれは折角せつかくだけれど肯きかれないよと言いふに、吉きちは涙なみだの眼めに見みつめて、お京きやうさん後生ごしやうだから此肩こゝの手てを放はなしておくんなさい。

底本:「樋口一葉全集第二卷」新世社

   1941(昭和16)年7月18日発行

   1942(昭和17)年4月10日再版

底本の親本:「校訂一葉全集」博文館

   1897(明治30)年1月9日発行

   1897(明治30)年6月再版

初出:「国民之友 二七七号」

   1896(明治29)年1月4日

※送りがな、振りがな、漢字の使い方の不統一は、底本通りです。

※誤植を疑った箇所を、「校訂一葉全集」博文館、1897(明治30)年1月9日発行の表記にそって、あらためました。

入力:万波通彦

校正:岡村和彦

2014年11月14日作成

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